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闇の儀式

「世の災厄は、邪教徒の仕業」そうささやかれる暗澹とした、剣と魔法の世界。


 ・・・・確かに、そのとおりなのかもしれない。

 両脚が潰れ、気を失っているシュラ。その出血も多く、致命傷に近い。


 大陸最高の回復魔法を使うユピテルであったが、魔力枯渇と回数制限により治すことができない絶望的状況であった。



 しばらく取り乱していたソドムであったが、新妻の手前もあり冷静さを取り戻した。

(そ、そうだ!シュラは普通の人間ではなかった。道徳的にアウトだが、手はある!)


 ソドムは、シュラに寄り添っていたタクヤに指示をだした。その声は、とても落ち着いている。


「タクちゃん、気絶したシュラを叩き起こしてくれ!そうすれば、なんとかなる」、そう言って自らも近くソドム。



「わがった」、タクヤは大和訛やまとなまりで返事をして、片膝をつき・・・


 仰向けに倒れてるシュラの茶色い髪をむんずとつかみ、無理やり座らせ、「バチッ!バシッ」っと、容赦のない往復ビンタを繰り出した。タクヤの頼りない長髪がフワリフワリと宙を舞う。


 生真面目な男なので、目を覚まさせるという目的の為には手段を選ばない。女の子相手だから、手加減するという発想はまるでないようだった。


 その隣では、レウルーラが驚き・・やり過ぎを止めるようにソドムに目配せした。



 荒々しいやり口をの当たりにしても、ソドムは止めない。


 なぜなら、魔人の物理耐性プロテクションがあるので、そのくらいしないと意味がないと思うからである。

 おそらくは、往復ビンタといえども ほたほた とほほを叩かれてる程度にしか感じないはず。



 ビンタ10発目くらいだろうか、シュラの意識が戻った。



いだいぃ、さ寒いぃ・・」、顔色は悪く声もか細い。



 ソドムはシュラの上半身を支えて力強く励ます。


「よし、もう大丈夫だ」



 タクヤとレウルーラが目を合わせる。

(どこをどう解釈したら、大丈夫なんだろう・・)



「お前は、俺の眷族・魔人だ。血を吸えば傷など治る!」、肩を抱き対処方法を伝えるソドム。だが、シュラの目はうつろだ。


「タクちゃん、腕貸してくれ」、そう言ってタクヤの毛むくじゃらな腕を掴み、シュラの口元に引き寄せる。


 ソドムも必死だ、なりふり構っていられない。シュラが魔人だということを冴子に知られてもかまわない、まずシュラを救うことしか考えてない。


「さあ!噛みついて血をすすれ!」、もはや完全に人外の会話である。


 かぷり、っとタクヤの腕に噛みつくも、瀕死の重傷の為に力が入らないシュラ。


 

 タクヤは、この展開についていけないでいる。

(ん?魔人って何だ?血を吸って治るもんなのか?)


「ダメみたい、噛みつく力が足りないわ。吸血する体力すらなさそうよ」、そう言ってレウルーラは打開策を考えた。

(何も噛みつきにこだわらずとも・・)


 レウルーラはチラリと幹部が腰に差している短剣を見て閃いた。

「タクヤさんの腕に切り傷をつけたら、どうかしら!?」他人事ひとごとなので無茶を言うレウルーラ。



「断る!」、タクヤは即答した。



「わかった、いい魔法がある・・」、そう言って暗黒魔法を唱えるソドム。



 最高司祭ユピテルは出番がないので見守るしかない。

(ソドムも意外に情が深いなぁ。昔はドライだったもんだけど。さて、お手並み拝見かな)


 そして魔法が完成する。

「これでどうだ!【狂戦士バーサーク】」、紫色オーラがシュラの周りに沸き立ち、吸い込まれるようにシュラの体に吸収された。



「ガアァ!」 シュラは咆哮しながら、牙をむき出して威嚇する獣のような表情になり、両手でガッシリとタクヤの腕をつかんだ。



「なるほど!痛みを減らして凶暴化させ噛みつかせるのね!」、こんな状況でも淡々と分析する研究熱心なレウルーラ。暗黒魔法は詳しくない冴子だが、いい機会なので後学のために聞き入る。



