虚穴
俺の名は、ベクターこの道20年足らずの、しがない盗賊だ。
盗賊といっても強盗や殺人といった。行為をする訳でも無く、専ら'墜天,で出来た。深さ不明、幅10キロ程の縦穴、古代技術とガラクタの宝庫、'虚穴,《こけつ》でのゴミ拾いと探索がメインの生計を建てている。
それらを通称して探索者等と呼ばれている。が、所詮墓荒しと同然な俺らだ。盗賊で十分だろう。
「ヤキがまわった。かな?」
ジャンクに囲まれた通路の隙間から、その分厚い体を2メートル程出した。鎧百足に睨まれている。というより、見つめあっている。
長い空白の時間。
即座に手持ちの道具と、装備の確認。
発掘様のグローブに、小さい割りに良く切れるナイフ、に丈夫だか申しわけ程度の革の装備と、脇に拾った物道具を入れるポーチ。
「死んだな、コリャ」
回れ右をして来た道を、全速力で走る。
「何でこんな所に、こんなモンがー!」
そう、そもそもここは、浅瀬と呼ばれる場所出口が近い為、比較的危険度が低く、存在する生物も小型の虫が、ほとんどの筈だ。
そして鎧百足は、ここの深部に存在する種。深部は強力で凶悪な種が数多く存在し、まだ未発掘の古代技術が数多く秘められているが、こと危険度が半端なく、鎧百足に関しては光に弱いため、滅多に浅瀬に上がって来ることは無い。
来た道を全力で引き返すが、鎧百足は、獲物を俺に絞ったか、離れる様子は無く、ジヤンクの間を縫う様に迫る姿は、まるで蛇のようだ。
「こんなものに出くわすなら、もっとマシなもん持って来るんだった。」
瓦礫を飛び越え必死に駆け抜けながら、そう悪態をつく。
とある理由で浅瀬の古代技術拾いメインのつもりで、大した装備を着けて来なかった事が悔やまれる。
咄嗟に落ちているガラスの破片を拾い、鎧百足に投げつけるが怯む様子は無く、ガラスは高い音をたてて砕け散る。
あの硬い甲殻は、今持つ道具では、傷を付ける事すら難しいだろう。
背後で、ギチキチと低い音をたてて、鎧百足の顎のうねりが、耳朶に厭に響く。
「あんなのに齧られて人生終わりなんて願い下げだ!」
全速で走るが鎧百足との差は、開くどころか徐々に縮まっているかの様に、背後の轟音が迫ってきている。しかし、ガムシャラに走ったせいで、この追い駆けっこ終わりが見えてしまった。
「くそ、くそ、くそ、クソーッ!」
行き止まりに辿りついてしまい。ボキャブラリー少なく悪態をつく
僅かな望みにかけ、居ない事に期待し、背後を振り向くと鎧百足が、追い詰めたのを感じたのか?
蛙を狙う蛇の如く、ゆっくり迫ってきていた。
「ちくしょー、こんな所で」
ナイフを右手に構え左手を、ポーチの中へ、保険として持って来ておいた、目当てのものを掴み鎧百足を睨み付け観察する。鎧百足も野生のカンなのか、窮鼠の一撃を警戒して、すぐには跳び込んでこない。が、一瞬でも意識を離せばその隙に、あの強靭な顎で瞬く間に、バラバラだろう。
顎をギチギチ鳴らし、いつでも跳び出せる様に、力を込めているように見える。
だが、相手に主導権を握られたら、生存の可能性が著しく下がる。
(先手を取る!)
