そんな卒業式
ピュアキュン企画参加作品です。
中学生男子はバカだと思う。
いつまでたっても子どものまま。思考回路がガキなのに、身体だけ大きくなって、そのくせ、時々優しかったりする。
受験も終えて、あとは卒業を待つばかりの3月。バカだバカだと思っていた男子も、随分と落ち着いてきたようにも思う。まあ、まだ騒ぎ足りないバカ男子はいるけれど。逆にすごく落ち着いちゃって、話しかけにくい男子も見かけるようになった。
それは、3年間同じクラスだった池上君。
池上君は、はっきり言って話しかけにくい。いつも静かにしているし、男子とつるんで羽目を外すのを見たことがない。そのくせ友だちは多くて、いつもバカやってる男子のそばにいるのに、言葉は全然発しない。少し斜にかまえていて冷めた目で見ている。
先生だって、池上君には一目置いてるみたいで、あんまり話しかけてるのを見たことがない。
だから私も、池上君は話しかけにくいなあ、と思っていた。
その日、私は日直だった。
社会の資料を職員室に戻しに行かなければならなかった。すごい量。なんてったって、分厚いハードカバーの資料本が8冊も!なのに、一緒に日直をしているはずの隣の席の男子が、バカだから、ていうか、いつの間にかいなかった。
くそー、もう校庭に降りてる!遊びに行くの早すぎでしょ!
「まったくもう」
両手で資料を持って教室を出た。廊下を曲がって階段をひとつだけ降りて、廊下を曲がればすぐに職員室。別に一人で運べるから良いんだけどね。だけど、自分の仕事くらい、ちゃんとやろうよ。まあ、中学生男子はこんなものかもしれないけどさ。
と、ブツブツ思いながら歩いていた。
私も前をあんまり見ていなかったんだけど、階段を下りたところで
― ドン! ―
と誰かがぶつかってきた。
「あっ」
― バサバサ ―
上2冊の資料が落ちた。しかも1冊足の甲に当たって、かなり痛いんですけどー!
ぶつかってきたのは2年生の男子。
私が何か言う前に、もう姿が見えなくなってる。うーん、さすが中学生男子は逃げ足も速い。
なんて感心している場合じゃない。
この落ちた2冊をどう拾うかが問題だわ。だいたい重たい6冊を両手で持ってるのに、あと2冊を拾うためには、足じゃ無理だし・・・やっぱ全部置きなおすしかないか。
と思ったら、階段の上から走り下りてくる足音がした。誰が来たのか確認する間もなく、その人はサッと落ちた2冊の資料本を拾ってくれた。
「そっちも持とうか」
不愛想で低い声が言った。
顔を見ると、超不機嫌そうな池上君だった。
うわ、怖い。
「大丈夫、あ、ありがと。上乗せて?」
ちょっと怖くて、つい上目遣いになっちゃったけど、しょうがないよね。「そっちも持とうか」ってありがたいけど、一人で運んだ方が気が楽だよ。
だけど、中学生男子とは思えない気づかいだよね。
なんて思ってたら、私の腕がひょいと軽くなった。
なんと、池上君が、私の持っている4冊も持っている。私の手に残ってるのは2冊だけ。
「え!?」
私が驚いていると、池上君はすたすたと職員室の方に歩いて行った。
持ってくれるなんて。
ハッと気づいて、慌てて後をついていった。
いつの間にか背が高くなった池上君。詰襟の背中もなんだか大人みたい。歩幅だって、私が小走りにならないとついていけないくらいだし。上履きのかかとを踏んづけてるのだって、不良のマネっていうよりは、多分もうサイズが合わないからなんだと思う。
小学校の頃は、背が小さくて、サッカー部でも一番小さい姿が池上君だった。だけど、すごく負けず嫌いで大きな子にぶつかられたって絶対に転んだりしなかったのを覚えている。池上君の印象といえばそんなだったのに、今、目の前の池上君は私よりずっと背も伸びて、人の落としたものを拾ってくれるような気づかいができるようになっていて、驚いた。
驚いた。
ていうか。すごく・・・ときめいた。
ああ、無口なだけじゃなくて、さりげなく親切。
