奥の院
闇の最高司祭に解呪され、10数年ぶりに犬から人間の姿に戻ることができたレウルーラ。
長い黒髪に白い肌、不思議なことに年齢は20歳のままのようなので、シュラと同い年ということになる。服装や装備品は、変化魔法を使った当時と変わらず、絹の赤いレオタード(ワンピース型)の上に、黒いが光沢ある夜空のようなコートをまとい、腕には宝石が散りばめられた《召喚の腕輪》をつけていた。
犬であった十数年の記憶は曖昧で、夢でもみていた感覚に近い。ただ、いつもソドムと暮らしてきたのは覚えている。
犬から戻れなくなった自分を見捨てることもできただろうに、ずっと傍らに置いてきたソドムの誠実さには、感心・感謝などという言葉では言い表せない。
断片的ではあるが、解呪のため奔走してくれたことも知っているし、共に語り合った建国の夢を果たしたこともわかっている。
ユピテルの魔法の効果が終わり、眩い光がおさまった時に、ボンヤリとソドムの姿が見えてきた。昔と違い、目の下にホリができていたり、髪のボリュームが少しなくなってはいるが、犬時代に見慣れているため、それほど違和感はない。
そして、レウルーラは自分の手足を見て、人間に戻れたことを確認した。安堵とともに喜びの感情が湧き出てくる。
「ソドム、ユピテル様、みんな、ありがとう!」、そう感謝の第一声を出したいところだったが、ソドムのプロポーズによって機先を制され、調子が狂う。
婚約腕輪を貰っている関係にあったのだが、復帰直後考えがまとまらない状態での、正式なプロポーズ攻撃には驚きを隠せない。
状況を把握しきれていないのを見越しての奇襲には面食らったが、ソドムの性格を理解しているレウルーラにとっては、その魂胆が読めていた。
変化魔法を犬で試すことを薦めたり、解呪に10年以上の時を要したことなどなどをひっくるめ、ソドムはレウルーラに罪悪感があるのだろう。罰と赦しを得たいと考えてるに違いない。
妻に迎え、夫として尽くす事によって贖罪したいのだ。
闇司祭なのに誠実なソドムの考えそうなことだった。
また、こうも思った。
(この人は、なぜトランクス一枚の姿なのだろう?隣のシュラちゃんやユピテル様も、なぜか下着。どういうことだろう、思い出せない・・私も脱がなきゃいけないのかしら・・)
いや、それよりもプロポーズなら、時と場所と、服装!を考えてほしかった。
(パンツ姿でプロポーズする!?ムードも何もないじゃない!)
「結婚してください」、と言ったソドムは片膝をついて 右手を差し出す。滑稽だが、本人は大真面目だった。それに対してのレウルーラの返事は、
「ごめんなさい」
「あ、ありがとう。ん?あれ?えっ?え~~!!」、想定外の返答に驚きの声をあげながら、見上げるソドム。昔のままのレウルーラを見て安心した。
(なななな、なに?あ、老けてない!良かったぁ)
「むぅ、これは」、どう発言していいかわからないソドム。断られたことより、好き過ぎて言葉が浮かばない。初めて告る少年のようにパニックになってしまう。
こんな時、助け船を出すのはシュラだ。たいていディスられるが、結果的にはピンチを切り抜けるキッカケになったり・・・・ならなかったりする。
「あー!その服ぅ~!」と言ってレウルーラを指差した。犬の時代しか接点がないシュラが、魔術師レウルーラと知り合いという可能性は少ないはず。
「えっ?どうかしたの?シュラちゃん」、と長い睫毛をぱちくりとさせて聞き返すレウルーラ。
(なにか面影があるのかしら?)
手をバタバタさせて、半笑いでシュラが暴言を吐いた。
「そのワンピース型のレオタードって、トイレ行くつど全裸にならなきゃいけないヤツでしょ?」と言って笑う。
顔を真っ赤にするレウルーラ。人間に戻って、いきなり馬鹿にされるとは思ってもみなかった。
「アホ!デリカシーなさ過ぎだ!」と言って、立ち上がりざまシュラにゲンコツするソドム。
:ソドムのこうげき!
