Ep.76 あちら側で会おう
◇不死魍魎大墳墓アンモルグア———最深部
【不死魍魎大墳墓アンモルグア】の最深層には、陰鬱な空気とは対照的な、システム的な光の明滅が絶え間なく続いていた。
そこに熱量はない。あるのは効率と数字だけを追い求める、作業じみた殺戮の光景だけ。
「おいタンク、ヘイト漏らすなよ。こっちにタゲ向いたら即蒸発するんだわ」
「うるせえ! このボスのアルゴリズムがクソなんだよ。挙動がランダムすぎて固定しきれん」
「言い訳乙。お前の仕事は俺らが死なないようにサンドバッグになることだろ」
殺伐としたチャットのような会話を交わしながら、プレイヤーたちは淡々とスキルを回し続ける。
彼らのHPバーは常に乱高下を繰り返している。その原因は、MPの代わりにHPをリソースとして消費するパッシブスキルの影響だ。
自らの生命力を削り、高威力のスキルを放つ。減った分は即座に回復魔法で埋める。
その一連の流れは完全にルーチン化されており、世間ではこの動きを“HPループビルド”と呼んでいる。
「範囲するから避けてーっ!」
そう言い出すのは、まるでメイドのような格好をしたプレイヤー……ミカエル。
彼女が投げたのはオムライス。そして、彼女は料理人系統の職業のプレイヤーであった。
そして、料理人系統のプレイヤーが、自身の作成した料理を敵に投げることは……即ち攻撃ということに他ならない。
オムライスが着弾し、大爆発が引き起こる。オムライスは他の食べ物と比べて爆発の火力、範囲が共に広く……そして簡単に作れるし材料も安い。
現環境は大まかに2つのビルド……即ち雑に強い料理人系統と、ミスすれば即死しかねないが、攻撃の安定感と火力が保てるHPループが支配している。
もはや序盤の火魔法最強議論など消え去った。MP消費が軽いわりに火力が高い……そんなものでは着いていけない世界がそこにはあった。
まず、シンプルに火魔法(合成・コマンドなし)よりも食べ物を投げて爆破した方が火力が高いし範囲が広い。
そして、HPループにおいて使いたい魔法は回復魔法に他ならない。それ以外を使うのに脳のリソースを割くのは無駄でしかない……
そんな環境の答えとなるメンツが今、ここには集まっている。
前衛のプレイヤーたち……いや、もはや後衛など存在しないのですべてのプレイヤーたちが、一斉に赤いエフェクトを全身から沸き立たせた。
赤いエフェクトは『直接的な傷はないが、ダメージを受けた』ということを示しており、つまりは全員がスキルか魔法を発動しようとしていることが分かる。
彼らのHPバーは即座に真っ赤に変わる。しかし、すぐさま頭上から光が降り注ぎ———全快。
〔セイント・ハイ・ヒール〕の光だ。
一瞬で満タンに戻るHP。
一見、操作ミスが死に直結する綱渡りだが……彼らの表情に焦りはない。
眼前に位置する、巨人のようなエリアボスがその腕を振り下ろす。
当たればほぼ一撃死であろうその攻撃は、しかし彼らにとっては遅すぎた。
「モーションでかすぎ。これ当たるとかありえんの?」
「あっ当たっちゃったぁ! 〔セイント・ハイ・ヒール〕」
「はいはい無敵合わせ余裕。判定ガバガバだなこのボス」
双剣使いがHPを支払って【幻影歩法】を発動し、斧の軌道をすり抜ける。
攻撃判定が消失した瞬間、彼は無防備なボスの背後に回り込み、即座にスキル名を口にする。
「【ダーク・アクセラレーション】、からの【キリング・ドロー】」
黒雷のエフェクト、そして認知外からなら6倍のダメージを与える攻撃スキルによる攻撃が、ボスの背後から叩き込まれる。
ダメージエフェクトが視界を埋め尽くすが、誰も歓声を上げたりはしない。
彼らにとって、これはアメリカサーバーで開催される大規模イベントに向けた……単なる素材回収と経験値稼ぎの周回作業に過ぎないからだ。
「ミリピィ! 出番!」