背が高くて、背中は広いのに、首が細くてきれい。切りそろえられた髪の毛と背筋の伸びた後姿に、わけもなくドキドキした。
どんどん先に行っちゃって、職員室のドアをノックもしないでずけずけ入って行って、社会の先生の机に資料をドンと置いた。
「あ、ありがと!」
っていうのが精いっぱい。だって速いんだもん。
私のドキドキが。
卒業を目の前にして、私は池上君に恋をした。
もうすぐ卒業する私たちは、気になることがある。
それは進路。
誰がどこの高校に受かったのか。誰がどこに行くのか。みんな気になるところだよね。だけど、これってすごくデリケートな問題だと思う。軽々しく言って回るようなことはみんなしなかった。
だけどね、卒業対策委員の方から進路を聞かれたから、一応卒業アルバムとかには載せるんだと思う。
池上君はどこの高校に行くんだろう。
私は私立の女子高だから、絶対一緒ではないけれど、やっぱり気になる。
卒対の子にこっそり進路表を見せてもらった。
― 3年A組2番 池上祐 未定 ―
「未定?」
まだ決まっていないってことらしい。成績良いはずだけどなあ。普通の公立高校に行くとばかり思ったけど、受からなかったのかしら。
私が首をひねっていると、通りかかった村田君がそこに座った。
「池上だろ?あいつ就職」
「就職?」
聞けば、池上君は母子家庭で、お母さんの具合が悪いとのこと。年の離れたお兄さんがいるらしいんだけど、自分も高校に行かないで働くことにしたらしい。
「ふうん」
そんな進路があるなんて、考えもしなかった。
みんな、普通に高校に行って、たくさんのことを学んで少しずつ大人になるんだと思っていた。それなのに、池上君は中学を卒業したら、大人になるんだ。
だから、あんなに、急に背が伸びたのかしら。
だから、あんなに、無口で、誰とも喋らないのかしら。
だから、あんなに、気が利いて、さりげなく親切になれるのかしら。
違う。違う。私たちは同じ。みんなまだ15歳の子どもたち。そりゃ、勉強の理解度っていうか、成績の良し悪しはみんな違うし、家庭環境だってあるけれど。だけど、まだ15歳じゃない。戦争中でもないし、こんなに平和で豊かな時代に、池上君くらい成績のいい人が、中学卒業したら就職するなんて。
信じられなかった。
彼は、大人になるんだ。
そう思うと、胸がぎゅっと痛くなる気がした。
卒業の日まで、私はなるべく池上君を見ていた。
彼は本当に大人だった。人の嫌がることをしないし、それどころか、どこかで喧嘩が起こりそうになると、何か一言ボソっと言って、いつの間にか喧嘩の種がなくなっているような、そんな感じだった。
「なんか用?」
時々、あんまり池上君のことをジッと見過ぎて、そう聞かれた。
池上君が私なんかに話しかけてくるとは思ってなかったから、すごくびっくりした。
「あ、あの、そ、卒業文集のアンケート・・・出した?」
とか、わけのわかんないことを聞いたりした。
「出した」
不愛想に答えて、池上君はまた男子の中に溶け込む。
いつも、いつの間にか溶け込んでいる。ほとんど喋らないのに、違和感なく混ざっている。
そんな姿を見ながら、卒業の日を迎えた。
私が池上君に恋をしてから、ひと月も経たない、短い時間だった。
卒業式の日。
私はカメラを隠し持っていた。これで、池上君の写真を撮りたい。そう思ったから。
先生もこの日ばかりは大目に見てくれた。さすがに式の間は、カメラは出さなかったけれど、教室でみんなと写真を撮ることは認めてくれた。
それなのに、みんなで写真を撮っているとき、池上君はそこにいなかった。
ワイワイと騒いでいる私たちに気づかれないうちに、どこかへ消えていた。
卒業式が終わって、後輩たちの作る花道を通って学校から出ると、校門の前で写真を撮った。撮って撮って撮りまくった。
今度こそ、池上君の写真を撮りたい。だけど、面と向かって「写真撮ろう」とはさすがに言えない。単なる普通の男子にだって言えないのに、あんなに話しかけにくい池上君に言えるはずもない。
こうなりゃ、隠し撮りよ!