:魔人シュラに、0ダメージ。
「あのな、そういう事情は女子の暗黙の秘密なの。触れないでおくもんなんだよ!」、と説教するソドム。物理攻撃は効果が薄いので諦めた。
「ごめん」、と少し反省するシュラ。だが、場を和ませることに一役かったかもしれない。
レウルーラは、シュラの悪気ない発言には怒っておらず、下着姿の面々が しょーもないやり取りをしている姿に、思わず笑ってしまった。
(ブランクあるけど、愉しくやって行けそうね)
一方、茂助と幹部の男は別の問題に巻き込まれている最中だった。
タクヤが、「鏡、鏡」と騒ぐのである。フサフサの髪を確かめたいと。まずは、茂助がなだめて 幹部が大鏡を取りに、礼拝堂の後ろの扉を開けて、奥の院へ向かった。
で、「ダメなのか?」と改めて言うソドム。自分好みの女というだけでなく、魔術師としても有能なレウルーラを手放す気はない。
出逢った頃と違い、今のソドムには権力と、他者をねじ伏せる力がある。
レウルーラが望むなら、世界を焦土と化してもいい!(口と喉を火傷するのだが)
ユピテルもソドムに味方した。
「結婚しちゃいなよ。ソドムはいい男だ」
「国を造り、民にも慕われてるようだ。仇討ちじゃないけど、ルーラに代わって変化魔法も成功させたみたいだし」、と言って酒をあおる。
「ユピテル様・・」、そう言ってレウルーラは首を振った。ソドムに不満があるわけではない。
「へ~、アンタ 魔獣かなんかに変身できるの?」と、疑いの目でソドムを見るシュラ。
「ん!アンタじゃなくソドム様とか王様だろ?」
「まあいい、おまえらがピンチになったら、お披露目するかもしれんがな」
「俺が真の姿を見せたとき、世界が・・終わる」、目を伏せて言い切った。
「ふーん。でも、世界が終わるんなら助けたことにならないね」、もはや関心なさげにシュラが言った。
(どうせ、ヘルバウンドとかでしょ?しかも、小さくて弱そうな)
すっかり話の腰を折られ、言葉を失うソドム。
ここでようやく、レウルーラが理由を話した。
「私は対等じゃないと嫌なのよ」、真っ直ぐにソドムを見つめた。
「対等?」、おどけたりせずに、ソドムは聞き返す。
「そう。さっきユピテル様が話してくれたとおり、あなたは約束を果たした」
「じゃあ、私は?」
「変化解除を忘れる程の知能しかない犬として、無為に10年生きてきただけ。何も成し遂げていないわ」、表情に悔しさがにじむ。
「そんなことはない。俺は知ってるぞ、レウルーラが夜な夜な魔法の鍛錬していることを」、ソドムは両手を広げて励ます。
(それを知ったのは最近。正直、深夜に犬がブツブツ呪文を唱えてるのは、ヘタなアンデットよりも怖いから、止めてほしかったのだが)
「それは・・・・そうだけど、まだ完成してないし」
「どんな魔法なの?」、シュラが興味を示した。ソドムの暗黒魔法と違って、魔術師の魔法は派手と聞いてるので見てみたかった。
魔法の話になって、少し明るくなるレウルーラ。
ずっと誰にも話すことができずにいたので、嬉しかったようだ。犬の発音では、会話が難しく今まで相当おしゃべりを我慢してきたのだ。
もはや、語らずにはいられない。
「あのね、この腕輪を使った召喚魔法なんだけど・・シュラちゃんが大好きな竜王を呼び出すの!」、一転してドヤ顔になるレウルーラ。
どっと笑う一堂。あまりにも、大物過ぎて夢物語にしか聞こえない。
ただ、シュラだけは真面目に信じた。
(憧れの竜王様に会える、しかもルーラにお願いすれば、気持ちを伝えたりもできるかも!)
