マヤ神聖文字殺人事件 その九
十一月二日(金曜日)、青木ケ原樹海でのアレハンドロの縊死体の発見
青木ケ原樹海で縊死自殺したアレハンドロの死体が発見された。
発見者は精進湖登山道から青木ケ原樹海に入り、自殺しようとしていた男女のカップルだった。
死に場所を求めて彷徨い歩く中で、木の枝に首吊り死体としてぶら下がったアレハンドロを発見したのであった。
変わり果てた無残な縊死体を見て、彼らの死のうとする意志は脆くも打ち砕かれ、元の登山道に戻り、携帯電話で地元の警察に連絡したという次第であった。
アレハンドロの死体の上着のポケットには一枚の紙片が入っていた。
その紙片には次のような言葉がスペイン語で書かれていた。
『殺す者は殺される。私は自分自身を殺さなければならない。イシュタブもそれを望んでいる。死んで、私は天の国に行く』
十一月三日(土曜日)、事件の最終的な推理
「お父さん。アレハンドロによる連続殺人事件は一体何だったんでしょうね。僕には勝手な思い込みによる殺人事件としか思えないけれど。だって、殺された三人の被害者が自殺した松野幸隆さんにした仕打ちということ自体、具体的には何も判ってはいないし、被害者自身、自分が殺されるに値することをしたという意識は無かったんじゃないかなぁ」
「うーん、確かに正樹の言う通り、アレハンドロの一方的な誤解か、母親のマリアの誤解か、逆恨みによるものか、松野さん、マリア、アレハンドロたちが死んでしまっている今では知りようが無いなぁ」
「しかし、それにしても、復讐というか、仇討ちというか、アレハンドロの思い、執念はすごいものだねぇ。日本人にもそのような黒い情熱というものはあるんですかねぇ」
「あるよ、正樹。日本人は復讐、仇討ちが大好きな民族だよ。古くは、親の仇を討った曽我兄弟、主君の仇を討った忠臣蔵があるじゃぁないか。どちらも、かなりの年月をかけた執念の仇討ちだよ。江戸時代は制度として公然と認められていたほどだよ」
「ふーん、そんなものか。それと、お父さん。アレハンドロが殺害予告日を日墨交流協会に手紙で知らせてきたのはどういうわけなんでしょうか?」
「これは、確かめようが無いけれど、アレハンドロは日本に留学してきた時に、三枝美智子さんに連絡を取ってきたのかも知れない。これは、怖くて三枝さんには訊けない話だけど、留学生の名簿をアレハンドロが三枝さんに求め、三枝さんもうっかりその名簿を彼に渡してしまったのかも知れない。貰う口実はいくらでもあるさ。例えば、自分が生まれる前に死んでしまった、父親である松野の生前の話を当時メリダで一緒に留学した仲間の留学生からお聴きしたいとか、言ってさ」
「その名簿には、被害者三人の方の勤務先とか、現住所が記載されていますものね」
「普通なら、個人情報漏洩云々で問題となるから、この種の名簿等は作らないものだが、留学生しか見ない、みんなが仲間だという安心感もあって、三枝さん始めとして事務局が名簿を作成してしまったということが残念ながら、今回の殺人を誘発してしまったのかも知れないなぁ。善意が仇となってしまった、ということかなぁ」
「ああ、お父さん。言うのを忘れていました。明日、また、代官山でランチは如何、という誘いが星野麻耶さんからありました。お父さんはどうします? 麻耶さんの話だと、麗子ママもいらっしゃるそうですよ」
「ふーん、麗子さんも来るのか。星野教授も日曜はお暇ということか。時に、正樹は麻耶さんと結構いい関係なのか?」
「お父さん。麻耶さんと僕のことは置いといて。明日の代官山のランチ、行くの、行かないの」
「行く、よ。しょうがないなぁ、自分たちのデートに親を引き出して。食事代は二人で割り勘だぞ」
光一の返事を聞くなり、正樹は携帯電話を取り出して、いそいそと麻耶に連絡した。
十一月四日(日曜日)、光一・正樹・星野母子の会話
「お待たせしました」
