決意
天井が高めのログハウス・闇の大神殿は、天窓などもあり、屋内は意外に明るい。
入ってすぐに大広間、左右に幾つかの大部屋があり、信徒達はそこで寝泊まりしている。
ソドムとシュラは、茂助が持ってきてくれたバケツの水を頭からかぶり、泥を洗い流した。真水も貴重なので海水だったが、よその土地で贅沢は言えない。タオルも無いため、ズブ濡れのまま、大神殿の大広間に入り、奥の礼拝堂に向かった。
「あ~あ、乾くとベトベトになるのよね、海水は」、シュラが髪をしごいて水滴を落としながら文句を言った。
「ていうか、裏口とかないの?こんな格好じゃ恥ずかしいわよ!」、キョロキョロしながら文句は続く。
広間中央では、10人ほどの信徒が集まり、ちょうど侵入者の話題で盛り上がっていた。そして、ソドム達に気がついて、皆が注目した。
半裸のソドムとシュラを目にした信徒は、怪訝な顔をして一行を迎えた。
ソドムはともかく、シュラが手で下着を隠しながら歩いているのを見ても、衣類を貸してくれる者は、残念ながらいない。
敵か味方かわからないのに、貴重な服を貸さないのは当然なのだが。
気の毒に思った幹部のはからいにより、
「闇の司祭でもあるソドム王一行」と説明された信徒は、態度が一変し非常に友好的になった。
そして、礼拝堂まで歩きながらも、信徒達に賞賛されるソドム。
「おお、狡猾にも国を掠め取ったソドム様ですか!」
「いやはや、我らの誇り。対岸にいた連邦の騎士達を無慈悲に皆殺しなさったとか」
「偉い方は違いますな、女をはべらせながら観光とは」などと、白い衣服を着た信徒達は群がり褒めちぎる。
シュラは下着姿なだけに、コッソリ目立たないように行きたかったのだが、まさかの人だかりができて困惑していた。
ただ、信徒達を観察するに、シュラには関心がなさげというか、毒気が感じられない。
ふと、先を見ると 建物の奥の礼拝堂辺りに、透け気味の白いネグリジェ姿でフラフラしている金髪女性が視界に入り、シュラは確信した。
おそらく、大神殿では女の裸は珍しくないのだ、と。(他の女信者は、白いシャツにスカートなのだが、金髪女性だけが日常的に半裸のようだ)
それにしても、その女性はとても魅力的にみえた。遠目ながらも、プロポーションのよさと、目鼻立ち、手入れされた長髪がわかる。さすがに、こんな美女の裸体を毎日見ていたら、自分など歯牙にもかけないのは、わからんでもない、と感じた。
シュラは恥じらうのも馬鹿馬鹿しく思えてきて、ついに手で隠すのをやめた。
(旅の恥はかき捨て、って言うしね。少女時代から一緒だった、タクヤ達おっさんとは、将来どうこうなるわけないし)
実際、公国の古株は今更シュラの体をがっついて見る者はいない。男の性ゆえにチラ見くらいは、あるかもしれないが。
一方、ソドムは複雑な胸中だった・・・。歓迎され、人気者なのは分かる。
連邦や光の教団により迫害されてきた闇の信徒にとっては、ソドムの活躍には胸がすく思いなのだろう。
だが、褒め言葉を素直に喜べないソドム。幹部の男に、つい・・ぼやいた。
「あのさ、俺・・馬鹿にされてないか?」、目を見開き真顔で言う。
シュラは隣でニヤリと笑う。タクヤは、ついに増毛できるので、話など聞いていない。
「何を仰いますか!、ソドム様の御高名は皆が存じております」
「悪徳が高い卑劣漢だと」幹部の男はニコニコしながら褒めた。
徳が高い という褒め言葉はあれど、悪徳が高いとは どういうことだろうか。闇の教団から暫く距離をおいてたソドムには、その辺の感覚が分からなくなっていた。
闇=悪というのが一般論ではある。
だが、闇の神は悪事を奨励はしているわけではない。
ソドムの主観ではあるが、自由と自衛のために使うのが暗黒魔法ではないかと思っている。
そもそも光と闇は対立すらしていないとも思う。闇司祭であるソドムが、効果はイマイチながら神聖魔法で回復できたり、暗黒転生した魔人シュラが、金剛聖拳を使えたりするのだから。