 血を分け与える側のタクヤとしては、女の子にかじられる程度の話が、怪物に腕ごと噛みちぎられそうな展開になって青ざめた。

 シュラは正気を失って、大口を開けてよだれを垂らしながら噛みつこうとしているのだから堪らない。


「おい、軽くだぞ!」、そう言って噛みつこうとしているシュラの額を押さえながら念を押した。


 押さえつけられながらも、「ウン、ウン」と首を縦に振るシュラ。



 力負けしたタクヤは、ついに噛みつかれた。


っでぇぇ~!」、本気で噛みつかれ肉まで食い千切られそうになり、甲高く絶叫するタクヤ。


 シュラはかまわず、より傷口を広げ、大量の血が流れるように左右に首を振った。

 腕の外側をかじったため、動脈を破ることは叶わなかったが、少しは血を飲むことができたシュラ。



 やはり、吸血の効果は絶大で、両脚の出血は止まり、顔色も良くなった。

 血の質か、量なのかはわからないが、傷の再生までには至らないまでも、会話できるほど良くなり、命の危機は脱したと周囲の者たちにも分かった。



 悶絶しているタクヤをよそに、シュラがしゃべった。


「マズい・・デスリザードマンのがマシだった」、顔中血だらけのシュラは、苦手な人参を無理に食べたような顔で言ってのけた。



「ばかやろう!だったら飲むな!」、タクヤは激昂し、咬まれてない方の手でシュラの顔面を殴る。


 

 女をぶん殴るのは如何いかがなものかと、皆が思ったが・・わからんでもない・・とも思った。タクヤが拒否った以上、次なる生贄が必要になるのだが・・・シュラの激しい噛みつきを見たために、名乗り出る者がいない。



 仕方なく、本当に仕方がなく、誠に遺憾ながらソドムが腕を差し出すことにした。味としては冴子やレウルーラの方が美味いと思われるが華奢きゃしゃな女性の腕では、もぎ取られかねないので嫌々腕を差し出すソドム。


「さあ、俺の血を飲め・・・」そう言ったソドムは、噛まれた傷と血を見たくないので顔を背ける。



 血に飢えたシュラは「いただきます」も言わずに、噛みついた。



 が、歯が立たない。人間の歯では、ソドムの物理耐性に対して歯型をつけるのが精いっぱいのようである。


「やっぱり、ナイフで傷つけたほうがいいみたいね」、レウルーラは他人ごとなので簡単に言った。



「いや、わざわざ刃物で斬りつけられるのは・・・嫌だぞ。噛まれるほうがマシな気がするのだが」、とソドムは抗議した。



「じゃあ、内側はどうかしら。二の腕の内側なら筋肉も少ないし皮膚も柔らかめじゃない?」、すぐに代案を出すレウルーラ。



 それなら噛めそうだな、と納得するソドム。

(いやいや、それ痛そうなんだが・・。肌質・肉感で言えば、絶対レウルーラが柔らかく美味そうな・・・とは言えんし)


「むぅぅ、二の腕内側かぁ。はぁぁ~、さすがに痛いんじゃねーのか」、やっぱりボヤくソドム。



「俺だって痛い思いしたんがら、ドムもやれよ!義父おやだろ、娘を助けろ!」、タクヤは腕の圧迫止血をしながら、道ずれ欲しさにソドムに迫り、

「まさか、恐いのか?あ?」と煽る。


 挑発に弱いソドムは、過剰に反応して強がった。

「おいおい、身内のために体張るのは当たり前だぜ。恐いとか関係ねぇんだよ!」と言い放った後、決め顔でレウルーラの方に振り向くソドム。

 堂々と腕まくりをして、二の腕をシュラの前に差し出した。




 今度は、すぐにカブりつかないシュラ。なにやら、こだわりができたようだ。

 

 血は止まったとはいえ、重傷には変わりがないので、息も絶え絶え嘆願した。


「ご、ごめん。夜にサシの入ったサーロイン満喫したから、今は・・・さっぱりとした牛モモ肉みたいな赤身が食べたいの。・・・・で、どうせなら子供の頃の絵本にでてくるような大きな肉を頬張ってみたい・・」と、さらに痛そうな太ももの内側にカブりつきたいと駄々をこねた。



 大見得切った手前、断れないソドム。

(本気か!?絶対痛いだろソコ。てか、またパンツ姿にならなきゃいけないのか?さっきまでは、流れ的に皆下着だったから気にならなかったが、人前で改めて脱ぐのは・・・どーなんだよ!恥ずかしいだろが!)


