晩餐会
日が沈む頃にソドム王と、護衛の戦士シュラと犬は、白堊の城に到着した。
街中心部の高所に城があるため、周りを見わたすと街の灯りが眼下に広がる。
片田舎では、薪やランプの油惜しさに、日が暮れると就寝するものだが、豊かな連邦王都では、夜からが第二幕と言わんばかりに活気づく。
白堊の城は近年改築し、「回」のように外縁部の宮殿と、広大な中庭にポツリと こぢんまりした城とに別れている造りだった。
ソドムが8年前に来たときは普通の城だったのだが、今の宮廷魔術師になって戦闘用の城を中心に据えて、おそらく火災による全焼を防ぐための空間をつくり、ぐるりと周りに宮殿を建てたようだった。
周りを囲む宮殿にも防備はあるのだが、真ん中にある本城を頑丈な壁・巨大クロスボウ・投石機で鉄壁かつ強力にする必要があるのかがソドムには理解できなかった。
そこまで攻め込まれたら、もはや敗色濃厚なわけなのだから、戦略的に無意味ではなかろうか。このような趣味的なことに、国家予算を傾けれるのは大国ならではだな、とソドムは城を眺めながら思っていた。
ボロボロな身なりながらも、事情が伝わっていたためにソドム達は、すんなりと城の外縁部の宮殿へと案内され、旅塵を落とし着替えるための一室に通された。犬であるレウルーラは残念ながら、馬小屋に預けられることになり、しばしの別れとなってしまったが、元人間だと説明しても信じてもらえるわけでもなし、素直に応じることにした。
晩餐会の時刻が迫っていたため、ソドム公爵を担当することになった黒服を着た使用人達は、ソドムが到着するや否や群がるように集まり、淡々と衣装替えに取り掛かった。
当然ながら普段自分で着替えるシュラは、初対面の人たちに突然着替えさせられるのだから、戸惑いと恥ずかしさで翻弄されてしまった。部屋は、ソドムと同じな上に使用人の性別は男女混成なのだから、さすがのシュラでも恥ずかしい。
下着姿で恥ずかしがっているのと対照的に、男性使用人は微笑を絶やさず手早く着替えさせていくので、面白くない。
シュラの職業がら鍛え上げられた肉体なので女性的魅力が欠けるからなのか、慣れているだけからなのか、犬をブラッシングしてるかのように普通に作業している様子を見ていて、シュラの羞恥心はだんだん消えていき、身をゆだねる覚悟を決めたようだった。ショートカットでは女性らしさが欠けるため、エクステンションをつけることになったが、もはやシュラは抵抗もしなかった。
が、赤いドレスにハイヒールには参った。ドレスはともかく、ハイヒールなんて履いたことがないので仕上がってから、歩いてみるように促されたが、うまく歩けない。
淡い青の貴族服に着替え終わったソドムは、シュラの歩く姿を見て爆笑した。
「ハハハ、猫背!しかもガニ股になってるぞ」腹を抱えて笑う。
「うるさい!ってか、なんでこんなに歩きにくいもん履くんだろうな!」赤面しながら、シュラが言う。
男性使用人は、微笑みを絶やさず歩き方と姿勢を優しく教えてくれた。ほかの使用人も総出で補佐し、なんとか荒々しい女戦士を貴族のおてんば娘くらいにすることができた。
ソドムは、舌を巻いた。
「さすがプロフェッショナルの教えだな。歩き方も様になってきている。」
「どう?貴族令嬢にみえて?」シュラが調子に乗って言った。鏡に映る自分にご機嫌な様子だ。武具を離れ、女らしい格好をするのは久しぶりで、戦乱の時代でなかったなら、これが本来の姿なのかもしれない。
「うむ、こりゃ王族の目にとまって王妃になってもおかしくないかもしれん」真顔でソドムが感想を言う。
茶色い髪と明るい性格、剣技もできる変わり種だから、貴族連中には新鮮に映ることだろう。
「ばっかじゃないのー」シュラは照れながら椅子の背もたれを握りしめた。
ミシミシと音を出して、椅子にヒビがはいる。
「では、公爵様。広間へご案内いたします」使用人の一人が、一礼して先導する。
(このままでは、高級家具が破壊されかねませんからね)
廊下を案内されながら、念のためシュラに立ち振る舞いを教えることを忘れなかった。
「いいか、テーブルマナーは俺の真似をすればいいからな。食べる早さや、使うフォークなどを同じようにやれば問題ないはずだから。常に微笑むことを心掛けて、粗相がないようにな」
「はいはい、わかっておりますとも。犬じゃあるまいし、その場でオシッコしたりはしないわ!どんだけ あたしを侮ってるの」先の着替えの一件でシュラは緊張がほぐれ、いつもの調子に戻ってきている。
「いや、粗相というのはオシッコして迷惑かける・・という意味ではなくてだな・・。あくまでも犬に対してよく使われる一例であって、しくじらないようにってことだ」使用人の手前、恥ずかしくて小声で説明した。
「わかってるわよ、そんなこと。貴族が好むジョークってやつよ」しどろもどろに、シュラが言う。
ソドム、本当に恥ずかしいのか更に小さな声でシュラを諭した。
「高貴な身分の人は、そんな下品なジョークは言わないからな。頼むから、静々と食事してくれ・・。頼む」ソドムは神にでも祈るようなしぐさでシュラに頼み込んだ。
(これは・・ダメかもしれん。せめて、流血沙汰にならないことを祈るとしようか・・・)
