竜王
連邦王都アスガルドを目指し旅だったソドム王一行。
目的地は王都の南西にある邪教の総本山・闇の大神殿。数多の困難が予想される旅であったが、ソドムの胸中には別の危惧があった。
自国内での内通である。
先の帝国の侵略が公国別動隊の挟撃が間に合わないほど手際が良く、そしてピンポイントに防衛施設の弱点を攻撃してくるなど、内通者がいたとしか思えないのだ。
国民や幹部たちの前では、笑いをとったりおどけたりしていたソドムだったが、あえて内通者には気が付かないふりをした。
今回の旅で本来の護衛である戦鬼兵団と離れれば、その機を逃さず本人か・依頼された暗殺者が自分に立ちはだかるだろう。そこを捕え、首謀者をつるし上げるつもりだ。
暗殺を仕掛けてくるポイントとしては、捕捉しやすい出発直後か目的地目前だろう。
そして、可能性が高いのは前者。暗殺がすぐに伝わり、動揺を与えることができる。
国父が討たれ、跡取りが若造では軍民ともに士気が下がり、戦をせずとも降伏もありうるだろう。
兵を失わずに戦に勝つにこしたことはない、ましてや護衛として役に立つのが君主タジムと戦士シュラしかいない今が好機。
そのような理由で、ソドムは常に周りを警戒して歩いた。縄跳には少し先行させ、危険がないか確認させながらの移動となった。
街道は二人が平行して歩けるくらいの幅があり、今現在の公国領内の街道脇にはカラフルな花が延々と植えられていた。
別に命じたわけでもないのだが、民による自国愛というかボランティアのような形で、少しでも気分よく歩けるようにとの思いをこめて植えてあるようだった。
東を見渡せば豊かな森林が広がり、その先には美しい岬がある。残念ながら未征服で魔境と呼ばれてしまっている立ち入り禁止区域・死の岬。
帝国の一件が片付いたあかつきには、領土化しなくてはならない土地である。
今歩いている場所は、海が近いせいか街道まで潮の香りが吹き抜ける。潮の香りが好きなソドムは、気分が軽くなった気がした。
将来は、のんびり釣りをしたり海で水練したりして暮らしたいものだ。
じつは数年前から「連邦王都では若い娘が白水着なるものを着て浜辺で遊ぶのが流行っている」という嘘を領内に吹聴させていて、春過ぎにでも流行りださないだろうか・・水に濡れれば透けて楽しかろう、などとと少し現実逃避した。
いや、このような油断するような場所こそ狙われるものだと、心を引き締め周りを警戒しながら歩く。
横で歩いてるシュラが話しかけてきた。
「あんたもキョロキョロと落ち着きないわねー。ハイキングがお気に召しましたようで」と無邪気に笑いかける。
シュラの装備は一番軽装で、革の鎧に片手斧と小盾。兜はかぶらない。ソドムやゲオルグが口を酸っぱくして兜の重要性を説いたにもかかわらず、だ。
戦でも旅でも危険なのは奇襲による先制攻撃で、弓での狙撃・物陰や建物の角での待ち伏せで頭部に一撃もらったら死亡・運良くても気絶したのち止めを刺されてしまう。
顔面を殴られただけでも意思にかかわらず涙がでて戦いづらくなってしまうのだから、できることならフルフェイスヘルムを着用してもらいたいところだ。
兜は邪魔だ、蒸れる、かっこ悪い・・・・その気持ちはよくわかる。
だから、ソドムも兜をつけない。
フルフェイスヘルムをつけるときは、素顔を知られたくないときのみで、基本はつけない。いや、つける必要がない。
防御魔法というより暗黒魔法の呪いなのだが、物理攻撃への耐性を身につけているからなのだ。アンデットと同じく冷気と毒への耐性もあるのだが、こちらの恩恵を感じるシーンは、まずない。
物理耐性の緩和具合は、絶命するような袈裟斬り(けさぎり)をうけても、軽傷で済むほどの防御力がある。
どんな場面でも余裕があるのはそのためで、シュラにバックドロップ(石畳に)や渾身の蹴りを食らっても割と平気なのはそのためなのだ。
ただ注意点としては、疑わしいほどの頑丈ぶりだと不信を招き、邪教徒の能力と思われてしまうため、演技でも痛いふりをするか、その手傷を負わせてきた相手は口封じに必ず殺すことにしていた。
この強力な効果の反面、弱点もあって・・火と光魔法に弱くなるのだ。本来、魔法抵抗の高いソドムだが、炎魔法が普通に効く。
光魔法に関しては、魔物でない限り、使われる心配はないが、もし使われたら結構ヤバい。
