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闇の大神殿

光と闇、それぞれの正義が偏見と争いを生む。



「闇の大神殿」、それは世に蔓延はびこる邪教徒達にとっての聖地。



 信徒達は、辺境の泥干潟にある大神殿に籠もり、光の使徒である連邦王国に対して頑強に抵抗していた。




 今の世は、神の声すら聞いたことのない光の教団の上層部が、都合よく教えを解釈し連邦王国に浸食して、権勢を振るっている。


 闇の神の信者は、邪教徒と呼ばれ迫害され、司祭にいたっては魔物扱いで討伐対象として討ち取られた。それも、問答無用にである。



 かつて、迫害を逃れた闇の信者達が、生きるために、何もない干潟の一部に造ったのが、闇の大神殿と言われている。



 だが実際の闇の大神殿は・・ソドム公王のギオン城と双璧をなす、大陸がっかりスポットの1つに挙げあれるほどのお粗末な建物であった。


 大神殿とは名ばかりの、‥大きめの木造ログハウス・・。とてもじゃないが、戦闘には耐えられない構造なのだ。

 

 一応、貴族の別荘くらいの規模はあるのだが、土壌が弱い島に位置するため、石材は向かず、木造になった経緯がある。


 また、作業効率を重視し、建築材料の丸太をいかだにして搬入、それを外敵襲撃前に手早く組み立てて、内装工事に取りかかり、今に至る。

 防衛設備も貧弱で、実際は連邦が脅威に感じるほどのものではない。


 

 今現在、大神殿では最高司祭の人柄に惹かれた100人弱が細々と暮らしてる。



 細々と、とはいっても干潟の貝や野鳥、ムツゴロウなどの食料は豊富で、最高司祭の強力な回復魔法への莫大なお布施という外貨収入もあるため、穀物などは密輸して、食生活は大陸平均よりも良い。



 余談ながら、この干潟での食料確保は独特だ。

 ヒレで干潟の上を歩いたり飛び跳ねたりするムツゴロウ(ハゼに似ている)は、釣り上げるのではない。地表をウロついてるのを釣り針で引っ掛けて捕る。


 野鳥は、顔を洗うタライより大きめのものを設置して、中央に餌を置く。すると、餌を食べるためタライに入る、が垂直に飛び立つことができないため、簡単に生け捕りすることができる仕組みを採用している。


 ※ちなみにハエを叩くときも、前に飛び立つ習性を計算にいれて、やや前方を叩けばクリティカルヒットしやすい。



 このように食料は十分にあるのだが、衣類や金属などの食料品以外は、密輸で後回しになるため貴重品となっている。



 特に悪いこともしていないのだが、連邦王国によって干潟に封じ込められて10数年。


 本音としては密輸に頼らず、「堂々と交易できたら、双方利益があるはずだ」という思いが彼等にはあった。


挿絵(By みてみん)



 そんな、平穏な昼下がり。大神殿の彼等に激震が走った。



 魔獣を従えた、ほぼ全裸の蛮族が強襲してきた!、というのだ。



 密輸の為に連邦王都との定期便が開設されてる昨今、このような珍事はなかったので信徒達は大混乱になった。



 しかも、蛮族達は素手でデスリザードマンの群れを退しりぞけたという。

 そのような化け物に対抗できる武力は、闇の大神殿にはない。




 幹部の男は、信徒をなだめつつ、最高司祭への報告に走った。食い止めている防衛部隊の善戦を期待しながら・・。




ソドム達は、接岸してから難渋していた。なにせ、皆で大神殿を見上げた途端、上から三枚も投網を投げつけられ、身動きができない。


 神殿の防衛部隊10人ほどが、外壁から上半身を出し、弓を構える。


 ソドムは誤解されていると思い、みずからと冴子の身分を大声で説明し、最高司祭への目通りを申し出た。

(昔と様子が違うな・・神官だろうが、皆 黒いローブに白い仮面をつけて身バレを防いでいたものだったが)