もっとも、真意を知ろうにも、神々が肉体を失った今となっては尋ねようがないのだが。
「んな事より、いつから何でも治せる魔法とやらで商売してるんだ?ほんの数年前はやってなかったよな」、タクヤが幹部に質問した。
「まったくだ。そんな神業みたいな魔法、未だに信じられん」、ソドムが半信半疑なのは今も変わらない。
愛想もそこそこに、真面目な話をし始めたソドム達に気をつかい、信徒達は囲みを解いて少し離れた。だが、ソドムを見つめる目は、まるで英雄の凱旋を見るが如く輝いていた。
信徒達にとって、今の最高司祭に大きく不満があるわけではない。人間の三大欲を十二分に満たしてくれるし、楽しくもある。
ただ、漠然とした不安というか、連邦に囲まれたままの家畜感・奴隷の身分で遊んでるような陰鬱さがモヤモヤと脳裏によぎるからだろう。長年劣勢だった信徒達は、無意識に力強い旗印を求めているのかもしれない。
タクヤ達の疑問に、幹部の男は深くうなずき、
「そのご質問は、最高司祭様にお聞きになられたほうが」と、食堂で旨そうに串焼きを頬張る人物を指差した。
本来は、奥の院にいる最高司祭。だが、昼時なので料理の匂いにつられて食堂に現れたようだった。
この大神殿、仕切りもない不思議な造りで、大広間を進んだ先には礼拝堂、その横には食事を供する食堂となっている。四人掛けのテーブルが六つほど並んだ食堂は なんと信徒から旅人まで無料で利用することができる。
メニューは、名物ムツゴロウ素揚げや、渡り鳥の串焼き、10年前にはなかった煮付け料理や、チキンカレーまであった。
ソドムやレウルーラが出入りしていた昔と違う点としては、自堕落な信徒はいない。皆 清潔な白い衣服を着て、礼儀正しく柔和なのが印象的だった。
ただ一人、幹部に指差された人物は、下着なしのネグリジェ姿の女性で、真っ昼間から串焼きを片手に酒をあおっていた。
その表情は、とても幸せそうなので、なんとも憎めない。
ソドムから10メートルは離れていたかもしれないが、一目で最高司祭ユピテルとわかった。
最高司祭に話しかける前に、ソドムは皆から離れ、シュラだけに言い含めた。
闇の教団には厳しい上下関係が存在し、叱責されたり殴りつけられるのは日常的なので、助太刀無用だと。
そして、自分は暗黒転生によって魔人になり、物理耐性があるから平気だということを話に織り交ぜる。
「たぶん、お前にも俺と同じ呪いがかかってしまったから、物理的に殴られたところで、あまり痛くはないんだがな」と渇いた笑いをみせながら、魔人のメリットデメリットをこんこんと説明した。
「あ、さっき咬まれても、あんまり痛くなかった!」、と咬まれた箇所を確認する。が、傷も治っていて、今更驚くシュラ。
「あの時の戦いを見て気がついたのだが、吸血によって回復するみたいだ」
「すごい!じゃあ、敵を倒して血を吸えば・・戦場じゃ無敵ってことね」、広げた掌を握り直して、喜びに震える。
ソドムは右手で額を抑え、溜息まじりに説明を続ける。
「はぁぁ~。デメリットも説明しただろ?炎と光魔法に弱くなるんだ。しかも、戦場で血をすすれば、明らかに魔物扱いになって、討伐対象になっちまうの!光の教団が幅をきかせてる大陸では自殺行為ってことだ」
シュラは納得しない。
「ふ~ん。でもさ、魔術師は少ないし、戦いを好まないから、危険は少ないんじゃないの?もし、いたとしても先に潰せばいいし」
「だが、光魔法を使う司祭や君主も厄介だぞ。闇の眷族の能力を下げたり、武器に光の祝福をかけて強化してくるから、無事ではすまないかもしれん。なにより、連邦王国(光の教団)を敵にまわしたら、我が国が滅びるわ!」、だからソドムが闇司祭であることをひた隠しにしてきたのだから。
「さらに、暗黒転生は術者の命令に絶対服従という恐ろしい効果もあるのだ」
「だからな・・・シュラには、普通の女としての幸せを手に入れてほしいんだ。タトゥーと一緒に呪いも消してな」、目を閉じソドムはシュラの肩に手をのせる。
