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願いかなわず

 ソドム王は、養女で護衛でもあるシュラに、武器を持たせたくなかった。本来の幸せを享受して欲しいと願っていた。


 まさか、このような形で願いがかなうとは・・望んでいない。


 デスリザードマンに噛みつかれたまま、干潟泥の中に引きずり込まれたシュラを見て、ソドムは言葉を失う。叫ぼうとしたが、声もでない光景であった。



 腰まで泥に浸っているため、駆けつけられないソドム、無意識に心話を使う。


 もともと、変化(トランスフォーム)の対象であった魔獣が心話を使えたので、今の人間の姿でも使えるようである。


 他にも、耐性や特殊能力なども引き継がれるらしい。


 逆にソドムの物理耐性(物理・毒・冷気への耐性)による弱点である光と炎も、魔獣変身時に弱点になりうる。


 所詮は呪いゆえに、いいことずくめとはいかないのが、暗黒魔法というものだ。



 心話での声は周囲を取り囲むデスリザードマンの群れまで聞こえた。その声は、ドスのきいたような低い声だった。



「おい・・俺の下僕(しもべ)に何しやがる!手土産持参で来てみりゃあ大層な挨拶だな!」



 

「そのお声は!ソドム様!!」と、心話で反応し、ひときわ大きいデスリザードマンの長が、群れを押しのけて前に出てきた。


「皆の者、王の御前だ、控えよ!」、長は厳しい口調で命令を下す。群れは、のそのそと包囲を解いて整列し始める。

「え、偉いんですか?」、若い男のような心話が、ズレた質問をした。

「馬鹿なのか?ソドム様を知らないとは」、若い男の質問をおさ一蹴いっしゅうした。


 デスリザードマンは、目や耳があまり良くなく、知っていたはずのソドム王を認識できずに、襲撃してしまったようである。分かった途端、ガラリと態度が変わった。


 その時シュラに噛みついて、泥に沈んでた若手のデスリザードマンがプカリと顔を出した。




「どーりゃ~!!」、気合いが入った若い女の声が聞こえる。



 ソドムが目をこらして見て見ると、全身泥まみれの下着姿のシュラが、素手でデスリザードマンの(ワニ)のような口をこじ開けているではないか!


 こじ開けるのを通り越して、両手で上の牙を掴み、素足で下の牙を踏みつけ、(アゴ)を引き裂いて殺そうとしている。


 これは・・・・人間技ではない、それに咬まれた箇所の怪我は浅いように見える。

 

 

 更には、牙に接しているシュラの手足は、白い光に覆われていた。


 

「あれは、金剛聖拳こんごうせいけん!?」、ソドムと冴子は、ほぼ同時に言った。


 金剛聖拳とは、手に光のオーラをやどし、その一撃は鉄の鎧も貫通するという、連邦王族の血筋しか使えない特殊な技である。ということは、王族の血を引いているのか?と、二人は思った。



 ソドムは、悲劇から一転して無茶苦茶な展開になったので、シュラの生存を喜ぶのを忘れてしまっていた。

(金剛聖拳は一子相伝。つまり、ファウスト王が長男のタジム(ゼイター侯爵)に伝授したにとどまるはず。ということは、何度か見る機会があった中で・・・見て覚えた・・・のだろうか。天才か!?しかも、手だけでなく応用して足にもオーラをまとわせるとはな)


 それもそうだが、金剛聖拳を使われた場面での被害者は、ほぼ自分だったと思いだし、ソドムは少しイラついた。

連邦王族あいつらには、やられっぱなしだ。共通点があるとは思ったが、シュラもかよ)



 まあ、百歩譲って金剛聖拳を使えるように覚醒したとしても、ほぼ無傷というわけにはいかないはず。

(いやいや、普通死ぬだろ・・・・・。俺みたいに物理耐性があるならまだしも・・)



