ソドムの若き日
「世の災厄は、邪教徒の仕業」、すべての不幸を邪教徒のせいにしていた暗澹とした時代。
遡ること十数年前、若き女魔術師がいた。
彼女の名はレウルーラ、体の線にフィットした絹の赤いレオタード(ワンピース型)の上に、黒いが光沢ある夜空のようなコートをまとい、手には辞書のように厚い、革張りの魔導書をもつ。
長い黒髪に白い肌が、赤いレオタードと強調しあって、見る者に深く印象を残す。
※女魔術師達がなぜ色気ある衣装を着たがるのかわからない。伝統やしきたりがあるのだろうか。40ころになると、何かのきっかけで暗い色のフード(頭からすっぽりかぶれるコート)しか着なくなる不思議な生態だ。
彼女は、魔法学校を首席で卒業したばかりだが、紅をさしてるせいか大人びた見た目をしている。ただ、その目は子供のように探求心で輝き、学校で習った魔術では飽き足らず次なる研究対象を探している。
知識欲ゆえに、神殿の司祭に教えを受けたり、ダンジョン捜索に参加してみたり、ジャンルや危険も恐れず何でも吸収しようとした。
そして、遂に秘術にまで手をだそうとしていた。
リスクは高いが、対価も大きい魔法で、魅力的なのは確かだが、過去に成功を名乗り出るものがおらず、不安要素が大きすぎる。
ただ、名乗りでない理由は想像がついた。
例えるなら、密かに儲かってる商売をわざわざひけらかすはずがない。
儲かってることや儲けの仕組みを酔って話そうものなら、必ず模倣者が現れ、競争が激化して安売り合戦になり儲からない商売になってしまうからだ。
その秘術は「変化」の魔法。
魔力は消費せず、己が決めた掛け声かポーズのみで詠唱なしで変化できる魔法で、家数軒ほどある巨大なドラゴンにでも変化でき、能力もそのまま発揮できる究極の力だ。
ただし、大きなリスクはある。変化対象を倒し、取り込む必要があるのだ。さらに条件があり、手傷を負っていない相手を1時間以内に術者一人で倒すこと。魔法というより儀式に近い。
つまり、強力な魔物に変化できるようになるには、それを自力で倒さなくてはならないのだ。
誰だよ、こんな意地悪な魔法考えたのは!と掴みかかりたくもなるが、レウルーラの心は揺るがない。むしろ、成功した先のことを考えてた。
「飛竜みたく速く飛べるのもいいけど、ヘルバウンド(火を吐く巨大な黒犬)みたいに強くて火を吐けるのもいいかもなー」、魔術師レウルーラは連邦王都の酒場のカウンターでサラダと揚げ鶏をつまみに、酒をちびちび飲みながら呟いた。
少し安めの店のせいか、店内は薄暗く、客はまばらだ。独りで吞むには、静かでちょうどいいといえる。
ちなみに、大陸南にある連邦王都は高い城壁で街を囲んだ城塞都市で、城壁内は王城を中心にし北に光の神殿、南には港があり、大陸一の規模と人口の街となっている。
多少問題があるとすれば、領内の南西にある干潟に、闇の神殿の総本山があり、未だ交戦中ということだ。
戦闘状態とはいえ、完全に包囲した籠城戦のようなもので、言い方を変えれば、干潟に封じ込んでいる状態だ。
守るのは容易で、攻めるには難しい地形だが、闇の神殿からうってでるのも干潟の泥が行軍を阻むため難しい。
何年か包囲戦が続いたため、暇な兵士たち向けに色街や飯屋などが連邦の陣地にできはじめ、戦闘もないため、陣地がただの歓楽街になりつつあり、軍のほうでも慰安目的で兵を期限つきで包囲戦に送りこんでるフシがあった。(つまり、遊んでリフレッシュしてこいと)
※干潟とは満潮に、うっすら海水が張るが、干潮で海水が引いて泥のようになる地形のこと。
泳ぐにも、船を出すにも向かない環境で、軍隊が行軍するなど、ほぼ裸にならない限り難しい。
海苔がとれたり、ハゼのヒレが進化?して泥をあるけるようになった魚ムツゴロウや貝などが生息する。
それを目当てに渡り鳥もやってくる光景は一見のどかなのだが、稀にコカトリス(巨大なニワトリに尾が蛇)という魔物も現れ、近づくものを石化させるので油断はできない。
酒場でレウルーラは悩んでいた。彼女的には、見た目と強さの両立+移動手段としての便利さがある生物を選びたい。だが、勝てる相手となると限定的になってしまう。