レストランの木のドアを開け、星野麗子と麻耶が微笑みながら入って来た。
レジのところに居たオーナーシェフのマスターが右手を広げ、柳たちの席を示した。
「親子同伴のデートのようで、何だか気恥ずかしいものですね」
光一の前に麗子が座った。
麗子も笑いながら、光一に言った。
「先月の中旬以来のご無沙汰となりましたねぇ。でも、麻耶と正樹さんは結構会っているようですよ」
「お母さん、そんなことは無いのよ。未だ、三回程度よ。ねぇ、正樹さん」
「そうですね。僕の記憶によれば、初めてお会いしたのが、十月十一日、二回目が十月十五日、三回目が十月二十五日、四回目が今日ということになります」
理路整然とした正樹の答えに、光一は思わず苦笑した。
「おい、正樹よ。そんなに具体的に言うものではないよ。ほら、麻耶さんが少し紅くなっているから」
しかし、それにしても、どちらかと言えば鋭角的な顔をしている正樹と睫毛が長く目の大きな麻耶は似合いのカップルのように光一には見えた。
美穂、安心していいよ、と心の中で亡き妻に語りかけた。
やがて、ランチとしては少し多かったがセットメニューの料理が少しずつ運ばれて来た。
「このワカモーレが結構ビールのつまみには合うんですよ」
「柳さん。光一さんに正樹さん。良かったら、私たちに遠慮しないで、アルコール類を注文なさって。麻耶も私もアルコールは駄目でジュースを戴くこととしますから」
「いや、今日は後で、今回の事件に関して僕たちなりの推理をお話しすることとしますから、アルコールは控えることとします」
正樹はワカモーレの鉢に手を伸ばし、トルティージャ・ティップにアボカードを付けて食べた。
麻耶はケサディージャを自分の皿に取り分け、一つ口に運んだ。
「そのチーズの包み揚げは少し熱いから、気を付けるのよ」
麗子に注意され、麻耶は慎重に食べ始めた。
「ほら、タコスも二種類着きましたよ。ビーフ・タコスと野菜・小海老入りのタコスかな」
早速、正樹と麻耶は食べ始めた。
光一と麗子は若者たちの食欲に圧倒されていたが、かつては自分たちもそうであったと二人の姿にかつての自分を投影した。
「ねぇ、柳さん。覚えていない? グアナフアトのフアレス劇場、ラ・ウニオン公園近くにあったエル・レティーロというレストランのこと?」
麗子がレタス、アボカード、トマトといった野菜をミックスしたサラダを小皿に取り分け、チリ・サルサ(唐辛子のソース)をかけながら、光一に語りかけた。
「ええ、レティーロでしょう。覚えていますよ。グアナフアト大学で授業が済んだ後、カテドラルの前を通り、ラ・ウニオン公園を左手に見ながら、少し歩いたところにあった古いレストランでしょう。正面にはフアレス劇場が見えていましたね」
「そうよ。そのレティーロで、私たち、よくランチ定食を食べたわね」
「日替わりのランチで、ラ・コミーダ・コリーダ(定食)と言って注文しましたよね。安くてボリュームがあって美味しかったです」
「あの時、私たち学生はお金が無くて、よく柳さんたち企業研修生の方にランチをご馳走になりました。今でも、感謝しているんですよ」
「当時で三十ペソ(300円)くらいでしたね。トルティージャ(タコスの皮)は何度でもお代わりが出来て、男の学生なんか、一人で十枚は食べていましたよね」
あの頃、星野麗子は柳たち企業研修生のマドンナだった。
当時、麗子は二十二歳の大学四年生で大学を一年間休学してメキシコに来ていた。
柳たち企業研修生は四人居たが、二十四歳から二十六歳までの若者で全員が独身だった。
当然、麗子をめぐる恋の鞘当はあっただろうが、麗子のハートを射止める男はついに現われなかった。
その内、海老のにんにく炒めとメキシカン・ライスが運ばれて来た。
柳光一はメキシカン・ライスを口に運びながら、言った。
「さあ、料理はこれでお仕舞いだと思います。後は、デザートとコーヒーかな。では、ぼちぼち今回の事件に関してレポートしましょうか」
