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連邦の反攻作戦

 10年前、大陸の統一国家であった連邦王国は、極東の島国である大和帝国による侵攻を受けたのだが、本来ここまで苦戦するはずではなかった。


 大陸北東から上陸して進撃を開始した帝国軍の動きは、北西の地下大迷宮の主であるデーモンロードの縄張りを避けて南下すると予想され、それを基礎に作戦も立案され東に重点を置いて迎撃態勢をとっていた。


 大陸北のデーモンロード・大陸中央を狩場としている竜王・南のアークエンジェル、この三者は災害級の強さのため人類が敵対しない暗黙のルール・・というより常識となっている。魔力や能力もそうだが、それ以前に個体が大きすぎる。対峙して生存するものはいないかもしれない。

 

 言い伝えではデーモンロード相手に戦士が必死になって戦っているつもりでも、「足の小指」に斬りつけているに過ぎなかったという。

 

 大陸全土が連邦王国の支配下とはいえ、それは建て前のようなもので、実際は上記三者の縄張りを自然公園的な扱いにし、立ち入り禁止にして争わないようにしてきた。


 まさかデーモンロードの縄張りを大和帝国の軍勢が素通りするなど、想定外だったらしい。


 侵攻してきた兵力は多くはなかったのだが、帝国は忍びを放ち「大軍が連邦王都を目指し進軍中」という流言を各地に広めて恐怖を煽った。

 

 これによって、連邦は軍を首都防衛と東の最前線とに二分せざる得なくなり、初戦で前線を突破され、今のギオン公国付近まで奪い取られてしまう。

 

 その後の決戦時に竜王の参戦もあり、どうにか押し返したものの、連邦は領土の3割を失い・兵の損失も多く、国力も低下した。

 


 戦後、停戦状態になったとはいえ、治安維持することがやっとというありさまで、戦で衰退した国力を立て直そうにも財源もなく、逆に激戦地の復興への費用がかさみ連邦首脳は頭をかかえていた・・その時。



 配下の君主あほが、東の最前線にある滅びた村と周辺領土を爵位とともに買いたいと申し出てきた。最前線の廃墟に金貨一千枚(一億円)出すという。しかも、連邦王の子息に跡を継がせるという約束付きで。

 

 この申し出は、廃墟の再生と臨時収入、そして国境地帯の防衛費軽減にもなり、断る理由もなかった。

 万が一にも発展しても、王族が跡を継いで連邦王国のものになる。失敗したところで、何も損はなく金貨一千枚も返す必要もない。


 連邦王ファウストは、側近達と協議したが反対者はおらず、10歳になる次男のアレックスを養子に出すことにきまった。

 

 君主ソドムの金の出どころは不明だが、忠義ものをもったものだ、と王は喜んだ。

 かくして、君主ソドムは公爵位と南東部の小領地を与えられ、祇園公国が建国されたのであった。




 数年経って祇園公国の運営が軌道に乗ってきたころに、ファウストは妙案を思いつき、自室で側近である宮廷魔術師に話した。


「祇園公国が発展すれば、必ずや帝国は奪い取りにくるだろう。連邦所属とはいえ、外様の同盟関係という微妙な絆しかない以上、連邦が本腰を入れて救援するとは思わないだろうからのぅ」 


「そこで、負けない程度の援軍を逐次ちくじ投入して戦を長引かせ、東に敵軍に集中させておいて・・・その間に北西のデーモンロードを駆逐して、抵抗の少ないであろう北西から東へ一気に攻め込み、公国方面軍とで挟撃して帝国軍を大陸から殲滅するのだ」

 興奮して側近の肩を掴んで熱弁したため、掴まれた側近は脱臼してしまったという。



「同じ戦法で敗れれば、さぞ帝国も悔しがるだろうて」王はニヤリと笑い剣の柄を握った。


「・・大迷宮に陣取るデーモンロードをどのような秘策で倒すおつもりでしょうか?」両肩脱臼した側近が、脂汗かきながら聞いた。


「策などないわ。王とて神ではない!それを考えたり助言するために臣下がおるのであろう!」王は策がないことを棚に上げ、部下に丸投げした。そして不機嫌にガウンを脱ぎ捨てた。

