内通者
ゼイター侯爵領から連邦王都までの旅の道のりは、ギオン公国などの辺境と違い、人の往来が多く、伝令や警備の騎士団がいるため治安が良く、襲撃への緊張感が和らいでいた。
タジムの鎧が連邦のものということもあり、不審どころか、どこに行っても丁重に扱われ旅は快適であった。
幾つかの宿場を通過し、王都付近まで辿り着いた一行は、ソドムの提案により小休止した。この先は山道で左に谷、右に断崖という絶好の襲撃ポイントとソドムは判断した。戦も慣れてくると、伏兵の場所や敵の逃げ込む先など、だいたいわかるものだ。
「タジム様々ねー。トラブルもないし、職質されないし、すごく楽だわ」頭の後ろで両手を組んでシュラが言う。
「どっかのマイナーな王様には、誰も挨拶ないようだけど」と、横目でソドム見る。
「ふ、こんな田舎ではな。王都に入れば、連邦王自ら歓迎のため飛んでくるっつーの」と、そこらの岩に腰を下ろすソドム。
まあ、ゆるりと茂助の偵察報告を待つとするか、と言って腰につるした皮袋を手に取り水を飲んだ。
「私としては、トラブルが無くて退屈ですが」タジムが犬に干し肉を食べさせながらボヤく。山賊でも邪教徒でも、魔物でも大歓迎なのだが、不思議と覚悟が勝ると不幸は逃げて行くらしい。
逆に怯えや不安は、不幸を連れてくる、しかもその時は仲間を連れて。
今回の旅で、この中に内通者はいないとソドムは確信した。
もしかしたら、タジムが何らかの利益につられて寝返ったという疑いも多少あったが、杞憂に過ぎなかったようだ。
ただ単に、悪を倒したり強者を倒したいだけの男だった。
それはそれで、ソドムが闇の司祭だったことがバレた場合、内通者や暗殺者どころではない脅威になるのだが。
将来、敵対した場合に備えて、君主タジムとの戦いを想定してみたが、勝ち目が薄いことに気がついた。
体調不良にする暗黒魔法で隙を作り急所を一突き、という必勝法が恐らく通用しない。
タジムはデーモンや他の闇司祭を撃破してきたのだ、魔法耐性は高いはず。加えて、身体能力はオーガ(人より二回り大きい人食い鬼)並で、剣技も大陸5指の強者だ。
人間では、一対一は厳しい。まあ、今は味方だから心強いが、何か弱みを握っておく必要はありそうだった。
「ドムよぅ、俺が旅に来たがった理由聞かないよな?」、道ばたであぐらをかいてタクヤが話しかけてきた。
一瞬、場が硬直した。
髪、髪を生やしたいんだよな?大神殿に行って。誰もが確信していたが気を遣って触れなかったものを。
「人それぞれ事情がある、背負ってるものも違うからな。」、わかったような、わからないような返答をしソドムは勝手にうなずいた。いや、本当にどうでもいい。
「すまんな」、タクヤは木にもたれかかって目を閉じた。
なんだか、侍になって?から、やたらと格好つけて自分の世界に入るようになってきた。
まだ、1人も斬ったこともないのに、他のメンバーと対等になったと勘違いしていて、旅を経て思い込みは悪化してきている。
たぶん、敵と遭遇したら素人なのに猪突しそうで、皆の心配のタネであった。
こんな調子の足手まといなタクヤだが、内通者としてはあり得ない。
ソドムとは、なんだかんだで運命共同体で、将来の構想と進行中の計画から予算まで、すべて明かしてあるのは、公国ではタクヤと任務遂行している者達だけで、それ以外はザーム老師しかしらない。
レウルーラの呪いを解くのは重要(本当に助けたかったため)だが、ソドムやタクヤにとって公国での防衛は負けなければ、どうでもよいことで、目先の戦術的に押されても、時間稼ぎさえできれば戦略的に勝てる目算だった。
残る容疑者は、街の防衛施設の計画・設置をしたポール。真面目で実直な男だが、それだけに疑いすらしなかった。
ソドムは、目を閉じて心を落ち着かせ、冷静に思考した。
疑いはじめたら、すべて公国が滅ぶ方向へ誘導されてきた感じもするのだ。
⚫公王ソドムを投獄するよう進言
⚫街を囮にすることを提案
⚫ただでさえ少ない兵力を分散させる
⚫帝国の進軍が早いことと、帝国が防衛施設の死角を知っていたこと
⚫そもそも、死角をができるように建設ミスをした可能性
⚫今回の徒歩の旅を一番反対する常識人のはずが黙認した
「あっ!真っ黒だわ!」、手をたたきソドムが言い放った。
「何がよ!?」干し肉を食い千切りながらシュラが反応した。
いや、ポールが裏切り者の可能性濃厚ということをわざわざ言って混乱を招くのもよくない。
「ああ、遠くの雨雲がな。ひと雨降るかもしれん。山の天気は変わりやすいからな」と、空を見上げた。
「いや、女の子なんだからさ、ワイルドな食べ方はやめような。」と、マナーを教えるのは忘れない一応親代わりのソドム。
さて、ギオン公国に戻るのは一週間後のつもりでいたが、レウルーラの呪いが解けたら、馬に乗って敵(想定ではポール)の思惑より早く帰って、次の一手を防がねばならない。
馬に乗れないタクヤは、置いていくしかない。
しばらくして、茂助から報告があった。
やはり、崖には伏兵があったと。ただ、かなりの高さがあるため、駈け降りてきての奇襲の可能性は低く、おそらく弓による狙撃との見解だった。
上から弓が降る程度ならば、頭上に盾を構えて突っ切ってしまった方が安全と考え、ソドムはメンバーに説明した。
どこか登り口をみつけて撃滅しようとタジムとシュラが主張したが、下から上の敵に挑むのは明らかに不利なので、出来れば戦闘せず、突っ切ることを優先と改めて説明した。
逃げても無駄な場合は、戦いもやむなし。
矢の狙いにくい場所に陣取り、敵がしびれを切らして白兵戦に及んだときに、ひと暴れするということで決まった。
一行は装備の防御力が高いタジムを先頭に1列になり行軍して、茂助が伏兵を見つけた場所で一気に走ることにして、前へ進んだ。