表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/35

連邦の剣聖

「世の災厄は、邪教徒の仕業」、そう囁ささやかれ、邪教徒でなくとも弱者を虐げた時代。

 

 光の神は、救いの使徒を世に遣わす。

 闇の大神殿を目指し、深夜に歩を進める3人と犬。宮廷魔術師長の冴子が加わったことにより、逃げ隠れする必要がなくなり、堂々と向かうことができた。


 馬は転倒してからというもの、人を乗せたがらないので、引いて歩くことにした冴子。どのみち、干潟には連れて行けないので駐屯地についたら、預けることになるだろう。

 


 道すがら、戦闘になった場合の連携に必要な情報交換をした。ソドムはさり気なく冴子が素早くゴーレムを出現させたことについて質問し、あらかじめ作成して城にストックしてあることまで聴き出す。

(ゴーレム限定とはいえ、必要なときに難易度の高い召喚ができるとは・・やはり天才だな。まして、その場で造るのと違い、あらかじめ造ってあるのだから、魔力を貯蔵しているようなものだ)



 冴子も、暗黒魔法について色々質問してきたが、予想通りショボい魔法しかないと再確認する。

 個人魔法オリジナルスペルについては答えを濁されたが、強力な魔法ならば先程の戦いで出し惜しみせずに使うはずだから、気にしなかった。

 ソドム公の強さは、特殊な魔法うんぬんではなく、実戦慣れと結論づけた。



 ただ、シュラが余計な疑問をソドムにぶつける。

「あのさ、邪教徒ってバレて連邦と戦う覚悟決めた時、勝てる見込みあると思ったの?」


「そうね、領土・兵力に十倍の差があるのに」、ただ単に玉砕を選んだと冴子は思っている。



「あのな、勝算のない戦いはしないんだよ、俺は」、と言いながらも、過去のデマカセのつじつまが合う作戦を今考える。


「いいか、ウチにはアレックスがいるんだぞ。連邦の第二王子のな。いざ、戦争になれば親子喧嘩ということになり、アレックス派がこぞって集まる!」、したり顔でソドムが言う。



「なるほど。ただアレックスがソドム公につくとは限らないわよ。第一王子のゼイター侯爵は、弟こそ王にふさわしいと言ってたし、待っていれば将来連邦王になれるのに、わざわざ父王と戦うものかしら?」、正論を展開する冴子。


「確かに」、シュラでもわかる理屈だった。



「まるでわかってない。アレックスは、育ての親である俺のことが大好きで、尊敬していることを!」、わざわざ立ち止まってまで主張した。


 そうなの?という視線を冴子はシュラに向ける。


「うーん、昔から懐いてはいるわね。あまり欲のない子だし、連邦王座よりギオン公国を選びかねないわ」、尊敬はしてないだろうけど、ソドムを好きなのは間違いない。


「だろ?さらにブラコンのゼイター侯爵が味方になれば、戦力差は四対一くらいになるであろう」、ようやくそれっぽい結論にたどり着き安堵した。



「そうね、彼方あなたを敵にまわさなかったのは正解みたいね」、と冴子は少しホッとした表情をつくった。だが、内心は違う。

(論外ね。その程度の計画なら、私一人で出向いて強襲すれば一日で鎮圧できるわ。まあ、ソドム公は信仰が間違ってるだけで、人間的には悪くなさそう。始末するのは保留しても問題ない)


「ふはは、さすが宮廷魔術師長。賢明な判断でしたな」、ニヤリと笑うソドム。



「で、レウルーラ?の呪いを解くとか言ってたわよね?」、冴子が旅の目的について聞いた。


「あー、このワンちゃんの呪いを解いてもらいに行くの」、白い小型犬を指してシュラが答える。レウルーラは、老犬なので少しくたびれている。


「うむ、10数年前の呪いで犬になった女魔術師、名はレウルーラというのだが。パプア高司祭でも魔術師でも解呪できなくて諦めていたが、最近・闇の最高司祭ならできると聞いたものでな」、ソドムは歩き疲れたレウルーラを抱き上げる。