 

 王族でなかったなら、恵まれた体躯を存分に活かし、傭兵隊長か斬り込み隊長にでもなってそうな男だけに、機嫌が悪い姿は周りを戦慄させた。

 

 室内の執事達は、「話すに任せて相槌しておけば良かったのに!」と、心で叫んだ。


 

 後に連邦王ファウストの姪が宮廷魔術師として頭角を現してきて、デーモンロードの地下大迷宮の攻略案を進言し、とされた。

 

 かわいい姪っ子の提案ということもあるが、斬新な作戦に連邦王は小躍りしたという。

 

 地下大迷宮を攻略し、デーモンロードを撃破すれば、戦は勝ったようなものである。さらに、副産物としては過剰なほどの宝物も手に入るだろう。

 おそらく、宝物だけで大和帝国に奪われた領土を買い取れるほどかもしれない。もちろん、そのような生ぬるい方針はとらず、戦にて帝国を駆逐するつもりではあるが。


 攻略作戦は決まったが、大軍を動かすとはいえ、大迷宮の下調べなしに行っては、罠や迷路・異形の怪物などによる被害や混乱による指揮系統の乱れで敗北する恐れがある。

 

 大軍ゆえに、恐怖や混乱が伝播すると、脱走や暗闇での同士討ちなどが発生し、収拾がつかなくなり、それらの情報が広まれば国全体の士気まで低下してしまう。

 

 

 やはり、地図作成マッピングとトラップ情報が必要だった。

 

 使命感があり迷宮探索に耐えうる人材…は、幸い血族にいた。


 第一王子でもあるゼイター侯爵である。身分を隠して祇園公国に潜入しているが、何らかの理由をつけて探索するようにと密使を送り、デーモンロードの地下大迷宮の地図作成を命じた。


 祇園公国のソドム王は、連邦から派遣されてきた騎士タジム(ゼイター侯爵)が、たびたび有給申請して趣味の迷宮探索に行くことに疑いはもたず、簡単に許可をだしていたため、地図作成ははかどり、今現在・半分以上はできたという。(迷宮前の雑貨屋店主ザームの話を参考にした)

 ちなみに、ゼイター侯爵のパーティーは、侯爵が不在時は補給・報告と、無理のない範囲での探索をしている。


 半分まで辿り着いたとはいえ、深層への道は怪物モンスターも手ごわくなってきている上に分岐があり、できれば手練れを集めてもう1パーティー編成し、同時に攻略すれば数日でデーモンロードに辿り着ける段階にあるという。


 地図さえできれば、6万の兵を動員し、対巨大生物に特化した1万の軍勢でデーモンロードを撃退し、後方に温存しておいた5万の本隊が北へなだれ込む計画で話は進んでいた。


  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 さて、今宵たまたま宴に参加したソドム王は、上記の話など聞かされていない。そして、納得できる内容でもない。

 ソドムは向かいに座っている宮廷魔術師長・冴子の胸元から視線を外し、勇気を出して発言した。


「乾杯もよろしいが、言いたいことは山ほどありますぞ」と、連邦王ファウストに詰め寄った。


 ギオン公国がちょうど良いおとりにされてるとは察したが、事前情報なしは如何いかがなものか。


「敵をあざむくには味方から 、というではないか。あらかじめ援軍を逐次派兵するとわかったら、公国全体が必死に戦ったりすまい。さすれば、大和側も何らかの意図があると疑ってくるだろうて」ファウストは、ソドムの機嫌をとることもなく憮然と答えた。そして、ワインのボトルを手に取り「まあ、飲め」とソドムにすすめる。


