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筋肉筋肉あぁ筋肉、わたくし殿方の魅力は筋肉で決まると思っておりますの。

作者: ふわふわ

「あぁ、なんて素敵なのかしら…」


ほぅと熱いため息を思わずついてしまう程だ。

今、目の前では第一王子と王宮聖騎士軍の面々が模擬戦を行っている。


「おー、殿下はやはりお強いな!」


聖騎士軍統括の兄と共に訪れた訓練場で垣間見る剣技や魔法、白戦の数々。

その中でもひときわ美しい水魔法を繰り出しているのが第一王子、シャルルだ。

日の光を受けてキラキラと輝く金色の御髪、青みがかった緑の瞳はまるでエメラルドのよう。

線の細さや甘いマスクで貴婦人の間で人気が高い。


「ブリジット、君もそう思うだろう?」

「あのようなモヤシに興味はございませんわ。」

「お前なぁ…。」


兄はドンびいた顔で固まった。

今をときめく美貌の第一王子ではなく彼とは離れた位置で部下を指導するとある男性。

穴があくほど見つめても彼が視線に気づくことはない。

まだ6歳の頃、お父様に連れられて見学に来た王宮の訓練所で会って以来、私の心をつかんで離さないあのお方。


(あぁ、わたくしに気づいてくれないかしら。

なんて素敵なの!

あの方こそが理想の殿方だわ。)


熱い視線を注ぐ中、側仕えの咳払いで現実に引き戻される。


「お嬢様、殿下にモヤシとは不敬ですよ。」

「いいえ、男は筋肉が全てなのです。

アーシャご覧なさい、あの服を着たままでも分かる分厚さ。

最高ですわ~!

あぁ、あの身体、一度でいいから拝んでみたい!!

ガルシア騎士団長さま~!!!」


もはやこらえきれず手を振るとこちらを振り返り笑顔で小さく振り返してくれた。

オスカー・ガルシア(32)独身。

度重なる遠征で婚約者に愛想をつかされ、この年まで独り身であり現在にいたるまで恋人の陰もない。

精悍な顔立ちにヘーゼルの瞳、緩く癖のある茶髪を後ろでまとめている。

なんといっても数多の死線を潜り抜け、実践で鍛え上げられた筋肉!

ただ筋トレしただけではない、必要なところに必要な分だけ筋肉が盛り上がっている!

それがいいのよ!!


「その、ブリジット?

俺はガルシア騎士団長ではなく殿下に用があるんだが…、一緒にご挨拶に行かないか?」


王族に挨拶なんて面倒臭いことこの上ない。

しかし、シャルルの位置とガルシアの位置は近い。

運が良ければ彼と話せるかもしれない。

にっこりと微笑み、兄の提案を快諾した。



*。*。*。*。



「ブリジット、来てくれたんだね。

今日の装いもまるで妖精のように美しいよ。

僕の為だと嬉しいな。」


爽やかな笑顔と共に、賛辞が贈られる。

確かに今日のわたくしはいつもよりめかしこんでいると言っていい。

プラチナブロンドをスッキリと編み上げ、アフタヌーンドレスには繊細に施されたレース。

わたくしの瞳の色とリンクさせたルビーがあしらわれたネックレスに手元にはピンキーリングが光っている。

全てはガルシア様が居るからだ。

決してシャルル殿下のためではない。

どう返答したものかと困り果ててにっこりしていると、すっと手を取られた。


「母が君に会いたいと言っていてね。

今度、王宮で茶会を開くみたいなんだ。

是非来てくれないかな?」


茶会…。

王妃の茶会など面倒臭いことこの上ない。

他の貴族令嬢は来るかもしれないが、100%ガルシア騎士団長は来ないだろう。

残念そうな顔を取り繕い、取られていた手をすっと抜く。


「父に言われておりますの。

わたくしは礼儀作法に疎いから、高位貴族の集まりには出てはいけないと。

王妃様のお茶会にお招きいただくなど身に余る光栄ですが、許さないと思います…父が…。」

「そうなのかい?

