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収穫の時

「世の災厄は、邪教徒の仕業」、そうささやかれる暗澹あんたんとした時代。


 かすかに戦の音が聞こえる。


 怒号飛び交い、剣と剣がぶつかり合う金属音や、時折 魔法の爆発音が男がうずくまる暗い地下室に「ズシン」と響き伝わる。


 男の名はソドム、誇り高き君主ロード


 君主とは、光の教団より叙任された、神聖魔法も扱える戦士のことを指す。


 剣技・信仰・人格など、厳格な審査をくぐり抜けた特別な称号であり、領主として土地を治めるための必須条件でもある。

 

 にもかかわらず、この男は 戦闘は人任せ、回復魔法は苦手という残念な君主であった。



 訳あって、剣と鎧は預かってもらっていて、今は黒い質素な衣服という身軽な服装をしている。

 


 黒髪に中肉中背・・・とはいかず、背は女性と同じくらい、齢40になるため髪のコシは弱く、整った顔立ちも くまのような彫りができてきて、よくいえば大人の渋さがでてきたというべきか。年のせいか、彼には地下の石畳での寝起きは、正直しんどい。



 ソドムは地下で戦を知り、苛立っていた。



1週間前、軍議の席で「忍び」から敵による侵攻の予兆と、軍事規模の報告を受け、

「全軍で街に籠城ろうじょうし、援軍を待つ」と主張したソドム。


 だが、その案は受け入れられず かねてから計画されていた別方面の開拓団派遣を強行することになり、軍を街の防衛とで分散することになった。


 結果として、兵力不足のため敵の猛攻に耐えられず、外壁(柵程度・・ではあるが)が突破され、街への侵入をゆるしたようだからだ。




 とはいえ、今のソドムには、打つ手がない。



 

 そう、ここは地下牢で・・今の彼は囚人なのだ。




 冷えと、床の硬さで腰が痛く、足の関節もかみ合っていないような違和感もあり、そんな状態が彼をさらに苛立たせた。

 

 いや、いっそ本気をだせば、この程度の不調をものともせず、強引に脱獄し、すぐさま戦を終わらせることもできなくはない。


 だが、ソドムとしては社会のルールにのっとり・・・・ライバルの存在や苦労、想定外の困難などをひっくるめてこそ、人生は面白いというものではなかろうか、などと地下牢にいる分際ながら考えている。



「くぅぅ~!外壁が(柵なのだが)突破されるとは!俺が現場にいれば・・」



 握った拳を振り下ろしながら悔しそうに、つい口にだして本音をもらしてしまった。ただ、叩きつけるにも石床は痛いだろうから、寸止めはしている。


 鉄格子の向こうから、人影が近づく。そして、鉄格子にてをかけ、だるそうに見下ろしながら女が話しかけてきた。

「あんたさぁ、ここにいるからには、どうにもならないわ・・」

「明日の朝には、釈放なんだから・・おとなしく寝てればぁ~?」

 

 女は20歳くらい、名はシュラという。茶色っぽいショートカットに目鼻立ちもはっきりしていいるが、美人というより可愛いという表現が近い。


 赤い衣服を好み、露出多めのシャツとミニスカートは赤で統一し、高価な宝石が埋め込まれた腕輪や指輪を身につけている。

 

 ただ、町娘らしからぬバキバキに割れた腹筋と腕の太さから、戦士とわかる。さらに、右目の下にある漢字のタトゥーは流行などではなく上級の傭兵の証だと、剣に携わるものなら気がつくだろう。


 高価な貴金属を身につけているのは、貴族でない限りは、財を預ける相手のいない独身者で、傭兵にしろ盗賊にしろ仲間は信用できないので、全財産をできるだけ高額でコンパクトな宝物に交換して、肌身離さず持ち歩くのが一般的なのだ。

 

 だが、いくら温暖な土地でも冬に(15度を下回るなか)ミニスカートを履いているのは、どういうことだろうか。




「だいたい、誰のせいで牢にブチ込まれてたと思っているんだ!?冬にミニスカートいてる変態さんよ?」むくりと立ち上がってソドムが言った。


 だが、鉄格子には近寄らない。


 シュラが戦闘術の達人であるのを知っていたし、口喧嘩する上には、鉄格子が逆に自分を守る鉄柵となるからだ。


 娘は、気性が激しいタイプのようで、気怠そうな表情から一変して、怒りながら鉄格子を両手でつかみ前後に力をいれながら言った(鉄格子はビクともしない)


「てめーが決めた法律だろーが!この馬鹿王ばか!」


「戦だのなんだのも、こんな格好させられてさ!虫にさされたり、棘で怪我したり、男に狙われたりで、いいことなにもねーんだからな!」

 

 普段のうっ憤をぶちまけながら、シュラは息をきらした。




 そう、この牢屋にブチ込まれている男は王なのだ。


 正確には、大陸の盟主である連邦王国の公爵こうしゃく(貴族の最高位)なのだが、特別待遇で公国という独立国家の形をとっている。


 領土は小さい都市国家ではあるが、王には変わりはないと、本人は息巻く。



「そこは、公爵様とか王様とかいうべきだろ!そもそも、一家の中で未婚の娘がミニスカートで過ごしているなら無税とするっていう法律なんだから、拒否してもいいんだぜ、それは」

 

 大人げなくヒートアップしていた自分に気が付き、少し落ち着きを取り戻すソドム。それに対して、シュラが即答。


「払わなくていいなら、払いたくないのよ!税金なんて!」なんか、小さいことで口論になったとシュラも思いはじめて、鉄格子から手を放す。



 ミニスカ無税は、近隣諸国の重税(良くて4割悪くて6割、しかも、福利厚生などはない)に苦しむ民衆にとっては天国のようなもので、荒廃した土地の人口増加にひと役かった。


 さらには、兵や職人などの独身者も、性欲につられてよく集まった。


 また、公爵は私財で石やレンガ造りのアパートメントを建て、貸し出すことにより、家や店を建てれない者たちも、月の家賃負担ならば元手がいらないこともあり、大勢移り住んだ。

 


 マンパワーは国の礎であり、民あっての国ということを阿呆な政策ながら実証してみせた形である。

 


 国の財源としては、建築や貸し出し業務や娯楽施設・宿泊施設・武具生産・農業などの運営を直接国が大資本で行い、その利益で兵を養い、余剰金は更なる投資にまわし成長につなげてきた。