 ソドムも酒を断る訳にもいかないので、グラスを差し出した。杯が満たされたなら、飲み干さないわけにもいかず、相手にも注がない訳にもいかず、ファウストと飲み交わすことになり、いつの間にかギオン公王としてのクレームも丸め込まれてしまい、最終的には「悪いようにはせん」と言われて、戦の話は終わった。


 


 もともと大戦の絵図を書いて暗躍した※闇君主ダークロードソドムが、被害者である連邦王にクレームつける自体どうかしてるのだが。

※君主でありながら闇の司祭であるがゆえに闇君主と名乗りたいところだが、討伐対象になってしまうため、あくまでもソドムの心のなかでの肩書。



 ただ、大和帝国による侵攻を手引きしたりデーモンロードになしをつけたりした実行犯はザーム老師だったので、ソドムには加害者意識は薄いようだ。

 

 大陸に真実を知るものは数名しかいないから平気で連邦王都の晩餐会に参加しているが、大戦の元凶と知れ渡ったら連邦のみならず、決戦で煮え湯を飲まされた大和帝国までもが討伐に躍起になるだろう。


 超弩級の犯罪者、いや魔王と言うべき男、それがソドムなのだ。繰り返すが、本人に罪悪感はあまりないので、連邦王国の白堊の宮殿にて酒を飲んで連邦王に絡んでいられる。



 まあ、ギオン公国が囮にされようが負けないように援軍を出してくれるなら問題はないか、とソドムは納得してテリーヌを食べることにした。

 

 自分の前に用意された外側のナイフとフォークを使い器用に食べる。隣のシュラも真似をしてテリーヌを食べた。

 ふわりとした食感と、具材の海老やアスパラの歯ごたえもアクセントになり実に旨い。ソースはキーウィを裏ごしてドレッシングのように塩と酢を混ぜ込んだもので、甘さと酸味が心地良い。街場では出逢えない味わいだった。

 

 シュラも最初は緊張のあまり、味わっていられないようだったが、三口目あたりから旨さの虜になり、誰か苦手で手をつけない人がいれば貰いたいと言わんばかりに、さり気なく周りを見わたしていたものだ。


 冴子は、シュラの食い意地に気がつき、あくまでも目立たないように給仕におかわりを供するように命じる。

 

 ソドムは、冴子の配慮を見て、やはりコネだけのお嬢様ではないと感じつつ、目を細めて礼の代わりとした。


 部下や兵は、上官のちょっとした優しさに感動し、命を投げ出す覚悟ができたりするものだから、上に立つ者の資質というべきだろう。

「連邦王の血族には、なんと人材が多いことか」、ソドムは心で呟いた。


 仮に連邦と手切れになったなら、公国のまともな戦力は、ゲオルグたち戦鬼兵団トロールへいだんの10人と、隣に座っている戦士シュラしかいない。ゲオルグは将軍ということにしているが、采配は得意ではないし、シュラは個人戦闘しかできない。

 ソドムが兵の指揮を一手に引き受けるのも至難ゆえに、魔術師レウルーラの復活は必須だった。魔術師は強力な魔法のみならず、幅広い知識があるので、軍の指揮から作戦の立案まで頼りになる存在なのだ。

  

 明朝、隠密裏に闇の大神殿におもむき、レウルーラの呪いを解いて、そのままギオン公国に急ぎ帰って、大和帝国8000を打ち破り、連邦王ファウストの期待に応えて帝国の注意をひきつけなくてはならない。


「やれやれ、暗殺者に狙われたり謀反の企てがあるわで大変なんだがなぁ・・・やることが山積み。大和帝国を撃退したら、長期休暇バカンスでもしないと割にあわんな・・・」小声で今後の展望をぼやくソドム。


「シュラと、呪いが解けたレウルーラを連れて、海に出かけるのもいい!春くらいになれば公国の海岸は結構暖かくなってすごしやすいし。戦後の街の守りは連邦にやらせて、気晴らしするとしようか!」ソドム、ネガティブかと思いきや、なかなか図太い楽天家の一面があり、心ならずも顔がニヤける。