「10数年前・・ルーラねえ?」、冴子は何かを思い出したようだ。

「魔術師学校卒業の先輩で、闇司祭にさらわれて、若くして行方不明になっていた、ルーラ先輩なの?」、犬に近寄り両手で顔に触れる冴子。


 

 シュラからの軽蔑の視線がソドムに絡みつく。

「女さらった挙げ句、飽きたから犬の呪いかけたんじゃないわよね?」腕を掴んで締め上げる。


「いだだだ!違うわ!さらってないし、魔法事故みたいなもんだから!」、どんだけ極悪人に仕立て上げるんだと、抗議するソドム。



「魔物から呪われたんじゃなく、魔法事故?」、そんな魔法はないと冴子は確信している。


 ということは・・・と、思案する間もなくソドムのデマカセが炸裂する。


「しっかし、何でも回復させる最高司祭の魔法だが、実際どうなんだろうな!?」呪いの話を掘り下げられないよう、話題を変えた。


 冴子が即答した。

「ガセネタでしょ」


「だよな。・・・えっ?」、暗くて見えないが血の気が引くソドム。レウルーラの口が開きッぱなしになる。


「へ?」、状況が理解できないシュラ。


「そんな万能な魔法、あるわけないじゃない」、平然と冴子は言う。



「ちょい、何わけわかんないこと言ってくれちゃってんの!?そんなんだったら、あたしらの旅は無駄足よ!」、シュラが怒る。



「でも、そうじゃない。回復魔法が得意な光の司祭ではなく、闇司祭が回復魔法を売りにするなんて、おかしいと思わなかった?」、魔導書を胸に抱えて冴子が続ける。


「しかも、難病から呪いや怪我まで治すなんて神業よ。人間の使える魔法じゃ無理ね」



「いやいや、だったらなぜ回復魔法の話が出回るのだ?」、ソドム納得できない。



「それは簡単よ、金持ちを呼び込み、奪い取るためね」



「・・なくもない。だが、そこまで卑劣なことはしないとおもうぞ」


「思う・・ね。まあ、行けばわかるわ」、と二人がモヤモヤしているのを気にせず、話を打ち切る冴子。


 


 本来の目的が蜃気楼になりつつあったが、歩きながら話しているうちに、連邦駐屯地が見え始める。

 兵舎やテント、屋台や色小屋などが建ちならび、辺境の町のような規模はあるだろう。その先に、干潟が広がるはずだ。



 駐屯地は、長い平和で歓楽街と化してるとは聞いていたものの、意外に灯りは少なく静まり返っていた。



 冴子の説明によると、昼から酒色に溺れ、遊び疲れて深夜には見張り以外、爆睡するらしい。


 闇君主のソドムでさえ、堕落ぶりに驚いた。思わず、

「この為体ていたらくで、大丈夫なのか?」と、余計な心配をしたほどだ。



 そして驚くことに、駐屯地を通過にあたり、見張りの兵に呼び止められることはなかった。全員、完全に休日モードで義務など無縁の遊び人になっているようだった。




 まあ、すんなり通れたのはいいが、冴子の表情は怒りを隠せない。交戦もないから、慰安所扱いにはしていたが、いざという時に使い物にならないのは困る。王都に戻ったら、引き締めを提案すると決意していた。



 ちょうど駐屯地を抜けたところに、縄跳 茂助が兵に紛れて寝転がって待っていた。ソドムを確認すると、足早に駆け寄り報告した。

「この先、干潟近く漁師小屋前に、連邦兵崩れの賊がテントを張って、待ち伏せしております。その数、およそ10」、と報告し駐屯地に消えていった。


 冴子、状況を聞いた。

「今のは?」


「ああ、公国ウチの忍だ。干潟を突破するための道具アイテムが漁師小屋にあるのだが、その手前に賊が待ち伏せしてるそうだ」、それがないと渡れないのを知っていて待ち伏せてると、眠そうに説明した。