ポーチから素早く、ねずみ色のテニスボールほどの球を取り出すと、スイッチを押し。
(カチッ)
音が鳴ったのを確認してから、軽く後方に放り投げ、全力で鎧百足の方に駆け出した。
鎧百足は、予想していたのか、俺が跳び出したのに合わせ、突っ込んできた。
『ぎゃしゃあああーーーー』
迫る凶悪な、視覚情報と風を切る音が、膝を笑わせるが、生存の可能性賭けて、ひたすら前に進む。目前に迫る鎧百足、その大きく強靭な顎は、俺の上半身を一瞬で引き千切るのは、想像に難くない。意を決し右手に持つナイフを力の限り、相手の顎左側面に叩き付ける。
「くおおらッ」
派手に火花を散らし、その衝撃は手首を痺びれさせ、異音と共にナイフは、刃こぼれを起こし砕ける散る、それに対し鎧百足の甲殻は、傷ひとつ出来ていなかったが、向きを僅かに変えることができた。
鎧百足の巨体が、左肩の上を圧力を伴って、通り過ぎていく。
頬の裂き、左肩を軽く抉られ、少なくない血液をまき散らし、激痛が走るが、必死に目と耳を塞いだ。
そして、その瞬間がきた。
後方に投げた。ねずみ色の球が世界を白く染め上げ、それを追うように形容し難い轟音が、鳴り響いた。
今の閃光を、直接見た訳でも無いのに、視界はボヤけ、鼓膜を叩く爆音で、平衡感覚に異常がはしり、前後不覚のなりつつも。
ボヤけた視界の隅に鎧百足の巨体が、視界を無くし,平衡感覚が、おかしくなったのか。
のたうちまわる様が、薄ら見え、近くの瓦礫に、その巨体を叩き付ける度に、そこの瓦礫が音を立てて崩れる。
この後に'ジャムボール,から散布される。ガスが来るまえに、この場から離れよう。
震える膝に喝を入れ、壁を探りながら、来た道を戻って行く。
詰込んだ爆弾
|古代技術の科学の残遺物、名前のとうり閃光による、目眩ましと轟音による平行感覚の消失、それにより大概の生物は、行動不能や心臓麻痺、に陥るのだが、更。強力な異臭と筋弛緩作用と劇臭を含む不可視ガスを辺り一帯にばら蒔く為。敵味方構わず呼吸困難 心不全にまでに発展する。可能性を持つ兵器、例え死に到らずとも五感全てを奪う。
正に使われる側も使った側も、地獄を見るのは必死な、正に詰め込めるだけ詰め込み、本来の役割を忘れた。 拘束爆弾
壁に手を着き、来た道を反芻しながら出口に向かう。
「くそッ、完全に赤字だ」
命有っての、物種だが……
たった今使った。貴重なジャムボールと砕けたナイフに、自分の怪我、対して収穫は0(基本、無事に使える古代物は、高く売れる)。
愚痴の1つも言いたくなる。
せめても、鎧百足の死骸でも持って帰れば話は、別だが、今戻ってガスの餌食になるのは、御免被る。欲張った判断ミスで、あの世行きなんてザラなこの稼業、人生にやり直しは無いんだ。
運の悪い日は、とっとと帰って寝るに限る。
幸い出口までは、そう遠く無い。
背後には鎧百足が暴れているだろう。轟音が鳴り響いているが、距離とガスのせいか、徐々に小さくなっている気がする。とにかく離れよう。今の状態では、この辺りの小虫にでも集団で襲われたら命が危ない。
30分位歩いただろうか、やっと視界が回復し平衡感覚が戻ってきた頃、心のゆとりだろうか。
アジトに戻ったら、今の場所に仲間を連れて、弱った鎧百足を捕獲ないし回収すれば、労無く稼ぎになるかも等、皮算用を考え始めた頃、出口が見えてきた。
ここまで来れば、モンスター襲われる心配はほとんど無くなる。基本この穴の生物は、光を嫌い、油とジメジメした空間を好むため、あまり出てこない。
安堵のため息を吐き、外へ出た。
待機している。門番4人が身構えるが、俺を確認するなり肩の力を抜いた。出てこないといわれてても、迷って出てくるモンスターが存在するので、彼らがその駆除をする役目を持つ。
「よう、ベティー」
馴染みの顔が、ちらほら居るせいか、気安く声をかけた。
「お前、何メートル域まで降りたんだよ。」
俺の今の恰好を見て、ベティーと呼ばれた青年は、笑いながら声をかけてきた。
「浅瀬なんだが、鎧百足に襲われてな、運が悪ければ、まだ居るはずだから、パーティー組んで回収行こうと思ってんだが……」
「チョト待て、今、浅瀬って言ったか?」
ベティーの顔がみるみる変わっていくのがわかる。
「ああ、言ったが」
「ちなみに鎧百足に、襲われたって?」
「そうだが」
「なんで深部の怪物が浅瀬に迷い込んでるんだよ!」
「知らん、俺も死ぬかと思ったが、ジャムボール使って逃げ出したとこだ。ナイフは壊れるし、完全に赤字だわ、……コリャ、せめて鎧百足の死骸でも、無ければやってられんンからもう一度潜るわ。……ところで、ライフ・ミクロイド持ってる?」
「あるけど、やらんぞ」
「ケチッ」
「買うなら、売ってやるが?」
「クッ、わかったよ」
ベティーに硬貨を渡し、緑の液体が入った小瓶を貰った。
蓋を開け一気に中の液体を飲み干す。苦いような酸っぱい様な液体を嚥下し、息を吐く。
「プハー、生き返る~」
生命の微生物墜天以降発生したピコサイズの微生物、決まった条件下で増殖し様々な効果を発揮する。ちなみにこれは鎮静効果と免疫力及び、自然治癒機能の強化、実際、掠り傷なら10分程度で完治させ、役目が終われば、死滅し体内に吸収される。