ソドムの想いが伝わったのか、躊躇しながら、シュラは小さく頷いた。
しんみりとした雰囲気をつくりながらも、ソドムの狙いは別にあった。
(俺はデメリットをしっかり説明をした、これで罪悪感はなくなった。あとは、シュラ自身が選択することだからな)
なんだかんだで、フェアじゃないと落ち着かないソドムの癖であった。
話が終わり、最高司祭司祭に接近し話しかけるソドム。
「お久しぶりです。いい歳して凄まじい格好ですな、姉御」、右拳を胸に当ててから真っ直ぐ前へ突き出す連邦の敬礼をするソドム。緊張して、連邦時代のクセがでてしまう。
緊張する最大の要因は・・・
ソドム(40歳)より年上なのに、裸に透けたネグリジェだけという格好が直視できるレベルなのか、ということだった。ゆえに、少し視線を外して話しかけたのだった。
いい歳した自分もトランクス一枚ということは忘れて。
無礼極まりない挨拶をされた最高司祭ユピテルは、グラスと串を乱暴にテーブルに置いて、深紅の眼をソドムに向けた。
通常、黒目にあたる虹彩は、グレーや茶色もしくはブルーなので、赤い目は異端中の異端で、誰しも怪しさを感じるだろう。
光の司祭や闇の信徒ならば、代々受け継がれる闇の最高司祭の証と気がつくかもしれない。
ユピテルは立ち上がると、年齢に見合わない敏捷さで、側転を交えてソドムに接近し、襲いかかった。
魔人であるソドムは、徒手空拳の女の攻撃など、フカフカの枕を投げつけられたに等しい。もはや、避けようともしない。
そんな無防備なソドムに、ユピテルの技が炸裂する。
「楽園閉鎖!」、わざわざ、名称を叫ぶユピテル。
その声は酒焼けしたようなハスキーボイス。よほど酒好きと推測される。
「ぐはぁ!」側転から勢いよく顔面めがけてのムッチリ太ももにサンドされ、そのまま引き倒されたソドム。
痛みからの叫びというより、想定外の若々しい太ももの質感と弾力への喜びが多分に含まれた叫びだった。
「ソドム、相変わらず詰めが甘いなぁ。人間辞めて物理耐性あったって、窒息はするんだ・・よっ!」と、ユピテルは太ももによる締めつけを強めた。
生太ももに口を塞がれ、もがきつつもソドムは言葉をひねり出す。
「こ、これは逆に若返ってますな。す、素晴らしい個人魔法。感服しました」
「ありがと。そういうソドムも、年齢ほど歳くってないじゃん。人間辞めたからか変化魔法対象の影響だろうけっど!」、と太ももの締めつけを更に強める。
「無駄に多い魔力も、体から溢れてるから目立つんだよ、魔術師目線からするとね。自分は人間じゃありません、って言ってるようなもんだし」と、魔力コントロール不備を指摘した。
(魔術師の才能がないソドムには無理な話かぁ)
ソドム、どうにもならず足をバタつかせているが、周りの信徒達は「いつもの悪ふざけが始まった」と、巻き込まれるのを恐れ、ワラワラと散っていく。
幹部の男が最高司祭を諌める。
「ユピテル様、また その様なお姿で・・」、と困った表情をした。
「い~の。見られて恥ずかしい体じゃないんだから。むしろ、見せつけたいくらいよ!一応、チラリズムも意識してるし」、などと悪びれた様子がない。
護衛のシュラは、さすがに窒息死されては困るので、止めるように言った。
「ちょっと止めなさいよ!本当にヤバいって!」
「ん~?あら、お嬢ちゃんも人間辞めたのね。で、どうすんのソドム。降参なら止めるけど」、そうソドムの苦悶の表情をのぞき込む。
ぱっと見、人間と見た目は同じなのだが、最高位の司祭ならば、闇の眷族に転生したことを、簡単に見抜けるものらしい。
「や、止め・・」
「止めなくていいです!」、逃れようと もがくふりをして弄るソドム。苦しくも愉しくて仕方がない。まさか、ユピテルのエロい体が劣化どころか若返っているなど、嬉しい誤算だった。
だが、イラついたレウルーラの乱入により、愉しいひとときは終わりを告げた。