 冴子やレウルーラ達の目が、「瀕死の女の子の願い叶えてあげて」と言わんばかりにソドムに向いた。逆の立場なら断るのだろうが、そこは他人事なのだ。



「・・・・わかった。助けるためなら・・・仕方がない」、そう言ってズボンを下ろしシュラをまたがる形で右内腿を差し出した。バランスをとるのが難しいので冴子とレウルーラがソドムの手をもって支えた。


 肉を前にした獣のようにギラつくシュラの眼。左手でソドムの右膝をガッチリおさえて、右手はつかみやすい局部あたりを掴んだ。


「ちょ、そこ掴むな!」とソドムが抵抗したが、


「ソドム王、我慢してください」と、男事情にうとい冴子に叱責されてしまう。



 シュラは右手で掴む場所に、別段こだわりはなかったのだが、段々と硬くなって持ちやすくなったので、万全な体制を築けて満足している。


「では・・いただきます!!」と、瀕死の魔人とは思えない元気な声を出し、大口を開けて噛みつくシュラ。当然、噛みつかれたソドムは


「が!ががぁ!」と苦悶の表情で唸る。その顔を見たレウルーラ達は今更ながら同情した。


 

 そして傷口からは、タクヤの腕の時とは比べ物にならないくらい血が溢れた。

 

 ごくごくと喉に流し込みながらも、舌で転がすように味わうシュラ。

(なにこれ・・・美味しい・・。全然生臭くないし、適度な塩気に微かな甘み・・濃い牛乳やサーロインステーキのような旨味、そしてクドすぎない喉越し、鼻をぬける甘美な香りと余韻・・・こんな飲み物・食べ物は今までになかった。100点満点中1000点ね!)と、心で無茶苦茶な批評をしながら夢中に飲む。


 シュラの傷はみるみる回復し、肉が盛り上がり、骨や皮膚も再生して5分ほどで元通りに治った。

 その間、ソドムはみるみる衰弱したので、心配したレウルーラが手をさすってソドムを励ます。


 完全に傷は治ったシュラ。あまりの美味さに飲むことをやめられずに吸い続けていたのだが、ユピテルが気が付いてやめさせる。


「そんくらいにしないと、ソドムが倒れちゃうよ」と言いながらシュラの頭をポンポンと叩いた。



「あ!美味しくて・・つい」と、シュラはバツが悪そうにソドムを解放した。



「お、終わったか・・」、一応シュラの回復を確認して、フラつきながらも自らに回復魔法をかけるソドム。

(まあ、なんにせよ助かってよかった・・・・俺もな!次から吸血は敵限定にしないとダメだな。こっちが死にかけたわ!)


 シュラは口に着いた血をぬぐい、立ち上がって足の具合を確かめる。少し歩いてかがんだり、飛び跳ねても、全く問題がなかった。



 幹部ドゴスは、シュラ達に改めて頭を下げた。

「申し訳ありませんでした」


 なんとか立ち上がったソドムは、これ以上謝る必要はないと伝えた。

「まあ、なんとかなったから気にしなくていい」、怒ったところではじまらない。



「そ。あたしは このとおり元気だし!こっちこそ、急にくすぐっちゃってゴメンなさい」シュラは能天気に言った。



 ソドムは親指で目頭を押さえて、やや沈黙する。

(ん~!トラブル起こしたお前が言うな!いや、まあいい・・結果的に魔人の能力を知ることができた。つまり、苦手な神聖魔法や炎で重傷を負ったときに、血を吸えば死なずに済むわけか)


「だな、無事でなによりだ」、と度量の大きさを見せてレウルーラを抱き寄せた。小声でシュラを魔人にした【暗黒転生】の魔法説明をレウルーラにした。


 レウルーラは、自分が犬であった10数年でソドムや冴子が高度な魔法が使えるようになっていることに、驚きを隠せない。

 特にソドムの個人魔法オリジナルスペルは、興味深い。成功率は低いとはいえ、ソドムとシュラの二人が超越者ともいえる魔人になったのは凄いと思い素直に褒める。


「魔人とは頼もしいわね。戦いになった時に近場の敵を任せて、召喚に集中できそう」


「それだけじゃなく、シュラは金剛聖拳を会得したから、詠唱終える頃には粗方片づいてるかもしれん」、ソドムは自慢のしもべであるシュラを指差した。


「それはもう規格外じゃない。本当に一人で小競り合いなら片付けてしまいそう」

(もう少し思慮深ければ、トラブル引き起こさないんだろうけど)


