9. 魔術のルール
「ステータス オープン!」
「なにしてるんですか? マスター」
「おわ!」
俺の後ろからアサナシアがにょきっと生えてきた。恥ずかしいところを見られてしまった。
当然のようにステータスは出ない。
俺はアサナシアより頭ひとつ分小さい、くらいの背丈まで育っている。麻でできた新しい服を着ている。
狼の巣で目覚めたあと、(なにかヒントをくれ〜)と。ステータスやメニュー画面を出そうとしてみたり、コントローラーのボタンを思い浮かべて操作しようとしたり、ゲームのマヴロスに繋がるありとあらゆることを試したのだが無駄だった。
体が大きくなったので、何か変化があるかと思ったが、まあ、ない。
俺はこの世界に来てから一度も、マヴロスのあの真っ黒なダイアログにお目にかかっていない。
「ダイアログが、出ないかなあって思って」
「ダイアログ?」
説明をすると、アサナシアは変な顔をした。
「一度、みたことがあるかもしれません」
「ほんとか!?」
俺は嬉しい。
このリアルな世界がやはりマヴロスであると、何よりの証拠となるからだ。
「俺もいつか見たいな、ダイアログ」
アサナシアは微笑む。
「マスターのダイアログには、何が書いてあるのでしょうね」
人間と魔物を平等にするために、人間に力をつける。人間にも魔術が使えるようにする。
そのためには魔石の採掘が必要だ。
ゲーム「マヴロス」の話でいえば、人間はMP:魔石ポイントを消費して魔術を使用する。そしてMPは魔石というアイテムから変換される。
魔王はこれを必要としない。魔物は魔術にMPを支払わない。HPを支払う。その代わり人間よりもHP総量がものすごく多い、というのがゲームの特徴だ。
アサナシアの案内のもと魔石がとれるという洞窟に行き、ふたりで魔術を駆使しながら壁を削る。
簡単に大きな魔石の原石がいくつもとれた。手付かずの自然って、最高。
手の中の大小さまざまな原石を見てホクホクしている俺を、アサナシアは不思議そうに眺める。
「マスター、人間に魔石を使った魔術を教えるということですよね」
「ああ」
「代償はどうなさるんですか?」
「ん?」
ん? 代償? なにそれ。
魔石の原石を抱えてニコニコしている俺の前で、アサナシアは地面に散らばる採掘で崩れた岩から、尖った石をひとつ手にとった。
アサナシアがそれを自分自身の手に突き立てようとした瞬間、魔術も駆使しながら俺は全力でそれを止める。アサナシアの手をとり、尖った石を没収する。
せっかく集めた魔石の原石が派手にあたりに散らばる。
「おわーーーー!?!?!?」
「?」
アサナシアは怪訝な顔で俺を見る。
「んなななな何するんだアサナシアさん!? そんなことしたら血がびゅしゃーって出るって、わかるだろ!?」
「血を流さなくてどうするんですか?」
「血を、流さなくて、どうするんですか!?」
アサナシアは、自分の指を噛む。
ガリッと音がして、血が流れた。
瞬間、アサナシアは魔術で、散らばった魔石の原石を一箇所に集めた。通常の魔術よりスピードがはやい上に、原石から魔石らしく精製されたものもある。なんだこれ。
「マスター、これが代償です」
アサナシアの指から血が滴っているのを、引いた気持ちで眺める。
「魔物は魔力でできています。ですから、体内の魔力を魔術に容易に変換できます」
「人間は体内の魔力をそのまま魔術に変換することはできません。なにか魔力のこもった『触媒』に魔力を通すことが必要で、そのためにマスターは『アサナシア、魔石採掘に行こう!』と誘われました」
「魔術を使える人間の体には、魔力が流れています。人間は体を魔術の『触媒』とすることは可能なのです。これが『代償』です」
「人間は自らの血や骨や肉を、魔術の代償にできるんです」
え、なにそれこわい。
「今より昔に、人間たちのひとつの集落がこれに気づきました。その集落では魔石がとれなかったのです。魔物の支配に抗い、敵対しようとして自らを代償とすることを繰り返し、集落の十数名全員が命を落としました」
こわいこわいこわい。
本当はこわいマヴロスだ。
「だから今の魔物たちは、人間たちが自分たちを傷つけないように、人間たちには魔術が使えないと思い込ませているのです」
なるほど、あの状況は人間たちを保護しているために引き起こされてもいる、というわけか。
「マスターは、人間に魔術を教えるつもりですよね。代償も教えるのですか?」
アサナシアの紫色の瞳が、純粋に疑問なのだと伝えている。
俺は考える。
人間も魔物も、血みどろになってほしくはないな……。
俺、スプラッタとか苦手だし……。
「混血の場合、魔術のルールはどうなる?」
「魔物的な魔力の使い方ができる者と、できない者がいるようです」
じゃあグルーニと人間の妻の子は、魔物的な魔術の使い方ができる可能性もあるのか。
人間の魔術の使い方『代償』よりも、魔物の魔術の使い方のほうが負担が少なく感じる。アサナシアの話だと魔物は魔力=体力=HPだ。それを用いた魔術のほうが代償よりずっとマシだ。
「俺は、人間たちから代償を奪いたい。人間にむやみやたらに体を傷つけてほしくない。
だが、魔術を奪いたくもない。だから、魔石を用いた魔術の使い方だけを教えようと思う」
「偏見はやめるよ、アサナシア。
異種婚はどんどん推奨しよう。
もちろん同族で結婚したいという者もokだけど、異種婚で血が混ざることで『人間の可能性』が増えるなら、それもそれで良い」
俺の決定に、アサナシアはニコッと笑った。
「りょーかいです、マスター!」
「アサナシアもだぞ」
「え?」
「代償を使うな」
「え、えぇ……?」
アサナシアは目をぱちくり、とさせた。
俺はアサナシアの指を握ると、回復魔術で回復させる。
「アサナシアの指に、傷がついただろ。
俺はこういうの、嫌だ」
アサナシアの頬が心なしか赤いのを見て、俺も気恥ずかしくなる。魔石の原石を両腕いっぱいに抱えて、洞窟から出ようとする。
「もっと自分を大事にしろ」
「はい、マスター!」
そんな俺の背中に、アサナシアは明るく声を弾ませる。