宿敵
闇の大神殿の屋根を突き破るほど巨大な大悪魔が、渾身の一撃で連邦重騎士を叩き潰す瞬間、最高司祭ユピテルにより、待ったがかかった。
「止めろ!」、ハスキーな声が辺りに響く。手には、連邦の騎士からの書状が握られている。
(ああああ、こりゃまた派手に暴れたなぁ)
荒ぶる大悪魔といえども、ユピテルの命令には忠実だ。ピタリと攻撃を停止した。それに習い、他の悪魔達も大人しくなった。
ユピテルが、書状を持って奥の院がら出てきたということは、配下の犠牲を嫌い、連邦からの受け容れがたい要求を飲むつもりなのだと、誰しも察した。
だが、ソドムが間に入り、手をかざして、ユピテルを押しとどめる仕草をした。
「姉御、あの騎士は旧知の者ゆえ、俺に歓迎の挨拶をさせてくれ。すぐに始末しますから、奥の院に戻って、茶でも飲んでお待ちください」
そう言って、引き下がらせるソドム。ユピテルは、何か言いたげだったが、ソドムの覚悟に根負けして、奥の院に戻った。
去り際に一言、
「じゃあ、事が済んだら約束のモノを受け取ってもらうからな」、とレウルーラ解呪の対価の話を持ち出し、念を押した。
なんにせよ、非戦闘員は避難してもらわないと戦いにくい。
戦力にはなるが、実戦慣れしていない信徒達も微妙だ。街を襲撃するならまだしも、組織的な防衛には適していない。
このまま大悪魔に暴れられたら、大神殿どころか奥の院まで潰されてしまい、レウルーラ達が巻き込まれて落命しかねないのだから。
(やはり、俺が殺るしかないか)
どうしても、闇の勢力を討ち滅ぼしたいタジムとは戦う運命。
タジムは、剣技・胆力だけでなく、大将としての器もある男だ。
出来れば殺したくはない。だが、悪事を働いてもいない闇の大神殿の者たちを一方的な偏見で、悪と決めつけ滅ぼすなどと、見過ごすわけにはいかない。
ましてや、タジムが出してきた条件も不当過ぎる。ユピテルを人質にするようなものではないか。
信徒達から分断した後に、取り込めて暗殺する前提としか思えない。
つまり、条件を受け容れれば教団を解散させてからユピテル暗殺し、拒絶すれば大義名分のもとゼイター侯爵が成敗にするという連邦の謀略だ。
(これは、タジムの独断ではあるまい・・・おそらく、宮廷魔術師長 冴子殿が、絵を描いたに違いない。連邦王は、策謀を好まないからな)
建物が崩壊し、火の手がまわったことで、野外に誘い出す必要がなくなり、ゼイター退治の魔法を使える環境になったのは幸いだった。
詠唱は長くはない魔法だが、やはり援護が欲しいところだ。転倒させるか、2秒ほど押さえつけてもらえば、確実に決まるだろう。
ソドムは、四つん這いのままのシュラに援護してくれるよう頼んだ。シュラは快諾し、小声で「作戦」があると伝えた。
シュラも、タジムの強さは身にしみて知っている。いつか、ひと泡吹かせようとソドム同様に考えていたのだろう。
敵との距離は10m、悪魔達は戦闘を止めてソドム達に戦いを託したが、連邦の騎士憎しと、睨みつけている。
騎士は、攻撃がおさまると、再び歩を進めた。
ソドムは、シュラの作戦を聞いて耳を疑った。
今更、しかもこの距離で【死んだフリ】して やり過ごし、不意打ちするのだという。
瓦礫のおかげで、四つん這いのシュラの姿に気がついていないかもしれないので、ソドムが注意を引きつけて、その間に 気づかれないよう倒れ込んでもらうことにした。
いや、そうするしかなかった。シュラが勝手に倒れ込み始めたのだから。
ソドムは、近づいてくる騎士に語りかける。
「義理あって、俺はこの者たちに助太刀する。理由は、聞かないでくれ」
「・・お前とは、いずれ戦うことになると思っていた」
「他の者には、いっさい手を出させん。一騎打ちにて、勝敗を決したい!」
・・連邦の騎士は無反応で、その歩みは止まらない。
距離が縮まると、魔法詠唱が妨害されるので、後ずさりするソドム。相変わらず、トランクス姿だ。
「ああ、わかっている。もはや言葉はいらんな・・。だが、お前にも騎士道があろう。後の世に語り継がれる この戦いが、丸腰どころかパンツ一丁では、どうにも締まらん」
「もうすぐ、服が届くゆえ 待ってくれ」、そう願い出た。そして、さり気なく下を見てシュラの手筈を確認した。
(・・・! 嘘だろう。顔が割れてる間柄なのに仰向けで死んだフリする奴があるかい!うつ伏せより難易度高いじゃねーか!ただでさえ、ブラジャーとショーツしか身に着けていないのに、心拍と呼吸を誤魔化せないだろが!しかも、めっちゃ血色がいい!そんな死体ないわ!)