「ああ、戦士としては超一流といえる。だが、もっと場数を踏まないと不覚をとるかもしれん・・」傷が治り、リハビリがてらにストレッチしているシュラを見ながらソドムは思う。

(おそらく、金剛聖拳は相当体力を消費するはず。そうでなければ、タジムやファウストが剣メインで戦わないだろう。体力・筋力向上させれば、武器に頼らず金剛聖拳だけで戦うことができるようになるだろうか・・。)


「よし、決めた!俺は心を鬼にしてシュラを鍛える。そして、大陸最強の戦士に育て上げてみせる!」護衛であるシュラを鍛えることが、結果的にソドムとレウルーラの命を守ることに繋がると熱弁した。


「確かに、護衛が強いに越したことはないわ」、レウルーラが賛同する。


 レウルーラの認可を得たソドムはニヤリと笑う。


「大陸五指に入るタジムを超えることが分かり易い目標だから、訓練内容は過酷になるかもしれん。旅の荷物持ちは当然として、皆が一服してるときに空気椅子させたりするだろう。だがそれは鍛えるためだ、わかってくれるな?」鬼畜な訓練を説明し、改めてレウルーラの心情を見極めようとした。


 ここで反対されたら、あっさり引き下がる程度の話であって、夫婦喧嘩してまでゴリ押ししたい案件ではない。


 だいたい、ソドムとレウルーラのような大物が、夫婦喧嘩したのなら大陸全土が震撼する規模になるであろう。己の遊び場である大陸を荒廃させる気はサラサラないし、レウルーラと争いたくもないソドム。


「ええ、わかったわ。それがシュラちゃんの為にもなるなら」、レウルーラは納得してうなずいた。



 ひと段落したのを見計らい、ユピテルがソドムに話しかけてきた。

「やるな、ソドム。回復魔法ではなく、魔物の力で瀕死の重傷を治しちゃうなんてさ」


「いえ、魔人とやらの吸血能力には半信半疑でした」


「人間辞めてるのは知ってたけど、魔人とはね」、ユピテルの目は自然とシュラを追いかけている。


「ああ、そうだ。最高司祭引き継ぎ忘れてた。悪いけど、衣装取ってきて!」と、ユピテルは幹部の男に声をかける。持ってくるべき物を察したドゴスが、うやうやしく頭を下げ、奥の院に向かった。



「あの・・奥の院で儀式をするのでは?」冴子はユピテルに確認する。


「どうせ、直ぐに終わるから、ここでやることにする」と、まるで手土産を渡すかのように気軽に言った。


「そ、そんなもんですか」、ソドムは面倒な儀式じゃなさそうなので、少しほっとしている。




 遠目に衣装を持ったドゴスが戻って来るのを見たユピテルは、説明を始めた。

「じゃあ、ざっくりと説明するよ。まず、わたしと対象であるソドムが向かい合い、互いに目を見開く。そしたら、わたしが頭突きして完了だ。その瞬間に、目から目へ・・赤いアレが移るから」


「それで?」


「え?以上だ」、ユピテルは腕組みして答えた。相変わらず、透け透けのネグリジェを恥じる様子はない。


「赤いアレが・・移ると、俺の目が赤くなり、影武者シャドーサーバントなんかも使えるようになるんですな?」


「そ、簡単でしょ?まあ、資格あるソドムだからこそ譲り渡せるっことは覚えておいてね」


 簡単すぎて、辺りがざわつく。


「はぁ・・・ありがとうございます」、ソドム少し頭を下げる。その表情は喜びだけではない、複雑さがあった。

(さっき、「ちょうどいい」みたいな事を言ってた気がするが・・・)