「〔超過・超暴走・複写・ロック・ブラスト〕……〔超過・超暴走・複写・ジオクラフト〕」
このメンバーの中でただ1人の魔法職である、ミリピィという名の女性プレイヤーは……どこかよく分からない場所に視線を向けながら杖を振るった。
彼女の視界にはボス戦の状況よりも大きく、虚空に展開されたブラウザウィンドウが表示されている。
「|ボストンのホテル《〔超過・セイント・ヒール〕》、マジで高いな。足元見すぎでしょ」
彼女の杖から白いエフェクトが発生し、ボスの目元で光が弾ける。
同時に、彼女の脳内では高速でブラウジングが行われ———現地の宿泊予約サイトを巡回していた。
彼女はどこか呆けたような表情ながらも、正確無比なタイミングで攻撃魔法と回復魔法を完璧に起動している。
「お、このホテルなら会場に近いか。でもレビュー最悪だな……〔超過・複写・ビッグ・ボム〕」
「才能ある魔法使いは楽しそうでいいねぇ……」
ボスの周囲で大量の爆発が引き起こされる。
先程は魔法職なんて環境に居ないかのように説明したが、実際は少し違う。
魔法の研究が進むにつれ、プレイヤーたちが理解したことがある。
それは———魔法使いは演算能力が無いと弱い、ということだ。
「ミリピィ、お前またよそ見してんだろ。動きが機械的すぎる」
「は? ちゃんとトップDPS維持してるでしょ。文句言わないでよ。こっちはアレティ・レーヴァ海外ライブツアーの宿泊先選びで忙しいの……〔超過・複写・メガロック・ブラスト〕」
彼女が詠唱破棄で放った岩塊がトドメとなり、巨躯のボスが崩れ落ちた。
断末魔と共にポリゴンが飛散し、ファンファーレが鳴り響く。
だが、プレイヤーたちの反応は冷ややかだった。
「はいおつー……ドロップしょっぱ!」
「夢島アカリは俺を狙い撃ちでドロップ率を下げているに違いないなァ……」
「ま、経験値効率は悪くないし次行くぞ。廃人どもに追いつくまであと少しかかるし、急ぎ目でよろ」
アメリカサーバーでのイベントまで、もう時間がない。
彼らが次の周回へ向けて移動を開始しようとしたその時、ミリピィの脳内で……システム音声が無機質に響き渡った。
「あ、こっちの方が良さそ———何これ?」
「どうした、ミリピィさん?」
「うごご……なんかオリスキ取れたわ。ラッキー」
「おうおうおう、才能ある奴はいいですねぇ!? あぁん!?」
彼女はすぐさま、獲得したオリジンスキルの詳細を確認する。
名前は【マルチルス・セッション】
効果は……サブアカウント機能の限定解放。
「……? な、何言ってんのお前?」
「いや、でもそう書いてあるんだって。メインアバターとの完全な並列操作を可能とし、同一パーティへの編成も許可される……とか」
「いや、このゲームサブ垢規約違反じゃ……」
「でも“※このスキルによって作成されたサブキャラクターは複数アカウント所持禁止の規約に該当しません”って書いてあるよ」
おそらく、常にブラウザでネットサーフィンをしながら戦闘していたために芽生えたスキル……なんだろう、おそらく。そうミリピィは考える。
「マジで引くわ。お前の脳みそどうなってんの」
「キモいキモい。ネット中毒もここまでくると才能だな」
「荷物持ち用のサブキャラで素材集めさせながら、メインで前線張れる……効率二倍……神……!」
彼女は当然のようにそう言い放つと、早速サブアカウントのログイン処理を開始する。
「おーい、はよ行くぞー! リミットスキルをはよ獲得したいって言ってたのは誰だったかなー!?」
「「「「ういー」」」」
彼らは再び無機質な表情で武器を構える。
そして、事務的なボス狩りは再開した。
「おー、なるほどこういう感覚……あ、今始めたらジマリハ平原ってこんな感じなんだ……」
……奇人を1人連れて。
極々一部の人にしか伝わらないネタが混入しているらしい