年頃の乙女ならば、違う悩みがあってもよさそうだが、秘術を知ってしまってからは、異性などより変身ポーズや変化する対象のことで最近は頭がいっぱいだった。
が、世間は美女が酒場のカウンターで独りでいるのを見過ごす訳もなく・・店の入口あたりにいた男三人組が近寄って来て、話しかけてきた。
「姉さん、お独りかなー?オレ達と楽しく飲もうぜ」と、無精ヒゲを生やし、くたびれた鎧を着込んだ男がカウンターにもたれかかりながら言った。
「もちろん、オレ達のおごりだからよ」、別の男が赤ら顔を近づけ、馴れ馴れしくレウルーラの肩に手をおく。
レウルーラは、嫌悪感よりも楽しい妄想を中断させられたことに怒りを感じた。だが、とっさに行動するより、せっかくの機会 このクズどもをどう始末するかを考えた。
最近覚えた魔法の試し撃ちをするか、久々に体を動かすのもいい。「さて、どうしようかしら」と、思案していた。
魔術師は、詠唱の時に邪魔になる重い武具は使えないため、護身術が必須科目となっており、メイジマーシャルという格闘技をみっちりたたき込まれる。攻撃をかわし、カウンターに分厚い魔導書でぶっ叩いたり、前蹴りをいれたりして、並の戦士相手なら互角にわたりあえるくらい教えこまれてきた。
授業以外で格闘したことがなかったので、最悪負けても助けを呼べる現環境で試してみるのも悪くない、などと思ったりもした。
その時、一人の青年が間に割って入った。
黒髪に整った顔立ち、白い連邦の鎧を身につけた君主のソドム(当時、なんとか20代)
「おまえ達、彼女が嫌がってる。楽しく飲むなら他に行きな!」
三人組は、ひるんだ様子もなく懐からナイフなど、それぞれ武器を取り出して、ゆっくりとソドムを囲んだ。
「威勢がいいねぇ~。格好つけるのもいいけどよぅ、三対一で勝てると思ってんの?」ナイフを向けながら、上目遣いというより目を完全に上に向けて男が脅した。
やれやれ、といった表情でソドムは剣に手をかける。
「痛い目をみないとわからんようだな。連邦王直属、戦鬼兵団・団長ソドム、お相手いたす!」と、わざわざ自己紹介した。たった10人ほどの部隊だが、精強さは連邦に轟き、内紛討伐や魔境探索などで実績を残し、ならず者でも知らぬはずがない。
ここにきて、三人組は自分達の相手がとんでもない奴だと認識し浮き足立った。ヒソヒソと話したり、目で合図し合ったりと落ち着きがなくなる。
少し肩の力を抜いて、「おまえら、飲み過ぎただけなんだよな?」と諭すようにソドムが言うと、退き際を与えられたことに気がついた3人は「飲みなおそうぜ」と言ってフラつきながら店を出た。
スマートに、ならず者達を追い払ったソドムに対して、レウルーラは好意を抱きつつ感謝を伝えた。(助けられるほどの事案でもないが、なんとなく雰囲気にのまれて)
「ありがとうございます、どう対処していいのか困ってた所です。助かりました」少し顔を赤くしてレウルーラが言った。
女性にしては背の高いほうなので、立ってソドムと向き合うとレウルーラのほうが背が高かった。
ソドムは、自分より背の高い女を嫌いではない。頼り甲斐を感じるというよりも、本能的にかもしれないが。
「礼には及びません。困っている方を助けるのは、神に仕える者として当然ですから」と、爽やかに言い残しソドムは酒場を去って行った。
酒場を出たソドムは、先ほどの三人組に待ち伏せされていた。
だが、慌てる様子もなく立ち止まり、男達を見わたした。
「ソドム様、上手くいきましたね」と、赤ら顔の男が言う。
「うむ、皆 ご苦労であった」ソドムは、そう言ってニヤリと笑い三文芝居への報酬銀貨3枚(大和帝国三万円)を渡す。
「まいどあり!なんぞありましたら、声かけてください」そう言って男達は繁華街に消えていった。
「容姿に惚れて一芝居うったが、魔術師ならば色々と役に立ちそうだ。焦らず親交を深めるとしよう」ソドムは、夜道を歩きながら思った。
後日の夕方、偶然を装い 先に酒場のカウンターで一杯やりながらレウルーラが来るのをソドムは待っていた。
助けられっぱなしというのも落ち着かないレウルーラは、御礼を兼ねて食事をご馳走させてほしいと思って酒場に足を運ぶ。