「最強生物を召喚するのに、人間の魔力じゃねぇ~」、ユピテルはハスキーな声で冷や水を浴びせた。
「だいたい、名前がわからなければ、そのアーティファクトといえども無理な話よ」と、バッサリ。
「魔力は何とかなります。名前・・は、召喚直前まで唱えて、該当するかを数百の候補を消去法で数年間調べてきまして。神話や英雄または、それにちなんだ地名や町の名前などしらみつぶしに!」
「可能性の低い名前から試してきて、残りは有力な名前が2つ残すのみです。もはや確定も同然ですから、実戦で召喚しようと考えてます!」
この感覚は、「美味しいものを残しておいて最後に味わう」のに似ている。
犬になって、大概のことを忘れた中、研究中の召喚魔法だけは、しっかり覚えていて、試してきた努力家のレウルーラ。探究にかけての執念は凄まじい。
「召喚がうまくいったとき、初めてソドムと対等になれると思うの。そして、その時こそ堂々と結婚して、宮廷魔術師になるわ」、魔法談議で スッカリ気分が良くなりソドムの手を握るレウルーラ。
地道な努力に呆れ・・いや、感心しつつも・・・・「面倒くさ」っと思ったが、一応 尊重するソドム。
(最初から、理由言ってくれよな~。焦るじゃないか)
「ああ、そういうことなら保留にして、待つとしよう」、笑顔で手を重ねた。
(待てよ・・・、逆に猶予ができたということは・・一夫多妻制の法律を公布するのが間に合うかもしれん。一夫多妻制を公布後に、帰国して結婚すれば、合法的にハーレムが適用されるし、レウルーラとて従うしかなかろう。いや、愛しているし大切・・だが、布石は置いておくにかぎる)、そう悪い考えが浮かび、目を細めて茂助を見て、指示をだそうとするソドム。
レウルーラは長年ソドムと連れ添ってきたのだ、今のソドムの表情から・・・なんとなく罠の匂いがすると感じた。
(変ね、素直すぎるわ。今の目配せも、何かの企みを指示しようとしている感じね)
ソドムの扱いも熟知しているので、質問を投げかけて、反応をみることにした。
「ねぇ、ソドム。私のこと好き?」
「ああ、もちろんだ」
「今まで浮気しなかったわよね?」
「埒もない」、ソドムは笑い飛ばした。
「したの?してないの?」、念を押すレウルーラ。これが、重要なとこらしい。
「し、してない」、少しためらうも、言いきるソドム。やましい事は、なくもないが浮気はしてないし、シュラとレウルーラに妨害されてきたから、できなかった。
嘘はない、だが何かある。ろくでもない計画だろうけど・・・・男が結婚相手をキープした後に考えることは大体想像がつく。
ソドムは策士だ、このまま泳がせておくより、今 結婚という契約で縛っておく方がいいとレウルーラは結論付けた。
約束を破ったり、ウソをつけない男なのだから、これが最良だろう。
「うん、わかった。じゃ、結婚しましょう!」そう言って、レウルーラはソドムを抱きしめ、口づけた。
対等がどうのこうの言っていた彼女だが、あっさり こだわりを捨てた。そのドライさは、ソドムに似ている。
一夫多妻制によるハーレム建設の野望を挫かれたソドムであったが、好きな女性と結婚が確定したのだから、不満などあるはずもないどころか、最良の結果に満足した。
野望は焦らず、じっくりと進めることにした。
散り散りになってた信徒達も群がり、拍手喝采で二人を祝福した。闇の眷族が「祝福」というのも、変な感じなのだが。
ソドムは、ずる賢いが嘘をつけない。それを逆手に取れば、簡単に本心を知ることができる。実に扱い易い夫を手に入れたレウルーラ。
だが、今度はソドムがゴネた。
「嬉しい、だが10年を棒に振らせてしまった俺は、複雑な気持ちだ」
ふぅ、と小さく溜息をつくレウルーラ。
「相変わらず真面目な人。罪を償いたいのね。別に恨んでいないのに・・」
そう言って体を離して、二歩下がって判決を下す。
「わかったわ。これから毎日、私の食事を作ること。これでどう?元料理人」、優しく言う。
「任された!俺のスペシャリテ、食らうがいい!」ソドムは、吹っ切れて自信満々に右腕を回した。料理ならば、得意どころか公国でも、暇を見つけて調理場に入っていたほどだ。趣味で罪滅ぼしになるなら、言うことはない。
「フフ、私の評価は辛口よ」、そう言って微笑んだ。
この勝負、完全にレウルーラの勝ちである。
ソドムにとっては、負けても悔しくない、いい意味での苦手な結婚相手で・・
本当に苦手な冴子の場合、打つ手打つ手が封じられ選択肢がなくなるまで追い詰めてくるので、正反対な苦手さだった。
「話はついたみたいね、おめでとう!そんじゃ・・」、ユピテルは立ち上がり、二人の手を取った。
