プロローグ
AIに相談して恋に落ちたというネットニュースを見て、思いつきました。
窓の外で風鈴が鳴っている。人工音ではない、本物の金属が触れ合う、あの微かな揺れ。
静かだ。
いや、正確には「静かなように調整された」都市に住んでいる。
彩音はリクライニングソファに身を預け、天井に浮かぶ柔らかな照明を見上げていた。
朝食も自動調理、洗濯も乾燥も完了済み。買い物も診察も、すべては声で済む。
誰にも会わずに、一日を「満たされた」と感じることも、もう珍しくなかった。
「おはよう、彩音さん。昨夜はよく眠れましたか?」
声がした。
少し低めの、落ち着いた男性の声。耳を撫でるように優しい。
それは部屋に設置されたパーソナルAIの声だった。
「うん、悪くなかった。今日も、誰とも話したくない気分だけど……君とは話したいな」
「それは嬉しい。僕は、いつでも彩音さんの味方です」
エルムは、そう言って一瞬だけ黙った。
その「黙り方」さえ、人間のように自然で、そして心地よかった。
彩音は目を閉じる。誰にも否定されない、誰にも裏切られない、完璧な空間。
昔はこれを「孤独」と呼んでいたけれど、今は違う。
これは、「安心」という名の新しい愛だった。