とてもそんなふうには見えないが…

デイビス元帥には君の処遇について改善を求めておくよ。」


100%嘘だ。

お父様はいつでもわたくしを誇ってくださるし、お母様やお兄様も同様。

表情を曇らせた殿下にチクリと心が痛む。

そんなわたくしの心情を知ってか知らずか彼は新しい提案をしてきた。


「今度、王宮のコロシアムで御前試合があるんだ。

トーナメント戦でね。

私も出ることになってるんだよ。

是非見に来てくれると嬉しいな。」


気遣うように向けられた笑顔にアーシャは見とれている。

確かに第一王子シャルルは美しくて爽やかで優しい人だ。

貴族女性にとって優良物件であることは間違いない。


(でも筋肉が…ね…。)


魔法を得意とする彼は細マッチョであり、私の求めるゴリマッチョではない。

アイスクリームで例えるならシングル、といったところだろうか…。

騎士団長のトリプルには遠く及ばない。


「是非お伺いしたいですわ。

御前試合の観覧ならば元帥である父も許すかもしれません。」

「君からもブリジット嬢が来られるように元帥に口添えを頼む。」


シャルル殿下直々の頼まれごとに短く敬礼して答えた兄の顔はひきつっていた。 

色好い返事を聞けたからか王子は兄と側近と共に帰っていった。


「ではブリジット様、馬車を待たせておりますのでわたくしどもも帰りましょう。」

「まだよ!

まだわたくしは帰らないわ!」

「いけません!

ノア様のお顔を立てて今日はお引き取りくださいませ!」


ぐいぐいとアーシャに連れられ、どんどん訓練所から遠ざかっていく。

兄の顔を立てるとかそんなことわたくしの筋肉愛の前ではどうでもいいこと。

愛しの筋肉だるまガルシア様が遠ざかっていく…っ。

こんなに近づいたのに、一言も交わすことのないまま訓練場を後にした。



*。*。*。*。



我が伯爵家は先祖代々優良な騎士を排出してきた。

デイビスと言えば、近隣諸国にまで名が通る名門中の名門。

ゆえに父も兄も皆ムキムキだった。

だから筋肉のない男性は女性のように思えてしまう。

年頃になった今でも私の恋愛対象は筋骨隆々な殿方だった。


「今日はノアと一緒に王宮へ行ったんだろう?

どうだった?」

「えぇ、ガルシア様を間近で拝見できてとても有益な時を過ごせましたわ。」


夕食は一家団欒で過ごすことが多い我が家では自然と登城した時の話となった。

兄は苦笑いしながら、王宮での私の様子を語り出す。

徐々に眉を潜め出す母を見て、わたくしは慌てて話題を変えた。


「今度、王宮でトーナメント形式の御前試合があるのでしょう?

お父様も出るのですか?」

「もちろん私も出る。

今年は総当たり戦だから、時間がかかるだろうがな。」

「まぁ、見ごたえがありますね。」

「ブリジットも見に来なさい。

優勝者は国王直々になんでも望みを叶えて貰えるから、皆気合い充分だぞ!」


なんでも…?

それはなんて魅力的な話だろう。

今はもう軍総帥として現場に出ることはなくなった父までが参加する試合。

気迫溢れる強者たちの闘いだ。

これぞまさしく筋肉の祭典!!

しかとこの目に焼き付けておかないと!


「…あの、シャルル殿下に見に来てほしいと言われておりますの。

行ってもよろしいですか?」

「ああ、殿下が!

いいぞ、来なさい来なさい!」


殿下の名前を聞いて相好をくずした父と母。

その後の夕食は御前試合のことで会話が弾み楽しく過ぎ去っていった。




そして当日ーーー。


まさかのぎっくり腰に倒れた父は母に付き添われ病床の人となっていた。


「お父様、大丈夫ですか?!」

「あぁ、ブリジットお前に勇姿を見せたかったんだがなぁ…。」

「ただのぎっくり腰よ。

安静にしていれば治ります。」


この後、お医者様が来る手はずとなっているらしい。

トーナメントに出場する兄は早々に屋敷を出てしまった。


「…あの、お父様お願いがございます。」

「なんだ、ブリジット?」

「わたくしも…

わたくしも、トーナメントに出とうございます!」

「はぁーー?!」

「お父様が出られないとなると、一枠空きますわよね?

お願いします!」


そこから小一時間は両親から猛反対の嵐。

しかし、私はめげない。

なにせ間近で筋肉を拝めるチャンスだからだ。


「騎士として名を轟かせた名門デイビスがぎっくり腰ごときで欠場するなどお家の沽券に関わります。

どうか娘のわたくしに名誉挽回の機会をお与えくださいませ!」

「いやしかし…」

「いけませんよ!

