第4話 おめかしクリス様
「え、えーと、父上、今聞き間違いでなければ、お相手は───」
「オースティン公爵家ご子息、ブルーノ様だ」
「うっそ……あ、その、父上、私はそこまで高望みしたわけでは」
「そうだね……うん、そうだよね、わかっているよ」
クリス様は、びっくりし過ぎて一度遠いい目をされました。
旦那様相手でなければ、『マジかー……』くらい言ってそうです。
素のままで大丈夫だとお伝えした今でも、私以外には、言葉遣いにほんの少し装いがあるように思います。
転生のことは、私とクリス様の秘密でございます。
それゆえ、無意識に、であられましょう。
同じような表情でクリス様と旦那様が顔を合せていらっしゃると、本当によく似ていらっしゃる。
ですが、そろそろ現実に戻られていただきたいところでもあります。
「……クリス、その」
小さな咳払いともつかないほどの私の声に、はっと正気を取り戻したのは旦那様の方でした。
「あーはい、大丈夫です。ちゃんとお会いします」
「いつもの装いでとあるから、あまり畏まらずに気負わずにね。
フィオリーナもお墨付きのレストランのようだから、気を楽にして、楽しんできてくれ」
「うわ、お会いしたことないのに紹介者もなしとか」
「その……閉鎖的な、畏まった形式が、苦手なのかもしれないね」
ただただ状況に驚かれているクリス様。
お嫌ではなさそうですし、疑っておいででもなさそうですね。
旦那様はクリス様の態度に随分慎重に対応されていらっしゃいますが、なかなかいいわけが苦しいように思います。
ですが、クリス様のほうは、思うところがおありなのでしょう。
旦那様のそのいいわけを聞き、『なるほど』と納得されました。
「粗相はしないようにします。けど、うまくいくかの話は別ですよ?父上も、期待はしないでください」
「ああ、うん。宰相閣下も『まずは、会って一緒に食事をするだけでいい』と仰っていたよ」
「会って一緒に食事……ああ、そっか、うん。まあ、そこからですね」
「───クリス、大丈夫かい?」
少し真剣な顔でなにやら考えに耽るクリス様。
そんなクリス様に、旦那様がおそるおそると声をおかけになりました。
「え?あーはい、大丈夫です大丈夫。『一緒に食事』出来るといいなーって思っただけです」
「うん?」
「あー……その、楽しみにしてます、と」
乾いた笑いを残しながら、旦那様の部屋を辞するクリス様。
その足取りは、決して重くはなく、楽しそうでもありました。
この分なら、そこまで心配することもないでしょう。
旦那様の胃も、さほど傷めずに済みそうです。
部屋に戻るなり、クリス様は悶えるようにベッドにダイブされ、『う゛ーあ゛ー』と、声にならない声をあげられました。
この程度のことでは驚きはいたしません。
転生された後ではこの程度、通常運転の、クリス様であられます。
「レヴー、聞いたか?ブルーノ様だって!なんかの間違いじゃない?」
「はい、間違いございません」
「うっわー……やばい。ゲームの中で、超絶美形なブルーノ様だぞ?」
枕から顔をあげられたクリス様は、実に楽しそうな笑顔をむけられました。
転生後、フィオリーナ様にはじめてお会いになった後も、『はー!眼福眼福!』などと楽しそうに口にされていましたね。
かといって、フィオリーナ様とお話しされているクリス様には、ご姉妹以上の、特別な感情は見受けられませんでした。
傍から見ていると、ご姉妹とうより、ご姉弟と言った方がしっくりくるかとは思いますが、ですがそれだけです。
「まずは、一緒に食事が目標だな」
「と、いいますと?」
「ブルーノ様って、女性と一対一での食事、もう出来んのかなーって、さ」
「……知っておいででしたか」
ゲームとやらの知識、でしょうか?