「今回の事件は、復讐を全体的なモチーフとした連続殺人事件です。アレハンドロの単独犯行であると結論付けて構わないと思います。彼は、かなりロマンティックな感情の持ち主だと思っています。彼は、一九七九年に生まれました。彼にとって不幸だったのは、本来誕生を喜んでくれる父親が前年既に亡くなっていたことです。彼の本名はアレハンドロ・松野・アレホとなるはずでした。アレホは母親のマリアの父性です。彼の父親の松野幸隆さんは第八期の政府留学生としてメリダのユカタン大学人類学教室の学生でした。僕と星野さんが第六期の留学生ですから、派遣年度としては、二年後輩となります。××大学の三年生で留学のため学校を一年休学してメキシコに来ていました。当時は、かなりの就職難で松野さんも多くの学生同様、希望の就職先に入れそうもないということで、四年生同様、就職浪人のような気分で、或いはメキシコに来ていたのかも知れません。このことは、同じメリダに居た仲間の三枝さんもそのように言っております。留学期間は一九七八年六月から一九七九年四月初めまでの十ヶ月間の予定でした。しかし、松野さんの場合は一九七八年の年末に亡くなっていますから、メリダで暮らした期間としては六ヶ月強でした」
「彼は大学のプールの後の林で縊死死体となって十二月二十九日に発見されたのです。学校は冬休みに入っており、発見したのは学校の掃除夫でした。遺書は無かったそうです。一応、解剖に賦されましたが、特に不審な点は無く、自殺と認定され、それなりに処理されたようです。過去、日墨交換留学生で病死、交通事故死はともかく、自殺した例は無く、残念なことでした。自殺の原因は皆目判っていません。当時の留学生仲間も全員警察或いは駐墨日本大使館の担当者から事情を訊かれたそうですが、三枝さんの話では原因不明とされたそうです。正樹も以前言っておりましたが、自殺する人の自殺原因は一つだけでは無く、いろいろと複合要因が絡んで絶望に至り、自殺するということだそうです」
「当時、彼にはマリアという恋人が居ました。アレハンドロの母です。学校の事務員をしておりました。松野さんの生前の写真を三枝さんに見せてもらいましたが、なかなか彫りの深い顔立ちでいかにも女性には大いに持てそうな好男子です。もう、かなりの年になっていますが、縊死した松野さんを発見したロドリゲスというその掃除夫の話では、松野さんとマリアさんは夏頃から付き合うようになり、秋頃には学校の噂になるような恋仲になっていたそうです。松野さんは大学三年生で二十一歳、マリアさんは二つ上で二十三歳でした。今回の被害者の大森さん、井上さん、藤原さんが大学四年生ということで、仲間と比べ、語学力が劣っていたことを悩んでいたとか、マリアさんとのことで日本の両親にどのように話したらいいのか悩んでいたとか、大森さんたちからよくからかわれてしょんぼりしていたとか、強いホームシックにかかり、少し鬱状態だったとか、いろいろとロドリゲスは話してくれましたが、自殺する引き金となった原因については彼も肩をすくめ、知らないと言っていました。」
ここまで話して、光一は一呼吸置いた。麗子たちもコーヒーに手を伸ばして一口飲んだ。
店内はほとんど満席だった。
小春日和の暖かな陽射しに包まれていた。
「さて、話を続けます。松野さんが亡くなって、翌年の夏にアレハンドロが生まれました。マリアさんは松野さんの自殺の後、学校を辞め、実家があるカンペチェに帰っていましたので、アレハンドロの出生に関しては、大森さんたちは知ってはおりませんでした。勿論、三枝美智子さんも知りませんでした。アレハンドロの養育に関しては、マリアさんの実家がかなり裕福な家であったので、金銭的な苦労はありませんでした。但し、物心がついた時から、自分には父親が居ないという悲しみはずっと付き纏ったものと思います。マリアさんはその後も再婚せず、両親の家に暮らしながらアレハンドロを育てました。でも、アレハンドロが中学校の頃、マリアさんが病気で死にました」