 皮鎧に弓と短剣という軽装備の若い兵達は、どよめいた。三十代くらいの防衛部隊長すら、首をかしげる。


「公王と連邦王国宮廷魔術師長のような高貴な方々が、下着姿で泥をかき分けて来る筈がない」と普通に思ったが、もしも本当だった場合、粗末に扱った報復は想像を絶するだろう。


 彼等は、今日が見張り当番だったことを呪いながら、最高司祭か幹部の到着を待った。

 


 冴子は扱いの酷さに憤慨したが、シュラは意外にも冷静だった。

 もがいても体力が消耗するだけだし、おとなしくして油断を誘い、近づいてくる敵を人質にすればいい。さっきまでの泥と違い足場がいいので、軽装備の兵などに負けはしない自信が根底にある。


 頭上にそびえ立つログハウスは、ゲスト用の宿泊施設だろうから、闇の大神殿はどこにあるのかと、シュラは投網の隙間から見上げている。


「あれ?トリスがいない・・」ふと、シュラが気づき、あたりを見回す。

(利口で便利そうな魔獣だったのに・・)

 少し落胆した。


「あ?・・ああ、奴にはオレ達の荷物を取りに行ってもらった。いつまでも、半裸では落ち着かないだろう」、ニヤリと気づかいを誇るソドムであったが、網が絡まって互いの表情を確認できない。


「えっ、漁師小屋まで?」


「問題ない。奴は泥の表面を歩けるからな。ダッシュで行けと言っておいたが、遅すぎるなら・・」


「焼き鳥ね!」、シュラは串を持ってる素振そぶりをして笑った。


「容赦ないわね」、と冴子が微笑む。だが、その目は兵と建物の防備に向けられ、戦力を値踏みしていた。

(想像したより、戦力が低いわね。駐屯兵が包囲を解いて攻め掛かれば、一日で陥落させることができそうね。まあ、ソドム公の顔を立てて穏便な話し合いはするけれど、私一人で)



 ソドムが訪れたのは10年ぶりとはいえ、何人かは見知ってる者がいるはずなので、交戦するとは思っていなかった。


 心配どころか、護るふりをして冴子とシュラを抱きしめる。

「大丈夫、俺がなんとかしてみせる」、などと騎士ナイトを演じるゲスなソドム。



 不覚にも冴子の心が揺らいだ。頼り甲斐があり、実戦でも強いソドムに特別な感情が芽生えてきている。

(き、気のせい!私は連邦王国が大陸盟主に復帰するまで、戦いに身を投じると決めたの。この二人も、先々の障害ならば消すつもり)


 下着姿ながら、覚悟は本物だった。ただ、彼女のなかでは、ソドムが邪教徒であることを口外するつもりはない。


 あくまでも、約束は守る。ただ、他から連邦や光の神殿に通報があって討伐令がでたなら、敵として戦うことになるだろう。ギオンの街を目視できるほど接近できれば、自分だけで勝つ自信はあった。



 しばらくして、外壁に張り付いた兵士らを押し退けて三人の男が階下のソドム達を覗き込む。



「ドム、なに馬鹿なことしてんだ?遊びに来たんじゃねーだろが」


 聞き覚えのある高い声、それとソドム王を世界で唯一あだ名で呼ぶ傲岸不遜ごうがんふそんな会計士・タクヤであった。

 

 侍の格好が飽きたのか、いつもの筋肉質な体型にフィットしたカーキ色のシャツとズボンを着用していた。髪は相変わらず頼りなく風になびいている。



 その隣には商人姿の縄跳 茂助。もう一人、笑顔で手を振る若者がいた。

 

「ソドム様~!お久しぶりでございます~!高弟こうていにして右腕のカーニバル=フランソワ・マリー参上いたしました!」



 誰??階下の三人は顔を見合わせた。男だか女だか分かりにくい変な名前の男を見上げた。


 