ソドム、期待はしてなかったが、死んだフリの完成度の低さに心で叫び、顔は引きつる。
連邦の騎士は、歩みを止めない。そして、死んだフリのシュラとの距離は5mまで縮まった。
なんとかトークで注意を引きつけたいソドム。
「かつて連邦の剣聖と呼ばれし この俺だが、今は剣どころか着る服すらないのだ」、愛想笑いで反応をみるソドム・・・シカトされる。
(おいおい、問答無用かよ)
その時である。装備品を取りに行ったカーニバル=フランソワ・マリーが神殿大広間(だったあたり。今、絶賛崩壊中)に現れた。
「お待たせ致しました、ソドム様。お三方の衣類、お受け取りください」、そう言ってカーニバル=フランソワ・マリーは、銀髪をなびかせながら爽やかに微笑んだ。手に持った籠には確かに衣類が入っていた。
ソドム達からの距離ではわからないが、コカトリスに変身して、籠を咥えて運んだため、衣類はヨダレまみれなのだが。
「おう、ご苦労であった トリスよ」、片手を挙げながら褒めるソドム。シュラが少し反応したが、死んだフリの最中なので、堪える。
(声は、あの覚えにくい名前の人みたいだけど?トリスなの?っと、いけない 死んだフリしなきゃ)
唐突に後方に現れたトリスに、騎士は反応して振り返った。
トリスが気に入らないのか、手に持った籠を奪い取りたいのか、攻撃目標がソドムから外れ、トリスに向かって歩き出す。
これは好機、とソドムは吟遊詩人であるトリスに命を下した。悪魔達の物理・魔法攻撃にはビクともしない鎧だが、魔曲の音色は防げまい。倒せぬまでも、弱体化・せめて囮くらいにはなるだろう。
「トリスよ、こやつを倒せ!」
「承知致しました。ソドム様のお手を煩わすまでもありません」
トリスは、優雅に背負っていたリュートを手にして構えた。
「さて、君は音色を奏でてくれるかな?」、そう言って距離を縮める。
トリス がっきでのこうげき:れんぽうのきしに0ダメージ!
トリス、必殺の一撃が「ガギッ」と鎧に弾き返された。
(バ、バカな・・熊をも倒す我が演奏が!)
「って、おい!魔曲はどうしたんだよ!?楽器で殴りかかるんかぃ!」、我が目を疑うソドム。
「こんなはずじゃ・・」、そう言ってトリスは後方に下がった。「いや、そこじゃないだろう」と、ソドムはツッコミたかったが、囮としては悪くない攻撃で、騎士の目標は完全にトリスに移った。
シュラは、その馬鹿げた様子を見たくて仕方がない。
チラリと薄目を開けて、様子を見た。
そして、目に映るは、うかつにも完全に背を見せた騎士、その隙をシュラは見逃さない。
シュラは素早く起き上がり、後ろから騎士の両肩をそっと掴んだ。
そして、騎士の脚に自分の脚を静に寄り添わせて、一気に膝を曲げた!
