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男装令嬢の専属従者、リーヴァイの苦悩。  作者: 日夏


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第3話 風変りな縁談

「旦那様、お呼びと聞き───」

「ああ……」


旦那様だけでなく、奥様もおいででしたが、お二人ともとても難しいお顔をされていらっしゃいました。

クリス様の修道院騒動から約二週間───騒動、等と言うのは大げさかもしれませんが、このメイシー伯爵家にとっては大騒動でありました。


嫁いだお嬢様お二人とも一時帰宅するほどの、それはそれは大騒動です。

お二人には、すぐに奥様が手紙を速達で出され、その返事が届くことなく、自らがお帰りになられました。

魔法郵便局での速達扱いは、辺境であってもすぐに届きます。

上のお嬢様、フィオリーナ様は、読んだその日に荷物をまとめ、すぐに出発なさったのでしょう。

手紙を出されてから十日でお帰りになられました。



「とにかく、これを」

「拝見します」


そう言って差し出された封筒は、とても美しく上等なものだとすぐにわかり、宛名を見るとオースティン家御当主から。

オースティンといえば、この国の五大公爵家の一つ、御当主はこの国の宰相様であられます。

これは、とても断ることが出来ない状況ですが……奥様も旦那様も、複雑な思いでしょう。

オースティン公爵家のご令息はお一人であられますし、女性嫌いで有名です。

25歳であられますので、ご年齢としては十分、寧ろ良すぎて怖いほどのお相手です。


「ご長男のブルーノ=オースティン様は、今までご婚約は一度も?」

「ない」

「白い婚をお望みで?」

「いや、そうではないらしい」

「旦那様から?」

「いや───……」

「奥様が?」

「いいえ、その……」


はっきりしませんね、歯切れが悪い。

旦那様は職場であられる宮廷で縁を結ばれるよう動かれていらしたし、奥様は先日旦那様のご親戚にあたる侯爵家の小規模なお茶会に参加されたそうなのですが。


「お茶会に、カミラ様、オースティン公爵夫人がいらしていたの。

私は初めてお会いしたのだけれど、何か困ったことはないかと聞いてくださって、クリスのことをご相談したのよ。

とても話しやすい方だったから、クリスの服装や性格、勉学や剣術のことをも包み隠さず色々お伝えして。その場では、『夫にも相談してみるわ』と仰っただけだったの。だから、てっきり伝手の話かと。まさか───」


たしかにそれだと、まさか息子本人を望んでいるとは思われてはいないでしょう。

周りにも、公爵夫人ご本人も。

それに、奥様は、野心というものが全くありません。

その上で、はしはしに聡明さが見られるお方です。

カミラ様、とお呼びになることを許されていることから、その場で気に入られたのでしょう。


「私は、今日、宰相閣下直々にお声掛けいただき、クリスの婚約者を探しているのは事実かと確認を取られたんだ。その後、クリスの人となりが間違いないかを聞かれ。服装や容姿、性格だけでなく、経営学や語学、剣術についても確認を取られたので、間違いないことをお伝えすると、『会うだけでいい、とにかく会って食事をするだけで構わないから』と、強く懇願されて、この手紙を渡されたんだ」


「時間と店をご指定されていますね。どちらの家でもなく、外の。それもランチ時にご本人同士だけというのは、少々珍しいのでは?」

「ああ、あまり聞いたことがない」


通常縁談の申し込みをされる場合、都合を伺い、家に招かれることが多いのです。

双方の領地の場所や家柄によっては、王宮の一室や格式高いレストランの一室を貸し切ることもあるかもしれませんが、これを見る限り貸切でもございません。

確かに、貴族御用達であるレストランではあります。

ですが、格式を聞かれたら、上級貴族が使うレストランではあるものの、カジュアル寄りです。


それにクリス様の服装にも『普段の格好でいつも通りに』とあります。

つまり、男装で来い、地を出せ、ということでしょう。


「これは、正式なご縁談とはほど遠いいですね」

「ああ、そうなんだよ」


「ですが、旦那様が下に見られているわけでも、奥様を試されているわけでもないと私は思います」

「「………」」


まあ、疑問にも持たれるでしょうが……。

ですが、旦那様は派閥だとかには属しておらず、その上真面目であられます。

ご家庭に関しては少し頼りない部分もおありですが、仕事はとてもできる方です。

前奥様があのように癇癪持ちで領地にこもられていらしても、浮いた話は一度もありませんでした。


幸い今、辺境伯夫人となられたフィオリーナ様がまだいらっしゃいます。

クリス様曰く、『私はモブ中のモブ。真のヒロインは姉上だ』と仰っていました。

学生時代に騎士団長のご子息と婚約を結ばれ、卒業式で婚約破棄を言い渡され、辺境伯へと嫁いでいったフィオリーナ様は、それはもう、笑顔で、意気揚々と嫁がれていかれました。