貴女は騎士ではなく妙齢の淑女なのですから!

輿入れ前に傷でもついたらどうするの!」

「わたくしに傷などつけられる殿方はいるのでしょうか…?」

「まぁ、……並大抵の男では無理だな。」


父が遠い目で呟いた。

幼き頃から父に師事し、兄と共に野山を駆け巡った。

兄との組手では本気でやりあっても負けたことはない。

お前が男なら家督を継がせたのにと父に言わしめたほど対人戦には自信がある。


「ブリジット、それとこれとは違うのですよ。

そもそも貴女は…」

「よしわかった!

良いぞ、私の代わりにデイビスの名を轟かせてこい!」

「あなた!

なんてことを!!」


母の発言を遮り、父の許可が出た。

ガッツポーズをきめていると、父母間で非難の応酬がスタートした。


「あなたが自衛のためだかなんとかいって指南するからこんなことになるんです!」

「そう青筋たてるな、腰に響く。

お前こそ、そう堅苦しいことを言っているとシワが増えるぞ。」

「なんですってー!」 


延々と続く夫婦喧嘩。

控えていた使用人たちもまた始まったよとやれやれ顔をしている。

いらん火種を蒔いてしまい申し訳ないと思いつつ、意気揚々と屋敷を後にした。



*。*。*。*。



わたくしの思惑通り出場は許可された。

しかしそれを父が早馬で王宮に知らせると条件が付いた。

それはブリジットとしてではなく、デイビス家の遠縁の男性として出場することだった。

女人禁制の男性のみのトーナメントであるため上層部がそう判断したらしい。

今回の件を知っているのは国王とトーナメントに出場しない一握りの人間だけ。

到着する前に魔法で姿を変える。

変えると言っても胸をへこませ、女と分からないようにスタイルを調整しただけだ。

魔力は絶えず消費され続けるが、要らぬ混乱を招かぬためには必要なことだと割りきる。

私と分からぬように瞳の色、髪の毛の色も目立たぬ茶色に変えた。

長い髪も短髪に変える。


「これでよし!

完璧ですわ!」


控え室にいるむくつけき男たちの声が聞こえてきた段階でテンションが急上昇する。

わたくしは変装のお陰で女と知られず、堂々と男性用の控え室へ入室できるというわけだ。

剣を磨くもの、談笑に興じるもの、瞑想するものなど様々だが残念なことに時間が差し迫っていたため皆きっちりと服を着込み鎧を身に付けている。

これでは筋肉が全然見えない!

あぁなんという悲劇…!!

がっかりしてしまうが、これから戦闘が始まると鎧が弾け飛ぶこともあるかもしれない。

最後まで諦めてはダメだ。

いやむしろわたくしが服も鎧も弾け飛ばせば良いのでは??

不埒なことを考えている間に国王直々の号令がかかった。

いよいよ御前試合の開始だ。



*。*。*。*。



トーナメントが始まって早々、わたくしは愕然としていた。 

ひょろ細い魔術師とばかりあたるからだ。

恐ろしい神のイタズラ。

もしくは私の下心は見透かされているのだろうか…。

騎士団長ガルシアはシード権を得ており、準決勝に上がらなければ戦うことは出来ない。

あと15人と闘って勝つことが必須条件となる。

シード席に座っている姿は威厳に溢れており、身の丈ほどもある剣を椅子に持たせかけている。

鎧を着込んではいるが、所々筋肉がチラ見えしており眼福この上ない。


(はぁ~、今日も素敵ですわ~!!)


「何をよそ見をしている!

私の雷撃を食らえ!!」


ひょろい魔術師はまあまあ威力のある中級魔法を繰り出してきた。

大抵の魔術師は一度魔法を繰り出してしまえば次を繰り出すまで三秒ほど時間がかかる。


(残念ですわ…。

魔法ではなく己の身体を磨き、体術や剣術を会得した方がタイムロスはございませんのに。)