現在でも特定の製法の元、日々研究が進められている抽出技術。
これで、鎧百足に抉られた肩も、1時間程度で塞がるだろう。しかし気になるのが、潜って4時間位になるのに誰ともすれ違わなかった事だ。
普通、あんな風に逃げ回っていたら、1つか2つのパーティに出くわしそうな、モンなんだが……
一人も見かけられなかったのは気になる。
「一旦戻って、装備整えたらもう一回行くけど、ベティーも行く?」
「いいや、仕事中だから無理だ。帰ってルル連れてけよ」
その名を聞いた瞬間、背筋が凍るような悪寒が走り、盛大に痙攣した。
「もうちょっと…傷が、治ってから行こうと思っていたんだけど……」
「ははーン、さては朝、なんか言われたな、一緒に行こうとか、危ないから連れて行けとか」
こいつエスパーか。
そして、ベティーはさっきまでとは、違う満面の笑みを作り。
「ンじゃ、丁度いいから組合行ってくれよ、お前が会った鎧百足の報告、とここのアイテム補給と増員、なんか今日、地上に出てくる怪物多いし、深部の連中とか出てきたら、ちとやばいかも、だから頼むわ」
そういえばベティーもそうだが、他の門番も少し疲労の色が見え、装備の所々の、破損が目についた。
「ん、まぁ知り合い居れば、鎧百足の回収依頼できるしエモノもかりれるだろうし……、わかった。伝えとくよ」
この気安く受けた依頼に、すぐ後で後悔する事を、今は、知る由もなかった。
女の話をしよう。
その女は、幼さと、あどけなさを、持つものの、小さく可憐で、シルクの如き黒髪を短く揃え、童顔だか、今にも溶けてしまいそうな、白く整った顔立ちに、そこだけ朱を挿した唇。
色々、小ぶりなもののバランスの良いラインに、腰に差した仕舞われた刀は、女神のアクセサリーか。
幼き少女の雰囲気に、男の庇護欲を誘う。
そんな女に、俺は。
大地に倒され、腹を踏みつけられ、短く息を吐き出すが、強引に胸ぐらを引き付けながら、鋭い視線に睨み付けられ、呻き声をあげる事さえ出来ず、ただ冷や汗を流すしかない。
正直、この視線に比べたら、鎧百足など赤子に等しいかもしれない。
残りの体力を、根こそぎ奪われる勢いだ。
何故、こんな状況になっているかというと………。
それは、数分前の事だ。
「よっ チーフ今日の儲けは、どうだい?」
とある建物に入るなり俺は、カウンターに居る。厳つい顔をした、禿げ頭のオヤジに気安く声をかけた。
「なんでぇ~、お前か! 良いも悪いもまだ昼過ぎだぞ、まだあなぐらに入った探索者一人も帰って来とらんぜ」
チーフと呼ばれた。このオヤジは探索組合何でもない冒険・首領バボネス 分厚い筋肉は、刺したナイフが砕けた。逸話を持つほどの体つきで、何度か虚穴の深部の秘宝を、持ち帰って来たほどの実力者だ。
「それにしても、今日は、早ぇ~じゃねぇーか? それにその怪我、どうしたんだよ?」
丁度良い、早速ベティーに依頼されてた内容を、伝えるとしよう。
「何故か浅瀬に鎧百足が迷い混んでて、ンデそのせいか虚穴から出てくる怪物が多くて、門番の消費が激しいから、増員と支給品の補助を伝えてくれって、頼まれてな」
「浅瀬に鎧百足た~チトただ事じゃ済まね~な、わかった補給と上級探索者達を手配しておこう。しかし、鎧百足が浅瀬に登って来るなんざ、滅多に無いから急がんと犠牲者が無駄に増えるかもしれんな!」
基本、フェレットと呼ばれる冒険者や狩人は、自分の命は、自己責任が組合の方針だが、今回みたいなイレギュラーな事故は極力排除し、初心者や下級冒険者の無駄な犠牲を無くすのも組合の仕事だ。
バボネスに伝えると直ぐ増員の手配をしている。
その動きは手腕のよさを見ていてわかる
「実は、俺も襲われまして………」
「何! じゃぁ片付いてんだろ」
最後まで喋れなかった。
「イヤ、殺されそうになって、ジャムボール投げて逃げてきたから、どうなっているか解らんけど、直撃したから大分弱ってるとは思う。」
「なら、奥に居るルルティアとお前で充分だ。」
聞き捨てならない名前を聞いた気がする。
「ルルティア!? 今、何処に居るって?」
「だから、そこの奥の部屋で残遺物の交渉しに来ていたんだが」
そう言って、バボネスはカウンターの向こうの開いているドアを指差した。
「すまん、用事ができた」
回れ右をし、全速力で走ろうとした瞬間。
自分の胸元程も無い小柄な人影が胸元を掴むと同時に、体にかかっていた重力が無くなり、一瞬の浮遊感の後、盛大に地面に叩きつけられ、一連の動作で、俺の腹を足で押さえつけた。
後は、先程の状況だ。
「ベクター、今日は、二人で潜るって言ったよね!」
ルルティア自分の倍近くの体重差も有る俺を軽く投げ飛ばし、胸ぐらを掴んだまま可愛い顔を怒りに染めて、そう怒鳴りつけて来た。
そしてバボネスはいつもの事と、我関せずといった態度で、支給品をまとめはじめていた。
踏みつけられたお腹が痛い。
「ルル、これはだな………ぐふッ」
衝撃が腹を貫通し、声にもならない息を吐き出した。
ヤバい。殺される。
「ちょっと道に迷っ……がァ!」
徐々に腹にかかる圧力が、増してきて何も言えなくなる。
これは、何かが…爆発する!