ちょうど食事しているソドム見かけ、小走りに近づいて声をかけた。
「先日は、ありがとうございました。私、まだ駆け出しながら魔術師をしておりますレウルーラと申します。」少し照れながら言った。
このロードの物腰と、多勢に怯まない自信ある振る舞いに好感を持ちつつ、一方では冷静に損得勘定し、名高い戦鬼兵団を取り込み、自分の護衛として迷宮探索に同行させれば、どれほど心強いだろうと考えていた。
「申し遅れました、私は連邦王国の君主でソドムという者です。私も最近ロードとして高司祭から叙任されたばかりで、兵舎を兼ねた邸があるだけで、領地も爵位もない身分でして。任務がないときは傭兵のように、飲み歩いたりしてるんです」ソドムは、立ち上がり 助けたなど大袈裟で礼には及ばないと重ねていった。
レウルーラは、せめて食事をご馳走しないと気持ちがおさまらないと言い、恐縮するソドムを半ば強引に説得した。相変わらずのエロい服装だから、誘いに抗うことができる男はおるまい。
この二人のやり取りは、大和帝国風に言えば、狐と狸の化かし合いといったところで、本人達は互いに利用してやろうと思っていた。だが、最終的には利害が一致してそうだと感じ、意気投合して、そのまま二人で飲み明かし、生い立ちや将来を語り合った。
ソドムは、国の制度の不備を話題にし、レウルーラは魔法の話を熱心にしたのだが、意外にもソドムが魔法に詳しかったために、レウルーラも話していて楽しかったようで、その後も何回か食事を共にする仲になった。
彼女が郊外にあるソドムの邸まで顔を出すまでになった頃、警戒心が薄れたのかソドムは自分の野望を語るようになった。
今、ソドムが望むのは「火種と強大な力」
今の大陸全土は連邦王国による統治で、身内貴族国家の集合体ということもあり、内乱といっても民衆一揆程度しかなく、その支配は盤石と言っていい。
そんな平和では、建国どころか成り上がりのチャンスすらないだろう。
戦が欲しい、混沌とした世の中にこそ己の才覚で道を切り開くことができよう。有力貴族の叛乱を促すのも手だが、火種としては小さい。
極東の島国からの侵略を誘うにしても、平和ボケした帝国に食いつかせるには、よほどの知恵がいるだろう。帝国の軍事力はなかなかのものだが、稚拙な作戦能力のため、連邦に手玉に取られて大敗し、逆に侵略されかねない。
大和帝国を戦争に引きずり込み、少し勝たせて停戦させ、勢力の空白地域をつくり、両国の中間に国をつくり、2大勢力の間で交易の利益を得るのがソドムの計画であった。
戦争の火種と帝国を優勢にさせる算段は、ソドムの師である混沌を好む変わり者な老魔術師ザームが引き受け、彼の一門が協力するという内諾はとってある。
隠居していた老魔術師は、小躍りして喜んだものだ。
かつては連邦王国宮廷魔術師長であったザームは、取るに足らない意見の衝突で国を追われ、隠居しているのだから。
深い恨みというほどではないにしろ、一泡吹かせてやりたいと思っていたところに、弟子のソドムが面白い提案をしてきたのだから、協力は惜しまなかった。
ソドムは建国資金も老師に借りて、戦争勃発前に穀物を買い占めて、戦争で高騰した頃に売り払い、更に資金を増やつもりでいたため、軍資金の心配はなくなった。
あとは予定どおりに事が運んだとして、勝ちに傾く帝国に途中で打撃を与え、戦力を削ぐために強大な力が必要だった。
強力な軍事力を持つのもいいが、いかんせん目立つ。決起前に、うっかり者や裏切り者がでたら頓挫するようでは困る。やはり、自分が主体となって帝国軍に打撃を与えるのが理想である。
実はこのソドム、君主として叙任される数年前から、力を求めて密かに闇の教団に入信し、司祭まで登りつめた。
だが、殲滅力があり戦の趨勢を左右するような暗黒魔法は習得できず、もはや行き詰まっていた。(信仰力は、ソドムが思うに熱心な信仰心より、闇の神の意向にあった考え方と行動が重要なのではなかろうか。ざっくりいえば、神に気に入られれば暗黒魔法の威力が増すし、地位も上がると推測される)
※闇司祭クラスは討伐対象になるので、教義を説くなど人前に出るときは、白い仮面をつけているため、正体を知られず連邦に仕えることができた。