全く知識がないよりは、いいことかもしれません。
「まーねー。でも、そうだな、私が男装で行ったら、食事くらい出来るかもしれない。リハビリだなリハビリ」
「リハビリ、とは?」
転生とやらになったクリス様は、偶に聞いたことのない言葉を仰います。
リハビリ、という言葉は聞いたことがありません。
私の知識がないだけ、ということもなきもしにあらずではありますが、軽く使われるご様子から察するに、専門的な言葉でもないのでしょう。
「あ、こっちにはリハビリって言葉はないのか。えーと、稽古っつーか、慣らし?」
「ああ、少しずつ慣れて貰う、と」
「そ。女が駄目なのが見た目からなら、父上そっくりな見た目の私は、なんとかいける気がするんだよ」
たしかに、きっとオースティン公爵夫人も、そこに賭けられているのだと思われます。
旦那様にそっくり、と仰いましたが、確かによく似ておいでではありますが、やはり男女の体格の差はあられます。
線の細いクリス様は、美少年と見間違われることも多いですが、男性とも女性ともつかずな美しさがあられます。
中性的、とでもいいましょうか。
クリス様ご本人は、『まあ、美形だけど、姉上たちと比べると霞むよな』なんて仰っていましたから、ご自身の魅力にはさっぱり気が付いていないご様子ですが。
そんなところは、旦那様とよく似ておいでです。
「駄目なら駄目で、次は出かけてみるとかさ。出来そうなことに挑戦すればいいんだし、うん。いけるいける」
「……!」
なんと、駄目なら駄目で別の婚約者を探すというわけではなく、次は別の方法をと仰るあたり、クリス様自身はブルーノ様に対して好意的でいらっしゃる様子です。
クリス様ご自身は気がついてはいらっしゃいませんが、なかなかそういったお考えになるのは難しいことでは?
これは、外堀を全て埋められた状態であっても、ブルーノ様次第で、相思相愛のご結婚にも発展されるのではないでしょうか。
「せめて友達くらいなら、なんとかいけるだろ」
「………」
そうですか、ご友人。
私の心が少しばかり早ってしまっただけのようですね。
舞い上がっていたのは、私の方だったようです。
恋愛とは程遠いように思われて……なんだか一瞬ですべてを納得してしまった気がしております。
ご友人ですか……嗚呼、それでも。
それでも私は、クリス様が幸せであられるならそれで良い、そう思ってはおりますが。
クリス様のこのご性格ですと、どうなられても、ご自身で幸せに暮らしていく生き方をされるのではないか、そう思ってしまうのも事実。
このリーヴァイ、どこまでもお供いたします。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「奥様、このスーツ一式はもしや」
クリス様とブルーノ様のお見合いを明日に控え、珍しくも奥様に呼ばれて来てみれば、仕立ての良いカジュアルスーツが一式。
全体的には白を基調に、濃紺、サファイヤブルー、そして所々にアクセントとなっている細やかな刺繍には金糸が使われております。
この細身のシルエットは、他の誰の者でもございません。
紛れもなく、クリス様のスーツでございましょう。
白が基調のパンツは、前奥様が好きなお色でしたが、転生後のクリス様は黒や濃紺、茶系のパンツをお召しになっていました。
好みが変わったわけではなく、単に汚れが目立たない、それが理由です。
クリス様には、やはり白が一番よくお似合いだと、私もそう思います。
ですが、これは。
気合が入っていないようで入っている、とでもいいましょうか。
少量ですが、お相手の金とサファイヤブルーが使われております。
特に細身のクラバットのお色であるサファイヤブルーは、見たこともないような突き抜ける美しい青をしてございます。
このような鮮やかで濃いブルーはかなり珍しいもののように思えます。
カジュアルスーツではあるものの、仕立ては一級品でしょう。
奥様がご用意されるには、かなり攻めている色使いとお品です。
いくらなんでもお相手の許可なく、このような色使いをされる方ではないでしょう。
それと、お値段のかけかたも、大胆に思えます。
「カミラ様から───」
「やはり」
「ごめんなさい、断れなかったわ」
「まさか断れないでしょう。クリス様に、よくお似合いになると思います」
「そうね。本当に……似合うとは思うわ」
「着させますのでご安心ください」
「お願いね。……でもこんなあからさまなお色、大丈夫かしら?」
奥様が複雑そうな表情を見せます。
相手のお色をのせたスーツに身を包むことをご心配されておいでなのでしょう。
しかし、思うに。
クリス様だけでなく、相手のブルーノ様も、同じ状況ではないかとすら予想できます。