池上君はどこ?
「写真撮ろう!」
友だちとはしゃぐふりをしながら、池上君を探した。
見つけた!
私があんまり大きな声ではしゃぐから、池上君は私のことを怪訝な顔で見ていた。
池上君が写真の隅にでも入るように、いろんな角度から友だちの写真を撮りまくる私。
なのに、シャッターを押すその時になると、池上君はフレームから消えていた。何度も何度も狙ったのに、池上君がチラリとでも写る写真は撮れなかった。
なんでー!?
「クラスみんなで撮ろうよ!」
ムキになって、最後にみんなで撮ることにした。
「わーい、写真撮るってー」
「おー、集まれー」
声の大きい男子が、クラスのみんなを集めてくれた。
よーし、これで池上君の写真がゲットできる!心の中で小さくガッツポーズをする。やったわ、私。ナイスアイディア。
みんなが集まった。わらわらと適当に並んでいる。
「撮るよ~!」
私がカメラを構えると、池上君の姿が見当たらない。
え~?どういうこと?と思ったら、すぐ横で、不愛想な低い声がした。
「撮ってやるよ」
なんと、池上君が横に立って手を出していた。
「えっ」
違うよ~!池上君を撮りたいんだよ~。なんで池上君“が”撮ろうとするのよ。
「い、いいよ」
「小川のカメラなんだから、お前が入んないとダメだろ」
うわー。さすが大人!って、違うよ。こんな時に気を利かせないで欲しいのにっ。
「ほれ」
池上君は手を出して待っている。
その迫力についカメラを渡してしまった。
「お、お願いします」
バカバカバカ!私のバカ―!うわーん。
池上君が入らないじゃないかー!
泣いたってしょうがない。いいじゃない。池上君が私のカメラ触ったんだから。あのカメラを一生大事にすればいいのよ。そうよ、そうなのよ。と、やけくそで心の中で納得して、変な笑顔で写真に写った。
「はい、チーズ!」
池上君の大きな声、初めて聴いた。
写真を撮り終わると、みんなまたバラバラになった。
私はカメラを受け取りに池上君のところに行った。
「ありがとう」
と、受け取ろうとしたら、池上君が、そばにいた下級生に
「斉藤、写真撮れ」
と言って、私のカメラを渡してしまった。
「俺も写るから」
そういうと、池上君は私の隣に立って、下級生斉藤君に向かってピースサインをした。
えっ!?
これって・・・
ツーショット!?
マジですか。マジですか。マジですかー!?
「はい、チーズ」
ぶれるなよ、斉藤君!
と、念じながら、カチンコチンに固まって写真を撮ってもらった。
「じゃ、写真できたらくれよな」
と言い残すと、池上君は呆然とする私と、カメラを持った下級生斉藤君を置いて颯爽と去って行った。
「先輩、カメラ」
斉藤君が困ってる。
「ああありがとうね。そのカメラ、私の」
と言って、カメラを受け取った。
なんか手が震えてる。
だって、ツーショットですよ?二人で写したって、どうなの!?信じられない。しかも、「写真できたらくれよな」って。
え?
え?
ええええ!?
そのあと、友だちが写真を撮ろうだ、みんなでご飯食べに行こうだ、何かを言っているのが、全然耳に入ってこなかった。
私は大急ぎで家に帰って、写真をプリントアウトした。
ガッチガチに固まっている私の隣で、ピースサインの反対側の手が不自然に私の肩のあたりに浮いている池上君が写っている。
この写真を。
いつ、渡しに行くか。今は考えられない。もうちょっと、一日分だけ大人になったら、考えることにして、いつまでも写真を見てにやけていた。
そんな卒業式だった。