「逆にいえば、すぐに襲ってはこないということだ」


「てな訳で・・少し休ませてくれ・・・」、そう言ってレウルーラを地面に置き、ソドムは横になって寝息を立てる。

 

 何でもいいから寝たいというのは本当で、心身が限界だった。


「ちょ、ちょとー!干潟突破の道具が賊におさえられてるなら、戦わなきゃいけないの!?」ソドムを揺さぶりながらシュラが言う。

「戦いは好きだけど、多勢なら願い下げよ!って聞いてる?  ・・・」、呼びかけながらシュラは折り重なって寝落ちした。

 毎日、歩いての旅どころか暗殺者を撃退しながらだったので疲れない訳がない。さらに、王都の晩餐会でも気疲れしている。



 二人と違い、さほど疲れていない冴子は、近場の物を集めて火を灯し、夜の番をすることにした。

 焚き火をぼんやり見ながら、闇の最高司祭を説得する策を思案する。

 なにせ、金では転ばない相手だ。武威を示し脅しても徹底抗戦するかもしれない。何か足りないもがわかれば、利で転がすことができるのだが・・しばらく考えたが、情報が少なすぎて妙案が浮かばない。やはり直に現地を見ないと、という結論にたどり着く。


 日が明けると、連邦兵も起き出して対応が面倒になるので、日の出前にソドム達を起こす。




~~~~ソドムは夢をみていた~~~~


 よく見る夢で、引っ越すつもりで借りたアパートメント。だが、何年か借りたことすら忘れた部屋。


 何部屋か連なってる場合や、他人の部屋との境界がガラス一枚の時もある。


 ただ、きまってギミックなどがある。部屋同士の間隔がつじつまが合わなかったり、無意味な段差があったりと。


 そして、そこには隠し部屋がある。


 内部を調べ、最後には隠し部屋を突き止め、扉を開く。が、そこでいつも目が覚める。





 払暁ふつぎょう前、冴子に声をかけられ、ムクリとソドムが起きた。いや、起きようとした。

 あいにくシュラが乗っかたまま寝てるので、退かさないと起き上がれない。ソドムは無造作に押しのける。疲れているので、成長うれぐあいを触診する余裕はない。


 ゴロリと砂地に転がり落ち、シュラが目を覚ました。

「あら?あたしまで寝てたわ」、まだ薄暗いが日が昇りそうなのがわかる。

「朝駆けして賊共に奇襲をかけるか、アイテムに頼らず干潟が渡っちゃう?膝上ひざうえ程度なら渡りきれるんじゃないの?」と、シュラが歩きで強行したそうに問いかける。


「まあ、そう思うわな。俺とお前だけなら可能かもしれんが、レウルーラを頭にでも乗せていくのもしんどいぞ。それに冴子殿が渡りきれる体力をお持ちかどうかだ」、頭をかきながらソドムが話した。


「冴子殿、ちと干潟を歩いてみますか?」



「えっ?ええ」にっこりと応じ、足手まといではないことを証明することにした。それと、賊に成り下がったとはいえ、連邦の兵を手にかけたくなかった。



「あたしも、歩いてみる」、ただの好奇心でシュラが言う。




 駐屯地からしばらく歩き、ようやく海(干潟)にたどり着く。

 

 暗くて干潟の向こう側にあるはずの闇の大神殿は見えないが、足元の砂地の変化は感じられる。


「よし、お二方。ブーツを脱いで歩いてみな。行けそうなら、歩いて向かうことにしよう」、とソドムは言って砂に座った。その膝に犬のレウルーラが、ちょこんと座る。



「何事もやってみないとね」、先ほど仮眠したため元気なシュラがブーツを脱ぎ捨て泥干潟に入っていく。


 南国気候だが、仮にも冬だ。ぬるい・・いや、若干冷たい。そして、感覚的には深い田んぼに足をいれたような、ヌルリと歩きにくく、足取りは重い。膝上まで浸かっているので、体力の消耗が激しい。

 シュラは武装したまま歩いて渡るのは困難だと直感した。