「ガハッ…調子乗ってました。一緒に…、潜って…頂けないでしょうか?」
腹にかかる圧力が少し抜けてきた。良かった。殺されずに済むか……?
「他には?」
可憐な顔つきが一瞬、例えるなら般若の如き表情になり、全身の毛が総毛立ち、喉の奥で小さい悲鳴を鳴らす。
呼吸困難に陥りそうだ。
「約束を破って、……すみませんでした。」
「ベクター……次は無いからね。」
「グエッ」
掴んでいた胸ぐらを、急に手放され自然降下した頭を、地面に打ち付けた後、やっと解放された。
最後の最後までバボネスは、門番への支給品の手配を理由に、こちらに視線を向ける事は無かった。
「ゲホッ…ゲッホ」
あまりの安堵と解放された喜びに、全身の力が抜ける
もう少しこのままで呼吸を整えたいが、可愛い顔した暴君はそれを許さず。
「グェ」
首根っこを鷲掴みにし無理やりに立たせた。
「バボネスさん。だいたい聞いてたけど、依頼って事で受ければ良いの?」
ルルティアに名前を呼ばれ、今までずっと我関しなかった。バボネスは振り向くなりその厳つい顔つきからは、想像出来ない程、柔和な顔を作って
「ルルティアちゃん、お願いできるかな?」
低い猫なで声。
孫に対するじいさんみたいだ。
「それで内容は、ベクターと戦った鎧百足の駆除でいいの?」
戦ったと言うより、一方的に追い回されただけ、だけど自分の名誉のために黙っていよう。
「う~ん、出来れば浅瀬を見て回って、他の迷い込んだ怪物や異常が無いか見てくれないか、深部には他の冒険者のパーティに調査に行かせるから」
きっとバボネスは、俺たちの他に何組かのパーティに、声をかけておくだろーなー等考えながら、こっそり逃げ出す算段をつけていたのだが、
「浅瀬の駆除ね、わかったわ、行きましょベクター」
くそ! 逃げるタイミングを逃した。
ルルティアは踵を返し、後ろ手で俺の胸ぐらを掴みながら、ギルドから立ち去ろうする。
ルルティアが扉に手をかけて外に出ようした時。
「あんまりベクターいじめるなよ~」
カウンターの中からバボネスが大声でルルティアに渡舟を出してくれた。
が、些か遅くないか?
「大丈夫、スキンシップだから」
ルルティアの一言に、文句の一つも吐き出しそうになるが、鉄の自制心で我慢する。
「それでは、バボネスさん行ってきます。」
ルルティアはカウンターで、多分門番の増員手配中のバボネスに、礼儀正しくお辞儀し、バボネスは、片手を軽く振ってそれに答え、俺たちは、組合を後にした。
向かう道中。
「待て、ルルッ、せめて家に帰って装備を整えさせてくれ、このままでは、俺がやばい」
「大丈夫、私が守るから」
イヤ、一番お前の一撃が危ないのだが、口に出すとせっかく治ってきた機嫌がまた悪くなるので、ここはグッと我慢。
「確かにお前が居れば、危険は少ないかもしれないが、世界には絶対という事は、無いんだぞ!」
「私をおいて一人で、虚穴に潜ったあなたなら大丈夫の範囲」
あー、こりゃまだ怒ってるな、素直に言う事聞いていた方がいいな、
「わかったよ。ところで話は変わるんだが、さっきバボネスに売ろうとした。残遺物って、何だったんだ?」
「………………………」
お、言い淀むっていうことは、何か後ろめたい事があるのかな?
