池のほとりにて
エオニアの池のほとりにて。ラトゥリアは、冷たい池に入るかどうかを迷っている。おなかの子どもは、教皇である、優しい夫の子どもではない。
無理に作らされた、先帝との間の子どもだ。
「アサナシア様、お許しください」
アサナシア教では、避妊することが許されていない。アサナシア教では、堕胎することが許されていない。自死することも、許されない。
すべての戒律が、ラトゥリアを苦しめる。
敬虔な教徒として生きた今日までを否定するように。
自分のことだけを考えるなら、このまま死んでしまったほうが良いと、ラトゥリアは思った。もうすでに、アサナシア様に反した存在なのだから。反しきって、穢れた魂を流転させたほうが良い。
楽園に行くことは、もう到底、できない。
夫は「守れなくてすまない」とラトゥリアに謝った。「一緒に育てよう」とラトゥリアの肩を抱いた。ラトゥリアと子どもが死んだら、夫は嘆き悲しむだろう。
けれど、ラトゥリアは怖かった。夫婦に子どもが中々できないからといって、恐ろしいことをした先帝。情緒不安定で、周りのものに暴力を振るうのが日常茶飯事である先帝。アサナシア様に最も近い位置にいるような顔をして、アサナシア様を愚弄するかのように、血と暴力にまみれた呪われた血。
その血を受け継ぐ、おなかの中の子どもを産むのが怖かった。
生まれてきたとしたって、先帝に恨みを持つ者の多いこの城で。呪われ続ける命なら、生まれてくるほうが可哀想だ。
(このままお腹の子と共に、死んでしまおう)
もしラトゥリアが死ぬのに失敗したとしても、こんな冷たい水に入れば、お腹の子は、ひとたまりもないだろう。それに、お腹の子が死んだら、ラトゥリアも先帝に殺されるだろう。
だから今、一緒に死ねたら、一番良い。
こんな天気の良い日に、一緒に死ねたなら。
冬の昼過ぎの陽光に、水面はつよく輝いている。
ふと、ラトゥリアの目に、池のほとりにちいさなアサナシア像があるのが飛び込んできた。
「アサナシア様……」
今までどうして気づかなかったのだろうとラトゥリアは思った。冬になってから何度も何度も、この池に来ていたのに。
(死ぬ前に、アサナシア様に)
ラトゥリアの人生は、今まで、祈りとともにあった。ラトゥリアは、小さなアサナシア像に跪き、アサナシアに祈りを捧げる。
自ら死に、子を巻き添えにすることを詫びる。
(私は、どうなっても構いません。けれどこの子に、なんら罪はありません。どうかこの子は、楽園に。弱くて、申し訳ありません)
祈りを捧げ終えたそのとき。
ラトゥリアは、お腹に違和感を感じた。
お腹のなかに、小さな魚が泳ぐような感覚があった。ラトゥリアは衝撃を覚えた。
動いている。
もう子どもが、動いている。
ラトゥリアは立ち上がる。足がすくんで動けなくなる。
ラトゥリアのお腹の中に、命がある。
動きはじめるまで、それは、告げられた事実でしかなかった。しかし動いたら、現実となった。
ラトゥリアはアサナシア像を見つめる。
冬の陽光に照らされ、微笑む小さなアサナシアの像を。
「アサナシア様」
ラトゥリアは、アサナシア像の前に泣き崩れる。
「私は、この子を、産むべきなんでしょうか?」
ラトゥリアは思った。
殺せない。動いているなら、殺せない。
産む勇気はない。けれど、殺せない、と。
祈ったときに、はじめて動いた。
ラトゥリアの頭の中で、アサナシアは、ラトゥリアにささやいた。
『私のせいに、していいよ』――と。
ラトゥリアは、3つになる我が子を探している。必死に、必死に、必死に探している。ラトゥリアの子は、一昨年、崩御した先帝の子だ。城には先帝に恨みを持つ者が多く、子どもはすでに何度か殺されかけている。
その子を、夫とラトゥリアとで、守り続けている。
ラトