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セブの劫火  作者: 薬袋丞
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 村へ戻ってから半年が過ぎた。この間、私は村人たちと共に生活を送りながら、炎の力をより効率的に使った技術を磨き続けてきた。最初に手を付けたのは、村に放置され長いこと眠っていた古い蒸気エンジンの改良。私は周辺の探索で偶然見つけた鉱物を用いて、独自の燃焼媒体を試験的に作り出していた。

 この媒体は熱を均一に分散させる特性を持っている。これによりボイラーの加熱効率が格段に上がり、少ない燃料でも長時間の運用が可能になった。この装置によって農業用水の汲み上げや製粉作業の効率が大幅に向上し、村人たちの生活を劇的に改善することが出来たのだった。村の冶金設備はお世辞にも整っているとは言えなかったものの、成果はまずまずといったところで、死にかけた村を救うには十分な効果があった。

「これで作業が楽になるな!」農作業を終えた老人が笑みを浮かべ、動き始めた製粉機を眺めている。「おかげで今年は収穫も増えそうだ。」村中に喜びが広がり、私は初めてこの力が人々を救う可能性を感じた。だが、それはほんの一瞬の平穏だった。

 村に導入された設備の噂はあっという間に広まった。村を訪れる旅人や商隊の数が増え、その中の一人がこの技術の話をどこかへ持ち帰ったのだろう。いつしか村の外から、貴族や商人たちが姿を現すようになった。

 彼らの態度は一様ではなかった。真剣に技術を学ぼうとする者もいれば、私利私欲のために利用しようとする者もいた。国内外の富豪、貴族や商人たちがこぞってこの新しいエネルギーの噂を聞きつけ、視察や交渉と称して村を訪れる。そしてその数が増えるにつれ、次第に私はこの技術の可能性を求められるようになっていった。


「セヴァン様、この蒸気機関の技術を私どもの領地にも導入させていただけませんか?」

 豪奢な衣装をまとった男が、にこやかな笑みを浮かべながら近づいてきた。その背後には武装した護衛が控え、何かあればすぐに動ける体勢を取っている。

「私の目的は、すべての人々にこの恩恵を届けることです。」私は毅然と答えた。「特定の者だけが独占するようなことは考えていません。」

「もちろん、その通りですとも。」男は笑顔を崩さない。しかし、その声にはどこか冷たさが滲んでいる。

「ただ、実際に導入するには、我々が効果を確認する必要があります。それが広く普及する第一歩となるでしょう。」

「その計画が実現するまで、どれだけの時間がかかるのですか?」私は男の言葉を遮った。「そして、その間に恩恵を受けられない人々は、どれだけの苦しみに耐えなければならないのでしょう?」

 私の言葉に男の笑みが一瞬揺らいだが、すぐに表情を取り繕ってしゃべり始める。

「……おっしゃる通りです。ですが、全体の利益を考えれば、段階的な導入が最適では――」

 男の言葉が耳に入るたびに、私は次第に失望を覚えていった。彼らが言う全体の利益とは、実際には彼ら自身の利益にすぎない。その口調や態度の隙間から真意が透けて見えたのだ。この会話が無意味であることを悟った私は、早々に言葉を切り上げた。

「段階的にという意見には賛成ですが……どこから始めるかはこの場で決めることではありません。」私は冷たく言い放ってその場を後にし、再び研究と村の改善に集中することにした。

 しかし困ったことに、こうしたやり取りは日を追うごとに増えていった。私が開発した高効率蒸気エンジンの技術がもたらす利益を求め、次々と現れる貴族や商人たち。その中には、私の力を危険視する者も――。


「セヴァン殿。」

 私が作業場へ向かって歩いていると、闇夜の中で突然声が響いた。村の外れで、一人の商人が私を待ち伏せしていたらしい。暗がりの中で彼の表情は見えづらかったが、その声色には冷ややかな響きを感じさせる。

「貴殿の技術は確かに素晴らしい。だが、それが人々にどれだけの恐怖を与えるかを考えたことが?」私は眉をひそめた。「……何が言いたい。」

 商人は一歩近づくと、低い声で続けた。「例えばこの蒸気機関も、燃焼制御を失えば爆発の危険すらある。それがどれだけの災厄を生むか想像もつかないでしょう。だからこそ、我々はそれを管理する必要があると考えます。」

「管理だと。」 私は声を荒げた。

「私の力を利用しようというのか? 私は常々説いているが、この技術は誰か一人の下で使役されるようなものではない――誰しもが自由に使える力であるべきなんだ。」

「利用と言うのは語弊があります……これは保護ですよ。そして、それは貴殿自身の安全のためでもある。」

 私は深く息をつく。この世界で力を持つことがどれだけの責任と危険を伴うのか、改めて実感した瞬間だった。この技術は人々を救うためのものだ。それが武器や権力の象徴となることは、絶対に避けなければならない。だが、それをどうすれば防げるのか――私は答えを見つけられず、ただ夜空を見上げた。