「怒らないから、教えて」
娘にするような極力、優しい口調で聞いてみた。
「ベクターのナイフ」
………………………………………………
「は?」
なんか、とんでも無いことを告げられたきがする。
「ごめん、なにか聞き間違えたみたいだ。もう一度いいかな?」
「ベクターが愛用している。ナイフ」
「なんで?」
聞き間違えではなかったらしい。今度は、即座にそう聞き返した。
「だってベクター約束破って潜ったって、門番の人に聞いたから」
ベティーか! あいつ、ルルティアの居場所知ってたな。
先ほど会った門番のいやらしい笑顔を、思い出し、いつの日か復讐を誓う。
「だからって、それ売っちゃったら俺、潜れなくなっちゃうでしょ!」
ルルティアは、さすがにやり過ぎたと、感じているのか、自分の顔の前で、両指を重ね合わせて、こちらを上目ずかいでこちらの表情をうかがって来る。そんな彼女の瞳と目が合う。
「でも! 渡す前だから、まだ持ってるよ。」
叱られると思っているのか、申し訳無さそうに、ルルティアは、懐から見慣れたホルダーに収まったナイフを取り出した。
売られる前だった事に、安堵しそっと胸をなでおろし、右足にホルダーを巻きつけた。
渡していないなら、黙っていても良いものを正直に話した。この娘の素直さに嬉しくなり、黙って頭に腕を伸ばし撫でてやる。ルルティアは伸ばした腕にビックリして身を硬くしたが、撫でられた事に、安堵し気持ち良さげに目を細めて、なすがままに受け入れた。
そして虚穴に着いて、ベティーに復讐の一撃を食らわしたのは、数分後のことだ。
「ここに居たの?」
未だ少量のガスが舞う場所、つまりジャムボールを使い鎧百足を昏倒させた。行き止まりに辿り着いたのだが、鎧百足の姿は無く、やつが視界を失い、暴れたであろう。瓦礫の痕跡が所々に見て取れた。
「ああ、あのサイズの怪物は、さすがに心停止までいかなかったのか、他の探索者が、持って行ってしまったのか。まぁ引きずった跡も無いし、吸って3時間、多分薬が薄まって動けるようになったんじゃないかな? でも、閃光で視界は、まだ、回復していないだろうし、あのガス吸うと動けるようになっても、虚脱感凄いから、そんな遠くに行ってないと思う。」
やや楽観的ともいえる。分析だったが、それ程時間も経っていないため、ルルティアも反論無く頷くと腰にさげた刀に手を添える。
俺も右足のホルダーからナイフを抜き、2.3回素振りをして、先ほど抉られた右肩の調子を確認する。ライフミクロイドが上手く作用して、ほとんど傷口は塞がっていて痛みも無い。装備は先ほどと変らないが、残念ながらルルティアが居るというだけで、大体の懸念事項が、クリアされてしまうのが少し情けない。
10分程探索をつづけた頃。
「きゃぁぁぁ」
「なんだ、この化けモンは」
悲鳴と怒声が聞こえ駆け付けると、5人程のすぐ初心者とわかるパーティと、おかしな動きを続ける鎧百足に、遭遇した。
鎧百足は、きっとまだ完全に視覚と聴覚が回復していないだろう動きで、処構わず暴れているだけだが、明らかに五人組はパニック寸前に陥っていた。初めて見るだろう相手に、五人のうち二人は重症を負っていて、一人付きっきりで治療をし、残る二人がひたすら刃を突き立てるが、鎧百足の硬い甲殻に、傷ひとつ付けられず、逆に身動き一つで傷つき、吹き飛ばされ、次々と戦意を無くしていた。
こうなってくると、逃げる事さえ難しくなってくる。負傷者を置いて行くわけにもいかず、けれど刃は通らない。そんな状況に彼らは、涙交じりに刃をふりつづけ、ひたすらに、時間だけを浪費する。
きっと鎧百足は、気配だけで、彼らの存在を感じて、暴れているのだろうが、もしここに視覚か聴覚が回復したなら、数秒とかからずに命を落としていた事だろう。
ルルティアとアイコンタクトだけ取ると、そこからは迅速な対応だった。
「おい、こっちだ」
「え……}
重症の二人を担ぐ、すると手当をしていた。少女が突然の事に驚き声をあげるが、構わず腕を掴み、引っ張りあげた。その時、強烈な視線を感じて慄くが、無視してそのまま走り去る。
刃を突き立てていた。二人は、急な闖入者に驚き、どう判断したら良いか、分らず混乱に陥るが、仲間を連れていかれた事を受け、刃を向けながら鎧百足と間合いを取りつつ、追従してきた。
鎧百足は、突然動き出した気配に驚き、見えないながらもこちらに向かって、追いかけようとする。
見えないとはいえ、俺一人なら、鎧百足に追いつかれて終りだろうが。
俺の切り札とも言える。相棒が居れば問題ない。
いくつかの曲がり角を越え、背後を覗き、鎧百足がついて来ては居ない事を確認してから、少女の腕を放すとその場で、へたり込んでしまい、それを無視して担いだ二人を降ろす。
「ミクロイドは投与したか?」
「……………」
「おい、大丈夫か!」
「はっ、はい!