「ガゥ」と唸りながらソドムの足に噛みついたのをユピテルが見て、
「魔力のあるワンちゃん。随分変わった来客だこと」、と締めつけを緩め、レウルーラを手招きして撫でる。
(どっかで見たことある気がするんだけど)
脚を振りほどきながら、ソドムは事情を説明し始めた。
「実は暗黒魔法の変化を使った魔術師レウルーラなんです、この犬。なぜか人間に戻れなくなってしまいまして。それで、解呪をお願いすべく足を運んだ次第です」
「ふーん、レウルーラねぇ。慎重な娘だったと記憶してるよ。石橋を叩いて渡るタイプが、叩き壊しちまったんだね」、と犬をあやしながら笑う。
恥ずかしさか、怒りの表れだろうか、レウルーラは無愛想だ。
「ま、元々それらの文献の閲覧許可だしたの私だし。責任はなくもないかな」、と礼拝堂辺りにあるガラクタを指差しながら、悪びれずに言うユピテル。
未知な秘術である変化魔法を、試験的にレウルーラにやらせたのだろうか。
「で、その失敗を教訓にして、ソドムは変化魔法を成功させた、って感じね」
(この魔力からして、大物を取り込んだみたいね)
「いやいや、レウルーラの解呪ができないので、捨て鉢になって挑んだだけで、運が良く生き残った次第」、と真面目に受け答えしながらも、視線はユピテルの体をなめ回すように見てしまう。
(にしても、姉御には色々とお見通しだな)
タクヤは、自分も太ももサンドして欲しくて、「もし、やり足りなかったら、どうぞ」と言わんばかりに、ハゲ散らかした頭を屈んで差し出している。気持ち悪いので、黙殺されたが・・。
ユピテルは、ソドムを解放しムクリと立ち上がり、食堂の席に座り直した。そして、串から鶏肉を外してレウルーラに投げ与える。
つい、反応してジャンプ&キャッチして食べるレウルーラ。10年も犬をしていると、犬らしいクセがついてしまうようだ。我を忘れて、夢中で肉を食べた。
「お腹空いたろ。まずは、腹ごしらえしない?」、と自らも串焼きを食べるユピテル。
「では、お言葉に甘えて」、そう言ってソドム達はユピテルと同じテーブルを囲んだ。茂助だけは遠慮して、幹部の男と共に別テーブルに移動した。
ユピテルが手を挙げると、出来たての料理がテーブルに並んだ。
腹が減ってしょうがない一行は、
「いただきます」、と礼儀正しく言って食べ始める。このような礼儀はソドムの教育で、ギオン公国でも浸透している。相手の奢りなら尚更だ。もっとも、光の教徒ならば神に祈りを捧げるのだろうが。
まず、ソドムは渡り鳥の揚げ物を口に運んだ、しかも手掴みで。
これは、ソドムの癖で、幼少時のつまみ食いに起因する。また、少年期に料理人をしていたが、その時もよくつまみ食いしたものだ。
余談だが、稼ぎの悪い料理を辞めて兵士になったソドムが、若くして戦功をあげた一因は料理経験と冷静な性格によるものらしい。
食材を捌いた経験、いわば解剖学が、関節や急所を見抜く能力として活きて、一撃で敵を倒す剣技へと昇華したのだ。
そんなソドムが、
「旨い!」と絶賛した。肉好きのシュラも続いて素手で食べる。この行儀の悪さはソドムに似てしまった。冴子あたりに見られたら、確実に叱られるマナー違反である。
「熱い~!」、とハフハフしながら食べるシュラ。暗黒転生の影響からか、猫舌になってしまったようだ。
ソドムの場合は、変化魔法の対象である魔獣が強い炎耐性があるため、相殺されて、悪影響はない。
ただ、魔獣変身時の特性が残念なことになる。
暗黒転生の影響で、最強の攻撃手段である火炎弾を吐くと、自ら火傷してしまう・・何ともマヌケな魔獣になってしまったのだ。
本来は強力な炎耐性があるから平気なのだが、暗黒転生で炎耐性が弱まり、せっかくの強力なブレスも火傷するため、おいそれとは使えない。
持続的に回復する魔法を自らにかければ、なんとかなるのだが、都度熱いのは変わらない。
例えるなら、熱い茶を飲んだ直後に、氷水を飲んでしのぐようなもので、やはり熱いものは熱い!
