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副王ソドム

 連邦の副王になるように要請されたソドム。



 暫し考えて返答した。



「まるで夢のような待遇。勿体もったいないお話です」



「ですが、私の器では小さな町一つで手一杯な上に、まだまだやり残したことがありますので、今の公国に残らせて頂きたく…」番茶を置き、左のファウストに向かって丁重に断った。

(どうせ、話しやすい上に、うっかり叩いても頑丈だから、やりやすいだけなんだろ)


 副王は、権力・財力からしてギオン公国の数倍あるだろうが、ファウストの部下である以上、自儘じままにできないし、ハーレムも造れない・悪戯いたずらに暗黒魔法を使うわけにもいかない。


 自由の幅が少なく、窮屈この上ない。



 ファウストの思惑と反して断られたが、遠慮しているだけかもしれないので「やり残したこと」について尋ねた。



「やり残したこと・・ですか、我が領内には魔境・死の岬と呼ばれる所がありまして」ソドム沈痛な面持ちで語る。


「ああ、二度の遠征が失敗したという不死者の溜まり場じゃな」


「ええ。そこを制圧して我が隠居の館を造り、公国はアレックスに譲ろうかと考えておるのです」少し肩の力を抜いて、ソドムは虚空を見つめている。



 ソドムの目的は自分の国を持つことではあるが、不安定では意味がない。



 結局の所、1.攻撃対象にならないくらいの防衛力 2.遠方に居ながらにして機先を制する迎撃手段、または報復できる体制が必要である。



 1については、連邦の第2王子アレックスを手元に置いている限り、公国の安全は保障されており、この間に防衛手段は完成しつつある。

 2の迎撃体制は魔術師レウルーラの復帰により目処めどがたつだろう。




 実はソドム、秘めたる策がある。




 高位の魔術師が使う【遠見の水晶】を水晶球ではなく、平面の水晶を作り、遠方の様子を映し出すことはできないかと。


 至難は承知の上で、レウルーラに依頼するつもりでいた。


 平面にして見やすくなれば、最前線の偵察も容易になり、 縄跳 茂助の読唇術どくしんじゅつ(くちびるの動きで会話を読みとる忍びの技術)で敵国の軍議内容を知ることができ、こちらが常に先手を打つことができよう。これは、大きなアドバンテージといえる。

(もともと、バレずに遠方の美女の着替えをのぞけないものか!?という着想からの後付けとは思えない、会心の軍事転用である。これならば、レウルーラも覗き目的とは疑うまい)



 もっとも、平面水晶どころか、レウルーラの復帰すら達成できてない現状では、連邦とは争うわけにはいかない。

 機嫌をとり、連邦には馬鹿のままでいてもらう必要があった。


 公国を譲る、というのはただのエサであり、「公国をアレックスに譲ろうと考えている」、と言ったが「考えている」だけで、譲って隠居するとは言ってはいないし、約束もしていない。


 ソドム、嘘は苦手だが紛らわしい発言とデマカセ、そして演技力に関しては詐欺師顔負けである。

 


 すっかり術中にはまったファウスト、その申し出に感動した。多感な男だけに、涙すら流しソドムの手を握った。


 白長髪の筋肉ダルマのオッサンに、手を握られても全然嬉しくないのだが、空いてた片手をその上に重ねて握り返すソドム。


 楽団が余計な気を使って、穏やかな曲から感涙を誘う曲へと変化させる。


 妙に感動的なシーンが出来上がり、釣り込まれて諸侯がソドムの忠誠をたたえて拍手した。



 誓約書などと無粋な事を持ち出される前に話題を逸らす必要があり、ソドムは意地悪な発言をする。



「それとも、私が副王になって大陸全土にセクハラ無罪・女子の外出は肌着限定法案を布告致しましょうか?不満は出るでしょうが、人間は環境の生き物ゆえ、数年たてば慣れて普段着扱いになるかもしれませんぞ」、最初の憎まれ役は私が引き受けよう、と付け加えた。



「おー!素晴らしい!」と男達に歓声があがった、ただし心の中で。

 シュラや貴婦人の手前、喜びを前面に出せず、

「ワッハハ、相変わらずの御冗談よ」、と笑うにとどめた。


 ファウストも笑いにのせられて、

「危ないとこじゃった!そちを副王にしたら、連邦が崩壊するとこであったわ!」と、珍しくおどけて笑いをとった。それほどソドムの申し出は嬉しかったようだ。



 所詮、政治は騙し合い。ファウストや連邦の気のいい連中に対して罪悪感はなくもないが、公国を勝手に囮にしていたのだから、知ったことではない。


 また、ソドムには別の感情が芽生えつつあった。


 信頼を裏切り、一戦交えるのも面白かろうと。


 大陸を制覇したいとまでは思わないが、群雄割拠の混沌とした時代を作り、一勢力として連邦や帝国としのぎを削るのも悪くない。もちろん、美女と戯れたり美食で酒宴をする日々を過ごす中でだ。

 

 このような考えになってきたのは、老師ザームの影響だろうか。


 金をジャブジャブ貸してくれるものだから、この10年はソドムが望んだ通りに事が運び、更なる欲がでてきて連邦にまでケンカを売ろうとしている。

(さすがは元・闇の最高司祭、悪魔のように人を堕落だらくさせ、悪の道へいざなうものよ)

 

 決して強要された人生でないはずなのに、完全に老師からの悪影響のせいにしているソドム。ドライな性格も相まって、連邦を裏切るのには躊躇はないだろう。


 ただ、連邦の王族たちを自ら殺すことはできそうにない。いくらドライでも関わった人間に惨い仕打ちはできない。それがソドムの欠陥であると同時に、極々稀にみせる情深さが、この男の魅力でもあった。