「そうそう、最高司祭を引き継ぐと、信者達の大規模戦闘で発動する【邪神の加護】なんだけどさ、その時に上空に投影される巨大な邪神は、最高司祭の姿なのよね」


「・・・ということは10数年前に発動した時に見た邪神は、それっぽい衣装を着たザーム老師だったんですか?」ソドムは、首を斜めにして・・イマイチ信じられないでいる。


「察しがいいじゃないか。最高司祭になるということは、神の末席に加わることに等しい。まあ、魔法の力をロクでもない用途にしか使わないから邪神って呼ばれるのは仕方がない。んで、【邪神の加護】発動による魔力消費は、最高司祭が担うんだけど、ソドムくらい無駄に魔力が多いヤツにとっては、微々たる負担だから安心していい」



「ちょっと待った!じゃあ、風呂に入ってる時に【邪神の加護】をどこぞで使われたら、巨大な裸が大空に投影されてしまうってことですか!?」

(常に見られてもいいようにスタンバイしている生活なんて・・冗談じゃあない!)


「それは問題ないよ。でなきゃ、わたしもこんな格好している訳ないじゃないか」


「投影される姿は、引継ぎ直後の姿だから大丈夫。で、最初に認識された姿が毎回使われるみたい」



「なるほど、魔法を皆にかけているカッコいい動きを三秒ほどすれば終わりってことですな?」


「うん、簡単だろ?認識が始まるときは、なんとなく見られている感覚になるから、その間に 魔法をかけてるポーズをすればいいだけ」



「わかりました。士気を上げるためと、顔バレを防ぐために邪神の衣装を着こむ・・と」


「そういうこと。大規模戦闘なんてないだろうけど、一応カッコいい仕上がりにしといたほうがいいから」



 ユピテルは、ソドムの前に立ち頭を掴んだ。ソドムの背丈は女性並みなので、頭突きに支障はないと確認しているようだ。


「では・・リハーサルはじめるよ~。いい?わたしの目を見つめて・・・・閉じるんじゃないよ!」とハスキーな声で念を押す。



 ソドムは物理耐性があるので、頭突き程度は怖くもなんともない。


「はぁ・・・」と気のない返事をした。正直めんどくさいソドム。



 あれやこれやと説明してやってるのに、当の本人が無気力でムカついたユピテルは、本気で頭突きをした。


「ゴスッ」っと鈍い音がして、レウルーラ達は驚いた。練習なのに頭突きをするとは思わなかった。


 その瞬間、ユピテルの両目から赤いナニかが飛び出し、ソドムの目に移った。



「い、いだだぁぁ」後ろに倒れ、両手で顔を押さえる。

 悪気はないのだが、ムカついていたユピテルは、自分の額をよりダメージの大きいであろう鼻めがけてブツけたのだった。

 戦いにおいて、弱い部位を狙うのは当然で、ついそのクセがでてしまう。



 驚いたレウルーラは、ハンカチを取り出しソドムに渡し、介抱する。



 練習と言っておきながら頭突きをされ、両目に異変を感じていた。

 痛くはないが、ナニかがしみ込んだ感じがする。


 ソドムとて、ただでは転ばない。

(これは・・・引き継いだのかもしれん。シャドウサーバントを使って、回復魔法を二重でかけてみるか・・・)


「あ、姉御・・。【影武者】は詠唱がいりますか?」鼻血を拭きながら涙目で問いかける。その虹彩は赤い。


「ご、ごめ。つい本気まじ頭突きしてしまった。うん?魔力は大量に使うが詠唱はいらない、念じるだけだ」らしくなく動揺しながら答えるユピテル。ソドム同様、根っからの悪人ではない。


「では・・・・」そう言って、目をつむり念じる。


 

 ソドムの影が揺らぎ、その影が成長するかのように大きくなり、ソドムと同じくらいの人型になった。


 試しに右手を上げてみると、真似して右手を上げる。では、念じて・・違う動きを要求すると・・それに従った。同じ回復魔法を詠唱しろと念じたところ、回復魔法の重ね掛けをやってのけた。


 使いこなすには時間がかかるが、効果は上々。信仰心のないソドムのショボイ回復魔法でも、光の司祭と遜色ないくらいの結果がだせる。一撃で倒されてしまう短所があるとはいえ、使い方次第では・・かなりの効果を期待できそうだった。