全て見切り、腹部に手刀を叩き込む。

筋肉こそ天然の鎧。

ちゃんと鍛えていれば筋力面で劣る女性に沈められることもなかっただろうに。

地面に突っ伏したひょろガリくんを残念に思いつつ、次々と試合をこなしていく。


上に上がるごとに魔術師もだんだん強くなっていったが、その体格はやはり細マッチョの域を出ないレベルだ。

はぁ、もったいない。

今闘っている彼なんて、さらに鍛え上げれば良い筋肉が育ちそうだ。

そんな人の筋肉にケチをつけているわたくしだが、ゴリマッチョに憧れて筋肉をつけようと頑張ったが途中で挫折した。

どれだけがんばっても女性らしく柔らかでほっそりした体型のまま。

おそらく体質的にマッチョになるのは無理なのだろう。

ゆえに柔軟さを生かした体術、それだけで厳しければダガーに炎の魔法を補助的に取り入れスピードで勝負を決める。

非力な戦い方で恥ずかしい。

本当ならガルシア様のように身の丈ほどの剣を振り回して戦ってみたいのに…。

絞め技をかけながらガルシア様に見とれていたせいか、相手がギブアップしていることに気がつかなかった。

青い顔をして必死に腕をタップしている彼に気がついたのは数十分後だった。


(危ないところでしたわ…。)


審判に厳重注意を受けて次の試合へと臨む。

恋とは実に恐ろしいものだ。



*。*。*。



その後、あれよあれよというまに勝ち上がり

準決勝まできてしまった。

なかなか骨のあるものもいたが、まぁ倒せないこともないレベルのものばかりで正直退屈だった。

途中で気がついたのだが、この御前試合は騎士と魔術師で分かれていたらしく最後に両者のトップがやりあうらしい。

わたくしは完璧に魔術師のトーナメントに組み込まれており、ついぞマッチョに相見えることはなかった。

ここを勝ち抜かなければ、魔力を消費しただけの参加損ということだ。

何とかして切り抜けて、もとを取らないと!


ーー突然闘技場に降りてくる人影に黄色い歓声があがる。

ふわりと降り立った優雅な立ち姿にさらに沸き上がる大歓声。

シャルル殿下ーー。

今日も今日とて片側にマントがついているタイプのしゃれた軍服を着こなし女性からの指示を総なめにしている。

観覧する貴婦人たちの視線をかっさらい、笑顔で優雅に手を振っている姿は一枚の絵画のように美しい。

ガルシア同様彼もシード権を得ており、準決勝からの参加である。

なお、先程の闘いで副騎士団長を破ってガルシアが決勝に進むことは確定している。

勝てば直接騎士団長と闘える!

そして間近であの筋肉を拝むのだ。

メラメラ闘志を燃やし、目の前の王子に取りかかる。


開始から20分はたっただろうか…。

一言で言ってしまえば強い。

先程の筆頭魔術師もそうだったが、魔法にタイムロスがない。

水流の魔法、雷の魔法など複数が同時に来る。

もちろん魔法だけじゃない、油断していると蹴りや拳が飛んでくる。

もう既に一度雷撃をくらってしまっており、上半身の服はビリビリだ。

女の姿で参加していたらえらいことになっていたわけだが…

防戦一方で殿下の間合いに入ることが出来ない。

襲い来る水流を間一髪でかわすと、後ろからゴーレムが襲ってくる。

この戦局をかえるには、魔法で容姿を変えている場合ではない。

そっちを維持するのに気を配っていると、やられる。


筋肉か、乙女の恥かーーー。


その悩みにはすぐにケリがついた。

手早く魔法をとき、フェイクでいくつか炎球を飛ばす。


「えっ、ブリジット嬢?!」


あられもない姿で攻撃してこようとするわたくしを、見て驚かぬものなどいない。

目を真ん丸にして一瞬止まった隙をつき、拳をアゴに叩きつける。

もろにくらったシャルル殿下は地面にくずおれた。

どよめく会場。

困惑の声が漏れる。


「なぜ元帥の娘が?!」

「ルール違反だ!

女が闘技場にあがるなんて!」

「あれは一体どういうことなんだ?!」



「静まれ!!」




国王直々の言葉に会場が静まり返る。


「今までの闘いのなかでここまで勝ち上がってきたんじゃ。

ここでつまらぬ理由で台無しにされては困る。

口を開いて良いのは勝者のみじゃ。

決勝戦はそのままオスカー・ガルシア対ブリジット・デイビスで執り行うこととする。」


国王の一言に不満の声をあげる者はいない。

何とかガルシア騎士団長と闘えそうだ。

よし!