辺境伯閣下がたじたじになるほどの。

傍から見ると、美女と野獣……いえ、とても口にはできませんが。


クリス様が『姉上は、好みドンピシャの男を捕まえて結婚出来たんだから、ハッピーエンドだな。ゲームとは違うけどさ』と口にされていましたし、すぐにお子様にも恵まれたので、お幸せに暮らしておいででしょう。

辺境の話を楽しそうにクリス様とされておいででした。


「ブルーノ様と同期でいらっしゃいましたから、フィオリーナ様に少し伺ってみては?今、辺境伯のご夫人として幸せにされておいでですし、学生時代のお話を伺っても大丈夫だと思いますよ。

オースティン公爵夫人とも、直接お話になったことがおありかと」

「そう、だな……断れない以上、話を聞いておくか。フィオリーナもあれで地は私よりよっぽど逞しいからな。

リーヴァイも一緒に聞いてくれ。何かあった時、クリスをその場でフォローできるのは君しかいないのだから」


「畏まりました」



◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇ 



「これは、逃げられないわね……」


フィオリーナ様は、公爵様から寄こされた手紙に目を通された後、呆れ声混じりに呟かれ、その手紙をピンッと指で弾かれました。

そんなフィオリーナ様のご様子を見て、旦那様と奥様はふたりとも真剣な面持ちで一度頷かれ、旦那様が恐る恐るという面持ちで口を開かれました。


「その───どう思う?フィオリーナ」

「お父様も、色々と宮廷でクリスの縁談についてはお話しされたのよね?」

「ああ、勿論だとも。文官長殿と、それから文官長殿が懇意にされているという第二騎士団の副団長殿にお声をかけていただき、その足で魔法省にも顔を出したくらいだからね。私としては頑張ったと思うんだが」

「けれど、来たのはこれ一通なのね?」

「……そうなるね」


なんと、旦那様は随分と手広くお話を持ち掛けていらっしゃいました。

旦那様は、仕事にも家庭にも誠実であられますから、周りに好かれていらっしゃることは耳にしておりましたが。


今までは、本当にクリス様のしたいようにされておいでだったのでしょう。

あのような……前奥様が企てられた事件があったからこそ、今後のクリス様についてはとても慎重であったに違いありません。

今まで苦労を掛けてしまった、望むものは何でも叶えてやりたい、と。

だからこそ、淑女教育は最低限の、表向き体裁が整えられる程でお許しになり、クリス様が望まれている勉学や剣術には良い講師を、それこそご自身の後継者を育てるほどの教育を注がれておいででした。

ドレスや宝石を一切欲しがらないクリス様ですが、上のお嬢様方と同等の、もしくはそれ以上のものをかけられているのです。


「で、お母様はカミラ様にクリスの婚約者を探していることを相談されたのね?」

「ええ」

「クリスのなりと性格とその他諸々包み隠さずに正直に」

「そうよ」

「クリスの良いところを」

「あの子はとてもいい子だわ、そうでしょう?」

「…そうね」


フィオリーナ様が嬉しそうに頷くのは、奥様が本心から仰っているのがわかるからであられましょう。

フィオリーナ様もまたクリス様を可愛がっておいでですが、奥様ほど『とてもいい子』と純粋に言葉にされるのは難しいかもしれません。

それは、単に、フィオリーナ様のご性格とも言えますが。


「なら、尚更カミラ様が采配されてるわね。これ、ブルーノ様の了承すら得てないと思うの」

「え?」

「ブルーノ様は女性嫌いと有名だし、今だにご結婚どころかご婚約もされていないから、裏では同性愛者なのではとお噂になるほど。

だから、お父様もお母様も心配されて当然だと思うわ。

それに、こんな……正式の縁談に使うような仰々しい手紙のわりに、中身はとてもそうとは言い難いような内容だもの。

こちらが断れないのを知っていて、時間と場所を指定して呼びだしているあたり、何か裏があるんじゃないかと穿ってしまってる、そうでしょう?」

「ああ……そうだ。リーヴァイは、そうではないと感じるらしいが、どうしても、ね」

「あの宰相閣下から寄こされたんじゃ仕方ないわ。

でもね、ブルーノ様が学生のころと未だに同じであれば、クリスならもしかしたら良いご縁になるんじゃないかしらって思うのよ。

ブルーノ様は、正しくいうと、女性嫌いとは少し違うの。

カミラ様と宰相閣下のいいとこどりをしたあの見た目でしょう?

