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赤き鎧の侍

 夜に食事と共に軍議が開かれた。今回は、幹部に加えて経理担当のタクヤも参加した。

 


 炉端食堂・祇園は、週に一度の牛の日。牛が屠殺とさつされ新鮮な内臓ホルモンがオススメメニューとして格安で提供されるため兵士・傭兵・住人などで大盛況だった。

 


 公国は南国に近い気候なので、冬といえども肉類の保存・熟成には向かない。長くて二日以内に売り切らなくてはならないのだ。


 特に内臓は劣化しやすく、当日に売り切りたいために、薄利多売で販売し、「安くて旨い」と庶民の楽しみとして定着した。

 

 牛の内臓は胃が4つ(ミノなど)、心臓ハーツ肝臓レバー大腸シマチョウ、小腸が主な焼き材(焼き肉用の食材)として当日売り切り販売し、直腸てっぽうと盲腸は煮込み料理にまわされ後日メニューに登場する。

 小腸だけ量が多く食感も硬めなので、売りさばけないのだが、戦鬼トロール兵団達が内臓全般大好物なため、他の売れ残りの内臓と共に賄いとして引き渡される習慣となっていた。 

 ゆえに、普段無口で任務以外無反応な兵団のメンバーは皆ごきげんで、鼻歌まじりで巡回任務をしてたりする。

 


 メインの肉も捌かれ焼き材にまわされるが、サーロイン・フィレ・ランプ・Tボーン・Hボーン・バラ肉(あばら周りの部位)など、高額設定しても売れる部位以外は、いちいち切り分ける時間がないため、まとめてスライスし混ぜて提供する大衆的なスタイルを貫いてるのが祇園の特徴だ。見た目や食感の違いはあれど、味は同じだから文句はこない。

 


 牛が提供される日は、厨房メンバー徹夜決定のため、ソドムのはからいで特別手当を約束し、差し入れの酒を調理場宛に手配させた。

 

 何しろ、閉店後から売れ残った数十キロの肉を保存するための加工地獄が待っているのだから。

 

 基本は塩漬けだが、部位によっては茹でてから乾燥させたり、75度くらいのラードでじっくり煮込むコンフィにしたり、ソーセージにしたりと大忙しなのだ。

 

 


 

 幹部達が席に着いた頃、調理場の手伝いで肉をさばいてたソドムが呼び出され、着席した。


「今日の肉は絶対旨いぞ、サシは少ないが、しっとりとろける脂だったからな。」ソドムの言葉にお肉大好き女子のシュラが目を輝かせた。


「モモ肉とレバーは、生で食べれる鮮度だったしな」

ゲオルグとタジム、二人の巨漢はテンションマックスで、軍議どころではない。この時代の人々の胃腸は頑丈で、滅多なことでは腹を壊さない。


「ちなみに私はサーロインステーキ 1ポンド(450グラム)とライスにワイン、ソースは和風だな。やはり、パンより米だろ」かなりのご機嫌だ。オーダーしようと手を挙げるソドム。

 

 シュラは、ひたすらバラ肉とライスのローテーション食いを宣言した。焼き肉にタレをつけて、ご飯とともに食べる最強クラスの食べ方である。



 各々盛り上がって要望を言う中、ポールが片手で額を押さえながら


「まず、魔術師レウルーラ殿の話を決めてしまいましょう」と言って、楽しげな阿呆達をなだめた。

 


 戦時下という緊張感がまるでない。帝国軍は再編成しているだけで、攻め込んでこれない訳ではないということがわかってない。


 敵が万全な体制になるには1ヶ月かかるというのは目安であって、公国が油断していると知ったら、今にも攻めてくる危険はあるのだ。



(けい)(げん)は正しい。」ソドムは、我に返って座り直し見解を述べた。


「さて、縄跳からの報告で、例の案件は信頼するに足るという結論に達した。明朝、馬に乗り私自みずからレウルーラを担いで例の神殿におもくつもりだ。」早く話を切り上げるために珍しく真面目な返答をした。