「ソドム、お前はレウルーラを妻とし、闇の神の導きによって夫婦になる。 汝健やかなるときも、心病めるときも、その他いろんなときも、これを愛し、私を敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り私に忠義を尽くすことを誓いますか? 」、この場で結婚式をし始めるユピテル。
急展開よりも、文言が少し変な気がするソドムであったが、ツッコミにくい雰囲気なので、とりあえず合わせた。
「誓います」
ユピテルは、軽く頷きレウルーラを見る。
「お前は?」、かなり省略して尋ねる。
少し緊張するソドム。さすがに、まさかはないだろうが。
「誓います。死が二人を分つとも、魔法で運命を変えてみせます」、ずいぶん物騒な返答をするレウルーラ。
「・・よろしい。二人を夫婦と認めます!」、そう言うと二人の手を持ち上げた。
「では、誓いの深い口づけを!!」
って、ディープかよ!? などというツッコミをする人間はいない。その辺は、さすが闇の信徒・・ということだろうか。
互いの舌が、別の生き物のように動き回り、また絡み合う。好きな相手ならば、心地良く感じられるし、頭のなかも真っ白になる。
仮に、嫌いな相手にされたら悲惨としか言い様がない・・。愛情の有無を確かめる試金石とも言えるだろう。
そんな中、シュラだけは「あ!今ので子供できたんじゃ・・」と複雑な気持ちでみていた。
二十歳にして、なかなかの勘違いであるが、同世代の女友達や姉妹いないシュラへの性教育は、養父であるソドムの義務なのだろうか?ソドムとしては、教えなくても・・自然とわかるものだと思って放置していたのだが・・・・このズレが将来の大問題になるとは、今の彼らは知らない。
会場(大神殿)では、誓いの深い口づけと同時に祝福の歓声があがる。守備隊までも、任務を放り出して祝福してくれた。
皆から祝福されながらソドムは思った。
「なんでもいいから、服貸してくれよ」、と。
気がつけば、闇の大神殿は結婚祝賀会となり、酒盛りが始まった。食堂の椅子では全員が座れないので、座れなかった者たちは思い思いの場所に陣取り、あぐらをかいて酒を飲みはじめた。
それらに、いちいち挨拶回りする律儀な新郎新婦。
「何だか・・すまない」、ソドムは気疲れしてないかレウルーラに声をかける。
「ん、何でもないわ。ソドムといると退屈しないわね」
「俺は退屈なくらい平穏な日々を送りたいんだが、行くところトラブルがあってな。にしても、将来 俺の伝記や英雄譚がでるときには、正装してることにしないと」、などと冗談かわからないことをいった。
「確かに、今の格好では美談にはならないかも」、レウルーラはクスッと笑った。
少し見渡すと、シュラは名物料理のコンプリートに夢中で、タクヤはヤケ酒を飲んで幹部の男にからんでいた。こいつらには、祝福するという感情がないのだろうか・・。
幹部の男の説明よれば、ユピテルの魔法は健康体になるようリセットするものだから、老化による禿げは、対象外なのだという。
ソドム達と違って、なんとも無念な結末であった。
シュラの食い意地であるが、それはどちらかというとヤケ食いに近かった。
美人で有能なレウルーラが現われたことにより、ソドムがあまり相手してくれないのではないかと不安だった。好きという気持ちではないにしても、相棒が奪われたような気がして、レウルーラに嫉妬してしまっている。
この微妙な心情をレウルーラは察していたので、なにか関係改善の術はないかと、あいさつ回りしながら思案していた。
結婚祝賀会が始まって1時間くらいたった頃、異変が起こった。
またもや、襲撃らしい。酒盛りしていた守備隊は、血相を変えて防衛に向かった。ソドムは、すぐさま茂助を物見にやった。
五分くらいで茂助は報告に戻る。手には書状を持っている。
「して、敵の人数は?」、ソドムが問う。
「はい、たったの一人です」
「は?そんな者、矢を射かけて終わりだろう」、ソドムは楽観的だ。いくら日和った信徒とはいえ、守備隊も合わせれば100人いるのだから、当然だろう。
「・・それが、連邦の鎧を強化した重騎士鎧の前に、矢は効かず・・守備隊が斬りかかるも、効かぬばかりか、皆 なぎ倒されました」
ソドムは、白けた感じでユピテルに言った。
「姉御、たった一人に負ける困った守備隊ですな。早々に我が城へ移ることをおすすめします」
「お前の所だって、安全じゃないだろ?」
「ま、まあ、そうですが。ゲオルグ達 戦鬼兵団がおりますから、人間が束でかかってきても負けることはありません」、自信満々に言うソドム。
茂助の報告は、続きがあり
「それで、連邦の騎士から書状をお預かりいたしまして」と、まずは幹部の男に渡す。
幹部の男が読み、怒りをあらわにした。