 自分だけ、こんな目にあってるのは面白くないので、お嬢様育ちの冴子を道連れにしたくて仕方ない。

「わぁ、こんな感じなんだぁ。でも、結構歩きにくいかなー?」と、意見を求めるていで冴子を誘った。



 ここで拒否したら、置いてけぼりにされかねないので、渋々ブーツを脱いで泥干潟に足を踏み入れる冴子。


 スカートをまくり上げ、白い肌が闇夜に浮かび上がる。だが、ソドムが見とれる間もなく、干潟の泥にまみれた。


 ズブズブと冴子は歩いてみたが、深い泥なので歩調は通常の二・三倍はかかると思われた。遅いし体力がもたないと判断した。なにより、足裏に伝わる感触が気持ち悪い。

「これは・・ソドム公のおっしゃる道具アイテムのお世話になったほうが良さそうですね!」、そそくさと泥から抜け出しながら言った。



「ですな。ただ、悪党とはいえ連邦兵を殺さねばなりませんぞ。よろしいかな?」、冴子が連邦兵を殺したくないのを知っていて、交戦しなくてすむ自力で渡ることを試させたのであった。


「そうね、心痛むけれど。弱者を狙い、非道を繰り返している犯罪者ですもの、この機会に退治しておきましょう」、と冴子は言ったが、あまり気は進まない様子だ。



 シュラも干潟から上がり、

「あーあドロドロ。洗い流さないと」と、手で拭うのも嫌で足を振って泥を飛ばした。



「ホント、こんな姿は兵には見せられない」と、冴子が笑った。

気持ち悪いが、宮廷ではない体験に冴子は少し楽しんでいる。



「ん?泥は漁師小屋で洗い流せるのだが。ま、そのままでいいから、賊を蹴散らして行こうか」



「ちょっとー、泥まみれの素足じゃ戦えないわよ!」、シュラが抗議する。とても戦えるコンディションではない。


「私もスカートをまくったままでは、いささか戦いにくいわ」と、冴子が同調した。


 それ以前に泥まみれの姿は、無様であった。まあ、この光景がおもしろいのだが、からかうと泥に叩き込まれそうなので、ソドムは我慢した。

「まあ、ごろつき10人ならば俺一人で十分だ」



「はっ?あんた大丈夫?」、まったく信用せずシュラが聞き返す。


「連邦時代は剣聖と呼ばれたもんよ」、ソドムは腕組みした。


「泥まみれのレディたちは、邪魔だから見物してるがよい」と、自信満々だった。



「ほー、じゃあ お手並み拝見ね」、半ギレでシュラが言い放つ。

(どうせ助けを求めるくせに。冴子さんの前だから格好つけちゃってさ!)


「無理なさらないでくださいね。いざとなったら、スカートが汚れることはいといませんから」、冴子は援護を申し出た。

(剣聖なんて初耳、昔はなかなか強かったとは聞いたことがあるけど、それは10年も前)


「何人かは実力差を知って逃げ出すだろう」、ソドムは腕を回したりして、戦いの準備をして言う。


「その時は、魔法でやっつけますわ」



 ソドムが横に右手を振って、

「いやいや、逃がしてやってください」


「えっ?よろしいのですか?」




 シュラがソドムの思惑に気がついた。

「わざと逃がすのね」、カチャカチャと高価なブレスレットを触りながらニヤつく。



「殲滅するんじゃないのですか?」、なんだかんだで連邦の人間である冴子に気を遣ってくれるソドムに驚く。




「逃がして、後をつけて~」



「貯め込んだお宝をいただく!」、とシュラとハイタッチするソドム。

「で、皆殺し!」


「きっと金貨数千枚はあるわよ!」、泥まみれなのを忘れシュラは上機嫌だ。おそらく賊はテントには金目の物は置かず、安全で目立たない場所に、今までの水揚げを隠しているはず。


 貯め込んだお宝を奪い取る行為は、賊と大差ないように思えるが、