 また、兵のほとんどは戦時下以外は、上記の国営事業に従事している、他国にはない体制をしいていた。


 これは兵士だけの収入よりも多くもらえる上に 将来、戦働きできない年齢になっても食いっぱぐれることがないとして、兵達の安心感にもひと役買っている。


 まあ、小娘に説明したところで理解できまい。そう思い、ソドム王は肩をすくめた。



 そこに横合いから怒声がはいった。



「黙れー!私語厳禁!刑期を延ばされたいのか!?」



 大柄な看守が5つ連なった鉄格子部屋の前の通路から叫んだ。隣り合った鉄格子にいた二人は、しょんぼり肩を落とした。


 途中で、気づいたようにソドムが看守に話しかけた。

「ま、まぁそう声を荒げるな。そなたが任務に忠実なのは、この一週間の仕事ぶりで、よ~くわかった。大変評価もしている」


「た、ただのぅ・・今は非常事態なのだ・・、戦力になる我々を特例で解き放ってはくれまいか?」



「そ、そうよ。仮にも、この人は王で・・私は護衛なのよ。このまま牢にいて、戦に負けたら処刑間違いないんだから!逆に、今から駆けつければ勝てるかもしれないし!」

 

 二人で説得を試みる。この二人は、悪知恵やイタズラのときには共闘するタイプのようだ。


 落ち着いた口調で看守が口を開いた。


「戦の指揮は、わかがしております。文武両道、人徳もある若が負けるなどありますまい」


 看守の表情から、公国の次期当主への信頼感がにじみ出ている。


「・・・・」、ソドム言葉を失った。

(俺抜きでもやれるんだ・・。こ、子育て成功したなぁ)


挿絵(By みてみん)



 ここは、アスガルド大陸南東の温暖な気候に恵まれた小国。

 

 活気あふれる都市国家で、外敵に備え街の周囲をぐるりと空堀を掘り、その掻き上げた土に杭を打ち込み柵にして、門周辺には物見櫓ものみやぐらをもうけて巨大クロスボウ(弩)を設置しているため、近くの魔境から湧いてくる不死の魔物(動く死体のゾンビや、捕食により体力が回復するやっかいな食人鬼グール)などは、問題なく迎撃できる。

 

 人間相手でも、小規模の軍隊を相手にするなら1か月なんとかもちこたえれる造りだ。予算があれば、柵ではなく石壁で囲いたいのであろうが、当面の防御としては、まずまずといったところであろう。

 

 都市のまわりでは作物もとれ、海にも面しているため漁業も盛んで食料の心配はない。

 

 領土の一部で未征服ではあるが、港建設と観光資源として期待される美しい岬がある(岬といっても半島に近い広さはある。

 その先端は岩の断崖であるが、真下は白砂とエメラルドグリーンの海が広がる)


 

 8年くらい前に岬一帯への入植団(軍民合わせて千人)を送り込んだのだが、音信不通になる事件があり、後に調査兵団を派遣したが帰らず、逆に岬方面からアンデットが襲来するようになった。

 さらに不幸なことに、断崖が飛び降り自殺に最適だという噂がたち、不名誉ながら「死の岬」と呼ばれ魔境のごとく恐れられる土地になった。 

 

そのため、岬と近海は長い間、立ち入り禁止になっていたのだが、昨今 国力が強まり余裕ができてきたため、死の岬を平定するため、軍を投入し始めている。




 この小さな国の建国は10年前。極東の島国・大和帝国の大陸進出がきっかけであった。



 二大国(大陸全土を支配下におく・アスガルド連邦と、極東からの侵略者 大和帝国)の戦乱で、大陸の三割にあたる北東部を大和帝国が占領した。


 そして、主戦場となった南東部は荒廃し空白地帯となった。

 

 そんな混乱期のさなか、どさくさに紛れて建国されたのが前述の小国(大和帝国でいうところのオキナワくらいの規模と気候)であった。



 新興の小国の立ち位置は明白、侵略戦争で力を伸ばした「帝国」と、領土を奪われたとはいえ十分な国力を有する「連邦」との間に入り、交易の利益をかすめ取ることであった。


 

 誰しも気が付くような浅はかな発想が黙認され、建国にこぎつけられたのには二つの根回しと、両大国の目論見があった。



 まず、この小国の主は建国にあたりアスガルド連邦から爵位を買い取った。



 建国者の君主(ロード)は、連邦の部隊の指揮官として功績をあげ、報奨金などもあったのは確かだが、どこからか借金したのか大金である金貨千枚(大和帝国でいう一億円)をポンと支払ったと噂されている。

 

 さらに廃村を復興させ街にまで発展させるのに、10年で金貨1万枚を費やしたとも。


(参考までに兵士の賃金は1日銀貨1枚、銀貨10枚=金貨1枚のレートなので月給は金貨3枚…大和帝国通貨では三十万円)

 

 それも公爵という上位の爵位を買い取り、独立国家である公国という形にし、一応連邦王国の傘下にはいり、外敵が侵攻しにくい状態にした。

 


 連邦王国は、貴族国家の集合体で最大勢力のアスガルド家が代表王という形をとり、他は家臣に近い。


 ただそのほとんどは、血縁があるので この公国は外様とざまのような存在になっており、いざ侵略されても援軍がくる確証はない。(先の大戦では、援軍がモタついたために、外様の貴族が帝国に寝返ったケースが多かった)


 外様では安全保障として頼りないため公国の王(以後、公王)は、連邦王の第二王子を、世継ぎのいない自分の養子として迎えたいと願い出て、快諾されたのであった。


 これにより、仮に公国がどれだけ繁栄したとしても、いずれは連邦の王族が後を継ぎ 吸収できる訳なのだから、

 

「一代限りの謳歌を存分に楽しむがよい・・・実った果実どころか収穫作業までやってもらうようなもの」と連邦では嘲笑ちょうしょうを隠しつつ建国を認めたのであった。



 

 一方、北の大和帝国に対しては上納金を毎年収めるという契約を交わし決着した。


 それではやや関係が弱く不安要素が大きいことから、せめて国名を帝国の土地にちなんだものにして、少しでも印象を和らげようと工夫し、「祇園公国ぎおんこうこく」とし公表したのであった。

 

 帝国側としては、ただただ滑稽な思いでいた。


 なぜなら、国名ですり寄り、上納金を納めた挙句・・将来に繁栄したところを侵略して全て奪い取るつもりなのだから。



 このように綱渡りがごとく環境ながら、したたかな祇園公国は、10年たった今、両大国の予想を上回る早さで国力と軍事力を高め、簡単に手出しできない存在になりつつあった。





 そんな成長著しい祇園公国のソドム王が、地下牢に収監されたのは、1週間前にさかのぼる。



~~ 一週間前 ~~



 大和帝国にとっての収穫と言うべき、祇園公国への軍事行動の情報が入り、地下牢の上「ギオン城」の一階の食堂の一角で軍議が行われた。


 ギオン城は、街の中心にあるひときわ大きな三階建ての建物で、三階は物見櫓と城主の部屋、二階は宿屋、一階は炉端食堂「祇園」、地下は牢獄と訓練所となっている。


 節約家のソドム王が、本格的な城では経費がかかりすぎるので、そこらの傭兵と似たような生活でいいと割り切り、装飾もなにもない奇妙な居城となった。


 実際のところ、地方で小さめの館なり城をかまえるとして、使用人だけで最低30人は必要で、警備の兵もいれると・・・かなりの人件費がかかる。

 

 噂だが帝国のオオサカ城というところでは、侍女・側室・飯炊きなどの女性だけでも1万人従事しているとか・・、さらに家臣や兵をいれれば、その数倍は城にいるということになる。最大兵力 千人の公国には縁のない例えではあったが。


 

 そう、浪費を貴族ならば美徳ととらえるのが当たり前で、資金が足りなければ、税を重くしてさらなる栄華を求めるというのが一般的なのだ。

 

 だが、ソドムはそうしなかった。彼は民とともに繁栄し、この荒んだ世の中に正義を示し、悪を討滅し、平和な世界をつくりたい…などと高尚な思想は…持ち合わせていたわけではない。



 ただ、そのようなスタンスのほうが味方も増えるし儲かるので、それっぽい言動をしているだけで



 本当は贅沢が大好きで美食美女に溺れたい!