 ある程度こじ開けた段階で、シュラは牙を抜け出しながら、デスリザードマンの横っ面をぶん殴る。


「ボグッ!」、光を帯びた拳で殴られ鈍い音がした。デスリザードマンは、そのまま横に倒れて気絶する。


 シュラは、それによじ登り、足場にして整列している群れを睨み付け、飛び掛かろうとしている。

 意識はしていないが、拳についた血を旨そうに舐めているのがソドムには分かった。


 もはや、どちらが魔物モンスターか分からないような光景で、群れのほうが逃げ腰になっている。



 

 これは、暗黒転生フォーリングダウンをデスリザードマンにかけてゾンビ化させるつもりが、かけ間違えてシュラに魔法をかけてしまったようだ。

 おそらく、シュラには物理耐性の効果のろいが付与されたのだろう、とソドムは気づいた。


 俗に言う、うっかりミスというものだ。


 即死間違いない噛みつきでも、軽傷で済んだというのは物理耐性以外に考えられない。見るに、血をすすって体力を回復している気もする。

(やべぇ、運よく物理耐性がついたが・・・・失敗してゾンビ化しちまってたら、国に帰れないとこだったぜ。なんせ、知能も低下して、腐敗臭がすりゃ、さすがに誤魔化しきれんからな)



 いや、そもそも自分も含め、物理耐性を得るということは、他のアンデット化と並び、人間ではなくなっているのかもしれない。

 わざわざ人の生き血を飲もうなどと思ったことはなかったので、推測でしかないが吸血鬼ヴァンパイア系統なのだろうか。


 もっとも、純粋な吸血鬼ならば死体のごとく、血の気のない青ざめた肌になるため、明らかにアンデットとわかるはず・・。


 となると、人間と吸血鬼の中間的存在、魔人まじんかもしれない。


 かれたひと魔人まじん。ソドムとて魔人を実際にみたことはないが、吸血鬼のような物理耐性とアンデット特有の冷気・毒耐性があり、光魔法と炎に弱いと聞いたことがある。

 不死身でもなく、コウモリなどへの変身能力はないが、人間と同じ食事以外にも、吸血によって体力の回復ができる希少種らしい。


 良く言えば、超越者ちょうえつしゃ。悪く言えば、下位吸血鬼レッサーヴァンパイア


 人間としては、圧倒的アドバンテージを有するが、弱点を狙い撃ちされるとモロいので、魔人であることは秘密にしておかなくてはならない。

(えっ?てか、俺は魔人まじんだったのか!?人間やめてたということか・・。何かのアンデットに該当しないってのは、変だとは思っていたが。なんにせよ、シュラも同じ魔人ならば、それで生体実験してみるとしよう)



 切り替えの早いドライなソドムは、先ほどまでの悲しみや歓喜の感情を置き去りにして、今回のシュラの身に起きたことを検証している。


 王位継承権、聖拳と魔人化によるシュラの戦闘力、考えることは山ほどある。


 いや、まずは今現在 デスリザードマンの群れ相手に暴れているシュラを止めなくてはならない。

 ソドムが考えごとしている間に、シュラはデスリザードマンの頭に飛び移り、脳天に一撃みまって、次の獲物へと飛び移る、ということを繰り返していた。


 その表情は楽しげだったが、被害者のデスリザードマン達からは、助けを求める悲痛な心話が、届きまくっている。


「お許し下さい。大神殿への不法侵入だと思い、懲らしめようとしただけなんです~」、おさが心話で嘆願してきた。



 ソドムは、思った。


「武器を捨て、幸せになってもらいたい」とは願ったが、


「武器に頼らず、素手で殴り散らしてえつに入って欲しかった」わけではないと。



 まず、暴走する魔人を止めなくてはならない。



 暗黒転生したからには、ソドムの眷族として命令には従うはずだ。



 ただ、知能の低いアンデットと違って、盲目的に従うかどうかわからない。


 一時的に命令を受け入れても、納得いかない場合、反発するかもしれなかった。



 