「わかったってば。ギオン公国の代表として恥ずかしくないように、がんばるから」にっこり笑って、シュラは胸を張った。
案内された晩餐会の広間は、中央の城ではなく同じ外周の宮殿内にあり、広間の奥に玉座があることから普段は謁見の間と推測された。調度品も豪華で、床も複雑な模様の高価な絨毯が敷かれている。
どうやら、中央の城は政務に使わず、本当に戦争用なのかもしれない。だとすると、なんと無駄なことか・・とソドムは思った。
王を除き出席者は集まっているようだが、なにか大規模な作戦会議があったためだろうか、連邦の重鎮が勢ぞろいしていた。
各地方の領主たる貴族たち・将軍・騎士団長数名・宮廷魔術師長と、先ほど王都郊外で会った宮廷魔術師も着席していた。
連邦王国の首脳が一堂に会したというべきだろう。それに交じって、貴族令嬢などが彩りを添えていた。
中でもソドムが注目したのは宮廷魔術師長、名前を冴子という。様々な改革や、今の城の建築を主導していたと聞く。女性の宮廷魔術師は珍しいものだが、連邦王の姪らしいので、どうせコネで地位を手に入れたのではないかと、もっぱらの評判である。
彼女の母は大和帝国皇帝の縁者で、大戦前に連邦貴族に嫁に来た経緯があるため、大和風の名前を娘につけたとか。
その冴子は、長い黒髪を後ろに流し、上下ともに白い絹で統一している。胸元開いたデザインで、体型にフィットしたスカートには、大胆なスリットが入っている。
歳は20代半ばといったところだろうか。大和の特徴というほどでもないが、実年齢より若く見えるということもありうるかもしれない。清楚というより、高嶺の花といった感じで、美人だが声をかけづらい雰囲気である。
連邦王の姪とはいえ、城の建て直しを提案し、実現せしめたのはコネだけでは難しかろう。連邦首脳を納得させられるだけの実力と影響力はあると見るべき、とソドムは思い見つめていた、胸元と太股を。
いや、こればかりは仕方がない。前にも述べたが女魔術師というものはセクシーな格好を好むもので、ついつい目で追ってしまうのだ。
・・・・シュラから軽蔑の視線を受けていることに気が付いたソドムは、周りの貴族たちもソドム同様チラ見していると、手振りで訴えた。
確かに、男たちは別の場所に視線をおくりながらも、その途中に女宮廷魔術師長をさりげなく視界に収めていた。
それはともかく、晩餐会での衣装にしては品がないわね・・と、宮廷デビューの分際ながらシュラは思った。
そう、シュラは貴婦人になりきりつつあった。なりきってるだけなのだが・・。
普段とは別人のように、赤いドレスにハイヒール、茶色の髪はエクステでロングヘアにし、口紅もつけている。使用人からキョロキョロしないように指導をうけていたため、落ち着いている印象を周りに与えた。そして、運動神経がいいので姿勢や歩き方も格段に良くなっている。
これなら、公爵が自慢の娘を連れてきた・・ようにも見えなくもない。色気は少なくとも、若々しい美しさがあり、貴族たちにも好評なようで、それは本人にも伝わってきている。
(どう?あたしってば宮廷でも通用するでしょ!あとは、テーブルマナーだけね・・)
各々挨拶はそこそこに、中央の長いテーブルの席へ案内された。
連邦王は上座に着席予定で、その右手側に爵位順に貴族がズラリと座り、左手側に宮廷魔術師長・将軍と連邦の重鎮が着席する。
となると、外様ながらも最高爵位の公爵であるソドムと宮廷魔術師長の冴子が連邦王の一番近くということになる。冴子の向かいがソドム公王なわけだから、嬉しくてソワソワするソドムであった。同伴者であるシュラはソドム公爵の右隣に座る。対面に美女、右手に若い娘、左に・・いかつい連邦王。
(役得だが・・陛下から殴られやすい距離だな。昔のノリで殴るのはやめてほしいもんだぜ)
冴子としても、平民出身から公王になって国をやりくりしているソドムの手腕には興味があり、好意的な視線をおくっていた。
冴子の方から、軽く挨拶と自己紹介をしつつ独特な国の統治について、いくつか質問があった。ソドムの方策は奇妙であるが結果はだしている。革新的な考えの冴子は結果を重んじるため、取り入れられるものは連邦にも取り入れたいと思っていた。
「戦が一段落しましたら、一夫多妻制の導入を検討しておりましてな・・」ソドムは無茶な政策を披露した。
冴子、胸を揺らして驚く。耳にした諸侯もどよめいた。
連邦では、王族までも一夫一婦制なのだから、先の発言は暴言にしか聞こえない。
もっとも、それは建て前で愛人がいたりするのだが、堂々としたものではない。男たちは内心で万歳しながらも、表向きには恥ずべき行為と言わざるを得ない。
ハーレム作ってヒャッホーイと、誤解されると面倒なので、ソドムは捕捉を忘れない。
「平和な世の中でも男が先に死ぬ場合が多く、男女比では女性が多い。戦があればなおさらです。そして、未亡人は戦死者に比例して増え、その生活は厳しい。その未亡人を裕福な男が引き取る・・というわけです」
「これにより、未亡人の生活は向上し、消費が増えれば経済も活性化する、そうなれば税収も上がると思いまして」ことさら真面目な表情でソドムは一同を見渡した。
(だが、ハーレム禁止なわけではないのだがな!)