 だが、今の欲を満たすよりも最終目標である…


「安全な土地で、午前に少し働く程度にして、昼から美女と戯れて食事をし、夜は友を呼んでささやかな宴をして穏やかに暮らす」という夢を実現させなくてはならない。



 

 財をなした冒険者、大富豪、不正で荒稼ぎした役人にしろ、引退後のエピローグまで考えている者は少ない。


 贅沢はできても、どこか不安はつきまとう。


 

 安全な土地・・というのが、戦乱と人間不信の世の中でもっとも実現しにくい。いくら贅沢する金があっても、他国に攻められたり、盗賊団に襲われたり、部下や使用人に裏切られたりでは意味がない。



 

 ソドムは人生の中盤以降の幸せなリタイヤを目指し、わざわざ自分の国までつくった。

 


 生き方も意識して、礼儀正しく・一生懸命に働く・人を欺かないことを徹底し、信用を得たり、大金を借りたりしたものだ。




 もっとも、バレない範囲では、悪さもする。




 5年前になるが、金貨三万枚(大和帝国30億円)の借金を踏み倒すため金主の魔導師を殺そうとして失敗に終わった。

 

 見たこともない、天変地異の大災害というべき大魔法を使われて、発現すると同時に逃げに逃げて10キロくらいは後ろを振り返らずに逃走したトラウマ級の記憶だ。


 悪魔でも、あれほど凶悪な魔法は使うまい、温厚そうな老魔導師の豹変ぶりに舌を巻いた。

 

 姿を変えていたので、正体はばれていないのか、その後 特に追及されることもなく、返済を続け…生かされている。




 生涯で何度か大博打はしたものの、

「人は、細々とした嘘をつかず、誠実に生き、人生の大一番にドデカイ嘘やハッタリで勝負すべき」 という自論は、今も変わらない。


 

 公国は、釣りでいうところの生餌のごとく魚どもにつっつかれては耐えているが(帝国に脅され・連邦からは手伝い戦にかり出され・岬よりアンデットが襲来したり)、もう数年したら・・・と我慢を重ねてきた。



 

 そして、建国より10年たった今、ようやく目途が立ってきた。




 帝国による侵攻も織り込み済み。これを完膚無きまでに叩けば、近隣に認められ、長い平和が訪れるであろう。



 ソドム王の物語、フィナーレは目前。 



 ここが人生の大一番、勝負の時が来たのである。




 昼下がりのギオン城。1階の炉端食堂の奥まった客席に、幹部メンバーがテーブルを囲んで集まっていた。


 祇園公国では、食堂の一角を占拠して軍議をするのが通例で、新参者は会議室すらないことに大抵は驚くものだ。


 建国1年くらいに軍事指導と、連邦からの養子・連邦王国第二王子の教育係として派遣されたポールは、配属初日に馬鹿馬鹿しくなり、本気で帰ろうか悩んだほど、国の体をなしていない。


 普段の夜は、満席になりお祭り騒ぎの店なのだが、昼過ぎは客席もまばらで別の店のように静かだった。


 この店の特徴として、各テーブルの中心には炭火がくべてあり、その上に鉄網がのせられていている。

 食材の持ち込みは自由なので、釣った魚を焼いたり、手に入れたイノシシ肉を焼いたりできるので、冒険者・傭兵・一般人など幅広く支持されている。ただし、ドリンクの持ち込みは禁止。




 炉端で肉を焼きながら、酒を酌み交わしながらの軍議なので、真剣に議論してもイマイチしまりがない。


 イノシシ肉のバラ肉を焼き上げ、タレにつけて白飯と共に口に運び、咀嚼して しっかり飲み込んでからソドムが発言した。


 「旨い!」 


 つい、仕事を忘れ言ってしまったが、真顔に戻り言い直す。

「我が軍は1千、帝国がおよそ1万。討ってでても、勝負にならん。籠城ろうじょうしかなかろう」

 

 想定以上の軍事規模に、当初に計画した野戦での戦いは避けることにした。先遣隊2千に本隊8千の合わせて1万、敵が10倍では籠城してももちこたえるのは厳しい。



 連邦の援軍を待つしか手はない。そのために、連邦王国第二王子を養子に迎えたようなものだから。


  

 第二王子の名はアレクサンダー、少し砕けた感じにアレックスと呼ばれるか、若当主を省略して「若」と呼ばれることが多い。役職は簡易裁判を行う司法騎士。

 長身で容姿端麗、金色の長髪に青い瞳。連邦の白い鎧を身にまとい、腰には長剣を帯びている。ソドムと同じく領主になるために、ロードの資格を持つ。



 ただの援軍を呼び込む道具でも、親の七光りでもない。



 軍略はソドム自ら教え、剣術は連邦本国から派遣されてきた達人にして超人ともいえるロードのタジムが10年にわたり稽古をつけ、学問はタジムと同じく連邦出身の建設・軍事・政治に明るい騎士ポール・カーペンター、女性関係の作法は公営ハプニングバー「ハニー・トラップ」のマダムから指導を受け、さらに戦場では将軍ゲオルグとともに経験を積んだ、英才教育の結晶であった。




 援軍は来るには来る、だが1ヶ月くらいかけてゆっくりと来るかもしれなかった。



 慣例で隣国からの派兵になるので、ゼイター侯爵(第一王子)が援軍を出すのだが、将来の政敵を積極的に助けるとは考えにくい。

 

 今まで、帝国と連邦の小競り合いは、あちこちの最前線でおきていて、属国である祇園公国は、幾度となく手伝い戦をさせられてきた。


 それなのに、いざ公国の危機に救援軍を出さないと知れ渡れば、外様の貴族たちは愛想を尽かし、連邦から次々と離脱しかねないため、援軍は出さざるえない。


 

