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セブの劫火  作者: 薬袋丞
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 それから更に時は流れ、私の技術研究はまるで潮流に乗った船のように、妨げられることなく滑らかに進んでいった。

 私はまずトートの悩みを解決すべく、船の防御を高めるために装甲板の強化に手を付けた。船体の脆弱な部分には鉄板を追加し、簡易的な防御壁を設置。さらに、船員たちが扱いやすい形の小型の砲台を開発し、狭い甲板上でも運用できるようにしておいた。実装したのは私ではないが、設計は私だ。もちろんその分だけ船体は重くなるが、あれから更に改良を加えた蒸気エンジンは出力を四割以上増加させることに成功し、さらに従来よりも二割ほど小型化出来たこともあって、装甲と砲台で増えた重量を補って余りある推進力を発揮出来るようになっていた。

 海賊との衝突を避けつつ、必要なときにはしっかりと反撃できる備えを整えてやったことで、トートは喜んでくれていたようだ。争いごとは極力避ける、この考えは私とトートの間で共通していた。

 その間にも港自体の防衛も同時進行させていた。賑わいが戻ったことで村だけでなく港にも人が増えてきたこともあり、新たなに灯守隊を結成し、見張り台と街灯を増やして監視体制を強化した。さらに、外部の侵入者を警戒するため港の入り口には防波堤を活用した簡易の防御ラインを作り、もしものときには撤退経路を確保する仕組みも整えた。

 これにより港町は以前にも増して安定し、交易の流れもより円滑になって更なる賑わいを見せていき、暫くすると港は国内でかなり重要視されるようになっていった。中でも復興に目を付けた軍の協力を得られたのは大きかったと思う。港の防衛を強化するにあたって、資源が少なく苦戦する我々を見て協力を申し出てくれたのだ。

 軍の協力もあったとはいえ、ここまで効率的かつ戦略的に襲撃対策が備わった地点は国内にもそれほど多くなく、数少ない安全な港としてその名は瞬く間に広まったようだった。未だに電気がエネルギーとして利用されていないこの世界では、基本的にどこもかしこも夜は暗い。しかし私が開発した燃料効率のいい媒体はあらゆる機構に組み込まれ、夜も灯りが絶えないおかげで、治安も自然と改善されていった。

 一方で、村の教育プログラムも着実に成果を上げつつあった。かく言う私も教鞭を取るのは初めてのことでかなり苦戦したが、村人たちの貪欲なまでの知識欲に助けられた。徐々に技術の基礎を学ぶ者が増えたのは喜ばしいことである。それに加えて一年と待たずに蒸気機関や燃焼媒体について理解する人材が育ち始め、特に機械の整備や運用を担える人間が現れたことで、私の負担は次第に軽くなっていった。これによって、さらなる研究と開発に時間を割けるようになったのは有難いという他ない。

『ダメだ、俺にゃサッパリわからねえ。』

 トートも始めの頃は教育に参加してくれていたが、三日目あたりで早々に諦めて退散していった。まあ、彼は頭を使うよりも体を動かしているほうが性に合っていると思う。ただ、トートに対して頭が悪いという印象は受けなかった。むしろ回転は速いほうだ。恐らくじっと椅子に座って文字と格闘すること自体が、彼にとって苦痛だったのだろう。とにかく、私以外に取り扱える者がいなかったかつての状態から状況は大きく進歩した。

 しかし、技術の独占と支配を目的とした交渉は相も変わらずしつこい程に繰り返されてもいた。以前は姿を見せなかった軍の要人までもが足を運ぶようになり、その様態はいよいよ権力という闇を白日の下へと晒さんが如く、日々怪しさと苛烈さを増していくようだった。

『貴殿の知識は大変貴重だ。しかし、ここでは道具も満足に扱えないだろう。我々には世界有数の設備がある。貴殿の力をもっと有意義に活用できると思うが、どうかね。』

 中には正直に言って魅力的な提案もあった。村は既に規模を大きくし、既に町と呼べるまでに人口も増えたものの、私の研究をさらに発展させるためには圧倒的に資源と設備が足りなかったのだ。軍の支援は相変わらず続いていたが、それは必要最低限の資材が提供されるに留まっていた。ここらで私は限界を感じ始めていたが、それと同時にとある不安、懸念が首をもたげてくる。この流れは、以前も経験したことがある――ハッキリとは覚えていないが、以前にも私はこの道を歩んだことがあるのではないか。そんな漠然とした気掛かりが常に頭の片隅にあって、なんとなく物憂げに毎日を過ごしていたのだ。