 満席状態の店内なので、一応 重要な言葉は伏せる配慮くらいはしている。



「金貨100枚と旅費、タクちゃん いいよな?」と経理担当のタクヤをのぞき込む。



「いいが、条件がある」と、腕組みしながらソドムの方を向く。


「条件?」、何言い出すんだよ、このメガネ落ち武者は!と内心おもったが、表情には出さない。老師ザームの右腕であるタクヤとの関係は悪化させる訳にはいかない。


「俺も連れてけ」


「あ?」

 

「俺も連れていってくれ」ちょっと頭を下げるタクヤ。頼りない長髪がフワリと舞う。

 

「あのさ、観光行くわけじゃないんだよね」ソドム即答!


「私も動向させていただきたい!」野太い声でタジムが言う。


「悪の親玉を退治したいだけなんだろ!?ダメ、却下。倒されちゃ困る」ソドム即答!


「護衛のあたしは行かないとねっ」シュラがニッコリ微笑む。


「1人の方が、トラブルなりにくいの!」ソドムまた即答!


「父上、私も旅の通過点で連邦王(実父)や兄に援軍の御礼を致したく‥」控えめにアレックスが言ってみた。


「今は戦時下、俺とお前がまとめて暗殺されたらどうにもならん。連邦王やつには、俺がよろしく言っておく」ソドム、応対に息を切らしはじめた。



 中でも、タクヤが一番ごねた。国の金を握られてるだけに、断りにくい。


「馬を借りる資金がもったいないし、そもそもタクちゃん、馬に乗れないだろ」あきらめてくれと、ソドムは目を伏せた。   

 

 軍馬は高級品、祇園公国では騎馬隊がない。偵察・連絡の兵と、戦で指揮する一部の騎士しか保有していない。それ以外は、レンタルである。


 野生の馬や荷運びの馬と違い高額になる理由は、手綱に忠実に応じるのはもちろん、戦での怪我や音に驚かないように訓練されているからだ。


 一般相場で軍馬は金貨10枚(大和帝国100万円)以上して、月々の維持費も相当かかる。




 ソドムは色々抵抗を試みたが、多勢に無勢、そして、早く話を切り上げてステーキを食べたいこともあり、ソドムが折れて数人でパーティーを組み、徒歩で闇の神殿に旅立つことになった。



 ポールは、呆れてなにも言わなくなった。どう考えても公王が馬で数日で行き来するという案が最良なのだが、こいつらがいなくとも支障がない訳だし好きにさせよう、と諦めていた。



 ソドムは一応、パーティー構成を頭の中で整理してみた。


【前衛】タジム(ロード)、シュラ(戦士)、タクヤ(会計士)、ソドム(ロード)

【後衛】縄跳茂助(忍者)、パプア(高司祭)、レウルーラ(犬)


 な、なんだこのパーティーは、バランスおかしいどころか、戦力外が半分もいるじゃねーか。なんだよ会計士って、茂助もパプアも戦闘苦手じゃなかったっけ。


 まじかよ、ホントに自分独り馬に乗ってチャチャっと行って解決したいんだが、とソドムは諦めきれない。



 まず、この場にいないパプア司祭は除外しよう。多少の怪我ならロードが治すことができる。

 茂助は斥候せっこうとして使えるから良しとして、タクヤは…骨太で筋肉質なのだが、武の経験がまるで無い。変に威張るし、本当のお荷物だった。


 暫くステーキを食べながらソドムが考えて、


「すいませーん、ワインもう一杯お願いします」と、謙虚にいった。


 ここで、身分が高いからと横柄な態度をとってはいけない。

 立場の弱い相手に威張るのは、女子達に悪印象を与えるのは当然として、統治者は腰が低いくらいが人気を支える秘けつなのだから。

 

「実るほど、こうべを垂れる稲穂かな」という教えだが、なかなか実践は難しい…偉くなったら威張りたくなるのは人情だし、ソドムのような成り上がりはともかく、代々貴族だった場合は絶対できないだろう。世襲せしゅう制の弊害の一つかもしれない。

 

