第2話 クリス様、修道院に行く?!
「あー……じゃあもう、修道院に行くか!」
突然、唐突に、クリス様が立ち上がり決心したように言葉を発せられました。
あれからすくすくとご成長し、淑女教育もなんとか身につけられたクリス様は、御年17歳。
身長も手足もすらりと伸び、男装姿は相変わらずですが、ますます魅力的にご成長されました。
家の中では喜怒哀楽を素直に出されるクリス様は、より愛される存在となりました。
旦那様も後妻に入られた新しい奥様も、クリス様をとても可愛がられておいでです。
時に領地経営について旦那様のご相談にのられることもありますし、先日はその語学力をかわれて、旦那様のお隣で通訳をまかされることもありました。
お傍で二年間にわたり、その才にも歓心しておりました。
……今、幻聴が聞こえた気がしましたが。
「はい?」
「だから、修道院。どこの修道院が良いかなー。なあ、レヴ、どこが良いと思う?」
「……本気で仰っているのですか?」
「え?もちろん」
冗談かと思いましたが、あっけらかんと答えるクリス様は……これは、本気の様です。
「っ……少々お待ちくださいませ」
「ん、よろしくな」
これは一大事です。
よろしくな、ではありません。
修道院を選別するためにご前を離れたわけではありませんよ、私は。
修道院……修道院ですか?
そのようなところにクリス様を行かせるわけにはいきません。
かろうじて走っていない足取りで旦那様のお部屋を訪れますと、旦那様は奥様とお茶をされておいででした。
お邪魔して大変申し訳ありませんが、一大事でございます。
「慌ててどうした?リーヴァイ、君らしくな……っクリスに、何かあったのか?」
「旦那様。クリス様が修道院を考えておいでです」
「冗談では───」
「なく、わりと、いえ、かなり、本気のご様子で」
「っなあ゛!?」
「っ駄目よ!そんなこと!」
「一体、何故───……何故だ、クリス!っ……いや、それは駄目だ。駄目だろう!」
「ええ、あってはなりませんわ」
「っすぐに向かう。リーヴァイ、先に行って、とにかく早まらないように説得してくれ」
奥様も旦那様も大慌てです。
もちろん、話を聞いた使用人までもが。
一体どうしてそのような決断になったのか、本当に、本当にわかりません。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「旦那様、お呼びと聞き───」
「リーヴァイ、聞いておきたいことがある」
家中でクリス様の修道院行を反対し、なんとか修道院に行くことを諦めてくださった、その夜のこと。
旦那様に呼びだされて伺うと、疲れ切った表情を隠すことなく、頭を抱えながら尋ねて来られました。
「クリスは、その───まさかと思うが、恋愛対象が女性だと言うことは?」
「いいえ、旦那様。クリス様の恋愛対象は男性です。初恋も存じていますし、女性に欲情したことはない、と仰っていました」
「そ、そうか」
そこで、心底ほっとしたように呟いた旦那様ですが、質問はまだまだ続きます。
「修道院に行くと言い出したのは、なぜだと思う?」
「アルフレッド様がお生れになったので、いつまでも家にいるわけにはいかないと思われたのでしょう。
平日は学園、週末は領地へと行き来されていらっしゃいますが、本当にこのままでいいのかと悩まれておいででした」
「だからといって、なぜ修道院なんだ?」
本当に、本当に旦那様の仰る通りでございます。
新しい奥様、レベッカ様との間にお生れになったのは、アルフレッド様、メイシー伯爵家のご長男です。
クリス様もとても可愛がっておられます。
それは、本心からでいらしたし、お会いになるたび『可愛いなー』『元気だなー』など笑顔を見せておいででした。
勿論、ご自分のお部屋に戻られても、奥様やアルフレッド様に対する悪口を吐かれたことは一度とてございません。
デレデレなご様子までもが、旦那様ととても良く似ておいでです。
それほどに、愛情を示されていらっしゃいます。
「私の結婚が早かっただろうか……」
旦那様が重いため息を吐かれると同時に、懺悔ともとれる声色で仰いました。
確かに、前奥様が亡くなった後、きっちり一年後に迎い入れられたので、早いともとれるかもしれません。
伯爵以上の貴族に、結婚の義務があろうとも、です。
ですが、ご結婚を真っ先に喜ばれたのは、クリス様でいらっしゃいました。
「いいえ、旦那様。クリス様は心からアルフレッド様のご誕生を喜んでいらっしゃいましたよ。