 夜が深まると共に、私は村の作業場へ向かった。そこには試作中の新しいエンジンが置かれている。高効率な燃焼システムをさらに改良し、小型化を目指したもの。だが、頭に浮かぶのは先ほどの商人の言葉だった。

「管理と保護――か。」

 私は呟きながら、作業台の上に広げた設計図を見つめた。技術がもたらす可能性は確かに大きい。だが、それをどう使うかによって結果は変わる。私の理想は、誰もが平等に恩恵を受ける世界を作ることだった。だが、現実――ここは異世界ではあるが、今の私にとってはまごうことなき現実――はそう簡単ではない。

 作業台に手をつき、目を閉じた。この世界で力を持つということは、同時に多くの人々の期待と恐れを背負うということだ。その言葉を頭の中で唱えるように思い浮かべていると、同時に疑問が浮かんでくる。この技術を広めることで、希望を与えるどころか新たな不平等や搾取を生む結果になるのではないか? そんな言いようのない不安が首をもたげ始めた瞬間、何かが弾けたような感覚が襲った。

『これが普及すれば、既存の秩序は瞬く間に崩壊してしまうだろう。そしてそれは新たな争いを、戦争を生む。』

 突然頭の中に閃光のような光が広がると同時に誰かの声が響くと、何故かはわからないが無性に腹が立ってきた。なんとなく聞き覚えのある声だが思い出せない。なんだったか、この台詞は……。そういえばこちらの世界で過ごすにつれて、生前の記憶は段々と薄れていくようだった。ハッキリと思い出せるものもまだ残ってはいるが、それでも着実に消えつつあることは自覚できていた。

 苛立ちが軽い頭痛へと変わり始めた頃、不意に外からざわめきが聞こえた。扉を開けると、村の広場に人々が集まって何かを議論している声が耳に入ってくる。中心には先ほどの商人が立っていて、彼は何かを村人たちに語り、彼らの間に緊張感が漂っていた。

「セヴァン殿!」商人が私に気づき、大きな声で呼びかけた。「お戻りいただけて良かった。村の皆様にもお伝えしたいことがありましてね。」

「何を企んでいる?」私は冷たい声で問いかけながら、広場の中心へと歩み寄った。村人たちが不安そうな表情で私を見ている。

「企みなどという言葉は心外です。ただ、村の皆様にも、この技術がもたらす可能性と危険性を理解していただきたいだけです。」

「危険性?」私は怪訝に眉をひそめた。

「はい。」彼はゆっくりと頷いた。「この蒸気機関は確かに素晴らしい技術ですが、その力が制御を失った場合、どれだけの被害をもたらすか想像してみてください。例えば、他の勢力がこの技術を手に入れ、村を攻撃するための武器を作ったらどうなるか?」

 村人たちの間に広がるざわめきは次第に大きくなり、何人かが私を疑念の目で見つめていた。その視線はまるで、私が彼らの平穏を脅かす存在であるかのようだった。だが、私はその目を正面から受け止めた。疑念の種は確かに蒔かれたかもしれない――だが、元科学者、研究者として、私には真実を示すことでそれを払拭する責務がある。諦めるのではなく、正しい答えを示すことが私の役目だ。

「確かにこの技術には力がある。しかし正しく運用すれば、村を守り、生活を豊かにすることができるものだ。」私は声を張り上げた。「私はそのためにこの技術を生み出したのだ。恐れるべきは技術ではなく、それを悪用しようとする心だろう!」

「なるほど……では、その〝悪用しようとする心〟とやらに、貴殿はどう対処するおつもりですか?」商人は食い下がるように問う。

 私は言葉を詰まらせた。確かに、この技術が悪用された場合、私一人では防ぎきれないかもしれないことはわかっていた。燃料や動力として用いた場合の利権問題は避けて通れぬ道であることは理解していたし、それに加えて兵器転用された場合の具体的な被害は私自身も把握できていない。

「その時は、この手で止める。」

 それでも譲るわけにはいかなかった私は、毅然と言い放った。「この技術が悪用された場合の危険性は承知しているつもりだ。だからこそ、それを未然に防ぐ方法も研究している。技術は、正しい知識と責任を持つ者が使って初めて価値を持つものだからな。」

 商人は一瞬口を閉ざし、じっと私を見据えた。そして不気味な笑みを浮かべる。こいつが私を挑発したいのであろうことは明らかだった。

「ならば、どうかその覚悟を貫いてください。私たちはそれを見守らせていただきます。」

 彼がその場を去ると、村人たちは私を囲み安堵と不安が入り混じった視線を向けてきた。しかし私は何か気の利いたことも言えずに、深く息をついて広場を後にすることしかできなかった。

 作業場に戻ると、先ほどの設計図に目をやった。月明かりが設計図の上に静かに降り注ぎ、紙面に描かれた線や文字が幽かに輝いて見える。私の目指す理想がまだ遠く、手に届かない場所にあることを告げているように。答えを見つけるためには、まだ時間が必要だ。

「くそっ……。」

 私は何かはっきりしない苛立ちと、胸の内でくすぶるものを吐き出すように悪態をついてから、再び作業に取り掛かった。

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