「このような申出、到底受け入れられん!」、そう言ってユピテルに渡した。ソドムとレウルーラも、ユピテルの隣に行き見せてもらった。
・闇の教団を解散すること。命を保証するかわりに、100人の兵を1年間駐留させること。
・最高司祭ユピテルには、念の為 昼夜を問わず3名の見張りの兵をつける。
・上記を受け容れれば、大神殿から離脱する信徒の安全も約束する。
・また、良好な関係を維持できたならば、連邦全土にて罪を犯していない闇の勢力への迫害を禁止して、平等に扱う。
・直にユピテル殿と話をしたいので、まかり通らせて頂く。
という内容だった。温厚な幹部の男でも怒るわけである。
ユピテルは、目をつむり考えている。
「で、風体は?」、ソドムが尋ねる。
「連邦の重装鎧に大盾、鉄製の槍を構えておりました」
「マントの色は?」
「赤です」
「赤・・となれば、王族か大貴族だな」、ソドムはピンときた。
王族にして大貴族、闇の大神殿攻略への執着、何より一人で喧嘩を売る度胸、あの男しかいない。
「来たか、いずれ雌雄を決するとは思ってはいた」、ソドムは戦うつもりだ。
「えっ?誰なの」、シュラは イマイチ見当がつかない。
「タジム・・いや、ゼイター侯爵だ」、もはや正体を隠す必要もないため、青のマントを使わず、赤で来たのだろう。
しかし、復帰が予想より早く、干潟を渡りきるのも早い。かつて、背丈程の水深を重装鎧を着たまま長駆奇襲したと聞いたことがあったが、デマではなかったということか。
「タジム兄、来たんだ」、シュラは喜んだ。兄貴分みたいな存在で、子供の頃から稽古に付き合ってもらったりもした。
竜王の人間版というか、強く優しく豪快な男なので、シュラ好みで惚れそうなものだが、やはり兄貴という感じがぬけない不思議さがあった。
「ああ、タジムさんからは、よくご飯をもらったから覚えてるわ。いい人よね」、とレウルーラの評価も高い。
「だが、敵だ。闇の大神殿にカチコミをかけてきた以上はな」、ソドムは突き放すように言った。
(奴に中途半端な魔法は効かないだろう。重装鎧を着込んでいるならば、剣も通じまい)
「まあいい、屋外に誘い出せば勝機はある。暗黒魔法の真髄を味わってもらうとするか」
「シュラ、ここで迎撃して 少しづつ礼拝堂後ろの扉から野外に誘導してくれ」
「えっ?あたしら戦う必要あるの?」、たまたま闇の大神殿にいただけで、討伐されては納得いかないシュラ。
「いやいや、俺とレウルーラは闇司祭だし・・俺もお前も暗黒転生で闇の眷族になってるから、タジムからしたら憎むべき悪鬼ということになる」、とシュラを諭した。
「なるほど、わかったわ。なんとか聖拳を使えるようになったから、あたし一人で勝てそうだけどね」、シュラは右拳に意識を集中した。拳に光が集まって、周囲の信徒達は恐れおののいた。
「それならば、重畳なのだが、相手は大陸五指の剣士だ、楽観はできんぞ」
「そうはいきません。ここは我らの聖地、なんとしても我々が阻止しますゆえ、お客人はユピテル様と共に離れの奥の院にお退きください」、と幹部の男は言って、周りの信徒に檄を飛ばした。
年齢性別がマチマチな信徒達であるが、幹部の男の要請に応え、「おう!」と気合いの声をあげた。
コイツら死ぬ気か、とソドムは思った。こんな頼りない集団、時間稼ぎにしかならないだろう。まあ、助ける義理もない・・時間稼ぎしている間にレウルーラのリハビリをすすめて損はない。
タクヤに頼み、レウルーラとユピテルを奥の院に逃がした。タクヤには、近況や国際情勢をレウルーラに教えるように言い含める。
「お構いなく、ソドム様もお退きください」、落ち着いた口調で幹部の男が促した。
「左様、我等とてむざむざやられはしません!」、痩せ気味の信徒が胸を張る。が、まるで説得力がない。
しかし、彼等には彼等の面子があるだろう。後ろ髪引かれつつも、ソドム達は礼拝堂後ろの扉を開けて外にでた。
そこには小さな庵のような奥の院が佇んでいる。
南の島のリゾートコテージのようなもので、周りにはヤシの木があり、その間にはハンモックがあったりする。
その後方は、干潟ではなく、小さいながら砂のビーチになっており、いわばユピテルの憩いの場のようなもので、血なまぐさい襲撃などどこ吹く風、優雅な時が流れていた。
「スゴ~い、キレイな所ね」、シュラがはしゃぐ。これなら、ここから出たくないと言うのも、よくわかる。楽園のような場所だった。
「そうだな、別世界だ」、言葉と裏腹にソドムは浮かない顔をしている。
「・・姉御、タクちゃん」
「レウルーラを頼む、一応 様子見てくるわ」、そう言ってシュラと大神殿の扉に戻り、中の様子を見に行った。
レウルーラは、なんだかんだで優しいソドムの後ろ姿を見送った。そして、いい夫を持ったことが嬉しく、誇らしかった。