老魔術師ザームは、このとき連邦の宮廷魔術師長にして、裏の顔では闇の最高司祭であったが、引退後はどちらの役職も辞し、大陸北のデーモンロードの迷宮前で冒険者相手の雑貨屋を開業していた。
これが大いに当たり、巨万の富を得た。
冒険者が戦利品を手に入れたときには鑑定代をとり、未鑑定のものは捨て値で引き取る。それらを手入れして冒険者に売ってまた利益を得るのだ。
食料や松明などの消耗品販売と傷の手当、宿の提供までしているのだから儲からないはずがない。
競合が現れないのは、時折ダンジョンから魔物があふれ出る危険地帯なためで、かつての弟子たちや傭兵などの武力で追い払えるからこその商売だった。
ソドムは連邦王国のロードとしての任務がないときに、闇の神殿を訪れては様々な文献を調べているが、対個人への地味な呪い(腹痛や風邪にする)や、低級アンデット召喚や、術者か敵どちらかに確立で死を与える魔法(成功率はたった1割)など、イマイチ役に立たない魔法ばかりで、だからといって今更、魔術師を目指す頭脳を持ち合わせているわけではない。
いっそのこと、大陸中央を縄張りにする竜王(世界三強の巨大竜)に帝国軍を攻撃してもらうよう要請するという手もある・・などと検討してみたりしていた。
もっとも、矮小なる人間の願いなど聞いてくれるかどうかわからない。
逆の立場になったとして、人間が虫けら達の願いをいちいち聞くのか・・・メスのゴキブリが愛想ふりまこうが、生贄にダンゴ虫を捧げてこようが、相手にすまい。それどころか、邪魔なら殺されるだけかもしれない。厳しい交渉が予想される。
自分で強大な力を手にするのも難しい、竜王などを利用するのも命がけ、となると今・・目の前にいる女魔術師は、まさに「渡りに舟」。
彼女が強力な魔法を習得し、将来の帝国と連邦との決戦で、後方から帝国に魔法攻撃させて混乱を招き、それに乗じて連邦が攻勢に出れば、ほどよく勝たせることができるかもしれない。そうすれば、国境あたりが勢力の空白地帯になり、念願の建国もできるというものだ。
互いに利用し合うことを考えていた二人の関係だが、すっかり同志となり恋人になりつつあった頃合いに、ソドムは戦争を起こして、混乱期に建国する計画があることを切り出してみた。
数年前から構想していたが、実際話したのは老師以外二人目で、
もし・・反応次第では、始末しなくてはならない。冗談話として、誤魔化せなかったらの話であるが。
念のため、闇司祭であることは伏せておく。こればかりは、親兄弟だろうと言うべきではない、建国と違って現実的すぎて、調査が入ると逃れる術がなくなるからだ。
だが、レウルーラは茶化したりせずに「その時まで凄い魔法を習得して楽させてあげるわ」と遠大な計画を支持して協力を申し出た。
その言葉、正直ソドムは嬉しかった、今まで老師以外に打ち明けずにいた無茶な夢を信じてくれることに。
「建国したあかつきには、宮廷魔術師として支えてほしい」照れながら、ソドムは言った。
関係が深くなってきたこともあり、互いに敬語は使わなくなっている。
「もちろんよ、色々な経験できて楽しそう」そう笑顔で応えた。
このやりとりが嬉しかったと同時に、今更ながら計画が遠大過ぎて上手くいくのだろうかとソドムの心が揺らいだ。
国を持ちたいと志して生きてきたが、そもそも建国などという茨の道を歩む必要などあるのだろうか。
将来有望な魔術師レウルーラと、もう少しリスクの低い道を選ぶべきではないのか、ゆくゆくは才色兼備なレウルーラと結婚し、そこそこの幸せがあればいいのではなかろうか。
野心を抱いたり、人を利用することを考えたり、自分は何をやっているのだろうかと。
心を許しはじめたのはレウルーラも同じで、強大な力が建国と国家防衛に必須ということをソドムに説明されたため、「変化の秘術」を研究していることをついに打ち明けた。そして、情報収集に協力して欲しいと。
世間的に魔物に変身するなど認められるものではなく、光の神殿から討伐令が発せられる事案なだけに、レウルーラもまたソドムを信用したといえよう。
ソドムは、内心驚いた。
そして、話を聞いた瞬間に何通りかの案が頭に浮かんだ。