少女は、放心状態で反応を示さなかったが、肩を掴むと、軽い痙攣を起こしてすぐに意識をとりもどした。
「よし!、二人にはミクロイドを投与したか?」
「はい、…したのですが、血が止まらなくてどうしたらいいか…」
少女は涙声で必死に訴える。一応、二人には包帯が巻かれ止血がされているが、傷口が大き過ぎて、すでに包帯は血で真っ赤に染まり、あふれていた。
内心、舌打し脇にあるポーチから、一つの薬品の入った瓶を取り出し、止血の為の包帯をナイフで裂き傷口を露出させた。包帯を外すと傷口から、大量の血液があふれ出したが構わず、その薬品を浴びせた。
「があああああああぁぁぁぁぁぁぁ」
「ひっ」
すると傷口から煙が立ちあがり、あまりの激痛に、重症の男は悲鳴をあげて暴れるが、それを強引に押さえつける。少女もそれに反応して、小さく悲鳴をあげた。
だんだん男の悲鳴と煙が小さくなり、煙が引くと男の傷が消え、代わりに火傷の様な跡が残ったが、出血は無くなっていた。
「おい、もう一人を観るから、包帯を頼む」
ポーチから包帯を取り出し、少女に渡すと、少女は素直に頷き、包帯を巻き始めた。
もう一人にも、同じ様に処置する。
途中、仲間の悲鳴を聞きつけて、残り二人が駆け付けるが、状況が分からず、こちらの行く末を見守ることしかできなかった為。呆然と立ち尽くしていた。
悲鳴により、勘違いして襲いかかって来なくて正直助かった。
「これで大急処置は終わった。後は外にでて治療すれば、命には別条は無くなる。」
重症の二人は激痛の為、治療が終わると意識を失って、力なく崩れた。
それぞれ呼吸と動悸を確認し、包帯を改めて巻き治して、無事治療終わった事を説明すると。
少女は緊張が途切れたか、その場にへたり込んで、泣き崩れ、残り二人も安堵のため息をついた。
「じゃあ、もう少し行ったら出口が有る、お前ら外に出ろ、俺は鎧百足を見てくる」
一人心細そうに震えていたが、三人とも頷いたのを確認すると踵を返し、急いで戦闘しているであろう場所に向かった。
そこでは戦闘というより、組み手や型といった状況の方が正しいのかもしれない。
ルルティアは刀を鞘に納めたまま、重心を落とし、鎧百足にゆっくり間合いを詰める。
対して、鎧百足は視界は見えないはずだが、獲物の大部分に逃げる気配を察し、すぐに、追いかけようとしたのだが、ゆっくり近づいてくる、ただ一人残ったルルティアの、小さな気配に何を感じたのか、追いかけるのを止め行動に出た。
それは、今までは、暴れるもしくは捕食行為だったが、鎧百足は明確な攻撃意思を持って頭部とは反対側の腹部で、大地と水平にその硬い甲殻で通路一帯を、薙ぎ払い潰そうとしたのだ。
暴風を伴って接近する必殺の壁。そう、正に壁がせまってくる。そんな一撃にただの人間は潰されるのみ。
しかし、それは起きた。
ルルティアに迫る不可避の壁、それは彼女に触れるとこは無かった。
永遠にも思えた一瞬。
彼女の脇に提げられた、金属の鞘から迸る。一筋の銀閃が輝きに、それを追う様に澄んだ金属音が鳴り響く。
ルルティアに迫り来る。暴風を伴った一撃は、彼女に届く前に縦に両断されたのだ。
斬られた腹部は、勢いそのままに瓦礫に突き刺さりながら、自律で動こうとするが、刺さったまま動けないのか、ずっと多足を動きかし続けているが、抜ける気配はない。
頭部を含む体は、勢い余りって壁にぶつかり多くの瓦礫をばらまいた。
今までどんな攻撃でも、傷一つ着かなかった。甲殻が何の変哲もない刀に切断された。
この事実が捕食者である。鎧百足に今まで感じた事のない、痛みと恐怖を走らせ軽く混乱しかけた。が、野生の本能か、未知なるものへの恐怖か、残った体で逃走を試みようとする。
が、ルルティアは頭上をとるなり、一刀のもとに鎧百足は、縦に裂けた。
裂けた体は、中心から倒れ所在なさげに、多足が空を切るが大量の体液を零しながら、徐々に、弱く、鈍く、その生命活動が尽き果ていった。
彼女は刀に付着した。鎧百足の体液を振り払い、鞘に納め息を吐き、肩の力を抜いて、相棒のベクターを追いかけようと振り向いた時。
いつの間にか瓦礫より抜けだした。残る腹部が、自律で動きルルティアを押し潰そうと、眼前にまでせまっていたのだ。
完全に虚を突かれたルルティアは、咄嗟に顔を背け、片腕を顔を守るように構える事しか、出来ず。
最悪の瞬間を待った。
しかし、いつまで経っても、その瞬間は、訪れなかった。
「相変わらず、詰めが甘いというか、脇が弱いな」
「ベクター!」
目を開けると目の前の腹部を、見慣れたナイフが突き破り。その箇所を中心に腐り落ち、影から小言と一緒に、呆れ顔したベクターが居た。
