シュラのワガママ
連邦王国宮殿での晩餐会の席で、元気良く迷宮探索に参加表明した戦士シュラ。
養父であるソドム公から、待ったがかかった。
「そこらの魔物退治とは訳が違うんだぞ」、珍しく怒気を発した。地図作成するということは、深層の強力な魔物のみならず、主であるデーモンロードにバッタリ出くわし戦闘になることもありうる。
ゼイターやゲオルグのような体格良く力自慢なタフガイなら何とかなるが、腕がたつとはいえ、女戦士では荷が重い。
いや、そもそもデーモンロードに人類が勝てるとは思えない。
「陛下の御前で言いにくいのですが、相当厳しい戦いになりますぞ」、表情もそのままに連邦王ファウストのほうに顔を向けて、手強さを伝えた。
手元に置いておかないと心配だから、武者修行していたシュラを護衛として雇う形にしたのに、そんな危険な任務には同行させられない。
ファウストは、大陸三強の竜王ならば目撃証言や伝承も多く、脅威なのは十分承知しているが、全く情報のないデーモンロードの強さには懐疑的だった。
宮廷魔術師長の冴子も同様で、竜王のように一国の軍隊10万を打ち負かすほどとは評価していない。
むしろ、ひょっとして存在すらしないのでは?と思わなくもない。
ソドム一人が危惧し、老婆心で騒いでいるかのようであった。
「そりゃあ、竜王様の巨大さと強さは、帝国の連中を蹴散らしてくれた時に、見た人がいっぱいいたから皆が信じてるけど」、竜王信者シュラが持論を展開する。
「デーモンロードと戦ったことある人で、今生きている証人いないわけでしょ?」
「噂ほどじゃないんじゃない?」、マナー違反ながら片肘ついて掌に頬をのせて横目でソドムを見た。
ソドムとしては、自分と戦鬼兵団だけなら勝てないまでも生きて帰還する自信はあるのだが、シュラを守りきるほどの余裕はないとみている。
「あのな、魔法が凄まじいんだ!天変地異、この世の終わりがきたかのような強力な魔法だ。しかも走って逃げても逃げ切れないほどの広範囲に発動する。地下大迷宮の周辺が不毛地帯になったのは、近年その魔法が使われたからなんだよ」、ソドムが血相を変えて説明した。
宮廷魔術師長の冴子は、話を聞いていて矛盾点に気がつき、ソドムに指摘する。
ゆっくり瞬きをして、穏やかな口調で。
「ソドム公、そうは言うけど 広範囲に強力な魔法を発動するとして、魔力量などクリアすべき条件がありすぎだし、そんな魔法は存在しないわ」、魔法の素人がわかりもしないことで騒ぎ立てるな、と言わんばかりに呆れぎみに言った。
そして、ムニエルにナイフを入れ、一口大にしてソースを絡めつつ口に入れた。
王都は海に近いのだが、釣れたてをすぐさま調理するわけではないので、魚の鮮度は良いとはいえない。故に、宮廷料理はソースにこだわり、ソースを美味しくすることで、魚の品質を補うスタイルなのだ。
そう考えると、漁村で刺身や焼き魚を食べている民の方が贅沢な気もしないでもない。熱弁しながらも、ちゃっかり料理も味わいながらソドムは思った。
ソースもなかなか手間がかかるもので、使う食材(今回はソール)の骨などと香味野菜でフュメドポアソンというダシをとって、煮詰めて味を凝縮し、白ワインをいれて少し濃度を戻し、アルコールを飛ばして、バターを投入してトロリと乳化させる。細かいサイの目に刻んだ彩り野菜を混ぜ込み味と見た目を良くしたりもする。
小馬鹿にされっぱなしも性に合わないので、さらに見解を述べるソドム。
「魔術師の魔法と暗黒魔法を融合した個人魔法と私は推測しております。膨大な魔力は勿論のこと、三時(3分)にわたる長い詠唱時間と大量の秘薬を使うようではありますが」、本来しゃべる予定ではなかったことを口走ってしまう。
公国としては、是非ともデーモンロードは倒してもらいたい。
そのために、さり気なく情報提供をして、過小評価したために敗退ということにならぬようにしなくてはならない。
だが、連邦の計画が全て成功されても困る。デーモンロードを駆逐して、帝国領内に侵攻して、少し優勢になってもらって停戦状態になるのが望ましい。
そしてまた、連邦と帝国の間に入り交易の利益を享受しなくてはならないからだ。
ちなみに闇の司祭クラスになると習得できる個人魔法は、自らの得意分野を基礎にした魔法効果を闇の神に嘆願して、使用できるようになる個性的な魔法で、一つだけ習得できる。
ソドム暗殺を企てた元彫り師にして闇司祭のルメスは、自らが彫った刺青の文言どうりに能力を引き出す個人魔法を習得していて、ソドム一行を苦しめた。