「な、なるほど」、冴子は二人のたくましさに感服した。それはそうと、大金ゆえに重すぎて運べないだろうとも思った。



「では、ごろつき共の溜まり場に向かうとするか」、ソドムは立ち上がって歩き出す。


「いごぅ~、ぃおう!」、シッポを振ってレウルーラがしゃべった。



・・・・・・行こう、行こう! と言ったのだろうが、犬が喋る不気味さに三人は閉口してしまう。口の構造・舌の長さが違うので上手く話せないのは理解できるが、犬が話すのはどうしても違和感がある。

 最近のレウルーラは、呪いを解く旅ということもあって、上機嫌なのか、たまに喋るし、噛みついてこなくなった。

 かつて事あるごとにソドムに噛みついたのは、「早く助けろ」という意味だったのかもしれない。



 ソドムを先頭に一行は海岸沿いを歩いた。夜明け近いので少し景色が見える。テントが三つ点在しているを確認できた。


「あっ!あれねー?」、大きな声を出して指差すシュラ。




 一方、テント前の流木に隠れていた見張り二人も当然気がついた。


「おい、獲物のお出ましだ」、連邦の鎧を着た無精ヒゲの男が相棒に話しかける。


「おお!?弱そうな奴が女二人も連れてやがる」、兜をつけていない日焼けした男は、相方の肩を叩いて喜んだ。


 無精ヒゲの男が目をこらし、含み笑いをした。

「見ろよ、女の一人はスカートをまくりながら近づいてくるぞ!」



「そいつはいい!さっそく、皆を起こさねーと!」、そう言って一人が急いで各テントにしらせにいった。



「旅人から金を奪って、酒盛り三昧もいいが、他にもお楽しみがないとな」、残った見張り番は身を隠しながら呟く。弓で仕留めてもいいが、それでは仲間達の娯楽を台無しにしてしまうので、構えもせず地面に置いた。

 逃げる女を追いかけて、捕まえたりするのが好きな外道達を軽蔑しつつ、いつの間にか一員になってしまった自分に冷笑した。





 見張り番の一人がテントに向かったのを見て、

「見つかったようだな」、と関心なさげにソドムが言う。増援が来るのに急ぎもしなければ、隠れもしない。


「奇襲するんじゃなかったの?」、冴子が疑問を口にしたが



「うむ、奇襲したいところだが、砂地ではモタついて成功しにくい」

「ならばいっそのこと、油断しながらワラワラと巣から出てきてもらったほうがりやすい」、そう言いながらソドムは剣を抜いた。そして、だるそうに敵との距離を詰めていく。



 しばらくして、静まり返っていたテントから、薄汚れた連邦の鎧を着た賊達が砂塵を上げて、どっと押し寄せてきた!

 


「ヒャッハ~!上玉が二匹もいやがるぜ~!」


「あの男を最初にった奴が貰うことにしようぜ!」

などと、口々に悪党らしい台詞せりふを吐きながら、剣を振り回してソドムに襲いかかった。

 いつも旅人などの弱者を相手にしているので、完全武装しているものは少なく、半裸に兜だったりとめきっている装備の者が多い。



 ソドムは足を止めず先頭の男に近づく。敵が武器を振り下ろす前に、剣を突き出しサクッと首に刺して、素早く抜き取る。

 首は神経・動脈が集中している急所であり、呼吸の関係で圧迫止血ができないので、刺突をうけると致命傷になる。


 返り血を嫌い斜め前に避けながら、次の男に接近し、剣先を目から脳へと突き刺し絶命させた。

 


 そして、また次の獲物にユラリと近づく。


 一般的な戦士は雄叫びを上げたり、気合いの声を出して渾身の一撃を浴びせるのだが、ソドムは様子が違う。


 

 まるで農夫が鎌をもって収穫にでかけ、淡々と作物を刈り取るように、敵の命を摘んでいく。


 感情の高ぶりはなく、作業的に殺していく。


 賊達は、ソドムの力量を見誤り、包囲しなかったため、各個撃破されて数を減らしていった。