 あとはゼイター侯爵が、国益を考えて動くのか、自分の利益しか考えない人物なのかに、援軍規模と行軍速度がかかっていた。



 皆が賛同するものと思って、幹部を見渡すソドム。



 ソドムの左右には、後継のアレックスと護衛のシュラが座っている。


 アレックス側には、連邦出身のタジムとポール。戦時下ゆえに、鎧を着込んでいる。


 連邦の白い鎧は、(ふち)が金で装飾され、マントはそれぞれの身分で色が違う。紫は、高貴な色なので王族ですら遠慮して使わないしきたりで、アレックスは王侯貴族の赤を身につけている。


 身長2メートル近くある、金髪を刈りあげた巨漢ロードのタジムは指揮官クラスの青。初老の騎士、ポールも同じく青である。

 

 タジムは、卓越した剣技と人間離れした身体能力により、大陸でも五指にはいる剣士として知られている。

 しかも、ロードとして回復魔法や強化魔法も使えるので、超人といっても過言ではない。熱血漢で正義漢な超人、このようなのを正義超人というのであろうか。



 かつて、敵陣に一人で奇襲をかけ、味方を呼び込み勝利に導いたことがあったらしいが、その奇襲は 身長ほどの深さの川を鎧を着たまま潜水し、一キロも川底を歩いて、敵の背後をつくという伝説的な奇襲であったらしい。舟も使わず、無警戒な背後から襲撃されたら混乱するのも無理はない。

 

 趣味は悪の討伐で、上級のデーモン(異界より呼び出された悪魔)や闇司祭(ダークプリースト)などの目撃情報があれば、有給休暇をとってでも退治にいくほどで、最近は北のデーモンロードの地下迷宮ダンジョン探索に夢中だとか。


 そこで手に入れた両手剣(グレートソードは、精神力体力のほとんど)と引き換えに、「悪を滅する大雷」を放つことができ、さらに倒した悪の力を変換吸収し使用者共々より強化されるという伝説武具アーティファクトの一つで、これを手に入れてから悪討伐が楽しくて仕方がないらしい。


 


 補足ながら、世界には魔物(モンスター)と呼ばれる悪魔(デーモン)や竜(巨大で火を吐く爬虫類)や不死の怪物ゾンビなど、更には亜人(巨人族)などの人類の脅威が存在している。


 

 ただ、統治の障害となりうるなら、圧倒的な兵力をもってすれば、排除できなくもない。



 

 例外として、先の話にでた北の悪魔王デーモンロードと大陸中央に出現する竜王、南の連邦聖都を守護しているといわれる大天使アークエンジェル、この3者は光と闇の神々が肉体を失ってから、世界最強の存在としてしられる。


 

 その巨大さだけでも、人類は太刀打ちできる相手ではない。武装した人間を沢ガニと例えれば、デーモンロードは完全武装した人間の騎士のようなもので、挑みかかろうにも、靴先を突っつくようなもので、戦いにすらならない。


 まして、強力な魔法や火のブレスを吐いたりする上、魔法や毒への耐性もある。沢ガニ同然の人類では、個体差あろうが武勇あろうが戦う以前に踏み潰されて終わりである。


 とても勝負にならないので人間は彼らとの戦いを避けるか、敵対せぬよう契約を交わし統治させていただいてるのが現状だった。

 

 先の大戦では、大和帝国の軍勢がデーモンロードの縄張りを素通りして攻め込んで来たため、油断していた連邦が後手後手の対処になり苦戦した。

 そのため、デーモンロードとの間に、なんらかの密約があったのではと噂されている。



 

 タジム騎士隊長と同様、ゲオルグ将軍も負けないくらい人外の強さで知られている。シュラの隣に立つこのおとこは、鎧どころか兜をつけたままの臨戦態勢で1年をすごす忠義者で、そのためか自然と筋力が鍛えられ、タジム以上の怪力を誇る。身長もタジムより、ひとまわり高い。

 

 一人だけ座っていないのは、あまりに重装備なために椅子が壊れるからのようだ。

 

 板金鎧フルプレートアーマーは、通常より厚く1㎝もあり、さらに鎖かたびらを中に着込み、背中に長方形の鉄盾を担いでいる。あまりの重さから、二階にあがるのを禁じられてたりするほどだ。驚くべきことに、彼の直属の隊には9人同じくらいの体躯で同じ装備のものがいることだ。


 この10人は、乱戦で敵を蹴散らしながら進軍しても、毎度ほぼ無傷で帰還する化け物集団なのだ。戦時では畏怖をこめて、戦鬼トロール兵団と呼ばれ、彼らを倒すには攻城兵器の投石機か破壊槌はかいづちなどを使うほか為す術はないと、恐れられている。


 ゲオルグは、ふだん口数は多くない武人であるが、発言に遠慮はなく、核心についてズケリと言う。


「お館様のおっしゃるように、籠城いたしますれば先遣隊二千は警戒して攻め込んで来ることはありますまい。されど、帝国本隊が来着し、合流して包囲されますると勝ち目はなくなりますぞ。援軍なき籠城は、負けまする」と、いいながらフォークで生肉を数枚突き刺し、兜の隙間から口に入れた。隣のシュラが、焼かないの?ときいたが、深くうなずくだけなので呆れてシュラはツッコむのをやめた。


 先遣隊二千は間髪を入れずに叩くべし、最初から籠城せず、攻勢にでるという議論の流れになってきた。先遣隊を潰し、敵の本隊が到着するまでゼイター侯爵を説得し、連邦の援軍と共に撃退する、と。

 

 ソドム公爵は果実酒片手に、杯をゲオルグに向けて軽く持ち上げて同意の合図をしてみせた。


 しばらくの議論の末、連邦ゼイター第1王子への説得は、かつてゼイターの騎士だったこともあるタジムが引き受けた。


 タジムの話では、ゼイターは小国の養子にだされたアレックスを不憫に思っており、普段から力になりたいと語っていたので、援軍には積極的になってくれるはず、という見解を示した。



 ゼイター王子(侯爵)は、少年期から病気がちで、なんとか自室で政務は行うらしいが、ほとんど人前にはでない。身内のアレックスですら、物心ついた頃に短期間遊んでもらったくらいで、家臣や民に見たことがあるものは少ない。人物情報の少なさから、様々な憶測が飛び交ってしまうものだ。



「必ずや速やかなる派兵をとりつけて来ますぞ!」タジムは酒盃を飲み干して豪快に笑った。

 ソドム公爵と違って、とても頼り甲斐があり、場を明るくする所は大将の素質と言うべきかもしれない。



 気難しそうな初老の男、ポールは先遣隊二千とは野戦をさけ、あえて軍を二分し手薄になった街をおとりにして誘いだしたらどうかと提案した。


 癖のある白髪混じりの長髪を無造作に後ろに流しているポール。幹部の中で作戦立案に秀でているため、その発言に皆が注目する。

 

 作戦は、軍の半分を帝国軍の正反対の「死の岬」方面制圧のために派兵し、わざと隙をつくり、帝国軍先遣隊が街に攻め掛かったと同時に岬方面部隊は反転し、街防衛軍とで挟み撃ちにするというものだ。

