Ep.21 誤植がいっぱいあるタイプの専門書みたいな前書き
◇はじまりの街 オーヴァ
場面ははじまりの街オーヴァへと変わり、視点もアステリアから一般のプレイヤーへと一時的に移り変わる。ついでに時間も少し巻き戻る。
アステリアは化け物と対峙していたが、こちらもこちらで面白い出来事があった。
ここに集まっているのは、いわゆる“検証勢”たちだ。彼ら彼女らは、とある実験を行なっていた。それは———
「あー、これで全員集まった? じゃあ魔法実験始めましょう。今回のテーマは合成魔法です」
検証勢を率いるプレイヤー……名前を“ヨミタクスゼイアン”とする彼女は、20人程度のプレイヤーに対して声をかけた。
「最近、“NEXUS”のクランリーダーであるラピスさんが発見したのですが……どうやら魔法は、タイミングを合わせて放つことによって混ざり合い、“合成魔法”という形で出力されることがあるそうです」
ヨミタクスゼイアンはそう説明し、脳内に簡単な火属性魔法……〔ファイアー・ボール〕の魔法陣を描く。
「じゃあとりあえず実演しましょうか。えーっと……大天才さん、こっちに来てください」
「あ、私ですか?」
「なんか名前的に一番上手くやれそうだったので」
大天才という、白衣を身に纏うプレイヤーが前へと出る。彼は起源帝国のクランメンバーだが、同時にこういった検証勢との関係もあるのだ。
「ここに目印を付けました。この場所にA-00魔法陣のファイアー・ボールを、私とまったく同じタイミングで撃ってください」
「タイミングの合わせ方は?」
「ゲーム内の時計を参照し、13時23分ちょうどに合わせましょう。あと5秒、4、3、2……」
「「〔ファイアー・ボール〕」」
そうして放たれた〔ファイアー・ボール〕は、平均的なプレイヤーの放つもののおよそ3倍程度の威力、そして範囲だった。
「と、まぁこれが合成魔法です。理論上プレイヤー1人で起こせはしますし、なんなら2つ以上も合成できそうではありますが……それをやるにはスキルの補助が欲しいですね」
ヨミタクスゼイアンは話を続ける。
「で、今回やりたいのは“合成魔法は同一の魔法同士でないと合成できないのか”の検証です。同一魔法限定だったら『合成魔法』という名前には少し違和感があるので、今回の検証をしてみようという話になりました」
「まぁ確かに光と闇とかはありそうですよね」
「火と土で隕石とか行けんじゃね?」
「とりあえず火と水の基本魔法からじゃないですか?」
ヨミタクスゼイアンは腕を組み、集まった検証勢を見渡した。
「じゃあとりあえず、火と水……ファイアー・ボールとアクア・スプラッシュで行きましょう。さっきはすぐに成功しましたが、本来これは結構シビアです。なので、一旦適当に2人づつのペアに別れて……13時25分ちょうどにやってみましょう。魔法陣はどちらもA-00形式です」
検証勢たちは各自、指定された魔法の準備を始めた。緊張と期待が入り混じった空気が流れる。
「じゃあ行きますよ。5、4、3、2……」
どういった魔法同士なら、魔法の合成が起きるのか……その検証はおよそ1時間続いた。
◇
検証勢たちは、次なる実験へと移行していた。次なる実験……それは、3を超える魔法の合成だ。
「次は『最大同時合成魔法数はいくつなのか』を検証します。一応3人での成功報告があるので、これについて私たちで検証します。使う魔法は規模も考慮してアクア・スプラッシュに限定、魔法陣は同じようにA-00形式です」
検証はまだまだ続く。そして、合成する魔法の数を4、5、6、7……そして8、9へと増やしていく。
気づけば、時間は夜へと移り変わっていた。ゲーム内では48時間が1日と定義されており、そのせいで周囲はまだ明るいが、今の時刻は午後9時……21時を回っている。
途中からは検証メンバーも増えていき、途中参加した野次馬も含めるとおよそ50人程度が合成魔法の検証を行なっていた。
普段は使うことができない規模の魔法を使えた、というのがその理由としては大きいだろう。
なんせ2つの魔法を合成すると威力や範囲がおよそ3倍、3つだとさらにその3倍……そんなレベルで規模が上がっていくのだ。普段とはレベルが違い過ぎる。
7つの魔法を合成し始めたあたりからは、1回にかける時間も増えていった。
最終的に、9つの魔法を合成するのにはおよそ1時間程度集中しなければならなかった。
途中で魔法が暴走し、周囲のプレイヤーが全員リスポーンするはめになったことも一度や二度ではない。
だが、ここにいる全員がそれを楽しんでいた。楽しんで検証していたからこそこんなにも長時間、大気中の莫大な魔力を消費しての検証ができた。
「はい、じゃあそろそろ終わりましょうか。そこの班が合成した魔法を観察したら解散とします」