「反省点! まず倒したと思って、周囲の確認を怠たった事、それと最後まで目を逸らさない。」
先程の不手際を、少し強めの語気で説教をする。
「人間死ぬ時は、一瞬なんだ。だから、もう少し周りの気配が察知出来るまで、無闇に気を抜くなと言ってあるはずだろ。」
完全に活動停止し、腕に寄りかかった。鎧百足の腹部を、払い投げる。
落ちた腹部は、紫の色の泡と煙を立てて、徐々に溶けてゆき、異臭が立ちこめる。
見るからに、ボロボロになっていく、鎧百足の体細胞は、爛れ変色し、元の堅牢な甲殻の見る影も無くしていた。
残遺物・不明/溶けた猛毒
常に猛毒を内包したナイフ、原理、作成方法、共に不明の為に不明。
その刃に強力な、酸・劇薬を内蔵し、傷を付けた生物を確実に誘う。
その刃は、毒であり刃、刃であり毒。
「それにあんな攻撃よりの戦術じゃ、いつ命を落としてもおかしくないぞ。」
知っている。俺を遥かに凌ぐ戦闘技術を有し、更にまだ成長途上中のその才能を。
だが、しかし、この娘に、探索者の技術を教えたのは、今でも後悔している。
10分ほどの説教の後、さすがに堪えたのか、俯き加減に瞳に涙を溜めながら下で指を彷徨わしている。少し言い過ぎたかな?等、少し罪悪感が頭をもたげるが、必要な事! と、頭を振る。
「でも、無事で、良かったよ。大した怪我も無くて」
短いため息を吐き、ルルティアの頭に手を乗せ、軽く撫でると
「ベクター!」
ルルティアは、さっきまでの、落ち込んだ様子が嘘の様に、瞳を輝かして飛跳ねて、しがみ付くなり首に手をまわしてきた。
完全に足が地面から離れている為、少女の全体重が首にかかって苦しい、たが逆にこれだけ大きく成長してくれた事に、少し感動する。
「とにかく、依頼を続行するぞ、ルル」
「うん!」
自分の感情を悟られる前に、抱きつくルルティアを抱え降ろし、探索を再開を促す。
結局、1日中浅瀬を回ったが、鎧百足以外のイレギュラーな怪物は居らず、そこで探索は打ち止めとなった。
帰りに無事な鎧百足の甲殻を拾い、ギルドで換金と依頼の報告を済ませ、報酬を受け取った。
深部の方にも異常は無く、鎧百足が単体で迷い込んだという結論に達し、俺たちがそれを駆除したため、追加報酬も少し頂いた。正直、赤字覚悟だっただけにその報酬は大きい。
「ルル、晩飯出来たから、おいで~」
「………………………………」
家に着いて、装備等を外してある程度落ち着いてから、鳥類の肉を焼き、焼いた肉を穀物で巻いた。携帯食糧としても可能な物を料理して、相棒を呼んだのだがむくれてしまって、こちらを見ようともしない。
「どうしたん?なんか、さっきから機嫌悪いけど、なんか厭な事とかあった?」
「…………………………」
小動物みたいに頬を膨らます様は、とっても愛らしいのだが……
「そろそろ何で機嫌が悪いか位、教えて欲しんだけど?」
ふっくら膨らんだ頬を突きながら聞くが教えてくれない。
「ふーん!」
さっきギルドを出る位まで、機嫌が良かっただけに、謎だ。
そう、最後にギルドを出る時。助けた連中の内、無事だった三人が礼を伝えに来たのだが。
その後、ルルティアは始終機嫌が悪く、むくれていた。
「ル~ル、俺、何が悪かったか教えてよ」
座っているルルティアに、視線を合わせるためにしゃがみ込み、少女の黒い宝石のような瞳を、真直ぐ覗きこみ、出来る限り優しく尋ねた。
「………あの女の人に、鼻の下伸ばしてた。」
えーと?
「女の人って、今日助けた子達の事?」
「そう、あの無駄におっきい人に、デレデレしてた!」
確かにお礼をされてた時、結構接触してきたがそんな事で怒っていたのか。
「もう、ベクターの事なんか、知らない」
'つーん,って単語が似合いそうな、そっぽの向き方をされて、困ってしまう。
立ちあがって頭をガリガリ掻いた。
そう言われて、立場を逆にして考えて見れば、確かに。
ルルに近づいて来る。愚か者が……、あまつさえ手をだした下種が居れば、俺はそいつを惨殺しかね……イヤ生きている事を後悔する程の、責め苦を味逢わせてやる。
きっとルルティアも同じ……イヤ、似た気持ちなのだろう。
……………………よし
「えっ!?」
むくれているウチのお姫様を後ろからそっと、膝裏と背中に腕を差し入れ、出来るだけ優しく、その小さな体を抱え上げた。
分りやすく言うならお姫様だっこだ。
「きゃっ、何、何、何なの!」
流石のルルティアもいきなりの状況に、混乱しているのだろう。顔を、耳まで真っ赤にして、腕の中で小さく暴れている。それもだんだん弱くなり、小さくなっていた。
多分、恥ずかしいのだろう。抱きながら家を出てすぐ近くの丘の上まで登る。
それは、落日以降変ってしまった。この世界で変らなかった。数少ない物。