 そのため、連邦王は息子達を幼い内から養子にだして、特別扱いを避け、健全な成長を期待した。

 実際、第二王子であるアレックスは、見事な好青年となったのだから、その方針は正しかったといえる。



 で、タクヤが戦闘能力がなく役に立たない件だが、導き出した答えは【一夜漬けで訓練させる】だった。


 筋力などは戦士なみにあるのだから、多少訓練すれば対峙した相手から即殺されずに時間を稼げるかもしれない。粘りさえできれば、他のメンバーからの助太刀が間に合い生存率が上がるからだ。


 ソドムは、意を決してタクヤに言った。

「行きたいのは分かった。ただし、戦闘訓練をして多少なりとも戦力になるのが条件だが」心の中で、面倒だから断ってくれと願いながら。



「よっしゃ、どうすればいい?」身を乗り出して言うタクヤ。



「お、おう。そうだな、町外れにある剣術道場に頼み込んで明朝まで徹夜で稽古をつけてもらうとしよう」と言って、茂助に先行させて先方に内諾をとらせることにした。


 道場にとっては迷惑以外なにものでもない申し出だから、後で礼に伺わねばなるまい。


「今から!?徹夜で?運動嫌いの俺がか?」難色示すも、冷静に利害を計算し、タクヤは渋々・・道場で剣術を習うことを受け入れた。心なしか、先ほど活き活きした目をしていない。


「ささ、行った行ったー!」と、立ち去るタクヤに面白がってシュラがはやし立てた。


「立派な侍になって帰ってこいよ!」、肩を震わせ笑いを堪えてソドムが手を振る。


タクヤが髪をふり乱して振り返り、

「なんで侍限定なん?職業ならカッコイイ君主(ロード)とか魔術師(メイジ)とかがいいんだけどよー。」また、ゴネた。


「君主なめんな!剣術どころか神聖魔法も覚える必要あるんだぞ。魔術師は、最難関職業だから徹夜では魔法すら扱えんわ」


「戦士系は研鑽も必要だが、短時間で少しでも成長を見込めるから、まず習ってこい!」、ゴネられてばかりなので、ソドムの口調が少し荒くなる。


「それに、迎撃戦での戦利品で刀と具足(大和の鎧)が沢山あるから、経費削減のためにも侍になれ!」


 経費削減という言葉で、会計士魂に火がついたのか、

「分かった、侍になってくるわ」案外素直に言い


「だが、無事戻ったあかつきには、貴様らをなで斬りにしてやるからな!」と、意味のわからない捨て台詞を吐いて、のっしのっしと店をでた。


 食堂の幹部達は、落ち武者ヘアだから侍にさせられたのをわかってたから、笑いを堪えるのに苦労し、彼が立ち去ってから解放され、大爆笑した。


「ホントの落ち武者なるんだね!」涙を流してシュラが笑いころげ、上手くいったとソドムも笑った。


 だが、実際のところ剣の基礎は重要で、我流(がりゅう)で戦闘に参加すると死傷率が高い。シュラのように戦闘センスや反射がいいなどなら生き残れるが、大概は若気の至りで早死にするものだ。


 例えるなら、斬りかかれた時に、ガッチリ受けるか・受け流す・かわす・相手より速く斬ってしまう、などの選択肢から一瞬で最善の答えを選ばないと負ける訳で、日々の鍛錬と実戦経験、あとは盤上の戦いでいうところの定石(または、定跡)のような先人達が残した、その状況での最善策を身につけていれば勝率は上がる。


 フェイントや拳闘のワンツーパンチなどは、つい反射的に相手がつられて隙ができるため、次の必殺の一撃が決まりやすい基本の技だ。

 これは、よほど対策を訓練していないと、フェイントが予測できても、つい体が動き隙ができてしまうので、素人や我流剣士さらには魔物にも大変有効なのだ。

 