 いや、ロマンというべきか。影の腕だけ増やして四刀流、剣撃と同時に暗黒魔法使うなど、今後の妄想に一瞬ふけった。


「これが【影武者】・・。素晴らしい効果ね。邪神というのも大げさじゃないかも」レウルーラは舌を巻いた。仮に、引き継いだのが攻撃魔法が得意な魔術師だったなら、遠方から魔法をかけて100人くらいを爆殺することができるだろう。【影武者】を前面に配置しておけば、狙撃対策にもなる。どちらかというと、魔術師系と相性がいい能力といえる。


 ・・・そう考えると疑問がなくもない。

(なぜ、このような強力な力をザームとユピテルは手放す必要があるのかしら。大きなデメリットが隠されているのか、それとも・・・この力が不要なほどの力を保有しているか・・・とは、考えすぎよね)



 と、突然ソドムが叫ぶ。


「おおぉぉ?なんか見られてる感じがするぞ!?姉御、これが・・投影の姿を決める前兆ですか!?」、少しあわててえりを正し、すっくと立ちあがるソドム。レウルーラは、顔に着いた拭き残しの血をぬぐいながら、一緒に立ってソドムを支えた。


「あ!?始まるかぁ!ドゴス、急いで!」ユピテルは幹部の男に急ぎ渡すよう指示を出す。

 ドゴスとしては、訳が分からない。衣装が届いていないのに勝手に始めておいて、こちらに非があるように言われても・・理不尽というものだが、ユピテルの配下のあるあるなので、怒りの感情はない。


「は、はい。すぐに!」、そういって走り寄るドゴス。  


 冴子は、幹部ドゴスの忠実さとユピテルの奔放さに可笑しみを感じている。

(全然、邪悪じゃない人たちね。悪魔に変身する暗黒魔法といっても、元々いた悪魔に無害な彼らがなり代わったとしたら、世の中に貢献したことになるんじゃないかしら・・立場上言えないけれど)


 その冴子の体は、一瞬の隙に宙に浮いていた。というか、胴をつかまれ担ぎあげられていた。


 冴子を肩に担いだのはシュラ。作業員が土嚢どのうを担ぐかのように自然と、軽々と担いで歩き出す。


「冴子さん、ごめんねー」そう、事後報告するシュラ。一方、冴子は重心が腹にきているため、抵抗しにくい状態になったので、良いも悪いも答えようがない。


 

 シュラはソドムの前まで来て冴子を下ろすと、ちょこんと座り右手でソドムの服を引っ張り、

「ねぇ?こうすれば、あたしたちも投影とかなんとかに出れるんじゃない?」と、左手でポーズを決めながら話しかけた。



「あ?」全然理解できないソドム。片手で顔の傷をさすって治り具合を確かめている。



「だ・か・ら、記念にどうかなって?そうすれば、戦争とかで、あたしらがバーンと空に映し出されるわけでしょ?おもしろいじゃない!」ソドムを見上げて言った。冴子もつられて見上げる。



 ソドム、やっと理解した。



「おいおい、お遊びじゃないんだぞ。どけどけ!」そういってシュラ達を追い散らす。シュラはともかく、冴子とレウルーラにとっては、とばっちりでしかなかったが。


 ソドムは、見られてる感覚の中、ドゴスから衣装を受け取り、手早く着込み仮面をつけ、禍々(まがまが)しい杖を構えて、魔法をかけるしぐさをした。

 


 角付きの骸骨のような不気味な仮面、やたらと棘がついた漆黒の鎧に、豪華な金の刺繍いりの紫のマント。そして、仮面の奥から覗く深紅の眼光。


 どこからどう見ても、邪神にしか見えない。これが、空を覆うように投影されるのだ、対峙するものは、それだけで戦意をなくすることだろう。



 ザームの配下でもあるタクヤは、感慨深い。

「馬子にも衣装だな」と、小さく呟いた。




 ・・・・・何かに見られている感覚が終わらないので、10バージョンほど魔法のしぐさをするハメになったソドム。一人で動き回っているので、後半は恥ずかしくなってきていた。


 このことは後の伝記には記さないようにしようと心に誓ったソドムであった。



「ふぃ~、姉御・・終わりましたよ」、ぐったりしながら仮面と衣装を外すソドム。


「悪かった、急に始めちゃって。でも、これで終了だから。お疲れ!」ソドムをねぎらうも、肩の荷が下りたような軽い口調のユピテル。もはや、今後のことを考えていた。



「これで闇の教団は解散だ。宮廷魔術師長殿、今後の段取りの話をしよう」、冴子に向き合うユピテル。闇の信徒を逃がす方法、連邦騎士を受け入れる日にちなど、決めることは山ほどある。



 ソドムは、いきなり蚊帳の外になりながら、二人を見つめる。

(え~、最高司祭の儀式・・軽すぎるだろ!こんなんでいいの?てか、どうでもいいんだろ?)