あの美しさは異常よ。彼と偶然目が合っただけで倒れたり、少し生徒会の業務で必要事項を確認されただけで本気になって、婚約者と別れたりした女生徒たちがいたのよ」


美しさで右を出さないフィオリーナ様が美しさを語られるのもいかがなものかと思いますが、だからこそ説得力があるのは事実。

旦那様と奥様の表情が、驚いたものに変わられました。


「それに、婚約者がいないのは事実としても、候補はいたのよ、数人。だってそうでしょう?殿下のお傍にいらっしゃるのだもの。

殿下に見初められずとも、その次は、と考える家もあれば、殿下が決められる前に早く、と焦っていた家もあるでしょう。

あの頃、殿下もはっきりと決めていらっしゃらなかったからこそ、まだ彼の周りは落ち着いていたのかもしれない。

殿下はお優しい方だから、ブルーノ様を思ってそうされていた、私はそう感じてるわ。

それに……あのお馬鹿さんの言った通りであれば、ブルーノ様は幼い頃に数回メイドに襲われかけて、高等部に上がられてすぐの頃は、お茶会で媚薬を盛られたり、断った腹いせに毒を盛られかけたこともあるそうなの」

「それは……」

「怖いわね」


お馬鹿さん、というのは、騎士団長のご子息、学生時代のフィオリーナ様のご婚約者にございましょう。

彼もまた、当初は殿下と近しいところにいらっしゃいました。

そこに触れることも憚れるほどの、胸が痛められるお話です。


「それで、女生徒と話をするだけで吐き気がするんですって。当時、カミラ様も閣下も、責任を感じていらしたようなのね。

だから、無理強いは出来ない。でも内心は焦りがあるはずよ?

王太子殿下もご結婚されてから一年半。

陛下は、諸外国との関係を更に強固なものにされてから殿下に譲り受けたいと仰っていると、ライラ───王太子妃殿下から聞いたことがあるわ」


「再来月末、第三国会議がこの国で開かれるが……」

「隣国は陛下だけでなく、王太子殿下と、さらに第五王女殿下が初めて来訪されるのでは、と噂になっているの。第五王女は現在19歳、全てにおいて自由奔放なお方でかなりの癇癪持ちよ。自国ではお相手がいないのよ」

「「………」」

「焦るでしょう?ブルーノ様ご本人も、殿下からは色々ご忠告を受けていたんじゃないかしら?」


確かに、王命では覆すことが出来ませんから、決まってしまったら嫌とはいえない状況にあられます。

しかし、地辺境伯夫人となられたのに、中央の噂に敏感でいらっしゃることか。

さすが、フィオリーナ様であられます。


「下賜される相手には最適だな」

「……そうね」


「宰相閣下もそうとう頭を悩ませているはずよ?宰相閣下はカミラ様には頭があがらないもの。陛下とカミラ様との板挟みになっていらっしゃるんじゃないかしら?

そんな時に、クリスの話が上がった。

政治経済と語学に明るく、剣術まで身につけた、見た目は若かりし頃のメイシー伯似の美少年、でも中身は正真正銘の女性で、伯爵令嬢。

おまけに性格は素直で情に厚く、おおらかな気質で多少のことには動じない。

生い立ちにおいては不憫なことがあったとしても、本人に非は一つもない。

身分的にも派閥的にも問題がない───ね?もう、クリスしかいないって思っても不思議じゃないでしょう?

だから、この手紙の内容と、先ほど宰相閣下がお父様に告げてきた状況を聞いた上で出す私の答えは、『カミラ様が全て采配された』そう思うわ」


「時間も店も、カミラ様がお決めになられた、と?」

「ええ。それに、お父様がそれだけ話を広げたのに、この手紙以外に縁談の申し込みがないこと自体、おかしなことなのよ」


確かに、フィオリーナ様の仰る通りです。

クリス様がいかに見た目が美少年であろうとも、です。

伯爵令嬢であり、美しいには違いありません。

人の好みは千差万別、クリス様もまた、とても魅力的な方でいらっしゃいます。

旦那様も魅力的な方ですから、その申し出であればお受けになる家は複数あっても不思議なことではありません。

旦那様も、ご自身の魅力に疎い方でいらっしゃるのですが。

公爵家であれば、相手に伝わる前に、裏で全てなかったことにすることも事前に出来るはずです。


「このお店、中々良いお店よ?カジュアル寄りで堅苦しくなくて。十中八九、貸切にされてるわ。表向きは貸切と見られないように」

「なるほど」


オープンなお店であっても、その日その時間、店に協力を求めれば、客を制限されるのは公爵家となればたやすいこと。

客を知り合いで全員固めてしまうのも、容易なことでしょう。


「だから、宰相閣下の言う通り、普段の男装のままクリスに向かわせるのが良いと思うわ。

あの子なら、断れない状況下で嫌とは言わないでしょうし、案外好みのタイプなんじゃないかしら?」

「クリスの好みのタイプがわかるのか?」

「『美しいと可愛いは正義』って言っていたわ」

「………」


まあ、今のクリス様は、そうとう面食いではあると思われます。

それに、美男美女に囲まれて育ったクリス様は、転生という別の記憶を持たれたとしても、美に対してかなりの耐性があります。

ブルーノ様の出方次第でありますが、案外うまくいくのではないか、そんな風にも……。

いえ、もう、すでに公爵家から外堀が埋められていて、上手くいく以外の道が絶たれているようにも思われますがね。

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