 戦場で負ける・失敗するということは、死ぬことなのだから、やはり基本は必須である。面倒くさがれば、死ぬだけのことなのだ。


《ん?戦闘が苦手な忍者・縄跳 茂助も訓練すべきか》とも、ソドムは思ったが、わざわざ言わないだけで、奴はかなりの手練れのに違いないと結論づけた。


 本来、忍者自体「俺、忍者やってるってばよ!」などと素性を明かすはずもなく、まして暗殺術をひけらかすわけがないのだから。



 さて、方針も決まり幹部達は焼き肉を堪能し、明朝出立するメンバーは各々の寝所に向かい、旅の支度をして眠りにはいった。


 アレックスとポールたち、残留組は念のため防衛の打ち合わせに移行した。



 戦歴上、ソドム不在時に指揮をとるポールからすれば、先の戦いで役にたたなかったメンバーが旅立つ訳だから何の支障もなく、いないほうが何かと上手くいく、と清々した思いだった。



 その頃、タクヤは深夜にもかかわらず、ひたすら素振りをさせられていた。上段に構え、踏み込んで振り下ろす、これを何百回やっただろうか。


 手のひらの血豆は潰れ、足の動きは鈍り、掛け声もかれてきた。汗でメガネはズレて斜めになり、髪は張り付き、まるで頭からバケツで大量のワカメやモズクをぶっかけられたような見た目になっている。


 止めてよし、と言われたのは朝日がでてからであった。ただただ徹夜で、木刀を振り下ろしてるだけの訓練だったが、実戦で通用するかはわからない。


 ソドムとシュラは寝る前に道場に立ち寄ったのだが、様子をのぞき見て爆笑。笑い疲れて、よく眠れそうだといって帰路についた。




 朝になり、ギオン城の前に遠征メンバーが集結した。晴天に恵まれ、快適な旅路になりそうだ。

 なにせ、雨が降るとローブを羽織る程度ではズブ濡れで歩かねばならず、後で服を乾かすのも一苦労、おまけに生渇き臭がパーティーにたちこめて不快極まりない。

 さらに言えば、水浴びや風呂以外で顔が濡れたまま長時間いるのは、士気が下がるものだ。



 そう、旅はやはり晴れに限る。

 


 メンバー全員、自分の武具以外に軽食と水という軽装なのだが、その理由は大陸の主要な町をつなぐ街道には、だいたい大人が歩いて半日くらいの距離に安い宿場があるからで、飯や寝床に困らないからである。

 また、街道は各国の伝令兵やその護衛も使用するため、治安は悪くない。

 

 普通の旅人はのんびり休みながら歩いて一つ目の宿場で泊まるが、急ぎの者は休みなく歩くか馬で駆けたりして2つ目の宿場に泊まったりする。



 ギオン公国一行は、後者の「休みなく歩く」ことで連邦王都を目指すことにした。イメージとしては、早朝に出発し、一つ目の宿場で昼飯を食べ、夜までに2つ目の宿場に到着し晩飯を食べて寝るという旅となる。だいたい片道1週間の予定で、帝国の再侵攻前には楽に間に合う計画だった。

(大和帝国に攻め込まれたため、帝国地名の祇園という漢字を国名としているのはいかがなものかという声があがり、先日・・ギオン公国に改名することに決まった。以後、ギオン公国と表記することとなる)



 最後に登場したのは、赤い漆塗りの甲冑を身に着けた侍。


 兜には三日月の前立て、立派な白髭(しろひげ)つきの面具をつけて、風格ある当世具足を着込み、背には旗差物をさしていた。そう、タクヤだった。

 旗指物には、行書体でなにやら書いてあるが、残念ながら読めるものはいなかった。


  ここまで装備がしっかりしていると、対峙した敵も手出ししにくかろう。そして、メンバーも話しかけ辛く・・皆スルーして出発することにした。


【前衛】タジム(君主)、シュラ(戦士)、タクヤ(侍)

【後衛】縄跳茂助(忍者)、レウルーラ(犬)、ソドム(君主) 

 


 ただ、一点ソドムが注意はしたのは



「旗差物は、やめようよ。旅で目立っても、危険が増すだけだからさ」と、哀れむ目でいった。


 タクヤは、見事な侍ぶりにチヤホヤされるはずが、相手にされなかったので、いじけて話など聞いておらず、無言でノッソリ歩き出した。

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