 冴子は仕事モードに戻り、淡々と話を進めた。最初から占拠する気で来たのだから、手筈てはずは整っている。


「少し騒がしくなりますが・・・」そう言って、干潟の方へ歩きだす。背中に背負った大量の秘薬を地面にばら蒔き、魔法の詠唱を始めた。


 魔法に詳しいレウルーラでも、何が起こるのか見当がつかない。



 魔法が完成すると、広範囲にわたって干潟が白いモヤに包まれた。それは、高く舞い上がり、城のように見上げるほどの規模になる。


 シュラとソドムは、今朝に遭遇した大天使アークエンジェルを連想して、無意識に後退りする。特にシュラが怯え、ガラにもなくソドムの後ろに隠れた。




 そびえ立つ様な白いモヤが晴れると、そこには・・・・




 白い建造物が出現していた。


 投石機や石弓クロスボウなどの防衛設備が配置された臨戦態勢の城。


 規模は地方貴族の城並で、最大級というわけではないが、数万の軍勢の攻撃にも耐えうる堅牢さはありそうだった。


「城だ!嘘だろう・・」、さすがのソドムも驚く。古今、建物を召喚するなどと聞いたことがない。革命的魔法といえるだろう。

「城ね・・城だわ・・」、レウルーラもスケールの大きさに頭が真っ白になっている。


「すごーい!あれって、連邦王国の城に似てる!」、と一転してシュラがはしゃいだ。



 よくみれば、連邦の白堊の城である。昨日の宴は、白堊の城をグルリと囲む宮殿で行ったのだが、城に入ることは叶わなかった。



 今思えば、軍事機密だったので入れてもらえなかったのかもしれない。連邦王都に来てから、引っ掛かる点はいくつかあったソドム。


 まず、「回」の形の中心部にあり、周りは別棟の宮殿に囲まれてるにもかかわらず、投石機や巨大クロスボウなどが設置されている無駄さ加減。

 そこまで攻め込まれていたら敗色濃厚だというのに、往生際悪く防備があるのは奇妙だった。いや、防備というより攻撃・攻城兵器があるのはおかしい。


 それと、干潟を渡るときに、冴子がシュラに対して 後で城を案内する と言っていたのも気になっていた。レウルーラの呪いを解き次第とんぼ返りするであろうソドム達が、悠長に城見物などするはずがないとわかっているはずなのに、約束するものだろうか、と。


 ついでながら、北の悪魔王デーモンロードと戦うことに強気なのは、城ごと転送して対抗するつもりだったからかもしれない。それならば、勝算があるといえる。

(冴子=ガンダルフ、敵に回さなくて正解だった・・。我がギオンに白堊の城を横着けされたら、降伏しか選択肢がない。

 さらに、術者はアイアンゴーレムの鉄壁な守りときたもんだ。闇君主ダークロードとして、連邦相手に戦争・・って話は、座興ということにしよう。そう、ほんの冗談さ!)

 などと考えて、ソドムは いまさら冷や汗をかいた。




 城が現出してから、冴子が手を振って合図すると、城の門が開き騎士の一団が姿を現した。目を凝らせば投石機などにも兵が配備されているのがわかる。城どころか、人も乗せたまま召喚したことも、皆に衝撃を与えた。


 

 元最高司祭ユピテルは感心しながら冴子に話しかけた。

「へぇ~、力ずくでも陥落させることはできたって話ね。やるじゃない、あなた」


「念には念を入れたまでです」と答える冴子。もし、交渉が決裂したならば討伐するつもりではいたのだが。


「駐留する騎士とユピテル様を残して、信徒の方々は私が保護する形で城と共に、連邦王都に帰還します。居住区と仕事まで私が責任をもって斡旋いたしますので、ご心配には及びません」、冴子はユピテル達の懸念を取り払う。