とはいえ、賛否が分かれる内容なので議論好きの貴族にはちょうどいい話題だったかもしれない。
冴子も、一理ある・・と考えを巡らしているようだ。シュラは給仕が置いた、まるで宝石が盛り付けられたような綺麗な前菜にみとれて話など聞いていない。
ちなみに、前菜は「海の幸のテリーヌ」。
テリーヌのメイン食材は白身魚のすり身であるが、それをバターを塗ったテリーヌ型につめて、蒸し焼きにしてから冷まして一人前1cmくらいにスライスして、それを皿の中央に配置し、まわりをカラフルな海藻とソースで飾り付けられている。
とくに貴族向けのテリーヌは凝ったもので、テリーヌ型に詰める段階で、層ごとに色を変えるため、すり身にウニやエビを混ぜ込んで色をつけたり、アスパラなどの野菜を配置したりして、最後にカットしたときの断面が美しくなるように配慮した上、ブイヨンスープにゼラチンを混ぜたものを塗り光沢を与えつつ断面の乾燥をふせいでいた。さらに、余ったゼラチンを細かく刻み皿の外縁に散らすことにより、豪華なきらめきをプラスしている芸術作品。シュラが見とれるのも無理はない。
公国にもテリーヌはある。だがそれは、庶民の保存食としてであって、ただの日常の嫌々食べる一品・・もしくは、金欠時の食堂での救世主という位置づけだった。
庶民のテリーヌは、ひき肉(くず肉主体)に余ったソーセージや煮込み肉・温野菜などを混ぜ込み、テリーヌ型にブチ込んで蒸し焼きにするというシンプルなもので、カットした後、濃いめの味付けをしたフォンドヴォー(庶民は牛の骨以外でもつくるダシ)をぶっかければ、食えないこともない。
肉自体が貴重なので、平均以下の収入の場合は御馳走の部類に入るのかもしれない。
極論だが、テリーヌという料理はテリーヌ型にいれて作るもの指す、ゆえに何で作ろうがテリーヌではある、驚くことはあるまい・・、と初めて高級なテリーヌを眼前にしたソドムは期待感を抑えて平然とているふりをしていた。
いや、高級料理うんぬん以前に、普通は連邦王の横で食事するなど、考えただけで緊張してどうにかなりそうなもんだが、
「さすがは、ソドム公爵。落ち着いておいでだ」と諸侯から給仕にいたるまで感心している。
ソドム的には、よく飯を奢ってくれた昔の上司と飯を食うだけのことで、特別なことはなにもない。ただ、昔の調子で失言したときに殴るクセは、公式の場では勘弁願いたいとはおもってはいたのだが。
「陛下のお成り~」10人ほどの近衛騎士が連邦王ファウストを護衛しつつ広間に入った。
王は、比較的軽装で白いローブ(金の刺繍あり)に赤いマントに豪華な王冠、・・には不釣り合いながら帯剣していた。王の威厳も大事だが、暗殺への備えも必要で、大和帝国の刺客には幾度か狙われてきたのだとか。
諸侯は皆、起立して王を迎え、連邦王の合図により一斉に着席する。シュラも、見よう見まねでなんとか合わせることに成功した。
「ソドム公王、遠路よく来てくだされた。今宵は、楽しんでくだされ」ファウストが武人らしからぬ笑顔で話すと、楽団の柔らかな音楽が流れ、会食が始まった。各人にワインが注がれ、
「ギオン公国に勝利を!」ファウストは杯を力強くよくかかげた。皆も、「勝利を!」と乾杯をする。
「打倒!デーモンロードォォー!!」ファウストはワインを飲み干すと立って叫ぶ。
「今の現状は、北のデーモンロードが帝国の軍隊を素通りさせたことに起因する!つまりは、連邦の敵。これを駆逐し、逆に油断している大陸北を奪還するのだぁぁ!」両腕を挙げて熱弁した。
「連邦に勝利を!」ソドム以外は立ち上がり歓声をあげている。
・・ん?東のギオン公国は最初から囮で、公国が帝国を引き寄せている間に、連邦軍主力が北西の大迷宮の主デーモンロードを倒し、その勢いで手薄な帝国領に雪崩れ込んで大陸から追い出す大規模軍事作戦・・ということなのか?
うまく立ち回って利用しているつもりが、利用されていたのか?
ソドム、動揺は隠せない。老獪なタヌキめ、と睨みつける度胸もなく、彩子の胸を見つめるしかないソドムだった。