「こうして、アレハンドロは十五歳くらいの年齢で孤児となったのです。でも、彼は頭が良く、高校を出て、ユカタン大学の医学部に入学しました。三枝さんの話でも、他の学部は大したことは無いが、医学部は別格で日本同様、難関だそうです。医学部に入った年度にアレハンドロは祖父母を相次いで亡くし、ここに天涯孤独の身となってしまいました。大森さんたちに復讐を加えようという気になったのがいつかは知りようがありません。ただ、天涯孤独の身となって復讐行為に歯止めをかけるしがらみは無くなったということは事実です。大森さんたちが恨みの対象となった理由は、松野さんの自殺の原因同様、今では知りようがありません。隠された松野さんの遺書があったのか、母親のマリアさんからの遺言があったのか、もう調べようも無く、全ては闇に包まれています。でも、大森さんたち三人は生かしてはおかないという強い意志を持っていたのは間違いありません」
「アレハンドロは日墨交換留学のメキシコ研修生として日本に来ました。今年の春です。父の国を初めて見るアレハンドロの気持ちがどんなものであったかは知る由がありません。でも、父の実家を訪ねるということはしませんでした。実家を訪ねたら、復讐の気持ちが萎えてしまうことを彼は知っていたのでしょう。彼は、日本語学校に行くかたわら、××大学の医学部付属病院で医学研修生として勉強を始めました。休日は宅急便のアルバイトもしました。この宅急便のアルバイトには明確な目的意識がありました。犯行を容易にする、或いは犯行後の隠れ蓑にするという目的意識です。宅急便の配達人を装えば、殺人対象の情報を入手しやすいという利点もありました。彼の素晴らしい長所は語学修得能力の高さです。メリダでも日本語の勉強は出来ます。毎年、日本から留学生が来るからです。僕もグアナフアト大学に居た頃、日本語の会話をしたいということで、街で若者に声をかけられることが結構ありました。おそらく、メリダでもアレハンドロは大学生の時、街で日本人留学生を捕まえては会話能力に磨きをかけたことでしょう。日本に来て、日本語学校に通ったと言いました。その学校の教官は彼の日本語の能力に感嘆したということです」
「但し、苦手なことがありました。それは、漢字です。こればかりは、上手に書けず、苦労したことでしょう。三枝さんが受け取った封筒がありましたね。宛名書きが直線だらけで可笑しな書き方でした。初めは、差出人の筆跡が判らなくするための苦肉の策と考えていましたが、実際は違いました。漢字が書けず、アレハンドロに取って苦肉の策で定規などを使って一種の図形として宛名の漢字を書いただけなのです。受け取った方としては、日本人が筆跡を誤魔化すために直線だらけで書いたのかと誤解しましたが、本当のところは、漢字が書けない外国人が図形として漢字を模写しただけなのです。さて、事件に入りましょう。正樹から聞いた警察情報も多分に入っています。正樹、訂正があったら、その場で訂正してね。遠慮無くね」
「先ず、第一の殺人事件です。第一の被害者は××商事会社の大森真さんでした。大森さんは当日十月三日、いつもより早めに会社を出て、吉祥寺に帰って来ました。社宅のアパートへの帰り道の途中で中道通りという通りにある珈琲店でコーヒーを飲みました。アパートは3DKで家族も暮らすつもりであれば暮らせたのですが、奥さんは住み慣れた大阪が良いということで大森さんは単身赴任の形でここに暮らしていました。アパートに着いたのは夜七時頃だったそうです。階段へ上がっていく大森さんと挨拶を交わした階下の住人が覚えていました。その後、八時から九時までの間で大森さんは殺害されました。このアパートには監視カメラ等のセキュリティシステムは無く、この時間帯に誰が訪れたのか、分かりませんでした。そして、翌日四日の午後四時半に、連絡無しに欠勤し、且つ携帯電話での連絡も取れないということで心配して駆けつけた部下の方によって死体となった大森さんが発見されたという次第です」