「ありがたい、冴子殿と一緒なら我々も安心です」と、幹部のドゴスが礼を言う。


「大丈夫だとは思いますが、悪魔に変身とかはダメですから・・」一応、念を押す冴子。


「もちろんです。あれはユピテル様を御守するための力。私欲のためには使いません」と固く誓う信徒たち。


 ユピテルは両手をかるく上げて降参の意を示し、

「負けたよ、あなたは信徒の面倒まで考えていたとはね」と言う。



「いえ、正直・・無理難題を突き付けて、交渉決裂すれば容赦なく討伐する気でおりました・・。」


「穏健派に傾倒していたとはいえ、闇の信徒は全員邪悪だと決め付け、ましてや闇の大神殿ですから、きっと悪人が巣くっていると思ってました。ですが、ソドム王と接するうちに、闇の神を信奉していても、邪悪でないのであれば共存の道もあるのではと、考えが変わってきまして、闇の信徒の方々にも悪くない交渉内容に変えたのです」


 ソドムは頷きながら、話に割って入る。

「ああ、薄々感づいてはいた。俺は常々 光と闇の凄惨な抗争に終止符を打ちたいと考えていたし、姉御たち大神殿の信徒を案じていたのだ。冴子殿には悪いが、利用させてもらったというか・・・・」


「嘘つけ!」、シュラがソドムの頭を叩く。


 痛くはないが、メンツがあるので怒るソドム。

「知ってた!」


「はぁ?冴子さんの魔法にいちいち驚いてたじゃん!」ソドムの手を掴んで言うシュラ。


「知ってました」武術の技を応用して、ひねって手を外すソドム。ソドム一行恒例の揉め事が始まりだした。

「だいたい俺の養女むすめであり眷族なのに、叩くとは何事だ!強制的にいうことを聞かせることもできるんだからな!」


「ほ~、やってみなさいよ!」、ほんの少しソドムより背が高いシュラは、見下すようにソドムを挑発した。



「・・・・・お手!」そう言って、ソドムは手を出した。




「はい・・」、そういって素直に手を置くシュラ。それを見たレウルーラは、

「本当に命令を優先するのね」とまじまじと見ながら冴子と共に感心した。


 

 数秒経ってシュラが我に返り、

「今のなし!」と顔を赤くして取り消しを求めた。反面、命令には背けないと気づきはじめてはいる。



 それはそうと、現実問題・・干潟渡りは二度としたくないので、ソドムは冴子に頼み込んだ。


「申し訳ないが、俺たちも城に乗せてくれまいか?」と。


「ええ、もちろんそのつもり。ソドム王には、今回の交渉成立に尽力いただいた・・ということにして連邦には説明しておきます」にっこりと恩を売る冴子。


「それは、ありがたい。戻るなり、ゼイター侯爵に成敗されてはかなわないからな」と、感謝しながらも「やはり、この女は苦手だ」と思うソドム。どうも、心を読まれてるように先々に手を打たれて、うまいこと利用されてる気がしてならない。だが、決して嫌いではない・・・というか好みではあるが・・やはり苦手だ、などとウダウダ考えたりしている。

 



 苦難の連続だったが、ソドムはレウルーラを解呪する目的を果たし、連邦からの更なる援軍も確約させた。


 まさかの副産物としては、シュラの魔人化と その実験、シャドウサーバントの能力獲得と、得るものは大きかった。



 王都に戻ったら、適当に報告を済ませ、シュラの出生問題でファウストを軽く脅して馬車と護衛兵を借りて、新婚旅行を兼ねて妻とのんびりとギオン公国に戻るつもりでいる。



 先日、野戦にて大和帝国に公国軍が敗れたという知らせは まだ来ていない。世の中、自分の知っている範囲が現実であるので、今のソドムは順風満帆、上機嫌で帰路に着くところであった。





「世の災厄は、邪教徒の仕業」そうささやかれる暗澹とした、剣と魔法の世界。


 連邦王国によって、闇の教団は解体され、人々に安寧が訪れた。


 

 が、闇の最高司祭が無責任に投げ出しただけとは、世間では知られていない。


 まして、一番引き継いではいけない男が、最高司祭の能力を継承し、世に戦乱とイタズラとセクハラを振りまく未来が来るなどと予測できる者などいない・・。

 

 ※物語は、起→承→転→倒 と続きますので、お読みいただけたら幸いです。

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