 六人目あたりでフル板金鎧プレートメイルに兜をかぶった完全武装の重騎士とまみえた。


 重騎士は、動きは遅いが剣での通常攻撃は貫通しない。対抗するには、重い鈍器や大剣グレートソードなどで強引に攻めきるのが一番有効なのだが、なければわずかな関節部の隙間を狙うしかない。



 ソドムは、敵の一撃をかわして密着し、鎧兜の境目である鎖骨と首の間から剣を差し込み、ズブリと心臓を貫いた。




 七人目は、首領なのだろうか。部下がバタバタ倒れる中で隙をうかがっていた。


 騎士の心臓に剣を深く刺したソドムが、引き抜くのに手こずるとみて、素早く踏み込みソドムを袈裟斬けさぎりにした!



 が、ソドムに両手で受けられた挙げ句、剣を奪いとられた。


 まさか素手で剣を掴んで、ひったくられるとは思ってなかったので、大きな隙ができたのが命取りだった。


 ソドムは奪い取った剣を構え、首領の心臓に狙いをつける。死を直感した首領は後ずさりして逃げようとするが、砂に足をとられ後ろに転ぶ。蟻地獄に狙われたアリのように焦る程に状況が悪化した。


 筋肉や骨の構造に詳しいソドムは、硬い肋骨ろっこつを避けるため剣先を水平にして、命乞いする首領の胸に差し込む。


 骨にさえあたらなければ、力などいらない。豆腐を刺すように、すんなりと心臓を貫いた。


 

 首領は血の泡を吹き出しながら死んだ。



 ソドムの悪鬼羅刹が如き戦いぶりを見て、シュラは棒立ちしている。あまりの強さに頭の整理が追いつかない。


 いつもコソコソしているエロバカ公爵が無双!?

 

 素早くもないし、力強いわけでもないのに、次々と敵をなぎ倒している。


「どゆこと?」、としか言葉がでない。

 


 冴子も、あまりの鮮やかな戦いぶりに、演劇でもみているような錯覚を覚えた。




 邪教徒と知られ、討伐令がかかったと勘違いして開き直ったあたりから、ソドムの中で長年押さえつけていた衝動が解き放たれたのかもしれない。

 統治者・君主として、民の前では見せなかった一面が溢れ出す。



 た、たのしい。無抵抗な弱者を殺す趣味はないが、敵として対峙した相手ならば話は別だ。

 どうせ此方こちらが降伏しようと、犯し奪い殺す連中だ、遠慮はいらない。

 無慈悲に愉しむのみ!それが、ソドムの今の心境だった。



「・・!」風を切り、弓矢がソドムの胸に突き刺さる。


少しの間をおいて、ソドムは前に倒れた。連邦の鎧を着ていたが、貫通したようだ。


 撃ったのは、流木に隠れていた見張りの男だったが、腐っても連邦兵、なかなかの強弓こわゆみ


「仕留めたぞ!」、勝ってしまえば首領の死など逆に慶事である。分け前も増えるし、そのまま首領になれるかもしれない。



 そう夢想したのもつかの間、ソドムはノッソリと何事もなかったように立ち上がった。

 倒れた時に拾った木片を大袈裟に手に持って、「たまたま胸にしまいこんでた、婆さんの形見の木片のおかげで命拾いした」と言わんばかりの小芝居をした。


 一応、物理耐性の呪いは、冴子には秘密なので小芝居をする必要があったらしい。


 もっとも、後ろから見ていた女性陣は、矢が命中したことも見えなかったので、ソドムの小芝居は全く無意味だったのだが。



 生き残った賊達は、真正面から矢が刺さるのをみていたので、剣を素手で受け・弓矢でも死なない人外の者と対峙していることに恐怖し、逃げだした。


 必死に逃げる賊は、テントの一つを踏み越えて、その遥か先にある漁師小屋に向かった。



 ソドム達は、あえて追わずにいる。


 冴子が魔法を詠唱し、視力を高め、賊の行き先を確認する。遠くがよく見えるかわりに、前方にあるテントやソドムたちがボヤけて見えなくなる。