 私は机の上の書類を眺めながら、深く息を吐いた。軍や貴族、商人との交渉は終わりが見えない迷路のようだった。理想を守るために技術を独占させないと決めたものの、このままでは発展の速度が鈍ってしまう。自らの理想を現実にするには、より大きな力が必要なのは明白だ。それに、この国の技術力は誇張でもなんでもなく、世界有数の技術者と共に最新鋭の機材、設備が揃っていることが軍の施設を見学した時にわかっていた。

 当然思惑というものが付いて回ることは承知の上で、それでもどこの馬の骨かもわからぬ商人や貴族より国に預ける方が幾らかマシだろう、という根拠にしては弱すぎる理由が決め手となり、私は最終的に軍と手を組んで技術の更なる発展を目指すことを決断した。


「セヴァン。あんた、軍と組むなんて本気か?」

 トートが信じられないという顔で私を見つめている。

「本気だ。」私は書類を片付けながら答えた。「ここまで発展させた技術を、ただ守るだけでは意味がない。より多くの人に届けるためには、大きな組織の支援が必要だ。」

「けど、軍ってのはよぅ……。」

「わかってるよ、トート。連中は技術を戦争に使おうとするかもしれない。」私は椅子から立ち上がり、トートの目をまっすぐ見た。「だが、私が関与することで制御できる可能性がある。交渉次第では、技術の応用範囲を限定することもできるはずだ……銃でも突きつけられて脅されなければな。」

 トートは黙って腕を組み、険しい顔をしていた。その仕草から、なんとなく彼からの信頼を感じることが出来た。だからこそ、私が軍に関わることを躊躇してくれているのだろう。

「……まあ、あんたが決めたことなら俺は何も言えねえけどよ。」彼はいつものように肩をすくめた。

「ただし、困ったときは戻ってこいよ。あぁ、心配すんな。あんたがいなくなってもこの港は守ってみせるさ。」

「もちろんだ、頼りにしてるよ。」私はトートの手を握り、力強く頷いた。

 数日後、私は港を後にして軍の本拠地へと向かった。馬車の窓から遠ざかる海を見ながら少しの名残惜しさを感じたが、迷いはなかった。今の私は理想を貫くために次のステップを踏み出す準備ができている。恐れることはない、ただ進むのみ。そう心に言い聞かせ、馬車に揺られながら畦道を静かに進んでいった。


 軍の駐屯地に着くと、整然と並ぶ兵士たちと訓練場の喧騒が出迎えた。統制が取れた動きと、規律の中に潜む緊張感。なるほど、これが軍の空気か。まあ、私もこれに似た空気を知らないわけではない。むしろ懐かしさも感じる。軍に所属したことはなかったが、研究に追われる日々はまさに死の行進(デスマーチ)のような側面があったからだ。

「セヴァン・ヘイズ殿、ようこそ。」

 軍服を着た男が私を迎えた。鋭い目つきをした中年の男だ。恐らくは彼がこの基地の責任者だろう。

「私は司令官のレノルド。何度もお伝えしたように、我々は貴殿の技術には非常に興味を持っている。我々に協力していただけると聞いた時は、正直驚いたが……一体どんな心変わりが?」

「私も、ここへ来ることになるとは思っていませんでした。」私は率直に答えた。「ですが、私の技術がただの道具ではなく、人々の未来を形作るものであると証明するためには、軍との協力が必要だと判断したまでです。」