 

 領内で死の岬と恐れられる魔境とはいっても、その断崖の下には見事な白砂とエメラルドグリーンの海が広がる楽園であることをソドムは知っている。そこに若い娘と美女を連れて、遊び明かすことを考えるだけで楽しくて仕方がない。

 時折現れる怪物などは、このメンバーなら瞬殺できるだろうから、ちょっとしたイベントみたいなものであるし・・。などと妄想していたソドムであったが、隣の連邦王ファウストが何やら話しかけてきているのに気が付き、ちゃんと聞いてましたよ的な顔で応対し、気持ちを切り替えて聞くことに集中した。



「~というわけでだな。ソドム公、頼まれてくれるな?」連邦王はソドムに確認した。ファウストは酔っているが、肌が日焼けで浅黒いため、はたから見て どの程度酔っているかは判断がつかない。


「連邦王に頼まれたら、断るわけにもいきますまい」よくわからないが、ソドムは快諾した。聞いてないのがバレたら殴られかねない、という昔からのクセであったのだが。



 オードブルの皿が下げられ、温かいスープが各々に供された。少し高さのあるスープの器に透き通った琥珀色こはくいろのコンソメスープが満たされていた。



 何の具も入っていないコンソメスープだったので、迷わず右手外側のスープスプーンを手に取り、音を立てずにすするソドム。シュラもそれに倣う。

 

 牛のすね肉から丁寧にとったスープは、よけいな具をいれず、アクをとるために卵白を混ぜ込み(アクを取り込んだ卵白はすてる)、弱火で炊きだすことにより澄んだスープに仕上がる。

 素材の邪魔をしないために、塩は少なめにし、最後まで飽きずに飲める配慮が感じられる。

 

 華美な料理を食べる機会が多い貴族にとっては、このシンプルさが逆に新鮮かつ美味に感じるものなのだ。


 が、「なにこれ?具もないし味薄いし不味くない?」みたいな顔をしているシュラがソドムの視界に入る。

 汗を流し肉体労働する者にとっては、味が濃くないとおいしく感じられないだろうし、具がないのはわびしいというのは、よくわかる。

 

 一般とは異なる貴族の食文化まで教えていなかったので仕方がないが、感情がすぐに顔にでる点は注意しなくてはならない。



「微笑みを忘れちゃダメだろう」、とシュラをとがめるつもりで振り向いたソドムであったが、袖がスープの器に引っ掛かり、「バシャッ」っとスープをこぼしてしまう。


 ・・・・・なんという失態、と後悔するまもなく



「ゴトッ、バシャー」というスープをぶちまける音が隣で聞こえた。



 マナーを真似ていたシュラが、気に入らない料理はブチまけるのがマナーなのかと思い、自身も派手にこぼして微笑んだ。勢いあまってシュラの向かい側に座っている宮廷魔術師長の冴子の服にもかかった。


 あまりの事態に、青ざめた給仕の者が数名 冴子のもとに走り寄って服を拭いた。その間、冴子もシュラを見て微笑んでいる。


 給仕達がテーブルを拭き終わったとき、冴子が沈黙を破った。


「お口に合わなかったかしら?」澄んだ声でシュラに話しかけた。


「ええ、全然」、にっこりと微笑んでシュラ言う。

「でも、旅先で仕方なく池の水を飲んだ時に比べたらマシでしたけど」、シュラなりに気を使った発言なのだが、言われたほうは宮廷料理を馬鹿にされたようにしか聞こえない。


「池の水・・ねぇ。飲んだことがないから、よくわからない例えだけれど」、冴子の表情から微笑みが消えていく。



「あ、あの・・。もし迷惑じゃなかったら、今度持ってきましょうか?」、さらに気を使うシュラ。


「何を?」、本当に意味がわからず、冴子が問いかけた。


「池の水」


「・・・おもしろい子ね。ソドム公、彼女は普段どのようなことをしているのかしら?」、シュラとの会話を打ち切り、物わかりの悪い庶民を連れてきたソドムを責めるように言った。

