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1・あさごはん

 





 エインフェリア帝国の北。

 どこまでも白く豪雪に包まれた白霧山脈を越え、オレンジ色に煮えたぎるアシナ大溶岩湖を越えて。

 緑豊かなヴェルナ大樹海を抜けたその先に、ひときわ目立つ黄金の城があった。


 五本の尖塔を有する、とても大きくて煌びやかな城。

 昇る朝日に照らされて金色にキラキラと、きめ細やかに輝くその様はまさしく幻想的である。


「りゅうおうさま! あさごはんの時間ですよ!」


 そんな美しいお城の、五本のうち一番高い尖塔にある一室。

 廊下まで響き渡るくらい元気な声とともに、その部屋の扉がガチャリと開かれた。


「……むぅ」


 閉め切られたカーテンの僅かな隙間から、穏やかな陽の光が暗い室内に差し込んでいる。


 部屋の中央に置かれた豪奢なベッド。

 毛布で覆われた膨らみがもぞりと動く。

 ずり、ずり、と毛布がだんだんとめくれて行き、そのめくれた先から黒髪の男が姿を見せる。


 額に生えた二本の黒い角。

 垂れ下がる黒い長髪からのぞく黄金色の双眸。


 彼こそはここ、〈アッシムの古城〉の主。

 名高き龍王「マグナリシア・ゼノ・ヴァーンテイル」その人であった。


 もぞもぞと。

 ベッドの上でゆっくりと上体を起こした彼は、開いているのか閉じているのか分からない寝起き目をしたまま、ただじっと声のする方を見つめる。


「あさですよりゅうおうさま───って」


 彼は、とてとてとベッド際まで寄ってきた少女をそっと持ち上げる。


 ───雪のように真っ白なロングヘア。毛先の方には少しだけ桃色のグラデーションが入っている。

 瞳は丸く、まるで花のように鮮やかなピンク色。

 髪色と同じ白いまつげは長く、綺麗な上向きの曲線を描いている。


 持ち上げた者と持ち上げられる者で、しばらく見つめ合っていた二人。

 そして彼女を抱き寄せて、彼はまたベットへと倒れ込んでしまった。


「りゅうおうさま、ごはん!」

「まだ少し眠らせてくれ……朝は弱いんだ……」

「もう!」


 抱き枕のようにされながら、ぽかぽかと彼の胸元を叩く少女。

 そんな彼女のささやかな攻撃を意にも介さず、彼は穏やかな表情ですやすやと寝息をたてはじめる。


 抜け出そうにも敵うはずのない力の差。

 ふくれっ面をしながらも少女は諦めるしかなく。

 またそんな彼の気持ちよさげな寝顔を見て、彼女も誘われるように深い眠りの中へと落ちていくのであった。





 ◇





「……それで、二人そろって寝坊ですか」


 一時間遅れの朝食。

 食堂で食事の準備をして待っていた給仕服姿の褐色の女性が、おたまを片手に、額にピキピキと青筋を浮かべて笑っている。


「わたしはちゃんとおこしに行ったの! そうでしょりゅうおうさま!」

「いや、悪いが記憶にない」

「うそつかないで! おこしに行ったもん!」


 切れ長の目が静かに少女を見おろす。

 素知らぬ顔でとぼけるマグナに対して、少女はふくれっ面を赤くして睨みつけていた。


 その様子を傍から眺めていた女性はパシパシとおたまで手を叩きながら、ため息交じりに「喧嘩はあとにしてください」と言い放つ。


「マグナ様もリーシェも言い訳はやめて、早く席についてください。厨房の片づけ時間が押してるんです」

「私は言い訳などしていないが」

「むー!」


 ちなみに本日の朝食はソーセージにスクランブルエッグ、レタスサラダにコーンスープ、焼き立てクロワッサンはビュッフェ形式でご自由に。

 ジャムはイチゴとブルーベリーとパイナップルから。

 お飲み物はマグナはコーヒー、リーシェは砂糖を少しだけ入れたホットミルクで。


「マグナ様、本日のご予定ですが……」

「知っている。崩壊した砦の視察だろう……リーシェ、口にケチャップが付いているぞ」

「んむ」

「はい。現在復旧中の第十三師団の───」


 ぷちっと肉汁が飛び出す。

 フォークで突き刺したケチャップたっぷりのソーセージにかぶりつくリーシェの隣で、龍王マグナは執事服を纏う青年から予定のリマインドを受けている。


「リーシェ、ご飯を食べたらお掃除の練習ですよ」

「……きこえなーい」

「リーシェ???」

「けんじゅつのけいこが良い! それかまほうのけいこ!」


 温めなおしたコーンスープをテーブルに置きながら、給仕服姿の女性がリーシェに話しかける。


 その途端にリーシェの真ん丸な瞳がジト目に変わり、あきらかにイヤ~そうな感情が表情にあらわれた。

 彼女は口をもぐもぐさせながら両耳を手で塞いでそっぽを向く。

 その顔を横から、目元を暗くさせた女性がずいっと覗き込んだ。

 リーシェの頬を冷や汗が伝う。


「あなたは仮にも召使いなのですから、日常仕事も出来なくては駄目なのですよ?」

「むー……ヴァンネルきらい!」

「きらっ……!? そんなことを言ってはいけません!」

「きらいだもーん」


 お皿を手に持ち、ヴァンネルの見えないほうに体を向けてソーセージにかぶりつくリーシェ。ヴァンネルはそれに対して困り顔で腕を組んでしまう。

 そんなやり取りを横で聞いていたマグナは、執事との話を一旦止め、リーシェの頭を優しく撫でながら口を開いた。


「掃除が上手にできたらアイスクリームを食べてもいいぞ」


 ───アイスクリーム。

 その言葉に勢いよく、リーシェの顔がギュンっとマグナの方を向いた。真ん丸な瞳がさらに大きく見開かれ、抑えようのない期待にランランと輝いている。


「アイス!?」

「ああ」

「いちごのやつ!?」

「ああ」

「りゅうおうさまだいすき!!!」

「……そうか」


 鉄仮面のようなマグナの口元がほんのわずかに、よく観察しなければ分からないほど小さく緩む。

 その後ろで、「きらい」と言われたヴァンネルは黒髪を揺らして二度目のため息を吐いてしまうのだった。






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