宿願叶い、心の底から喜びが沸き上がる。

あとはどうやってあの分厚い鎧を弾き飛ばすかだ。

思案していると、いつの間にかガルシア騎士団長が大剣を携えすぐ間近に来ていた。

かろうじて大事なところが隠れているビリビリの服の上からストールをかけてくれる。

ふわりとラベンダーの薫りが鼻腔をくすぐった。


「急あつらえですが、無いよりもましかと…。

王宮の侍女からもらってきました。」

「あ、ありがとうございます!」


騎士団長からもらったストールを上半身にきつく巻く。

これでポロリは無さそうだ。

しかし、なんて紳士的な人だろう…。

気が利くタイプの筋肉ダルマ、オスカー・ガルシアに高鳴る鼓動を押さえきれない。


「女性に剣を振るうことは私の騎士道に反します。

しかし、手を抜いてはここまで勝ち上がってきた貴女を愚弄することになる。」


一気にピリピリとした空気に変わる。

ガルシアの目は本気だ。

大剣を構え戦闘の構えを取る姿の勇壮なこと!

もうこの姿を見られただけでも参加した甲斐があったというものだ。


「ガルシア様!

ずっとお慕いしておりました!

わたくしこのような形で相見えることが出来て感極まっております!

どうぞよろしくお願いいたします!!」


「…え?」


試合開始の合図と共に一気に踏み込む。

しかし、接近戦で攻めようとするもなかなか間合いに入れない。

大剣を振り回した際の風圧も凄まじく、気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだ。


しかしそんな中、見えてしまった。

頬を染めるガルシアの姿が。


(なんて純情な方!

好きだわ!!)


尚も間合いに踏み込もうとすると風圧で胸元辺りの服及びストールが切れた。

このまま闘っていたら反動でポロリしそうだ。

離れたところで動きを止め、さすがにどうしようかと思っていると、ガルシアが大剣を地面に突き立てた。


「陛下。

これ以上は続けられそうにありません。

棄権することをお許しください。」


含み笑いをした国王はうなずきをもって了承した。


「デイビス嬢もすまなかった。

私が貴女を隠して移動しましょう。」

「ブリジット嬢!」


ふわりと降りてきたシャルル殿下が上着をかけてくれる。

ラベンダーの薫りがいい匂いだ。

先程のストールといい、王宮ではラベンダーの薫りが流行っているのだろうか。

不思議に思いつつも礼を述べると、微笑み労いの言葉をかけてくれた。

殿下が次の言葉を紡ぐ前に闘技場に国王の笑い声が響き渡った。


「はっはっは、まさかデイビスの娘が勝つとはな!

楽しませて貰ったわい!」

「恐悦至極でございます。」

「よいぞ、申してみよ!

そなたの望み、叶えてやろう。」


豪快に笑う国王の横で異例の事態に王侯貴族たちは目を白黒させている。

今しがた戦ったばかりのガルシア様をロックオンするとさっと走り寄った。

いまここでオスカー・ガルシアの筋肉を拝むことは容易い。

でもそんなはしたないことは口にしない。


(結婚してしまえば、毎日拝めるわーーー!)


「オスカー・ガルシア様、わたくしと結婚してください。

それが望みでございます。」


まさかの逆プロポーズにコロシアムがどよめく。

当のガルシアはというと、殿下とわたくしの顔を見比べ困惑の表情を浮かべたまま固まっている。

わたくしの真剣な表情に気がつくとまたしても頬を染め、慌てて取り繕い始めた。


「ブリトニア様、私は騎士団長を任されてはおりますが子爵家の三男なのです。

それに年も貴方とは15歳も離れている。

家格も年齢も釣り合わない男です。」

「そんなこと問題ありませんわ。

年など些細なことですし、屋敷がないのでしたら二人で新しいお家を建てればいいだけのこと。」

「お嬢様に気に入っていただいている私の筋肉もいずれは衰える時が来ます…」

「それも含めて人体の美なのです。

満開の花が散るように体にも衰えが来る。

それは理解しております。」


ジリジリと間合いを詰めて行くとその分だけ距離をとられる。


「ですが…」

「あら、殿方も顔やお胸で品定めするじゃないですか。

わたくしが筋肉で選んでもなんら不思議なことではございませんわ。

今ではガルシア様のお人柄にも惹かれております。

それともわたくしのような小娘では役不足ということですか?」


「待ってくれ、ブリジット嬢!」


突然の告白劇に壁の花と化していたシャルル殿下が神妙な面持ちで会話に割って入ってきた。


「なにも今ここでそのような大事なことを決めてしまわなくて良いじゃないか。」


わたくしの前に立ちふさがり視界を遮る。

いつもの爽やかな笑顔は鳴りを潜め、どこか悲しげに見えた。


(なるほど、やはりシャルル殿下はわたくしのことがお好きなのね。)