ヨミタクスゼイアンの前には、9人のプレイヤーが円状に並び、その中心に向けて手を出し集中している光景が映っていた。
そして、そろそろ彼らが始めてから1時間程度が経った。9つ合成した〔浄化〕はどのような効果を発揮するのか……それを確認するため、ステータスと睨めっこしながら彼女は待機する。
「……?」
そこで、異変に気づいた。
「あの、皆さん。視界が少し明るいように感じるのですが、これは私だけでしょうか?」
彼女は既に検証を終えたメンバーに話しかける。
「あー……確かになんかちょっと白っぽいような……?」
「視界スクショ確認したんですけど、明らかに白っぽくなってますね」
「なんか起きてる……?」
視界に気を向けると、どうやら更に白く……いや、薄緑っぽくなっていくことが分かる。
「なんだこれ……?」
「イベントの予兆かなんかじゃねーかな。もしくはユニークモンスターが湧く時の演出とか?」
「なんかどんどん視界が白く……」
ヨミタクスゼイアンは、このメンバーの中でいち早く気づいた。
これは……いわゆる“教科書”のまえがき部分にひっそりと書いてあった『魔の災害』だ。多分、おそらく。
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これは,魔法の源流をたどり,その真髄を理解せんとする探求者たちのための書である.
我々が“魔法”と呼ぶこの現象は,この世界に満ちる魔力を観測し,干渉し,そして再構成することで発現する.
魔力とは,生命を育み,世界を形作る根源的なエネルギーであり,あらゆる場所に偏在している.
しかし,その力は両刃の剣である.
魔術師たちは,大気中の魔力を巧みに操り、目的に応じた魔法を発動させる.
だが,その過程で,過剰に魔力を消費したり,複数の魔力を同時に扱うことによって,意図しない現象が引き起こされる場合がある.
これは,魔力の秩序が崩壊し,混沌とした状態に陥るためだ.
古くから伝えられる警句がある.
「魔は、その秩序が乱れたとき,災害となる」———それは,魔力という巨大な力の均衡が失われた時に起きる,世界規模の異変を指す.
大気中の魔力が特定の場所に過剰に集中したり,逆に特定の場所から急激に失われたりすると,それは連鎖的な崩壊を引き起こし,やがては世界の物理法則すら歪める大災害へと発展する.
我々魔術師は,この偉大な力を享受する代償として,その危険性を深く理解し,常に自らを律する必要がある.
この書が,読者の探求に資すると同時に,その危険性を忘れることのないよう,心に留める助けとなることを願う.
———『冒険者のための魔導の基礎』より引用
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「あの無駄に長いし説教くさい前書き、本当に警告だったの……?」
誰もが『こんなところのリアリティにこだわってんじゃねぇよ』と思い、アステリアも『誤植がいっぱいあるタイプの専門書みたいな前書きだなぁ……』としか思わなかった部分が、実は本当に大事だったことに彼女は気づいた。
つまり、この文章は『大規模な魔法を使いすぎたらヤバいこと起きるから注意しろよ』ということを示していたのだ。もっと簡潔に書け、ヨミタクスゼイアンは心の中でそう思った。
「全員、魔法を止めて!」
だが、誰も応じない。それもそうだ、ここまでに1時間も掛けたのだから……あとちょっとで終わるというのに、ここで止めるのは勿体ない。
全員、まるで金を費やしたソシャゲを辞められないかの如く……魔力を脳内の魔法陣に注ぎ続けていた。コンコルド効果というやつだ。
「なんかあそこ変な光り方してますけど……大丈夫っすか、これ」
「俺はひと足先に避難させてもらう……!」
「なんかこの光の雰囲気、爆発する前兆みたいな……」
光が強くなる。彼ら9人の中心には、薄ら緑色の膨大な光が集束していた。それは少しづつ縦に、上に伸びていき———
「あ」
天高く、魔力の波動が放たれた。
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『警告:魔力の大規模な暴走を検知。』
『アノマリーイベント【エーテル・ハザード】を開始します。』
『参加人数:3048』
『クリア条件:マナ活性率を0%まで低下させる。』
『マナ活性率はモンスターの撃破によって低下します。』
『現在のマナ活性率:2700%』
『これが、世界の怒り。』
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はじまりの街、オーヴァ……アステリアが化け物と対峙するのに少し遅れて、ここでも地獄が形成されようとしていた。
地獄絵図のはじまり!!!