魔獣の尊厳からして、攻撃しながら のたうち回るわけにもいかないので、平然としていなくてはならないのが辛いところだ。
とはいえ、暗黒転生のメリットである物理耐性と冷気耐性と毒耐性が魔獣に引き継がれているので、人間の武器は効かず、本来の弱点である冷気も相殺され脅威ではなくなった。
つまり、魔獣になったソドムは暗黒転生による耐性の変化さえバレなければ、人間の天敵なのである。それが、ソドムの自信なのだ。
さて、猫舌シュラの評価は・・
「美味しい!たぶん、鶏胸よね?・・なのにパサつかずにジューシー!」、ガタリと立ち上がり言い放つ。
「うむ、おそらく すりおろし生姜とニンニク、それと醤油に漬け込み、一度洗い・・次は水にさらして水分を吸わせ・・水気を切った後に片栗粉をまぶして揚げた丁寧な仕事だな」、頷きながらソドムが解説する。
「しかも、二度揚げだ」、と横からタクヤが言葉を重ねた。
高給取りのタクヤは、なかなかのグルメで、食べ歩きが趣味だったりする。休日だけでなく、出張先でも せっせと旨い店を開拓してるくらいだ。
揚げ物は、180度の油で食材を揚げるのだが、揚げすぎると水分が脱けて硬くなったり、焦げたりするので、簡単なようで油断できない。
理想は、中の水分が出始めて揚げ音が変わったときに引きあげ、油の温度を上げたところに再投入して、表面をカリッと仕上げ、中は余熱で火を通すことだ。
闇の大神殿のくせに、意外にも真面目な料理人がいるようだった。
「でしょ?腕がいいのよウチの料理人達は」と、ご機嫌のユピテル。ソドムとタクヤに酒をすすめた。
「・・で、姉御。解呪すら兼ねる回復魔法の儀式は何日かかかるんでしょうか?」、酒を注がれながらソドムは聞いてみた。
長引くようでは困るのだ、自国が帝国に攻撃されているのだから。
「レウルーラ、シュラ、タクヤの三人をお願いしたいのですが」、ソドムは揚げ物に勝手にレモンを搾りながら打診する。
「大金ですから、老師を経由した信用取引ってことで」と、タクヤが支払い方法を伝えた。
「う~ん、それなんだけどさぁ。ソドムが来たから・・ちょうどいいかな~」、ちょっと出来上がり気味で頬杖しながら、ユピテルが返答する。
「まとめて・・無料でもいいよ」、けろりと言った。
「えっ!?ホントに?」、身を乗り出してシュラが聞き返す。
タトゥーを消すために、何年も苦労して金を貯め込んでただけに、無料でもやってくれるのには、驚くのも無理はない。
商売人気質のソドムとタクヤは、顔では喜びを表現しているが、内心では警戒している。
・・話がうますぎる。
片や、ユピテルも回復稼業をしているだけあって、取引上手だ。相手の心情を見透かしていて、不安を取り除く。
「なに、譲りたいモノがあるだけよ。ソドムになら あげたいの」、と意味深に言った。
タクヤは、自分に火の粉が飛んでこないとわかって、胸をなで下ろした。
「ははは、ドムよぅ。貰えるものは貰っとけよ」と、ソドムの肩を叩いた。
全く見当がつかないソドム。いかがわしいことか、美味しいものか、役に立つものなのか、はたまた厄介事なのだろうか、本当にわからなかった。
結論を言えば、上記全てが当てはまるモノなのだが・・。
リスクは無さげと判断したソドムは、二つ返事で了承した。何かを貰うだけで、金貨何百(何千万円)という身内の出費が抑えられる・・・悪くない話だ。
元最高司祭のザーム老師にしろ、今の最高司祭ユピテルにしろ、人を騙すような小悪党ではない。
もし詐欺師のような人間なら、いかに闇の信徒といえども、慕って集まらないのだから。
「じゃあ決まり!いくよぉ~!」、ユピテルはハスキーな声で魔法を唱え始める。その言葉は神聖魔法とは若干異なる聞き慣れない言葉だった。
両手を前に出し、指を輪の形にすると、そこに光の輪ができた。
「神々乃休日!」
その瞬間、輪は半径5mほどまで一気に拡がり、中は光で満たされていった。
「ちょ、いきなりか!?」、ソドムは驚いた。
(簡単すぎやしないか?なんかヤバい気を感じる!)