「くらえ!膝カックン!!」、と膝カックンを見舞ったシュラ。
当然だが、技名を叫ぶのは相手の態勢が崩れてからだ。最初に声をだしてしまうと、踏ん張られてしまって失敗するのは、シュラでもわかる。(相当、練習したから)
不意を突かれた騎士は、後ろに体勢が崩れた。すかさず、シュラが騎士の両肩を下げ降ろし、尻もちをつかせた。
ガッツポーズしながら、ソドムの元に駆け寄るシュラ。
周りの悪魔達は手を叩いて称賛した。悪魔達の猛攻にも一歩も退かなかった連邦騎士を、たった一人で引き倒したのだから当然だ。
「お見事、背後からとは卑怯極まりない!」などとドゴスに褒め?られた。
浮かれてばかりもいられない、この隙にソドムは暗黒魔法を詠唱した。
それは、信徒達が習得していない古代暗黒魔法。と言えば聞こえはいいが、ソドム得意のマイナー魔法で、実用性がないので、使用する者がおらず、忘れ去られた魔法である。
【泥沼化】、対象の半径1mを泥沼にする魔法。人間程度なら、20分ほどで沈めきることができる。
術者の泥に関しての熟知度合いに比例してモッタリ感や、効果が増す。
熟知していないと、シャバシャバの泥沼しか出来ず、沈まなかったり、泳いで逃げられてしまうのだ。
ソドム、幼少期にガラスのコップに泥沼を再現して、虫を放り込んでは遊んでたものである。
彼の場合は、こだわりが強く、わざわざ粒子の細かい土を集め、溶くための水には毒草を絞り入れて、虫が悶え苦しむ様を観察したものだ。
子供は、虫などを無意味に殺すものだが、ソドムの場合は ひと思いに殺さない残酷さがあった。
ただ、彼なりの正義があって、人間にとっての害虫のみが死刑対象だった。
さて、上記の理由で強力な【泥沼化】、一度足をとられると、ゆっくり沈んでいき、泥沼以外の地面に手をかけても抜け出せなくなる。プラスして、ソドムのみ毒が付与された泥沼なので、より凶悪だ。
恐ろしい魔法なのだが、欠陥もある。泥沼に変化したての3秒以内に、飛び退れば 何のことはない。もしくは、仲間が引き上げてくれたら、そこまでだ。
今回は、重装備で動きが鈍いことと、シュラが転倒させたことにより、クリーンヒットした!そして、一人で来たために、助け上げる仲間もいない。
騎士は、哀れにも 尻もちをついたまま、ズブズブと ゆっくり ゆっくり沈み始める。効果が緩やかなため、事態を把握出来ていない騎士。
ソドムは、騎士の後ろ姿に向けて勝利宣言する。
「終わった。この泥沼化の魔法からは逃れられんぞ!死を待つのみだ、つまり お前は負けたのだ!」
「お前が弱いのではない、俺が強すぎたのだ。人間にしては、よく健闘したと褒めてやる」、つい人間ではないことを暴露してしまう。
「こりゃまた、エグい魔法ね。性格でてるわ」、ご愁傷様 と、両手を合わせシュラは勝手に冥福を祈った。
勝ち誇る前に、トリスを呼び寄せ、いつもの黒い服を着るソドム。何やら粘ついて酸っぱい臭いがしないでもないが、我慢して着込んだ。服があるだけでもマシなのだ、今回の旅で身にしみて学んだ。
シュラの赤いミニスカなどは、ソドムの服の下にあったので、ヨダレの被害はなく、安心して着ることができた。
いそいそと着替えた二人は、仕切り直して勝利宣言した。
「見たか!連邦など恐るるに足らず!」
「あたしらの連携は最強なんだから!」
両手を挙げて、勝利のハイタッチ。ギャラリーである悪魔達は沸き返る。
「さすがですな、一騎打ちを申し込むなり不意打ちさせるなど、卑劣極まりない」
「いやいや、剣聖などと前振りして、背後から魔法攻撃というのも、汚いぞ」
「それに、あの泥沼化魔法。あれは、惨い。死ぬまで時間がかかる上、石を投げたりしてなぶり殺せる」
信徒達は、連邦騎士を見事倒した二人を囲み 、やいのやいのと称賛した。
ただソドムにとっては、どうにも後味が悪い。沈みゆく騎士に近づいて しゃがみ込み、背中に向かって話しかけた。
「タジム・・、いやゼイター侯爵。貴公は、やり過ぎたのだよ。もちろん、強さは認める。たった一人で乱入し、闇の大神殿を破壊の上、焼失させた。おかげで、闇の教団は解散するしかないだろう。その罪は万死に値する」と、大きく溜息をついた。
「だが、ギオン公国で10年に渡って苦楽を共にした仲でもある。正直、殺したくはない。ここでの出来事を忘れ、立ち去る約束をしてくれれば、命は助けよう」、とチャンスを与えるソドム。
シュラもソドムの横にしゃがみ込んだ。
「でもさぁ、タジム兄なにもしてなくない?」、タジムの兜にツンツンしながら ぼやいた。
「はぁ?」、あからさまに馬鹿を見下す目つきになるソドム。