 

 街を囮にするなど、随分ぶっ飛んだ作戦だが、誰一人驚かないのは、街の防衛設備への信頼と・・ぶっ飛んだ頭の持ち主しかいないからなのか。

 

 元々、「死の岬」への派兵は決定事項なので疑われないだろうし、あくまでも帝国による侵攻には気がついてないふりをして、誘い出して挟撃する。

 挟み撃ちされた敵の被害は甚大かつ敵兵は戦意を失い過半数が逃亡するであろうから、すかさず追い討ちをかけて撃滅するという内容だった。

 

 作戦の成否は、岬方面部隊が来援するまで街がもちこたえられるかなのだが、これにはポール自らが設置したこともあり、


「攻城兵器もない敵です、いくらでももちこたえて見せましょう」と、椅子に深々と座り直して言い放った。いくらでもというのは、あくまでも例えだったので


「岬方面部隊も念のため1日で来着できる距離で停止しておれば間違いありますまい」と、補足した。


 この冒険的作戦には、若者2人・アレックスとシュラが特に賛同した。


 少数で多勢を打ち破るという発想は、いつの世も人を誘惑するものだ。


「敵が我等の思惑通りに動くとは限らん、軍を停止して遠巻きに本隊来援を待つかもしれんぞ?」焼き育てた肉をシュラに横取りされながら、ソドムが指摘した。


 アレックスが明快に「その時は、岬を占拠してしまいましょう」と言った。


 かつて、二度の「死の岬遠征」に失敗し2人の騎士隊長スザクとグフタスと兵を失ったために、岬攻略は仇討ちに近い様相になっており、公国の悲願であり、帝国の侵略がなければ今頃は全軍をもって制圧する計画であった。


 岬は観光地としてだけではなく、周辺に港を作れば、陸地近くの海底が深いため大型の貿易船も寄港でき、交易での莫大な利益が見込める宝の土地なので、国力を倍増させる為にも何としても攻略したいところだった。

 


「うむ、悪くない」意外と素直にソドムは了承した。


 連邦から派遣されてきたポールを軽んじるわけにもいかないし、作戦もいい線はいっている。


 結局、作戦も援軍要請も連邦出身の2人に頼った形になってしまったのは不服だが、実利主義者としては、勝てればいいのだ、と自分に言い聞かせていた。



 作戦の大筋が決まり、部署分けなどの細かい内容の話し合いになり、



防衛司令官 アレックス司法騎士隊長

防衛補佐  ゲオルグ将軍

外周指揮官 ポール騎士隊長

岬遠征軍  タジム騎士隊長

傭兵団   ソドム公爵


 ソドム公爵は、アレックスに経験を積ませるために指揮を任せ、自らは遊撃隊として傭兵団を受け持つことにした。


 さすがに、責任の重さで不安を抱くアレックスであったが、


「いざという時は、私が何とかする。やってみろ」と、ソドムに肩を叩かれ、少し気が楽になり決意を固めた。

 

 話し合いが長引いたため、飽きてうたた寝している者がいた。ソドム公爵の護衛のシュラである。子どもの頃から、会議のメンバーとこの街で過ごしてきたものだから、今更緊張感などない。


 

 シュラは、先の大戦で両親を亡くしてから、数人の孤児達と共にソドム公爵に拾われて、このギオン城二階・宿屋に住まわせてもらい、アレックスとも分け隔てなく育てられた。


 16才で傭兵として諸国で活躍し、名も売れてきたのだが、勝ち気で少し傲慢な性格から、恨みを買いやすいようで、トラブルも多々あったようだ。

 

 右目の下にあるタトゥーがいい例で、上級の傭兵の証として許可されるものなのだが、「一撃必殺」と彫ってもらう予定だったのが、横柄な態度でしつこく値切ったため、彫り師のルメスという男がブチ切れて無関係な文字を彫って、翌日には姿をくらませる事件があった。

 

 漢字が苦手なシュラは、傭兵ギルドから許可がおりた文字かも確認すらせず、上級の証というだけで舞い上がっていた。

 書いてある内容など気にもとめていないし、むしろ注目されるようになり上機嫌であった。


 ただ、1週間たった頃に 注目というより笑い物になっている ということに気がつきはじめ、ニヤリと笑った酒場の客をとっちめて、読み方と意味を聞き出した。


床上手とこじょうず」は、そのような商売していない以上、顔に書いてあっても不名誉でしかない。


 激怒したシュラは、見つけ次第に愛用の片手斧ハンドアックスで首を狩ろうと、刃をむき出しにしたまま(街では私闘禁止。武器を鞘にいれたり、ケースに入れたりするのが常識)数日にわたり、鬼神の如き憤怒の形相で街を捜し回り、例え本人でなくても、彫り師を見つけたら、ぶん殴って尋問したらしい。




 このように、性格的に敵を作りやすく、危なっかしいことからソドムが心配して、自分の護衛という形で手元に置くことにした。

 騎士や傭兵稼業では、横の繋がりや目立ち過ぎないことが大切で、妬まれたり恨まれたまま戦場にでると、助けてくれないどころかドサクサに紛れて殺されることはザラだからだ。


 もっとも久々の再会に、実際のタトゥーを見て爆笑してしまい、本気の蹴りをくらったのだが。


 公爵様が蹴られたということで街では大いに話題になって、暗黙のルールとしてタトゥーの話題はしないことになった。


 


 会議の最中にもかかわらず、無邪気に寝入ったシュラに対して、やれやれといった面持ちでソドムが面倒くさそうに立ち上がって、風邪をひかぬよう自らのマントをかけてやった。

 

 なんだかんだで、優しい男なのである。

 

「まったく、子供の頃から変わらんなぁ」と小声でボヤキながら、ボディラインの成長をも確認すべくマントをかけながら、ゆっくりと、さり気なく肩から腰のあたりまで触っていった。

 

 あからさまに触ってバレるとやっかいなので、深追いせずに自分の席に戻った。つい心の声が漏れる、



「まあまあかな。」そう呟いて、かつての満点だった女性のことを思い出し、しばし過去の記憶に思いをはせた。



 程なくして、シュラがトイレに行くためムクりと立ち上がり、ソドムの後ろを通り過ぎる。


 ・・はずが、真後ろに止まり、しゃがみ込んだ。


 メンバー達は少し気にはとめたが、その瞬間!しゃがんだまま、椅子の背もたれごとソドムを抱きかかえた。  

 

 そして、ささやく。いや、叫んだ。


「まあまあで悪かったなぁぁー!」と同時に背筋はいきんを使って後ろにエビ反りになり、床にソドムの脳天を打ちつけた。

 

 後ろ落とし(バックドロップ)は、見事に決まり、


「夢でも見てな」と、追い討ちの蹴りをいれながら言った。


 メンバーの反応は、少し驚きつつも、あきれたといった感じであった。

 