とても可愛がっておいでですし、奥様に対してもご結婚時に一番理解をしめされていたではありませんか」
「そうだったな」
「クリス様は奥様をご自身の母と認めていらっしゃいます、心から」
「ああ……そうだ、そうだった。───すまない」
「いいえ」
後妻に入られた奥様は、子爵家の出であり、旦那様より一回り以上若い方でいらした為、上のお嬢様方や屋敷の一部の者たちは思うことがあったのでしょう。
ですが、クリス様だけは違いました。
心から歓迎していらっしゃいましたし、ありのままを受け入れながらも母親として正すところは正す、そんな奥様に感謝されていました。
『血は繋がらずとも、ちゃんと私の母様だ』と照れたように笑ったクリス様は、血の繋がりのあった前奥様には一度も見せたことのない姿でした。
その言葉に、奥様と旦那様が涙して喜ばれたのは、よくよく覚えております。
奥様のことを、母上ではなく、母様と呼ばれるクリス様は、前奥様よりもずっと親子の様に私には見えます。
使用人の中には、未だに奥様とアルフレッド様に対して思う者もおります。
アルフレッド様は、栗毛に栗色の瞳で、可愛らしいお顔立ちをしていらっしゃり、奥様によく似ておいでです。
クリス様のご成長を見守ってきた者たちだからこそ、かもしれません。
かくなる私も、多少思うこともございます。
クリス様が男性だったら、とまでは思いませんが、『領主になれはしないのか』とは思うのです。
ですが、クリス様ご自身が、それを望んではおられません。
何かあったときの代行はできても、次期当主は、アルフレッド様が相応しい、そう思っておいでです。
「ご結婚を、されたくないわけではないと思われます。
それに、クリス様ご自身が、『次期当主は、アルフレッドだ。私じゃない。これは決定事項だ』とはっきりおっしゃいました」
「そうか」
「クリス様はご自身の魅力に気がついていらっしゃいません」
「うーん……親の欲目だけでなく、美人ではあると思うんだが、十分に」
「はい。ですが、旦那様とよく似ておいでですから、クリス様ご自身が『女性としての魅力がない』そう思い込んでおいでです」
上のお二方は、見た目は前奥様にとてもよく似ていらっしゃいます。
女性らしく可愛らしく華やいだお顔立ちと体系をされていることも原因でしょう。
私の目の前で自分の胸に手を当てて、『大きくなるにはどうしたらいいのか?揉んだら大きくなるのは本当か』とわりと真剣に悩んでおられもしましたね。
旦那様には、とてもお伝え出来はしませんが。
「クリス様は何においても優秀ですし、決闘をお受けになり秒で勝利を収めたのは学園中で有名です。同年代のご子息とのご縁は、厳しいかもしれません」
「まあ、17では婚約していない者の方が少ないだろうね」
「それと、クリス様は外では完璧にこなすことも可能ですが、持続しません。
そのままを受け入れてくださるような、あるいは、ある程度自由でいられるような環境をお許しになる方が良いかと」
「とはいえ、なんの落ち度もないのだ。親としては、望まぬ白い婚や後妻にやるようなことはしたくない。
それに、勉学や剣術も本人が望んでいる以上、取り上げることはしたくないのだよ」
「そうですね……宮廷勤めに普段お忙しく今まで結婚にご縁が無かった年上の方か、研究気質な方……あるいは、裕福な商人の方でも良いかと」
「なるほど」
クリス様は三女であられますから、上のお嬢様方が貴族とのご縁を結ばれた以上、多少なりとも融通が利きます。
裕福な商人であれば、貴族との後ろ盾や縁が欲しい方もいるはずです。
経営学や語学に秀でたクリス様を、そのまま受け入れてくれる方がいるかもしれません。
ただ、商人との関りは、メイシー伯爵家では縁が薄い。
子爵の出である、奥様の伝手の方がおありかもしれません。
「私の仕事場と娘たちの嫁ぎ先と……それにベッキーもアルフレッドが幼いために茶会の誘いを断ってはいたが、クリスためにも一肌脱ぐと言っていた。良い縁があると良いのだが」
旦那様がいつになく弱気でいらっしゃいますが。
あまり呑気なことも言ってはいられません。
「なければ、クリス様は修道院になんのためらいもなく行かれてしまいますね」
「っ……『良い嫁ぎ先を考えるから、もう少しだけ待ちなさい』と言ったのは私だ。リーヴァイ、早まらないよう頼んだぞ。昔の様に見守るだけはしない。
私もちゃんと動くから」
「畏まりました」