危険を察知して、後ろに飛び退り、光の輪から出るソドム。
せっかくの魔人と魔獣変化を解除されてはかなわない。
10秒ほどだろうか、光の眩しさを手で遮りながら、様子を見守る。
横には、同じく光の輪から逃げたシュラがいた。
タトゥーを消すより、魔人として生きることを選んだシュラ。
確かに、前線で戦う者にとって物理耐性の恩恵は計り知れない。
鎧すら貫通する金剛聖拳の威力も加えれば、武力としては、大陸で五指に入るタジム(ゼイター侯爵)や公国の重騎士ゲオルグに匹敵するかもしれない。
また、地味だが・・・冷気耐性のおかげで真冬のミニスカートも平気になり、公国のミニスカ無税が一年中適用され節税にもなるだろう。
光の輪を見つめるシュラは、「これでいい」と自分に言い聞かせているかのような表情だった。
そんなシュラの横顔を見ながら、ソドムは思った。
「よし!眷族いっちょ上がり!」
「フハハ、せっかく解除する機会を与えてやったものを・・馬鹿な奴」
「まあ、ゾンビ達と違って知能が高いから扱い難いが、術者の命令には絶対服従!」
「魔人にして金剛聖拳の使い手、更には若くて可愛い最高の女眷族だ」などと、レウルーラの心配そっちのけで妄想に突入した。
・・だけではなく、試しに命令をしてみた。
「お手!」、と言って手を出し、シュラの出方を見るソドム。
当たり前のようにシュラは振り向き、手を置いた。
(おお!いい感じだな!)
2秒程して我に返ったシュラに「何させんのよ!」とビンタされてしまったのだが。
(痛てぇ、だが命令をきくのは間違いないようだな。まあ、じっくりと実験するとしよう)
そんな馬鹿なやり取りをしているうちに、魔法は完了して、光が消え去った。
眩さから解放されたソドムは、無事に回復魔法を受けた二人を見る。
いや、タクヤどうでもいい。視界から外してレウルーラを見た。
見られない、あまりにも展開が早く、心の準備ができていないソドム。申し訳なくて、見れたもんじゃない。
あれから10年・・。当時は為す術がなかった。それが、今ではあっさりと解決してしまうとは。
レウルーラのことが、どうしようもなく好きだ。
一目惚れでもあり、知るうちに更に好きになった。歳をとっていてもかまわない。
それより、第一声は何がいいんだ?
「悪かった、許してくれ」は、しっくりこない。変化対象に犬を薦めはしたが、決めたのは本人だ。
「遅くなってすまない」というのも、頑張って四方手を尽くした自分が報われない。
「久しぶり!元気にしてた?」は明らかにおかしい。
このようなくだらない考えが頭を過ぎったソドムであったが、男らしくガツンと言ってやると決めた。ズバッと!
そして、開口一番!!言ってやった!
(目を合わせず、真下を向いて!)
「結婚してください」