 


 シュラの優しさと気づかいからの発言(方向性などは間違っているにせよ)と理解しているソドムは、養父として弁護せねばなるまい。


 だが、空気を読めないシュラによって、その機会は失われた。


「あたしは、この人の護衛をやっているのよ。腕には自信があるんだから!」、シュラは握りこぶしを作って自信のほどをアピールした。



 冴子は完全にあきれて溜息まじりで本音を言った。



「あのねぇ、ソドム公爵に護衛が必要なわけないでしょ。剣技は昔から定評あるようだし、ぱっと見では分からなかったけれど、どうやら桁外れの魔力の持ち主みたいですからね」

 

 冴子は、この会食でのソドムの立ち回りなどを観察し、ソドムの資質を見抜いた。底知れぬ魔力がにじみ出ているような感想をもったというべきか。同じ魔術師だとしたら、数段上とみた。


 らずといえどとおからず。


 ソドムには内に秘めた力はあるのかもしれない。ただ単に危うさ・胡散うさん臭さを冴子が敏感に感じ取ったというだけのことかもしれない。


 ソドムの実力はというと、残念ながら魔術を習得する根気がなかったため魔術師の道はあきらめ、信心深さがたりないため君主としての神聖魔法も低級なものしか扱えず、しかも効果は薄い。


 非公式ながら闇君主ダークロードとしては、暗黒魔法そのものが嫌がらせや、リスキーで実戦に不向きなものしかないため、高い魔力をもってしてもセコイ魔法を強化する程度で脅威にはなりにくい。


 とはいえ、叩けばホコリがでる男なので、疑われ始めるとシャレにならない。なんとか、でまかせで切り抜けるしかないとソドムは知恵を絞って考えた。その間も、冴子の黒い瞳はソドムの挙動を見逃さないでプレッシャーを与え続けている。


 ウソが苦手だから誤魔化しきれない、ソドムは思った。酒が入っているから尚更ボロが出てしまうだろう。

 もしも、冴子との会話の中で邪教徒であることや、大戦を引き起こしたことなどがバレたりしたら、即座に隣にいる筋肉質な連邦王に羽交い絞めされて、そのまま葬られるかもしれない。


 酔っているので、もはや考えがまとまらないソドム。シュラ・・・助けてくれ・・、心でつぶやく。



 シュラ、立ち上がってソドムの為人ひととなりを熱弁する。



「この人は、クズよ!」


「今回の旅路でも敵を前にして剣すら抜かないで部下に丸投げして高みの見物してたし、ロードなのに回復魔法とかは苦手で役に立たないお荷物な上、普段はセクハラしたり、若い娘にハレンチな格好を強要したり!」、ご丁寧に身振り手振りして訴えている。


「買いかぶるのも程々にしてほしいわね!」、バン!とテーブルを叩き、少し怒り気味にシュラは弁護した。


 自分の養父をボロクソに言い放つシュラに場はざわめいた。そこは社交辞令で褒める所だろ、とツッコミいれたくなるが、ファウストの気性を恐れて皆沈黙する。

 

 またもや彩子はあきれたが、同時に自分の勘が外れたのかもしれないと思った。考えてみれば、ソドム公は背丈も高くなく、鍛え上げられた肉体でもないし、仮に優れた魔術師ならば冴子の耳に入らないはずがない。

 なにやら、恐ろしい怪物にでも凝視されたかのような感覚をおぼえたのは、胸元をなめまわすように見られた嫌悪感だったに違いない。となれば、このような低俗な男には関心がなくなった。


「わかったわ、そんなに熱くならないでちょうだい」、冴子は肩の力を抜いて言い争う意思がないことを示した。

 