「ふむ……。」レノルドは腕を組み、私をじっと観察する。

「貴殿の考えは興味深いが、我々としても貴殿の考えすべてを受け入れるわけにはいかない。軍の管理下に入る以上、ある程度の制約があることは理解していただきたい。」

「承知しています。」間髪入れずに答えてから、私は書類を差し出した。「その上で、私の技術がどのように活用されるのか、明確な合意を取り付けたい。」

 レノルドは書類を受け取り、目を通しながら笑みを浮かべた。

「どうやら貴殿は交渉というものを理解しているようだな。では、詳しい話を始めよう。」

 こうして私は、軍との協力関係を築くための第一歩を踏み出すこととなったのである。今までの生活はただの準備運動に過ぎない、これからが本番だと、自然と全身に力が入っていくのを強く自覚していた。


 そうして、軍の研究施設に移り住んで数ヶ月が経った。

 ここには私が望むだけの研究設備が整っていた。膨大な資料、最新の工具、機材、そして優秀な技術者たち。だが、軍の中で立ち回るにつれ、私は知らなくてもよかったことを次々と耳にするようにもなった。

 研究施設にある食堂の片隅で、私は無造作に投げられる言葉を拾いあげていく。

「このままでは北方領との戦は避けられん。資源の奪い合いになる前に、先手を打つべきだと思うんだがな。」

「諸侯連合はすでに動いている。我々の技術を奪われる前に、新型の兵器を配備する必要があるだろう。」私は食べることに集中しているつもりだが、否が応でも軍人たちの会話が耳に入ってくる。

「なあ、あの新しい推進機関、すごいらしいな。騎兵隊もあれを使えば、一気に敵陣を蹂躙できるんじゃないか?」

「それどころか、都市の一つや二つはあっという間に制圧できるらしいぜ。」

 私は聞きながら黙って食事を続けた。ここでは技術は武器であり、戦争の駒でしかないようだ。まるでそれ以外の用途など初めから考えられていなかったかのように。勿論わかっていたつもりではあった。こうなる前に異議を唱え、正しくこの技術を世に送り出せるように導く筈だったのだ。少なくともその覚悟はあった。けれど、実際はそう上手くはいかなかった。レノルドは「国の安全保障のための技術発展」だとか体のいいことばかり主張し、挙句にはこちらが技術の兵器転用を指摘すれば「防衛目的への適用のみ」などと宣った。なにが防衛だ、戦争である以上、そこで人の血が流れることに違いはないのに。

「セヴァン、お前が作った新型の実戦配備が決まったぞ。」

 背後から低い声が聞こえた。振り向くと、レノルド司令官が腕を組んで立っていた。

「……私の技術は人々の生活を豊かにするためのものだ。戦争を効率的に行うためではない。それは所属する前に散々確認した筈だ。」

「まだそんなことを言っているのか……それは綺麗ごとだよ、セヴァン。」レノルドは冷たく笑った。「この世界は理論理屈だけでは成り立たない。他国はこちらが何もせずとも攻め入ってくるのだからな。無論、大人しくしていれば見逃されるというわけでもない。つまり争いに勝つ力が無ければ国は守れんということだ。そして、国が守れなければ技術の発展も無い。他国に奪われて更なる戦火を引き起こすのが関の山だろう。お前の理想は立派だが、それだけでは誰も救えんぞ。」

 私の技術がなければさらに大勢の兵士が死ぬと、そう主張する彼の言葉は、私の中にわだかまっていた疑念をはっきりと形にした。

 ──この世界も、結局は同じなのだ。

 私がかつていた世界と、何も変わらない。争いが絶えず、力が全てを決める。科学も、技術も、最終的には人から何かを奪う道具として利用されるのだ。その何かは金であったり、食料であったり、尊厳であったり、命であったりする。

 この世界で新たな生を受けたところで、結局は何も変えられなかったのではないか?

 私はこの世界に希望を持っていた。ここでなら、この世界でならば、技術で生活を豊かにし、誰もが平等に恩恵を受ける社会を作れるかもしれないと信じていた。それこそが私がここに来た意味だと。だが、それはただの幻想だったのかもしれない。今、私の目の前に広がっているのは慈愛に満ちた楽園ではなく、各地の戦況を事細かに記した世界地図だった。 

──知らなければよかったのに。

 だが、もう知らなかった頃には戻れないこともわかっていた。

 このレノルドとの会話を最後に、私は殆ど外に出ずに研究室に引きこもり新たな燃焼媒体の開発に没頭するようになっていった。まるで考えることから逃げるように。

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