きっと、当日のスーツのどこかには、クリス様のお色である菫色、あるいは瞳のペリドット色が使われているのではないでしょうか。
「クリス様は服装に無頓着ですので大丈夫でしょう。私に任せられるはずです。カミラ様がご用意したことはお伝えせずにおきます」
「カミラ様がご用意されたけれど、ブルーノ様はそれを知らないと思うのよ」
「それも大丈夫でしょう。カミラ様がご用意されたのがクリス様だけとお思いですか?」
「あ……そう、ね。そうよね」
「お相手の服装も、楽しみですね」
「無事に済んだら、聞かせてちょうだい」
「畏まりました」
しかし、カミラ様は、ずいぶんと積極的であられますね。
クリス様とお会いすることなくそこまで決められて……もしや、この数日でどこかで実際に一度くらい接触されていらっしゃるかもしれませんね。
でなくても、影に探らせるくらいはされていそうです。
私が一緒の時は大丈夫でしょうが、学園内は四六時中一緒にいるわけにはまいりません。
良い印象をお持ちの様ですから、とりあえずはそう警戒されずともよいでしょう。
「うわー、なんか結構気合入ってないか?これ着んの?」
「普段と変わらずと言われておりますが。お見合いですよ、クリス様。お洒落しましょう」
「……ま、そっか、そうだよな。良くわかんないし、髪もレヴにまかせるわ」
「安心してお任せください」
「頼んだ」
15歳までさらしを巻かれ胸を潰されていたクリス様ですが、お目覚め以降はきちんと下着をつけておいでです。
ですが、クリス様の好むものは、着心地の良さを重視されたもので、クリス様の要望に応えて作られた特注品です。
胸を潰すことはないにしても、あまり以前と変わり映えございません。
女性用の下着ですと、レースがふんだんに使われているものが人気ですが、クリス様にとってそれは邪魔なだけのようです。
胸を潰すよりも、胸を寄せて上げる方が窮屈だとおっしゃっていましたね。
コルセットもしかり。
『世の中の女性は大変だな』と、真剣な顔をして仰っていました。
私が男性なことも、クリス様は特に気にならないのでしょうか───さすがに素肌を晒すことはないにしても、下着姿には抵抗がないようです。
お小さい頃からお傍にいたからでしょうか。
私には、敬愛は持ち合わせていても、けして欲情することはございませんが。
とはいえ、極力そのあたりは目に入れないようにしております。
基本ご自身で服を着られるので、一式ご用意してしまえば、手を貸すことと言えばクラバットと上着程度でございます。
クラバットを抑えるピン、こちらはクリス様が良くご愛用されている細身のもので、金とペリドットの石が美しいものです。
前奥様がクリス様が15歳になられる際にお誕生日のお祝いにとお選びになったもので、亡くなられた後に届けられました。
クリス様にとっては、形見のようなものです。
『受け取るか受け取らないかは、クリスの自由だ』と仰った旦那様でしたが、クリス様は、躊躇なく受け取られました。
使うことも、特に躊躇いはないご様子。
寧ろ、大事な時に身に着けていらっしゃるように思います。
自分の手で毒殺を企てる前奥様でしたが、これをお選びになった時の気持ちは、クリス様に向いていたのでしょう。
たとえ歪だとしても、方向が違うとしても、クリス様のことを確かに愛していたのだと思われます。
クリス様にも、それが伝わっていらっしゃるご様子。
きっと、別の人格が混ざり、少し大人の他者目線から物事を考えることがお出来になるクリス様だからこそなのかもしれません。
さて、残すところは御髪のみ。
絹糸のような美しいクリス様の御髪は、ブラシを通すと艶が増します。
本日は、少し高めの位置で一つに結びあげる、ポニーテール。
この髪型が、今のクリス様に一番向いているでしょう。
お似合いなのはもちろん、お食事もしやすいはず。
「良くお似合いです」
「自分でもそう思う。ドレスよかよっぽど似合ってるよなあ」
鏡で全身を確認されるクリス様が、しみじみ呟かれました。
ですが、ドレス姿もお似合いなんですよ?
ご自身であまり気が付いていないようですが、シンプルなワンピースや、細身のロングドレス等とてもよくお似合いになります。
ただ、今の流行からはいずれも外れているのは事実。
ふんわりとしたリボンやレースをふんだんに使われているパステル調のドレスが流行です。
クリス様にはあまり向きません。
店員の勧めでご試着されたことはありますが、すぐにご自身で『ないな』等と呟かれていらっしゃいました。
そのことを、言っているのかもしれません。
「ドレスもお似合いだと思いますが?」
「よせやい」
いいえ、本心からです、クリス様。