「第二の殺人事件に入ります。第二の被害者は××鉱業の井上雅宏さんでした。井上さんは十月十日当日、××会社の方に接待されて銀座のスナックで飲んでいました。井上さんはカラオケが好きでかなり気持ちよく唄っていたそうです。後楽園のワンルームマンションに帰ったのは、十時少し前だったようです。殺害されたのは十時から十一時までの間です。監視カメラには単身赴任として入居している住人と宅急便配達人が写っていました。宅急便配達人は井上さんが帰ってきた直後、マンションに入り、十五分後に出て行きました。しかも、同じ配達物を持ってマンションを出て行きました。これが犯人と思われました。十五分も滞在し、しかも持参した配達物を持ち帰る宅急便配達人は先ず怪しいと見なければなりません。この配達人こそ、いわば死の配達人こそアレハンドロその人です。この第二の事件により、被害者の共通項が確定出来ました。お二人共、日墨交換留学生でメリダグループだったのです」
「第三の殺人事件に行きましょう。第三の被害者は××飲料の藤原文彦さんでした。この人に関しては、もう少し真相に気付くのが早かったら、十分防げた事件でした。今も残念に思っています。十月二十二日当日、藤原さんは定時に会社を出て、八王子の自宅に着いたのが八時頃でした。大森さん、井上さんが会社の社宅に入居し、単身赴任であったのとは異なり、藤原さんの場合は八王子に自宅を構え、奥さんと一緒に住んでいました。子供は一人、息子さんがいますが、大学が千葉の方で学校の近くにアパートを借りて住んでいるという状況です。当日はあいにく、奥さんが友達と京都・奈良の方に観光旅行に行っており、一人で家に居ったという状態でした。奥さんが居れば、或いは犯行を防止出来たかも知れません。但し、犯人は宅急便配達人の格好でいろいろと近所から情報を得ていたと思われるので、犯行を防止するのはなかなか難しかったのかも知れません。被害者三人に対する犯行の手口としては、宅急便です、と言ってドアを開けさせ、中に入り、品物を渡してハンコを求め、相手が犯人から目をそらした瞬間を逃さず、麻酔剤、おそらくクロロホルムより強力なジエチルエーテルなどを浸み込ませたハンカチで相手の鼻を押さえ、十分に吸入させ、意識を混濁させてから、部屋に入り、注射器で致死量のクラーレ液を注射して殺害せしめたものと考えています。アレハンドロは医学生で麻酔剤、毒物の入手は簡単だったと思います」
「アレハンドロの特異さは復讐殺人をマヤ風に脚色したところにあります。マヤ風に脚色したところを改めて列挙すると、殺人の予告にマヤ数字、死を表すマヤ絵文字を用いたこと、殺人の毒物に先住民が毒矢に多用するクラーレという毒物を用いていること、ユカタン・マヤの死者の書と言われるチラム・バラムの書の一節に記載されている情景を忠実に犯行現場に再現したこと、つまり、第一の殺人では、パンと水、第二の殺人では、部屋を荒らし、廃墟のように見せかけると共に、観葉植物の葉をちぎりばら撒くことにより、柔らかい葉は打ち砕かれたという預言の言葉を成就させたこと、井上さんの目をわざと閉じたこと、第三の殺人では、被害者三人のネーム・カードをわざわざ吊るすと共に、藤原さんを木に見立てた鴨居に吊るし上げたことなど、やはり預言を成就させています。このような偏執狂的な行為をした挙句、チラム・バラムの書の預言を最終的に成就完成させるために、戦いの旗を日墨交流協会本拠地の大学のポールに上げると共に、青木ケ原樹海に入り、自ら縊死することで決着させたということです」
光一は話し終えた後、大きな溜息を吐き、もう既に冷めてぬるくなっていたコーヒーを一息に飲み干した。