 ソドムとしては、後ろからつかまれた時に、腕も一緒につかまれたため、防御も受け身も出来ず、直撃を食らった。

 

 一瞬息が止まり、鼻腔に血の臭いがよぎり、目はチカチカし視界は定まらない。興奮状態のためか痛みは少ない、今のところは。

 

 ソドムが教えた技ではあったが(数年前、筋力の差が倍近くだった頃、稽古と称してシュラに技をかけて遊んだだけだが)、あくまでも、打ちつけるのは衝撃の少ないベッドであって、石床とは教えていない。あまりの凶悪さにソドムは抗議した。


「痛って~!普通の人間なら死んでもおかしくねーぞ!」フラつきながら、なんとか立ち上がった。


 少し息をきらしてるシュラが、

「ごめーん、やり過ぎちゃった」と可愛く笑う。


 死んでもおかしくない一撃を食らわせた挙げ句、追撃の蹴りをいれたのに、笑顔で謝る姿に幹部メンバーは呆れて見つめる。


 いち早く、意識を現実に戻したポールが意外な発言をした。


「若、いや司法騎士隊長殿、御覧になりましたな。お二方の違法行為を」苦虫をかみつぶしたような顔でアレックスをみた。


「痴漢行為と暴力行為、如何いかにに裁きますか?」と、にじり寄った。



 公平な法の裁きは、国家運営の基盤ともいえる。支配者の力が強い国では、しばしば法が都合よくねじ曲げられ、民の不満は増える傾向がある。


 

 それを踏まえ、ため息交じりでアレックスが話した。

「私は日ごろ父上より、法治国家であれと言われ育った。国民感情や特権で法をねじ曲げるは人治国家であり、恥ずべきことだと」


「今の2人の行為は、容認できません。申し訳ありませんが、司法騎士アレクサンダー=ガンダルフ=アスガルドの名において 両名、地下牢にて1週間の禁固刑と致します」と、真顔でいった。


「お見事です」すかさずポールが賞賛した。


 何が起きたのか、理解出来ずにシュラとソドムは顔を見合わせた。


 シュラが珍しく愛想笑いしながら、「冗談よね?」と聞いた。だが、アレックスは目をつむって 察してもらおうとした。


と、ソドムが笑い出す。


「ハハハ、法治国家を理解してくれて私は嬉しいぞ。適正な税と公平な裁きは、非常に大事なことだからな。だが今回は」と言い、目を細めシュラに合図する。


シュラは、意図を察して話を合わせる



「実は、私たち付き合ってるの。年の差あり過ぎて、恥ずかしくて隠してたけどさ」照れくさそうな素振りで、ソドムの袖を引っ張る。


「年甲斐もなく、痴話げんかみたくなっちまってすまん」といってソドムはシュラの肩を抱いた。


 不自然、どう見ても不自然。2人のしょーもない芝居を無視し、アレックスはゲオルグ将軍をみて、軽くうなずく。


 ゲオルグは、右手を挙げて、警備の為に食堂で待機していた数名の部下を呼び、連行するよう指示を出した。ソドムは納得いかず、

「おまえ達、我が眷族けんぞくであろうが!」(昔から数え切れないほど、戦場で苦難を共に過ごした間柄で、付き合いは10数年にも及ぶ)


 ゲオルグ将軍は丁重に受け、


「お館様には、街の治安と若の補佐を命じられておりますゆえ、御無礼お許しくだされ」穏やかに言うが、フルフェイスの兜をかぶっているため、その表情はわからない。


 そして、直属の戦鬼トロール兵団が、連行すべく近寄って、2人は重装備の巨体相手に抵抗虚しく担ぎ上げられ、地下牢へ連れていかれた。


 タジムは、成り行きには、口を挟まなかったが

「法は大事だが、戦時下に両名失うのはいかがなものか」と苦言を呈した。戦に負けたら、法治国家どころではない。

 

 それに対してポールが異を唱えたが、地下牢に連れていかれた2人には、もはや会話内容は聞こえなくなっていた。


 そして、2人は隣り合った牢獄に入れられた。


 



 

 人生勝負の大一番、まさかの不参加・牢獄行きのソドムであった。



 ~~ そして、現在の地下牢 ~~


 このような経緯で1週間前に牢屋にブチ込まれたことを回想して、シュラが「ハッ」と気づいて言った、


「あんたが原因じゃん!元々は!」ギロリと、ソドム公爵を睨む。


「待て!外の様子が変わった」と、話を遮り聞き耳を立ててソドムは立ち上がる。看守の目を盗んで、小声で牢獄通路の角の影に向かって話しかけた。


「茂助、おるか?状況を報告せよ」



 すると、人の気配のなかった影に、いつの間にか何処どこにでもいそうな普通の商人風の男が、片膝ついてうずくまっていた。


 何も知らなかったシュラは、とっさに右手を腰にまわし、武器を取ろうとして、空振りした。今は取り上げられていたことを思い出し、まず後ろにステップして対象と距離をとった。


 男の名前は、縄跳なわとび 茂助もすけ。大和帝国で忍者をしていたが、ソドム公爵の人柄に惹かれ、以来ソドムの元で忍び仕事をしている。


 歳は30くらい、流言や情報収集を得意とし、普通の見た目が逆に相手に警戒心を与えず大いに役に立っている。戦闘は得意としない。呼ばれて出てくる時は、できるだけ予想外の場所から出て、驚かせるのが趣味らしい。


 茂助は、外の様子を説明し始めた。


「死の岬遠征軍が到着し、街の防衛軍との挟撃が成功しました。ゼイター侯爵軍も援軍として加わり、お味方の大勝利です。現在、敗走した敵への追撃に移行しつつあります。」


 安堵のため息をつきながら、腰をおろし


「やれやれ、信じてはいたがな」と、ボヤくソドム。


 柵を突破された場合、外周の石造りの兵舎を外壁替わりにして、屋上と窓に弓兵を配置し迎撃、それらを無視して乱入した敵は、T字路で待ち構えた槍隊と弓兵で各個に包囲殲滅する構想の街を設計したのはソドムであり、市街戦は絶対の自信はあったのだが。 


「しかし、危うかったのも事実だな。何故なにゆえ、やすやすと外周の空堀と柵が突破されたのだ?」


「はい、敵は二カ所ある門に殺到すると見せかけ、別動隊を門のない東側に伏せて、魔法の爆炎で柵を破壊し、米俵を盾に足軽(大和帝国の下級歩兵)が矢を受けつつ空堀に接近し、米俵を放り投げて埋め立て、後続の騎馬武者が突入したようです。」


 知能の低いモンスターと違い、人間相手では容易に突破されるものだな、そうソドムは思った。しかしながら、隣接しているやぐらからの巨大クロスボウや弓隊の援護があれば、横合いから足軽どもを撃退できたのではないか?と、ソドムは質問した。