 白いワイシャツに黄緑色のデニム、背は高いが、線が細く男としては頼りない感じがする若者。

 長い銀髪で色白、目は切れ長にして眼差まなざしは艶っぽい。手には弦楽器リュートを持ち、武器は持っていない。

 調子の良い明るい挨拶に反して、視線は微妙に逸らしていた。気まずさか、人嫌いなのかはわからない。



 少し経ってソドムが思い出した、さっきのコカトリスが変身を解いた姿だと。

 デスリザードマンとの心話に割り込んだ若者の声とも一致している。


 いや、そんなことより取り急ぎ・・


「何でもいいから、網を外してくれー」、ソドムが訴える。


 近年何度か出入りして信用のあるタクヤが事情を説明し、ソドム達は解放された。


 泥が乾き、カサカサしてむずがゆいのだが、ソドムとシュラはクレームを優先した。


 ログハウスから降りてきたタクヤと茂助に、くってかかる。

「てか、おまえら何で先回りしてんの?いつ追い抜いたんだよ!」


「まず、服ちょうだいよ!レディーが下着姿で困ってるんだから!」



 ギャーギャー文句を言う二人。冴子は、あさましい態度はとりたくないので、話は二人に任せて、その場を去る。


 神殿の見張り番に泥を洗い流したい旨を伝え、島を外周沿いに行けば海水に接する所があると聞いたので、一人で歩いて行った。

 素足なので、正直足裏が痛いが・・ともかくサッパリしたいし、独りになりたかった。



 冴子がサッサと行ったのに気がついていたソドムだが、忍の茂助が先にいるだけならまだしも、深酒してた筈のタクヤが平然といるのが納得いかず、追及せずにはいられない。


「タクちゃん、オルテガ達と飲み明かしたんだよな?なのに、涼しい顔して先に来てるって、どゆことよ?」、腹も減ってきているので、少しイラつきながら質問した。


「ん?ああ、昼前に茂助から定期便があるって聞いてな。便利な時代になったもんよ」、船で寝てたら、すぐ到着だった と、余計な情報も付け加えた。


「・・茂助、な・ぜ・に、それを俺に報告しなかったのだ?」と、ソドムは茂助に近寄り、引きつった笑顔で肩を叩く。威圧的にしても、トランクス姿では、怒りは伝わりにくいのだが。



 ソドムにしか聞こえない小声で、茂助は回答した。

「船では、諸々(もろもろ)の楽しみはありませんぞ」、と意味深にニヤけた。


 意味を察して、ソドムは軽くハグをした。

(なるほど、なんという忠臣よ)


「まあ、茂助にも事情があっただろう。不問にするゆえ、泥を洗い流してくれ」

(後で一杯奢らねばならんな)



「えっ?ここで洗うの?」、水で下着が濡れれば透けてしまう、と騒ぐシュラ。


「ホントにデリカシーのない男達なんだから!冴子さんも、どっか行っちゃうわけよ」、一応 胸と局部を手で隠しながら抗議した。


 今頃意識して、目をそらす男達。



「恥ずかしいから、服貸してよ」、と周りに訴える。



 白ローブをまとった中年の神官が歩みでて、申し訳なさそうに話しだす。

「実は、この神殿では衣類・武具が不足しておりまして、大変貴重なので、お貸しできないのです・・」、人の良さそうな神官は低姿勢で説明した。


「ふむ、昔はローブと仮面のワンセットを貸し出してたもんだがなぁ」、ソドムが呟いた。



「あっそ。なら、タクヤさん貸してよ」、と右手を出すシュラ。


「だめだ。衣類は人間の尊厳だぞ。俺に野生動物みてーに裸になれって言うのか?」無理無理、と手を振り断るタクヤ。


「じゃあ、茂助さん貸して。上着だけでもいいから」、今度は強引に奪い取りにかかる。


 ひらりと身をかわす茂助。

「申し訳ありません、裸では変装どころか怪しまれ、忍仕事ができませぬゆえ」、そのまま後ろに飛び去り、行方をくらませた。



 薄情な仲間達に呆然とするシュラ。



「まあ、もう少しすりゃ漁師小屋に衣服を取りに行ったトリスが戻る、カッカするな。あと、お前の頼みかたじゃ人はこころよく助けてくれないもんだ」腕組みしながら、説教するソドム。