 とりあえず、命令してみるソドム。




「シュラ、めろ!コイツらも反省しているから、許してやれ!」



 ビタリと攻撃を止めるシュラ。


 以外にも、「はい」と答えた。



「これはいい!」、とソドムは小さくガッツポーズをした。


 シュラを預かって10年、こんな素直な返事を聞いたのは初めてだった。それと同時に得意の悪知恵を思いついた。


 様々な今後の妄想が頭をよぎる。


 ソドムは我に返り、ふと周りを見渡すと20体ほどいたデスリザードマンの半数が気絶してひっくり返っているではないか。


 シュラはデスリザードマンから降りて、泥の中を手を振りながら近づいて来る。


「あたしは、無事よー」、と笑顔でアピールしているのは微笑ましいが、おびただしい返り血が、なんとも言えない複雑な印象を与え、冴子とソドムの顔は僅かに引きつっていた。



「無事でなにより。甘噛みとは気がつかなかったから、ハラハラしたぞ」、ソドムは無事を喜びつつ、魔人であることを冴子に気がつかれないように、微妙に話をすり替えた。



「甘噛みなんてもんじゃないわよ!」、ソドムの前まで来たシュラは抗議した。

「おもいっきり咬んで、ひねり沈められたのよ!」




(何言ってくれちゃってんだよ!そこは話合わせろよ!お前は、俺と同じ物理耐性の呪いがかかったんだから、軽傷ですんだの!冴子にバレると、お前も討伐対象になっちまうんだよ。まあ、とにかく話を合わせてくれ)、とソドムは近距離のみに伝わる心話でシュラに注意した。


 心話も使い方によっては便利だと、今更いまさら気がつくソドム。




「・・・な、なんてね!」と、シュラはハニかんだ。



「・・・もう!心配しましたよ」、冴子は安堵の表情で言った。

(怪しい・・甘噛みになんて見えなかったわ。ソドム公が心話を使ってたけれど、人間が使えるのかしら。それに、シュラさんの金剛聖拳・・年齢からして、ゼイター兄さんの子供ではないわね。ということは、ファウスト叔父様・・王室が荒れなければいいけれど。この二人は連邦にとって危険な気がする)



 ひと騒動が終わり、ストレスで黒く染まったコカトリスは、ヒタヒタとソドムの横をすり抜け、去ろうとする。




「待たんかい!」、ソドムはコカトリスの首根っこを羽交い締めした。



 バタバタと暴れるコカトリス。



「お前、人間だろ!?変化魔法(トランスフォーム)使ってるな」、ソドムは心話で問い詰めた。



 ピタリと抵抗は()んだ。だが、白状はしない。



「生きて帰れると思ってんのか?さっき暴走してたのは魔人シュラ、そっちの女性は連邦王国宮廷魔術師長、俺はギオン公国王。身の程をわきまえず調子にのって、失礼の限りを尽くしてくれたよな?お前」、ドスのきいた低い心話で密着したコカトリスにだけ聞こえるように脅した。



「す、すいません。つい出来心で」、若い男の震えた心話がソドムにだけ届いた。



「あ?散々頭を小突きやがって」、ソドムは怒りの心話を送る。



「な、何でも致しますから、お許し下さい」、コカトリスは嘆願してきた。



 ソドム、ただ脅すだけでなく、理解を示し相手の心を和らげ、利用することにした。


「うむ。まあ、魔獣に変化したものの、人間社会より心地良いから、そのまま生きてきたクチだろう。若い女が懐かしく、ついイタズラをしてしまうのは、分からんでもない」やんわりと話を続ける。