ドラゴンになって敵大軍背後から炎を浴びせれば大混乱は必至・かつ人間ではそうそう退治できまい。
武器に耐性のある魔物もいい。狼男や吸血鬼は通常武器は効果が薄いというから、敵が大軍だろうと体力が続く限り暴れることができるではないか。
素晴らしい、できることなら自分でその能力を手に入れられないものかとも思った。
揺らいでいた心が、一気に野心に傾く。光の神の教えに背くなど今始まったことではない。
レウルーラから聞き出した、変化魔法のリスクからして、魔術師の魔法ではあるまい。魔術師の魔法ならば、己の魔力や秘薬(薬草や乾燥トカゲ)を代償とする程度で危険性は少ないのが一般的だ。
1対1で戦えだの、制限時間あるだの酔狂な条件は、闇の神が好みそうな内容だ。つまり、彼女も探究心のあまりに闇魔法にまで手を出しているということになる。
おそらく、闇の神官どころか闇司祭クラスだろうか。魔術師としても才能があり、信仰力も高い闇魔術師。もはや立派な討伐対象である。
連邦や光神殿に露見したならば、即処刑となるだろう。レウルーラの並々ならぬ覚悟が伺えた。
それにしても、ソドムが知らなかった闇の魔法を研究していたということは、その信仰力と研究はソドムを軽く越したということであり、その才能は神のお気に入りということを示していた。少し嫉妬心がないわけではなかった。
連邦では、闇の神を信仰する邪教徒は迫害こそされているが、信者程度は最悪でも追放ですむ。
ただ、神官や司祭は話は別で、悪の教えの布教と呪いを撒き散らす邪悪なものとして、魔物と同列の討伐対象になっている。世間一般では、風邪から腹痛まで邪教徒の呪いによるものと言われ忌み嫌われており、
「我は闇の使徒、災いと死を与える者なり!」
などと名乗り出るバカはおらず、普通の信者や神官は、市民に溶け込みおとなしく生活してる。そして、意外にも悪さはしない。
下手に目立つと討伐されるし、そもそも闇の神を崇めているからといって悪人とは限らず、むしろ助け合ったりしている気のいい連中が多い。
例外としては、強力な魔力や武力を手に入れた大司祭クラスが、城や塔・迷宮などの防御施設を構え、堂々と名乗り、討伐にくる軍隊や冒険者との戦いを楽しむ者達はいるのだが、それは非常に稀である。
生活感のない、ただの寝泊まりする程度の平屋建てのソドム邸の一室で、変化魔法の話を小声でしていた二人だったが、ソドムの提案で隠居した知り合いの老魔術師なら、過去に変化した事案を知っているだろうから、訪ねてみて実行するか判断しようと話はまとまった。
それはいいのだが、変化魔法を偏見なく受け入れたソドムにレウルーラは拍子抜けした。
魔法に詳しいようだから、闇に属する魔法ということには、さすがに気づいはず。なのに、光の神から祝福されし君主が怒気すら発せず、生き生きと会話しているではないか。信仰心が足りないにもほどがある。よくロードになれたものだ。賄賂でも渡して叙任されたのだろうか。
光の神への信仰心が少ない弊害は、神聖魔法の効力に直結するし、逆に治療魔法を受ける時の回復度合いにも関わってくる。光の神を信じないものは、恩恵が半減するため、なんら得はない。傭兵やチンピラですら、熱心に信仰している者が多いというのに、領主になるための条件がロード資格だから仕方なく信仰しているとでもいうのだろうか。
ソドムと親交を深めるうちに、正義漢ではなく実利主義、とぼけて話を聞きだしたりするのは上手いが、嘘はつけないし約束は守る人間ということはわかってきた。
謎めいた男だけど、それもまた面白い、とレウルーラは思った。好奇心旺盛な彼女にはピッタリな相手なのかもしれない。
その後、北のデーモンロードの迷宮前で、雑貨屋をしている隠居魔術師ザームに話を聞くために、ソドムとレウルーラと戦鬼兵数名で大陸を南から北へ1ヶ月ほどの旅へ出た。
長旅と危険性高い魔法を試す目的だけに、一応レウルーラの実家に2人して顔を出したが、両親は「言い出したら、信念を曲げない」娘の性格をよく知ってるだけに、特に反対もせず すんなり送りだしてくれた。
まさか、長い別れになるとは、知るよしもなかったのだが・・・。