デーモンロードの個人魔法は、元々威力の高い魔法を得意としていて、さらに長時間の詠唱などのリスクを背負う条件で類を見ない強力な魔法を完成させたと思われる。
ソドムの命を幾度となく救っている物理耐性もオリジナルスペルの結果で、公国建国前のことになるのだが、力を求め、邪教徒に身を堕とし闇司祭としての実力を身に着けてから、対象を闇の眷族に転生させる魔法「暗黒転生」を契約することができた。
永続魔法(呪い)ではあるが、さらに効果を高めるため成功率をランダムにして契約したので、失敗のリスクがある上に、詠唱時間は長く魔力消費も激しい。
運次第の魔法なので、食人鬼や物理耐性の肉体や翼が生えるなどのように成功すればいいが、失敗するとゾンビや影騎士などのような、ほとんど自我のないアンデットになってしまうリスクがある。
さらに、成否に関わらず闇の眷族の特性である毒抵抗・冷気抵抗がつく代わりに、炎と神聖魔法には弱くなる。
ソドムは10年以上前に習得した時、まずは自分に暗黒転生をかけ、運良く物理耐性を得た。
効果を確かめるために、部下である怪力巨漢ゲオルグの槍で一突きさせてみたところ、
見事に胴を貫通し、握り拳ほどの風穴ができて死にかけた。
後日、手加減できない部下たちを諦め、自ら剣で斬りつけてみたら、重傷になる筈の一撃がかすり傷で済むという上々の成果に満足した。
姿は人間なので、魔物として神聖魔法で浄化されることはないだろうから、弱点である炎にさえ気をつけていれば、武器や魔獣の牙をものともしない強靭な肉体を手に入れたと言えるだろう。
その後、調子に乗って部下にかけまくって検証したところ、成功率は低く・・部下の大半がゾンビ化して青ざめた黒歴史がある。
失敗してゾンビ化してしまった者は、自らの状況にすら考えが及ばなくなったために、被害者意識もなく、不満すら抱かない存在になったのは不幸中の幸いなのかはわからない。
ともかく邪教のオリジナルスペルは、恐ろしい魔法なのだ!と、声を大にして伝えたいところだが、そうもいかず歯がゆい思いのソドムだった。
力を求めし者の行きつく先が、暗黒魔法の個人魔法と変化。
破滅と呪いが蔓延し、人が人でなくなる。それこそが、闇の神の望む混沌とした世界なのかもしれない。
ソドムの見解に、冴子は笑って応じた。胸が大きく揺れる。
「三時も詠唱してたら、隙だらけじゃない。実戦では有り得ないわ」
「そうじゃな、わざわざ魔法が発動するまで待つ義理はないからのぅ」、連邦王まで豪快に笑った。
「もし、そうなら是非とも使ってもらいたいもんじゃて。倒すのが楽で助かるわい」、魚料理にあう白ワインを給仕に注がれ、一気に飲み干した。
ソドムが集中攻撃されてるのをみて、シュラは気まずくなってきた。
(あちゃー、ダメだこりゃ)
「その詠唱の長さをカバーするだけの、巨大な体躯による耐久性と防御力があるのです」、巨大クロスボウや投石機などでは、どうにもならない、せいぜい膝下をケガさせるくらいがやっとだと、ソドムは付け加えて言った。
「さらに言うならば、空を飛ぶこともできるので、空中で詠唱されたら、どうにもなりませんな」、絶望的な補足をした。
「大地は割れ、雨にかわりて隕石降り注ぎ、競うかのように雷落ち、地の狭間より亡者湧き、逃れること能わず」、吟遊詩人のように歌にして、悪魔王の恐ろしさを伝えた。
デーモンロード討伐に参加してみようかな、と軽く考えていた諸侯も息を吞む。
ソドム、思ったより歌のできがよく、ドヤ顔。
「・・・まるで見たことがあるような仰りようですこと」、冴子の目が細められ、獲物を狙うかのような目つきでソドムを追及した。
それはそうだろう、生存する目撃者がいないはずなのだが、ソドム公の話にはリアリティがあり過ぎる。
やはり、この男は秘めた何かがある、そしてそれは連邦の不利益になることのような気がしてならない。
(ハメられた!煽って情報を引きだすつもりだったか)
つい喋りすぎたソドム。鋭い、どうもこの女は苦手だ。
さて、急に黙り決め込むのも不自然なので・・・・笑って誤魔化そうと考える。
酔いが回って笑い上戸になったふりをすることにした。
「いやはや、冴子殿には敵いませんな。はっははは」、と笑いながら傍らにある白ワインを旨そうに飲み干してみせた。
「ウチの娘大事さに、ちょっと話を盛り過ぎてしまったようで」
「はは、デーモンロードの力を知る人間がいない以上なにが本当か判断しようがありませんからな。気になさらないでいただきたい」、愛想笑いをしながら、おどけてみせた。