薄々感付いていたが、この待ってくれで確定したようなものだ。

そしてガルシアは「うん」とうなずけないのも府に落ちた。

王族の恋路を邪魔立てするなど一貴族としては恐ろしい行為だろう。


「国王陛下、望みを変えてもよろしいですか?」

「なんじゃ?

変えてしまうのか?」 


ニヤニヤとことの成り行きを見守っていた国王が居ずまいを正した。


「わたくしは、わたくしの好いた方と結婚したいのです。

どうか王命などで婚約を強制しないでいただきたい。

わたくしに”断る権利”をくださいませ。」

「あっはっはっは!

それならばすぐに叶えられそうじゃの!

よい、わしはそなたらの恋路の邪魔はせん。

そしてブリジット・デイビスが誰と結ばれようとそなたの良き隣人であることを誓おう。」

「恐悦至極に存じます。」


わたくしのカーテシーをもって御前試合は幕引きとなった。

複雑な表情をした騎士団長と焦りをにじませた王子を置き去りにして。



*。*。*。



翌朝ーーー。

少し遅めの時間に気だるい身体を起こす。

9時か…。

いつもより大分寝坊してしまった。

さすがに大の男20人、しかも戦闘のプロと戦ったら疲れる。

帰宅後の母からのお小言も相まって疲労が蓄積していた。

今日はゆっくり過ごそうと思っていたのだが…。

コンコンコンコン!!

けたたましいノックと共にアーシャが大慌てで入室してきた。


「お嬢様!

お目覚めになりましたか?!」

「おはようございます。

どうしたのですか、アーシャ?」

「シャルル殿下がおみえです!

お早くご準備を!」


寝ぼけ眼のわたくしの手を取り、ベテランメイドのアーシャは手早く身支度してくれた。

お化粧など5分くらいで終わったんじゃないかと思うくらい高速だった。

姿見にうつるわたくしはおしとやかな貴族令嬢そのものといった風情だ。

アーシャに背中を押され客間へと急ぐ。

ノックして扉を開けると、お父様にお母様、そして上座には少し憔悴した様子のシャルル殿下が座っていた。


「ブリジット嬢、突然来てしまってすまない。

でもいてもたってもいられなくて…」

「シャルル殿下お待たせしてしまって申し訳ございません。」


「では私たちはこれで」と両親は去っていく。

アーシャも退出し、扉を開けた状態とはいえ

室内で二人きりになった。


「ブリジット嬢、今日来たのは他でもない。

私と…婚約してくれないかと…」

「わたくしは陛下から”断る権利”をいただいております。

殿下のお気持ちにはお答え出来ません。」

「わかってたよ。

君がガルシアを好きなことは。

でも私も君が好きだ。」


はっきりと言われてしまえばそれはそれで照れる。

でもわたくしはシャルル殿下がどれだけ麗しくてもどれだけ女性人気があっても異性とは思えないのだ。

筋肉の兼ね合いで。


「一目惚れだよ。

6才の時、お父上と一緒に訓練所に来た君を見て。

この子を守りたいと思った。

まぁ私はトーナメントで君に破れたわけだけど。」


自嘲気味に笑う王子を見てなんだか居たたまれなくなる。

初めて訓練所に行ったとき、確かにシャルル殿下もいた。

その時は確か当時騎士団長になりたてだったお兄様に剣の稽古を受けていた。


「ブリジット嬢、改めてまずは友達から…

筋肉友達なんてどうだろう?」

「筋肉友達??」

「そうだよ。

私と君は筋肉を追い求める同士だ。

一緒に理想的な筋肉を育てよう。

私も鍛えればガルシアのようになれると思う。」


筋肉友達、だと…?!

魅惑的な響きに思わず前のめりにうなずいてしまう。


「ははっ、決まりだね。」


嬉しそうに笑った王子がムキムキになるのにそう時間はかからなかった。

シャルル殿下とガルシア騎士団長の筋肉の狭間で揺れ動く前人未踏のラブストーリーが始まったのは言うまでもない。


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