予想外なことに帝国に爆炎魔法を使う魔術師がいたため、目論んでいた戦術がどれほど潰れたことか。
まさかとは思うが、弱点までばれていたのだろうか。暗殺者がその魔術師で、奇襲攻撃されたなら・・詰むかもしれない。策士、策に溺れる・・のだろうか。
あ、しまった。今回は顔を隠すべきだったか・・だが、それだと暗殺者が見逃してしまって首謀者を炙り出せなくて困る、しかしトラブルは無いにこしたことはない。
などと色々な危険に対して警戒したり考えたりしてるのに、ハイキングだぁぁ?こちらの気も知らず能天気な小娘め。
まあ、茂助を連れてきているので奇襲よりもこちらが察知するのが先になるはずなので、先に見つければ勝機は十分にある、ここは大人になって適当に受け流すとしよう、とソドムは思った。
「思えば、ギオン公国を立ち上げてからは街をでることはあまりなかったからな。いろいろ考えてしまうもんさ」とサラリとこたえた。
後衛のソドム・シュラ・犬とは対照的に、最前衛のタジムとタクヤは終始無言で歩いている。
お互い嫌いという訳ではないが、任務中私語は好ましくないし、趣味嗜好が真逆なため、別段話すこともない。
タジムは、悪の首領である闇の最高司祭を倒すチャンスが来たことに高揚していた。干潟を乗り越えて大神殿に潜入する術がなかったため、生かしておいたまでで、ソドムか縄跳かどちらかはわからないが、侵入経路を知っているからこそ今の旅をしている訳なので、最高司祭の眼前に立つまでは神妙にすると決めていた。
タクヤは、日頃の運動不足がたたり甲冑を着ての行軍は辛く、小休止したくて仕方ない。いつもなら、ドムに不満をぶつける所だが、どうしても闇の大神殿に行かなくてはならないため、堪えていた。加えて、侍らしい格好が気に入ったらしく、少し行軍を楽しんでいたのだが。
そして、敵が現れたら誰よりも早く斬りかかり、修業の成果を見せつけ、皆の心胆寒からしめてやると・・若干足を引きずりながらおもっていた。
しばらく歩き、昼には1つ目の宿場に到着し、一行は小休止した。
まだ、行軍は続くため軽めの食事をすませて体を休めた。
食事は街に近いこともあり食材も豊富で、ソドム達のように急ぐ旅人のニーズに応えるため、ビュッフェ形式を採用していた。
そうしないと、各人がバラバラにオーダーし、多種類を調理するために時間がかかってしまいクレームに発展するからだ。
宿場といっても、近くに観光名所があるわけではないので、家が二軒程度の飯屋兼宿屋があるだけで高い木々もなく、殺風景な土地だった。
傭兵時代、諸国を放浪していたシュラが言うには、この先のゼイター侯爵領との境目あたりが先の大戦の決戦場で一度火の海になって荒れ地として放置されているのだという。
状況として、大和帝国主力20万とアスガルド連邦10万の激突であったが、最強生物である竜王が帝国軍の後方から攻撃を仕掛けたために戦況は一変し、まさかの連邦の勝利で幕を閉じた。
帝国軍死者は10万人、連邦軍死者は2万人にのぼり、両国は現ギオン公国の周辺を国境とし、停戦に至った。
帝国としては、竜王の介入は想定内で、弓兵や投石機などを準備しており、迎撃体制をとってはいたが、実際・・竜王は大きすぎた。
その大きさたるや城のごとしで、それに関しては想定外だったという。
その巨大さは兵の士気を低下させ、鱗は矢を受け付けず、吐き出す火弾は地上に落下すると大爆発を起こし周りを火の海にし、そのつど100人が死傷した。
さらに地上すれすれを飛来しては足軽達を牙や爪で引き裂いた。
地上に降り立った竜王の腹部めがけて、勇気ある侍が一騎駆けで騎馬突撃したが、人間の頭ほどの鱗一枚に槍傷すら与えられないどころか、槍突撃を食らっても気がつかないでアクビをする竜王を見て、帝国の大名から足軽達まで絶望した。
それを機に押されて防戦一方だった連邦が反撃に転じたため、前線は支えきれず統率などお構いなしに、てんでんバラバラに逃走した。
このように帝国人に恐怖を植えつけた竜王であるが、連邦と契約を交わしている様子もないことから、竜王の縄張りに帝国軍が侵入してしまったため、激怒したのではないかと伝えられている。
ソドム一行は小休止を終え、再び歩き出し、前述の決戦場付近でいかにも怪しい野武士の集団と遭遇することになる。