「だって、建物壊したのは幹部のオッちゃんだし、火を放ったのは他の悪魔だった気がするし。タジム兄は、ただ歩いているだけだったわよ」、とソドムの顔をのぞき込む。
「グバババ、矮小なる人間め って大悪魔に変身したとき、屋根突き破ったりしたの、オッちゃんだよね?」、と変身シーンを再現してみせるシュラ。
「・・・まじか?」、言われてみれば そんな気がしないでもない。
確かに、フルフェイス重装鎧だから、お互い聞こえ辛く会話が成立しない。
だから、あらかじめ書状にして用件を伝えてきたのかもしれない。
「うむぅ、確かにこちら側が勝手に騒いでるだけのような気もするな」、なんだかバツが悪くなってきたソドム。
場が静まったので、ユピテル達が奥の院からゾロゾロでてきた。
「おいおい、なんだこのザマはぁ~!戦争でもあったのかよ」、タクヤが腕組みして言った。酒や食料も焼失したのは明らかなので、イラついている。
「ソドム、大丈夫!?」、レウルーラは心配して駆け寄り、手を出した。
「ああ、問題ない。ちと、てこずったがな」、レウルーラの手を借りて起き上がるソドム。
「そっちは、どうだ?近況など、ザックリと把握できたのか?」
「ええ、大丈夫。私の初仕事は、公国の脅威である魔術師の駆逐ってことは理解したわ。魔術師仲間に聞き込みをすれば、多分 誰かわかるでしょうから、対策はそれからね」レウルーラはソドムを見つめ、溢れ出る無駄に多い魔力を感じて、来たる魔術師との戦いへの自身を深めた。
(竜王の召喚には、大量の魔力が必要・・なら、規格外の無駄な魔力があるソドムから借りればいいだけのこと。竜王の名前候補は、二つ。どちらも、詠唱途中で手応えを感じたから、大物を召喚出来ることは間違いない。私ならやれる、そして魔術師の頂点に立つ!)
レウルーラの野心を知らないソドム、能天気に気づかいをみせた。
「まあ、あんまり力まないでいいからな。まず、俺達が王都に出立の挨拶している間に、実家に顔出して両親を安心させてやってくれ」
「そうね、ありがとう。10年も音信不通はマズいわね。みんな元気ならいいけど」、自分にとっては夢のように過ぎた時間だが、家族やソドムにとっては、とても長い期間なのだ。
沈みゆく騎士の周りに、ユピテルも歩み寄る。ちょっと難しい表情をしている。
「この書状、回りくどいが かなり譲歩した内容みたいだ。恐らく強硬派を抑えられないので、今のうちに逃がしてくれるって話らしい」、とユピテルも騎士の後ろにしゃがみ込んだ。
強硬派(タカ派)とは、光の教団の過激な派閥で、闇の信者迫害や闇司祭討伐などを推進している光の最高司祭達・主流派のことを言う。
近年、穏健派(ハト派)が「やり過ぎじゃね?」と疑問を呈して、犯罪を犯す可能性があるだけで処罰するのは不当だと主張し、光の教団内で意見が対立している。
タカ派の世では、亜人との共生も許されず、討伐対象になり、闇司祭というだけで問答無用に殺された。
そして今、彼等討伐対象の者たちと暮らし、共生の道を見出した高位の司祭が、密かに主導し、ハト派が盛り返してきている。
それに焦ったタカ派が、巨大な功績を求めて、闇の大神殿攻略を推進しているようだった。
「しかし、昼夜三人もの監視兵をユピテル様につけるなどと、無礼千万!」、ドゴスが憤る。
建物より高い大悪魔が激怒する迫力は凄まじく、畏怖のオーラの効果も相まって、ノーマルな人間であるタクヤと茂助は、その場でへたり込んだ。
「それな、昼夜好みの男を三人チョイスして、はべらせる・・という意味だと思う。100人の駐屯兵は、おそらく厳選された若い騎士や、騎士見習いなんだろね」、こんないい取引に対して なんちゅー歓迎してくれたんだ、と言いたげなユピテル。
「ならば何故、そのような回りくどい表現など使うのでしょう」、ドゴスは納得していない。
「そりゃ、強硬派の連中に見られたらマズいからだろ。書状は、証拠として十分だからな」、と横から正解を言って、手荒い歓迎組から離脱を謀るソドム。
「そゆこと。連邦には私の上客が多いからさ。この騎士を通じて、存続させたかったんじゃない?それに、穏健派は罪なき者を殺すのに反対だから」
ストレートな表現をするなら、若い騎士や美少年を贈るから、教団解散して 連邦富裕層のために、今まで通り回復稼業してくれ 、ということだが さすがに文書化するのはマズかろう。
ユピテルは、騎士の兜を「コンコン」と叩き、出て来るよう促した。
「教団は解散するし、兵も受け容れる。戦うつもりもないから、出といで」、そう言われて ようやく騎士は反応して、コクリと頷いた。