 茂助は、その疑問に答えた


「左右の櫓から攻撃しようとしたところ、巨大クロスボウが櫓の壁に遮られ、狙えない死角だったようで、座視せざるを得なかったようです」

 

 報告を聞いたソドム公爵は、怒りに震えた。設計上の欠陥で、街が滅びかけたのだから。


 隣の鉄格子にいるシュラは、ニコニコしながら、鼻歌交じりで柔軟体操をしていた。


 思考がソドムより先に進んでいて、設計者にして牢にブチ込んでくれたポールをとっちめる気満々なのだ。


 ポールの責任追及するにしろ、明朝の釈放まで待たねばならないので、茂助に引き続き情報収集を命じ、毛布にくるまりソドムは体を休めることにした。



 しかし、想定を上回る戦の手並みが、今後の戦いの厳しさを予感させた。


 本来、帝国の将は「戦は時の運」として勝ち栗を食べて縁起を担いだり、祈祷や占いに頼り、ほぼ無策で正面から向かってくる者が多い。

 だが、今の相手は的確に弱い部分を効率良く攻めてきたことから、かなり熟練した将に違いない。


 ゼイター侯爵の援軍がなければ、先遣隊に滅ぼされてもおかしくない戦いだった。



 ソドムは、防衛設備が損耗している街では籠城は難しいとみて、野戦で敵将を討ち取り一気に勝敗を決することを軍議にかけることにして、眠りに入った。



 大和帝国の部隊編成は、小集団を集結させたものだから、組織はもろい。

 

 サムライが部下の足軽数人を小隊として率いて、そのサムライ達をを侍大将が束ね、侍大将達を武将(領地と城がある)が束ね、大名(連邦でいうところの貴族。武将達に領地を分け与える盟主)が武将を率いて戦をする。大名の更に上に立つのが皇帝となる。

 実際、皇帝が最大の大名のようなものなのだが、先の大戦は力ある荒大名達にに押し切られ、追認した形らしく、皇帝の本意ではないと言われている。


 帝国は、忠誠もあろうが手柄優先の軍隊で、足軽は活躍を侍に見てもらって恩賞にありつけるのであって、自分を雇った侍が討たれると、タダ働きになるので無気力になったり逃走する。

 大名が討たれようものなら、武将達は自己保身のため退却し、自分の城に戻るため、戦はそこで終わる。


 つまり、大名さえ倒せば勝ちなのだ。




 釈放の朝、早くから牢屋に来訪者があった。


 追撃戦を終えたポールが、作戦と防衛施設の設計ミスを詫びにやってきたのだ。

 ソドムとシュラは起床していて、軽い身支度をおえるところであった。


 

 怒りをぶつける前に詫びをいれられたので、怒るタイミングを失い、ポールの言葉にただ頷くしかない2人。

 つかみかかろうにも、まだ釈放されてないため鉄格子があるので、どうにもならない。謝った側に軍配が上がったような、不思議な謝罪になった。


 

 ポールが去ってしばらくして、念願の釈放になり2人はハイタッチして、階段を登り1階の食堂の厨房にでた。

 


 牢屋は、逃走しにくいように厨房の地下にあり、厨房から更に店内に行かないと外に出れない構造で、道すがら調理兵や警備兵や非番で食事している兵に捕まるようにできている。


 

 2人は、武具を返還してもらった後、街を巡回をし被害状況を把握することにした。

 

 ソドム公爵の装備は、一般兵と同じ動きやすい胸板金鎧ブレストアーマーと盾に片手剣。

 貧弱な装備の理由は、「大将が剣で戦う状況では、負け戦」という考えと、経費削減というセコさだった。

 身分証明に、アレックスと同じ赤いマントくらいはまとっている。


 シュラは、動きやすい皮の鎧に小さめの盾と片手斧ハンドアックス。軽装備ながら、遠心力を利用した斧の一撃は強力で、大振りにより生じる隙は、蹴りや盾による視界妨害などでカバーして戦う。武器による効果が期待できない重騎士相手には、投げ技や関節技で対処してきた。



 2人は兵や市民に声かけ、激励してから城に戻って朝食をとり、そのまま軍議にはいるつもりだったが、食堂までたどり着くのも一苦労だった。




 税金や徴兵を撤廃していることと、国家として過半数の民を雇っている経営者であることもあって、ソドム公王の人気は高く、釈放を喜ばれたり、新料理を味見させられたり、戦の活躍を語られたりと引っ張りだこで、すんなりと進めない。


 民の話を根気よく聞く上に、名前も覚えてくれるほうなので、幼子が親になつくように、大歓迎の大騒ぎになるのだ。

 他の貴族や帝国の大名と違って、このように人気があることが、兵の忠誠と強さにつながり、敗色濃厚な中でも逃亡者がでない要因かもしれない。


 シュラは一緒に巡回しながら、普段のエロ馬鹿公爵の別の一面に感心していた。おバカな発言や行動は、わざとなのかしら?とも思いはじめていた。



 小一時間して、ようやくテーブルにつき、料理をウェイトレスに注文し椅子にもたれ掛かる2人。

 ウェイトレスも当然のようにミニスカートなので、ソドムの目は自然とソレを追う。


 そんな様子をみて、シュラはモヤモヤした。自分でもよくわからない感情だが、なんか面白くない。噛みついてやりたいような・・叩きたいような。



 「ガゥ!」突然ソドムに噛みついた、犬が。痛がって、振りほどくソドム。


 ソドムの飼い犬でレウルーラ、シュラが子どもの頃からいる老犬。

 

 柴犬とチンの雑種で、柴犬より小柄・毛は白く柔らかいため、見た目は子犬に見える。

 ソドムが人間の女と一緒にいることを嫌って噛みついたり、思い出し怒りで噛みついたりする、結局なついているのか分からない。

 今回は、1週間放置したことに抗議していると思われるが、本人的にはどうなのだろう。


「戦で、見捨てたと思われたんじゃない?」シュラがレウルーラをなだめて撫でながらいう。


「かもしれん。まあ、コイツは人間並に賢いから、上手くとりいって新しい飼い主をみつけるだろうさ」レウルーラの頭を小突いて、すぐさま噛まれた。




 料理が運ばれてくるころ、幹部たちも集まりはじめ、炉端テーブルを囲んだ。兵は多少失ったが、幹部は皆健在で戦状況を説明しはじめた。軍議は前回より、2人増えている。


 1人は、ゼイター侯爵からの援軍を率いる騎士隊長、名前をリック。他国の軍議に口は出すまいと、挨拶以外は無言でいた。

 

 ゼイター侯爵より、「タジムに全権を与えるゆえ我に接するようにタジムの命に従え」と言い含められたため、ソドム公爵よりもタジム騎士隊長に対して敬意を払っているのは誰の目にも明らかだった。援軍4000人はタジムの指揮下にあり、公国1000人と合わせて、なんとか帝国に対抗できる兵力になっていた。