「まったく、酔うとホラ話をするのは変わらんな」、困った奴だと言いたげなファウストであった。
(昔から、王になるだの、最強の男になるだのホラ話だけは一人前だわい)
「だが、それをも想定した作戦をとった方が良さそうではあるな」、ソドムの発言に呆れつつも、ファウストは冴子に油断は禁物と確認した。
「勿論です、叔父様。いえ、陛下」
「最深部のデーモンロードの居場所さえわかれば、引きずり出して、大軍で包囲殲滅してみせますわ」、自信がありすぎるため、冴子は平然と答えた。
(ソドム公は、泳がせておけば、思わぬ大魚の棲み処に案内してくれるかもしれないから、追求はここまでね)
「引きずり出す・・、デーモンロードの追撃を受けながら、最深部から地上まで、距離を維持して逃げて来る囮役は、どなたがなさるのですかな?」、そんな芸当はドラゴン相手でも、確実に死ねるとソドムは思い質問した。
土壇場で囮を命じられてもかなわないので、証人が多くいる今この場で確認する必要があった。
何でもかんでも何とかこなす男というイメージが定着している以上、押し付けられる可能性は極めて大と思わざる得ない。
「その点は、心配なさらなくても結構ですわ。より危険の少なくて済む策がありますから」、淡々と冴子が応じる。
「それは助かります。では、探索して最深部の地図作成までが任務と考えてよろしいですな?」、念のため確認するソドム。
「ええ、その後は御見物するなりご自由に」、ようやく愛想笑いくらいした冴子。討伐には余程自信があるようだ。
話がまとまった。
が、わざわざひっくり返す発言がでる・・。
「えー、討伐参加できないの?つまんない」、強敵と戦ってみたいシュラが不満を漏らした。
遊びじゃないんだよ、とソドムが目で制止する。
連邦王ファウストは、暫し唸りながら考えた。そして、発言した。
「よし、賞金を出そうではないか!連邦軍以外にデーモンロード討伐PTを公募して、討伐貢献度が高い十人には金貨1000枚(大和帝国一億円)ずつでどうじゃ!?」、愛娘にプレゼントを渡す親ばかのような表情でシュラを見ていった。
「えー、すごーい!さっすが陛下ぁー」、大喜びでシュラがはしゃぎ、ソドムに許可を求める。
「やれやれ、何事もやってみないとわからないからな」、シュラを横目に溜息まじりで参加を表明する。
(勝ち目は薄いが、この辺で折れないと疑念をいだかれる)
シュラ、大満足しながらワインを飲み干した。
魚料理の皿が下げられ、肉料理が供されはじめる。
諸侯や将軍たちも、打倒デーモンロードで再び盛り上がる。貴族にとっても、金貨1000枚はかなりの臨時収入なのだ、がぜん張り切るのも無理はない。
結局のところ各々が自己の利益しか考えてはいないのだが・・果たして誰が一番得をするのであろうか。
「うむ、皆の働きに期待しておるぞ」、ファウストは満足げに一同をを見回した。。
(金をちらつかせた途端にコレじゃ。せいぜい互いに競うがよい。上位10人以外には負傷しようが戦死しようが賞金はでぬのだから、金貨一万枚(十億円)など安い。倒せなんだら、それはそれで誰にも賞金を渡さずに済み、予定通り正規軍で処分するまでよ)
一見 柔和と粗暴が共存した激情家のようなファウストであるが、根底には したたかな一面があるがゆえに、戦乱期の連邦王国を維持できたのかもしれない。
「では、討伐の公募はイベントの形をとり、対デーモンロードの軍一万は、運営管理の兵ということにして、帝国への攻撃部隊五万は後方にて隠して、作戦を悟られぬように徹底致しましょう」、帝国への侵攻は極秘であることを冴子は諸将に念を押した。
ソドムは賞金に目がくらんだフリをしているが、地図作成の任務が終わり次第トンズラすることに決めていた。
勝って欲しい、だが負けるだろうから、サッサと逃げる。
冒険者達と討伐軍一万は、負ける。
おそらく、全滅するだろう。敵前逃亡の目撃者は死に絶え、連邦王には 「力及ばず」とか適当な言い訳でもすれば何とかしのげるだろう。
賞金など貰わなくても、戦前にタクヤ達に穀物の買い占めを指示しているので、その利益だけで十分。
もっとも、迷宮前で雑貨屋を営む金主であるザーム老師がドサクサの中で死んでくれれば、膨大な借金(約30億円)が棒引きされて最高の結果なのだが、そこまで都合よくはいかないと踏んでいる。
今はただ、メインディッシュであるサーロインステーキに辿り着けた喜びで、先のことは どうでもよくなってきていた。