 コカトリスは、少し落ち着きを取り戻してくる。


「が、やっちゃいけないこともある。わかるな?」


「はい・・」


「ならば、命じる。我が下僕(しもべ)として忠誠を誓え。さもなくば、死をもって償え」、締めつける力を強くして言った。



「あ、有難き幸せ!忠誠を誓います!」、コカトリスは観念した。


 ソドムは、手を緩めコカトリスを解放した。

「よし、手始めに俺たちの乗った板を引っ張り、大神殿まで運んでくれ」


「えー!?いや、了解しました」、しぶしぶコカトリスは従うことなった。




 ソドムは、泥をかき分けながらデスリザードマンの長に近寄り、持ってきた皮袋を渡した。


「一族の者たちには迷惑をかけたな。これは、おまえらの好物だ、食ってくれ」



 長は恐縮しながら受け取り、一言ことわり皮袋の中をあらめた。



 中にはギッシリとニワトリの頭が入っていた。

 ソドムが連邦の宮殿調理場で廃棄されたものをもらってきた物だった。


 人間がもらっても、嫌がらせにしか思わないが、デスリザードマンにとっては貴重な嗜好品として喜ばれる。


「これは!?我らの為に、わざわざ・・なんと勿体ない!先ほどまでの非礼、どうかお許し下さい」

と、心話で伝えた。


「おう、気にするな」、爽やかに言った。


 ソドムは、気が利いて優しいところがある。下級な亜人のために、ずっとニワトリの生首をぶら下げて来たのだから。



 長は中身を取り出し、一族に向けてばらまいた。さっきまで気絶していた者たちも復帰し、器用に口でキャッチし、グシャリと咀嚼した。


「この歯応え、そしてトロリとでるミソがたまりませんな」


「さすがは王、お強いだけでなく慈悲深うございます」

 などと、口々?に心話で絶賛し感謝を伝えた。


 生首が行き渡り、食べ終わると

「神殿に向かうのでしたら、我らの背にお乗り下さい」、と長が申し出てきた。



「もはや、目前ゆえ気遣いは無用だ。巣に戻り、傷を癒すがよい」、とソドムは断った。


 長は食い下がったが、しつこければ逆に非礼と思い、

「では、お言葉に甘えまして・・。あ、あと有事の際には、お声かけ下さい。一族をあげて加勢致します」、そう心話で言って群れを率いて去って行った。



 ソドムは、安堵の溜息をついた。

(やれやれ、今回のシュラのトラブルメーカーぶりは極めつけだった・・)


 自分は世界的トラブルメーカーであるのに、シュラのことを心で非難した。


 ソドムが原因で、戦乱の世になり、通算で10万人から100万人の死傷者がでたのに、やはり自覚がないようである。



 ソドムは気持ちを切り替え二人を呼び、自分の板に乗るように言った。


「このコカトリスが、神殿まで連れて行ってくれるみたいだ。先頭はシュラ・真ん中は冴子殿・後ろは俺、という順序で同じ板にまたがり、俺が後ろから手をまわし、二人を両腕で抱え込みながらコカトリスの蛇胴体しっぽつかんで、引っ張ってもらうことになった」


「俺の腕の内だから、落ちる心配もない」、穏やかにソドムは言った。



「え?魔獣と話つけたの?」、という当然の疑問があったが、先ほどの死闘で疲れた二人は、一休みしたい気持ちが先行して、ソドムの提案に異は唱えなかった。


「トリス、よろしくね」、とシュラは黒い羽毛を撫でながら声をかける。


 魔人になり、金剛聖拳まで使えるようになったシュラは、コカトリス程度の魔獣なら、恐怖を感じなくなった。むしろ、ペットの感覚に近い。



「安定と落下防止のために」と、ソドムは両腕どころか両足までも、前の二人に絡みつけた。


 ギチギチの密着具合に、ソドムは大満足だった。

「はっはは、上手くいった。両手に花。いや、両腕の内に花束だな。これで、レウルーラが無事復帰して、まざったなら最高なんだが」、などと思った。


(いかんいかん、平常心平常心。セクハラ目的と悟られてはならん。デスリザードマンの申し出を断ったなどとバレては、殴られるだけでは済まないだろう)




 くして一行は、コカトリスに牽引され、闇の大神殿へと向かった。もはや、行く手を阻むものはない。ようやく、目的地に辿り着くのであった。

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