 そして、カーニバル=フランソワ・マリーを見て、それがお前の任務だと目で合図する。


 カーニバル=フランソワ・マリーは察して、その場を離れ、干潟にでて魔獣に変化して、泥の上をダッシュして行った。

(なーんだ、もっととんでもない任務かと、びびって損した)



 で、シュラは声を荒げている。

「はいはい、とにかく下着のままじゃ恥ずかしいのよ!普通の紳士なら、上着くらい渡すはずでしょ!?」


 ソドムは、心の中で爆笑し小躍りした。

(エロい格好が継続とは、面白いし目の保養にもなる。タクヤ達、なかなかいい働きだ、よくわかっている)



「いや、お前は間違ってる」、ハッキリ断言するソドム。


「はっ?」、シュラは露骨に嫌な顔して聞き返す。



「恥ずかしいものか!むしろ引き締まったナイスボディーを自慢できるぞ。自分の魅力に気づけ!」、叱り飛ばすソドム。


「俺がその体だったら、自信を持ってさらけ出すところだ」、とタクヤにも同意を求めた。


 タクヤは内心同意だが、今後の展開が読めるので、聞いてないふりをしている。



「それは男の考えよ!」、シュラは恥じらいを捨て、攻撃の構えにはいる。

「だいたい、そんなのたかが色素しきそ!だから何なの!?」、とソドムのピンク色の乳首を指差し憎々しげに言った。



「えっ?」、好きでパンツ一丁なわけではないし、桃色で可愛らしい乳首を見せつけてるつもりはなかったので、ソドムは困惑した。


 いや、稀に女性に指摘はされるが、こればかりは仕方がない。ソドム的には、色白だとピンク色になる傾向があるとは思っているが、男でピンク色は自慢にならないどころか、恥ずかしい・・。


 むしろ、コンプレックスを突っつかれて心に傷を負ったのは俺の方だ・・と、ソドムは思うのだが。



 このような、どうでもいいやり取りに待ったをかけたのは、犬のレウルーラ。


 前脚でソドムのアキレス腱をさすってかした。ようやく、目的地についたんだから早く解呪しろ、って思うのは当然だった。



 ソドムは我に返り、本来の目的を優先するため、テキトーに謝り、手打ちにした。


「わかった、俺が悪かった。善処するから勘弁してくれ」、本当にてきとうな謝罪だった。


 が、シュラはあっさりしたもので

「分かればいいのよ」、と言ってコロリと機嫌が直る。

 すごく単純かつ、いいなシュラ。レウルーラのしぐさに気がつき、自分の格好より、彼女を助けるのが先だと今更ながら思った。



 ちょうど教団の幹部が戻り、事情を説明し、最高司祭のいる奥の院に案内してもらうことになった。

 この幹部も白いローブを着ている、本来の黒いローブは廃止になったのだろうか、とソドムは不思議に思う。

 信徒達の服装も、白一色で統一され、男はワイシャツにズボン、女はスカートという、闇の教団らしからぬ服装で、違和感があった。



 予想に反して、ソドムとレウルーラが出入りしていた10年前の顔見知りは、教団には一人も残っていない。


 今いる連中は、平和ボケした日和ひよった奴らしかいないと、ソドムは感じた。

 金と食料に恵まれた中では当然だろうし、野心ある者たちは見限ったのかもしれない。



 ともあれ、十段ほどの石段を登り、ようやく神殿内に案内されたソドム達。信者達に奇異の目を向けられつつも、平屋建てのログハウスの門前に立った。



「ちょ、このログハウスが大神殿なの!?」、頑張って笑いをこらえながらシュラがソドムの方を向いて小声で確認する。


「ま、まあな・・」、何を言っていいかわからない質問するんじゃねーよ、という意味をその後の沈黙で分かってもらいたいソドムであった。

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