「どうやら三人は、西の小屋のような所に向かっているみたいです」、と状況を冴子が説明した。

 小屋にお宝を預けているのかもしれないが、それらを抱えて逃げ切れるとでも思ってるのだろうか。


「なんだ、どのみち行くつもりだったから、ちょうどいいわね。残りの三人は、あたしが殺るわよ」、そう言ってシュラはソドムに蹴りをいれて駆けだした。


 冴子の太股ふともも前まで接近していたソドムは前のめりに倒れ、顔が砂にまみれた。

(まったく、油断できないわね!冴子さんが近くが見えないのをいいことに、スカートの中を覗くなんて!)



 男は何故に下着を見たいのか、今は戦闘中なので、それらの命題は後に語ろう。



 さて、逃げている三人の騎士崩れならシュラの遊び相手にはちょうどよく、冴子に晩餐会で腕自慢したことがあるてまえ、いいところを見せたかった。


「ああ、かまわん。だが、お宝は山分けだぞ!」、と顔の砂を払いソドムも追いかける。走っているものを追いかけたい衝動にかられレウルーラも吠えながら走った。

 

 もはや、勝負はついたので冴子はゆるゆると歩いて行く。





 賊達が小屋にたどり着く前に、強い魔力が彼らの前に集まり、白いモヤが現れた。


 それらが徐々に巨大な人型を形成していく。



 冴子やソドムの魔法ではない。召喚されたのではなく、出現したという表現が正しかろう。




 やがて現れたものは、金髪に白い肌の女性で、背中には白い翼があり、頭の上には光の輪があった。


 羽衣はごろも幾重いくえも着たような服装のみだが絶妙に局部が見えない半裸で、武装はない。


 その姿を見れば、光の神を信仰していない者でも、存在は知っているだろう。神の使いである天使エンジェルであると。


 しかも、かなり大きい。天を突く、とはこのことかもしれない。その天使にとって、足元にいる賊達は足の小指ほどもない、取るに足らない存在に見えるだろう。


 この大きさは、連邦を守護しているアークエンジェルであると誰しも確信した。


 神々が肉体を失った世の中で、世界三強としてデーモンロードや竜王らと共に知られているが、この二者は時の流れで自然と自我に目覚めたのに対し、アークエンジェルは光の神に直接使命を与えられて作られただけに、もっとも神に近い存在と言い伝えられている。



 神の代理を前に、悪人達は腰を抜かして尻餅をついた。罪悪感がなければ、そこまでならなかったかもしれない。

 これから待ち受ける近い未来が、凄惨なものになるとわかっているため、体が金縛りになったように動かない。



 連邦王国は、アークエンジェルと協定を結んでいると言われるが、宮廷魔術師長の冴子も実際見るのは初めてで、かなりの距離があっても感じる圧倒的な存在感に、悪事を働いていなくとも体が震えた。



 その巨大さから、視力を高める魔法は意味をなさないので、解除しながら呟いた。段々、近場が見えるようになる。

「あれは・・アークエンジェル・・。協定内容までは知らないけれど、連邦領内の裁きも行っているのかしら?」、とソドム公王に意見を求めた。




「・・・・いない!?」、前方にいたはずの二人はいなくなっていた。



 動物的勘で、シュラが危険を察知して、大天使が出現する直前、テントに逃げこんだのだ。ソドムとレウルーラもそれに習って滑り込んだ。  

 悪行の経歴からして、特にソドムは隠れるのが正解だったろう。



 なんとなく、事情を察した冴子は、二人がテントに隠れていたことは伏せて、敵か味方かわからない大天使との交戦を避けるべく、話すべきことを考えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