 素早く援軍を出してくれるどころか指揮権まで譲ってくれたゼイター侯爵だが、その思惑はソドム達にはわからない。



 もう1人、呼ばれていないが公国経理担当のタクヤ、戦のせいで今期は赤字だと抗議しに来たのだ。

 ソドム公爵に資金援助している金主から、目付役兼(めつけやくけん)アドバイザーとして送り込まれた男で、ソドムも頭が上がらない相手である。近視のため、メガネを(高級品で庶民は買えない)かけている。


 戦士のようにガッシリとした体躯たいくに、体型に沿ったシャツとズボンを着て、ハゲ散らかした黒髪は、誤魔化すために長めに生やしているので落ち武者のようにみえる。アンバランスに声は高めなのに、見た目通り態度はでかい。


「おい、ドム!赤字だけど、どーすんのよ?」タクヤが言った。


 この世でソドム公爵をあだ名で呼ぶ人間は彼だけに、さすがのシュラも目をパチクリさせ様子を見るしかなかった。


「当然、考えあるんだろなー?」


 ソドムは、ダメもとで展望を話しだす、


「野戦にて敵将を討ち取り、敵を敗走させ公国の手ごわさと、連邦との親密な同盟関係を見せつけるつもりだ」

 

「で?儲かるのか?」 タクヤが更に問う。


 さらに突っ込んで聞かれると思ってなかったので、言葉につまるソドム。

 

 タクヤが呆れながら言う。


「話にならねーな。いいか、他国への侵略と違って防衛戦は金にならねーんだよ」チンピラが絡むような顔つきで睨む。


「ですが、防衛しないわけにもいきますまい」と、1人立ちっぱなしのゲオルグが言う。いつもなら、いろいろ提案するポールは今回ばかりはうつむいて発言はしない。

 

 タクヤは、皆を見渡しながらゆっくりと話す、


「野戦決着はいい、だが討ち取るのはダメだ」


「大名・武将には領地と財がある。生け捕りにして身代金をふんだくってこい!」そう言ってテーブルを叩いた。

 

 確かに殺すだけでは、名声しか手に入らないが、生け捕りにすれば金貨数千枚(大和帝国数億円)手に入る可能性がある。敵を撃退した上に、臨時収入もあり、援軍を出してくれた連邦にも礼金を出せる。

 

 ただ戦うことしか考えてない幹部達にはない発想で、若干不名誉ながらも、狩られる側から狩る側へ立場が逆転した気分になり兵力差を忘れ、幹部たちは俄然やる気になった。


 特に金に執着しているシュラは地下牢のことも忘れてご機嫌になった。


 こんなことを言われて立場のないソドムだが、実利主義者なので素直に納得した。


「さすがタクちゃん、今度おごるわ」と言って互いに手を合わせる。


「ハニトラな」と言うなり立ち上がり、タクヤは店を出て行った。


 街の男なら、わかる。ハニートラップというハプニングバーを。高くつきましたね、と言わんばかりにアレックス達は同情の目でソドムをみた。


 とりあえず、野戦決着という方針は決まった。敵は敗残兵をまとめたり、戦略を見直すなどで、当初より侵攻が遅くなる見通しと縄飛茂助の報告でわかった。再侵攻は早くて1か月はかかるらしい。


 

 話し合いを進める中で、魔術師の脅威に焦点は移った。



「防衛戦で柵を破壊したのは、強力な爆炎魔法であり、侍程度が扱える魔法ではありません」ポールが説明した。侍も攻撃魔法を使えるが、光弾を放ったり、刀を強化する初級魔法に限られる。

 

 魔術師は、強力な攻撃魔法や付与魔法による魔法剣を作ったり、魔物を召喚したりできる。

 才能に加えて多額な修学資金が不可欠ゆえ希少な存在なのだが、付与魔法で武具を作るなど魔法を利用していくらでも金儲けできるため、世俗の争いに協力するのは稀なのだ。


 だが、大枚はたいて大名が雇った可能性は十分ある。

 

 前述のような爆炎魔法を使われると、魔法に抵抗力のない一般兵は一撃で10人くらいは死ぬだろう。

 死を恐れる云々は別問題として、ターゲットにされたら確実に死ぬというのが、兵の士気に悪影響を与えるのだ。

 斬り合いや流れ矢なら生存の可能性もあろうが、爆発炎上ではどうにもならない。

 仮に、人生をかけて剣技に精進してたのに、魔法で一撃爆死では成仏できなかろう。


 魔術師を撃破しようにも護衛は多いだろうし、自ら戦場にでてくる魔術師なら、弓による狙撃対策に物理結界を張っているだろうから弓隊による攻撃は期待できない。

 ただでさえ敵の兵力が多いのに魔術師もいるとなると、やっかいどころの話ではない。



「茂助、暗殺してきてくれ」ぼそりと、ソドムが言った。

 


「申しわけありません、戦いは苦手でして」と、立っているゲオルグの影にうずくまって茂助がこたえた。ゲオルグ以外、驚き少し身構えた。


 何事もなかったかのように、一礼して空席に座る茂助。



「・・ウチにも魔術師がいる」、ソドムは手を組みながら言った。魔術師には、魔術師で対抗すればよい!


 

 王や裕福な貴族には、宮廷魔術師(お抱え魔術師)がいて、それがステータスにもなっている。戦でも役にたち、政治の助言もでき、オーダーメイドの魔法の武具も作れたりするので重宝されるのだ。


 つまり、そのような王連中のようになってもいい段階じゃないかと。膨大な借金はあるが、利息以上の利益がある訳だし、贅沢ながら魔術師雇っていい頃合いじゃないかと、ソドムは言いたいのだ。

 

 公爵なんて最高位の爵位があっても経済力がないのが知れ渡っているため、連邦宮廷では下位の男爵・子爵のような扱いを受けてきたのだ。宮廷魔術師とやらをおいて、(はく)をつけたい。

 

 幹部達にも意図は伝わっていた。相場はわからないが、1年契約で最低でも金貨300枚(大和帝国3000万円)だろうか。経理担当の落ち武者が、首を縦に振るとは思えない。

 

 沈黙の中、口火を切ったのがゲオルグだった。




「魔術師がいる」、低い声で言った。



 はっ?一堂、疑問符が頭をよぎる。


 シュラが「だから、その話してんのよ!」とオムレツをナイフで叩き切る。とろりと中の卵が流れ出る。ふわとろ感を出すこだわりで、祇園食堂では採算度外視の生クリームを使用しており、食通でなくとも違いをわかってもらえるはずだった。シュラは、ふわとろ感に我を忘れて食べるのを再開した。



「魔術師がいる」、ゲオルグはかたわらにいた犬を優しく抱きかかえて言った。



 ソドムだけ、気まずそうな表情になった。話題を変えようとあれこれ考えてみたが、皆の集中する視線にソドムは観念してぽつぽつと語りはじめた、魔術師レウルーラを犬に変えた呪いの経緯いきさつを。


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