 さて、コース料理のデザートであるが、シュラの期待とは違い非常にシンプルな物が出てきた。



 シャンパングラスに盛られた乳白色の冷たい物体、バニラアイス。


 南方に位置する連邦王都やギオン公国では、凍りつくという経験がないため、アイス自体知ってる者・食べた事がある者は少ない。まして、庶民は一生食べることはないだろう。


 卵黄に砂糖を湯せんしながら溶かし、もったりしたところにバニラ種子(黒い砂粒のようなもの)を混ぜ込んだ生クリームを投入。

 大陸北の凍りつくような環境で、ホイッパーでかき混ぜ空気を含ませて、ふんわりした食感に仕上げる。もしくは、固めてから削り取って空気を含ませるやり方もある。工程は単純だが手間がかかるデザートだ。

 冬に作って、地下の雪蔵で保管して、宴席で使う時に、溶けないように気を使い遥々(はるばる)運ばれてくる贅沢の極み。


 

 初めて見るデザートな上に、異物混入のようなバニラ種子が混じっているため、さほど関心なく口に運ぶシュラ。



 だが、口の中で溶けていくアイスクリームに、


「美味しい!」、思わずテーブルを拳で叩き評価した。


 そのリアクションに、冴子を含めた女性たちは驚いたが、天真爛漫さに慣れてきたのか、シュラを見る目が好意的になってきていた。


 宮廷では考えられないシュラの行動や発言に当初は見下していたのだが、しきたりに縛られ・必死に空気を読んで周りに合わせている宮廷の女は本当に幸せなのだろうか・・と感じていたのかもしれない。


 男のように権力があるわけでなし・・・贅沢はできても、それが日常で当たり前のこととなれば、日々たのしいとは思わなくなるもので、かといって平民のくらしをのぞいて優越感を得ても歪んだ喜びでは虚しさが残る。今の暮らしを捨てる気はないが、シュラのような奔放さに憧れのようなものを抱いた。



「ホントに美味しいわね」、ついさっきまでシュラにあきれ、軽蔑していた冴子まで立場を忘れて微笑んだ。

(この子みたいに自由に生きれるのはうらやましいわ。それにしても、ファンデで隠してる目の下のタトゥーに【床上手】って書いてあるけど、恥ずかしくないのかしら)

 

 シュラが冴子の視線に気づいて親指を立てて冴子にウインクしたところ、意外にも同じしぐさが冴子から返ってくる。

(馬鹿だけど、いい子なのよねぇ・・・・)冴子なりに、シュラを気に入っているようだった。



 二人のやり取りを見ていたソドムは、警戒を解いてはいない。油断を誘って何かを仕掛けてくるに違いないと、完全に疑っていた。

(闇の大神殿に行くことがバレたら、誘導尋問されて死刑にされかねん。朝を待たずに、城を抜け出すのが最善だろうな。泥酔したふりをして退散すべし)

 

 

 さて、酔ってシュラの膝にダイブすれば、首をつかまれ顔面に鉄拳連打を食らうだろう・・・連邦王の方にもたれかかれば、反射的に斬捨てられるかもしれない。物理耐性があるとはいえ、魔法の剣だった場合・命を落としかねない。


「バタン!」、大きな音をたててソドムがわざと倒れた。 


 左右どちらも暗い未来しかなさそうなので、イスごと後ろに倒れたソドム。ひっくり返り、転がってペタリと床に座った。

 

 いくら酔っても、そんな倒れ方をする奴はいないのだが、絶望的選択肢しかなかったので、やむを得ず後ろを選んだのだった。シラフだったら前に突っ伏すという選択も思いついただろうに、早々に立ち去りたい一心で、もっとも奇妙な倒れ方をしてしまった。


 またも楽団が余計な気を使って、曲を絶望的なものに切り替える。


 床に座ったまま呆然としているソドムをみて、シュラが指をさして

「アハハ、何してんのアンタは!」、と腹を抱えて笑った。


 それに合わせて、陽気な曲に切り替わりソドムは皆に笑われてしまった。


「ひっくり返るほど酔った者など初めて見たわ」、笑いながらファウストは配下に指示をだす。


「ソドム公爵を寝室にお連れしろ。担架たんかにでも乗せてな」、そしてシュラに付き添うように言った。



 担架が到着すると、ソドムの元同僚の騎士隊長などが面白がって担ぎ手を申し出て、結局は神輿みこしのように10人くらいで担いで退場していった。


 シュラが後ろ歩きしながら担架を先導し、ふざけて両手を上げると、担ぎ手が呼応こおうして持ち上げてみせるものだから堪らない。


 ただでさえ、胃の中がステーキや乳製品の脂とアルコールでいっぱいで具合が悪いのに、更に悪化して【船酔い】と【酒酔い】が一緒になったような最悪な状態になった。

 また、宮殿内部に詳しくないシュラが先導したことにより、かなりの遠回りになるという悲劇。


 寝室まで辿り着き、任務を完了した元同僚(悪友?)たちは、「あ~面白かったぁ」と言わんばかりに、そそくさと宴席に戻って行ってしまった。

 

 介抱するより、ただ酒を優先というのは、わからんでもない。ソドムとしては、早めに孤立できて好都合だったが、


 

 とりあえず・・・吐いた。



 生理現象の前には、過去も未来もない。現在いまで精いっぱいなのだから。


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