手を伸ばせば、届きそうで、届かない。触られそうで、触られない。
小さく、大きく、様々な光を灯し、空一面に敷き詰め散りばめられた。ダイアモンドの絨毯。
そう、満面の星々。いつ落ちて来てもおかしくない。そう錯覚させる程の見事な輝き達。
「ルル、今日はここで食べよう。ピクニックだ!」
「もうー! いったい何なの!?」
ルルは、腕の中で、真っ赤な顔をして、不満の声を上げるが、取り合わない。
「たまにはいいじゃん 家族サービス? そういうの。それに」
満天の星空にそよ風のBGM、
ピクニックと言うには夜遅くて、お手頃過ぎるが、俺はもちろんルルもこの景色を、結構気に入ってたりする。
「俺が愛しのルルと、一緒に星を見たくなったんだ。………駄目?」
「はぁ~、しょうがないな~」
ルルティアはそっぽを向きながら、観念したようにわめ息をつき、俺の腕を2回叩いた。
降ろしての合図だろう。ゆっくり降ろした後、近くの芝に腰を下ろす。
ルルティアもすぐ隣、寄りかかるように座り、手に持っている夜食《晩飯のつもりだったもの》、を渡して満天の星の下二人の時間を過ごす。
「久しぶりだね、ここでベクターと星を見るのは…」
「そうだったな。」
「ベクター、すぐ一人で潜って、帰って来ない日多いもん」
「うっ、すまん。」
「それに、すぐ約束破って、ふらふら何処か行っちゃうし」
「………………………」
先刻の不機嫌さは無くなったが、今度は延々と愚痴と説教が始まってしまった。
「他にも朝弱いし、時間にルーズだし、いびき凄いし、酒癖…………」
最後の方は、何を怒られているのか、分らなくなってきた。
「はあーっはぁーっ、分かった?」
ずっと、捲し立ててせいか、荒い息を立てて、返事を求めてきた。
「分った。」
正直、途中からほとんど聞き流していたが、ちゃんと返事しないと、また再熱するので、しっかり返答する。
「ほんと、俺には、しっかり物のお姫様が居て、幸せだわ」
「おだてても何も出ないよ。」
照れているのか、少し顔を赤くしながらも、つれない返事
「いやいや、ホントに俺には勿体無いわ。もうお姫様って言うか天使!」
「そんな事より、明日は一緒に深部に行こうよ」
おちょくり過ぎたか、真っ赤な顔を隠しながら、無理やり話を変えてきた。
「う~ん、深部に行くほど余裕がない訳でもないしな~」
手元に持って来ていた。アルコール入った小瓶をあけ、一気に煽る。
「 ぷはぁー くぅーっ、それに日帰りも難しくなるしな、……ルルも飲む?」
喉を焼き胃に直撃するこの感じ、正直止められない。
「私、まだ15なんだけど」
「大丈夫、弱い果実酒だし、基本ギルドは自己責任!」
訳の分らない理屈をこねると、ルルティアはあきれ顔で、こちらを見つめ、盛大にため息をつき
「1本頂戴」
「はいよ」
果実酒を手渡し、更にもう一本煽る
ルルティアは手渡した。果実酒を、ちびちびと舐めるように飲み始めると、申し合わした様に会話が止まってしまった。
二人の間に流れる静寂は決して、疎外感や不快感等無く。
この沈黙は二人にとって、自然と心安らぐ。そんな静けさだった。
どれくらいこの静寂に身を預けただろうか。
ルルティアは急に星空に向かい手をのばして、
「人類は星に手を伸ばしたんだよね」
「ああそうだな……邪な理由だったかもしれんが、行為事態は決して悪い事じゃないはずだ。」
「そうだよね…」
「ああ」
この、砂漠と荒廃した大地の上で我々は、常に何かを求めて、ひたすらに手を伸ばす。
「それに例え失敗や間違えだとしても、決して、その場に踏み留まるっては、いけないんだ。何かを目指さなければ、人は、そこで終わってしまう。」
「いつの日か、たどり着けるのかな…?」
「諦めなけれは、いつか辿りつけるかもしれないが、今の人類には、外に手を伸ばす余裕は無いからな~」
「そうだよね」
ルルティアは、此方に寄りかかりながら
何かを掴むのではなく、ひたすらに求めて、腕を、手を虚空を彷徨わす。
【赤く染まった空間】
その何かを一生懸命探す仕種の儚さに、
【響く産声に向けて】
一瞬のフラッシュバックと共に、
【高く構えた無慈悲の刃は】
いつの間にかその手を掴んでいた。
【振り下ろされた。】
「ベクター?」
「イヤ、すまん」
ルルティアは、きょとんとした瞳でこちらを覗きみるが、
「綺麗な手だったから……ついな」
ルルティアは、そのまま照れて赤くなってしまう。そんな歳相応な幼い仕草が可愛くて、つい抱きしめたくなる。
【この温もりを決して離さないと思い新たに誓う。】
そんな天空の宝石鑑賞と、風のオオケストラが響くピクニックは、その夜遅くまで続けられた。