 ソドムは、助け舟が嬉しいような・・・助けられていないような妙な感情に支配された。

 

 例えるなら、ようやく来た助け舟が海賊船でした・・みたいな。


 自分、一応は王様やっているわけなんだけど、馬鹿にされたり、殴られたり蹴られたり・・いったいなんなんだろう。ソドム、少し悲しくなる。

 思えば、自分に対して無茶してくるのは、この世の中で両隣のファウストとシュラだけだわ、などと思ったりもした。傲慢な経理のタクヤでさえ、呼び捨て止まりだというに。

(ん?なんか暴力性が似てないか?この二人。シュラは、連邦王ファウストの落としだねだったりするんじゃないのか?まさかな・・。)


 

 三者の成り行きを見守っていた連邦王が話に割って入る。


「娘さんよ、クズはいくらなんでも言い過ぎじゃぞ」、まずは落ち着いて座るように促しながら、ファウストは続けた。


「大したことない男なのは確かだが、何だかんだボヤきながらも結果は出してくる不思議な男ではある。それゆえ、北の大迷宮探索のパーティに先ほど指名させてもらったのだからのぅ」、こやつならばゼイター侯爵のパーティーに劣らぬ仲間を引き連れて任務を遂行してくれるはずだ、と確信している眼差しをソドムに向けた。


 若干のフォローと過大な期待を持たれているということはソドムも理解した。

(あ、さっき聞き逃した話は迷宮探索のことだったか。相変わらず人使いの荒々しさよ。)


「明日は旅の疲れゆえ休ませていただきますが、明後日には公国に出立し、到着次第にお借りした軍勢とともに侵略者である大和帝国軍を撃破してみせます。その後に我が精鋭【戦鬼兵団】を率いて迷宮探索の任につきまする」、ファウストの方を見て自信満々に言ってのけた。

(チッ、面倒なこった。まあ、ゲオルグたち数人を引き連れていけば不覚をとることもなかろう)


 連邦王は、とても満足気だ。

「うむ、お主の兵団は昔から探索任務も得意だったからのぅ。期待しておるぞ」


「まあ、その代わり北方攻略軍への兵役は免除するので安心せい。デーモンロードを駆逐して帝国支配地域に雪崩れ込み、逃げてきた敗残兵をギオン方面軍とで挟撃するときには、手伝ってもらうかもしれんがの」



「お気遣い痛み入ります」、ソドムはうやうやしく頭を下げた。

(当たり前だろ、このタヌキが!体張った上に、兵まで失ってたまるか!)



 ここにきて、ようやく宴の雰囲気も戻り、スープの器が下げられ魚料理が運ばれてきた。


 

 魚料理はソールムニエルのヴァンブランソース。白身のヒラメのような魚に小麦粉をまぶして油で揚げ焼くようにして仕上げる料理だ。焦げの匂いが付かないように、植物油で調理して仕上げにバターを塗っている手間のかかった仕事だとソドムは香りで気が付いた。

 ちなみに大和では少し小ぶりで【舌平目】といわれ商品価値のない外道扱いで漁師の賄いとして登場する魚なのだが、連邦では高級魚として有名で庶民の口には入ることはない。 


 シュラの未熟なテーブルマナーでの難関【魚の中骨】は除去されているのは幸いだった。このまま無事に肉料理までたどり着きたいものだとソドムは願った。

 

 先々の戦争や探索の見通しがたった以上、もはや実行していくだけなので、ソドムの頭からはスっ飛んで、めったに食べられない高級コース料理を味わうことと貴婦人の品定めのことしか眼中になくなっていた。

 シュラも同様で料理に夢中と思いきや、



「迷宮探索、あたしも行きたい!」、とシュラは手を挙げてファウストとソドムに向けていった。



 このトラブルメーカーの参加が連邦の吉凶を分かつとは、この時は誰も知らない。



 

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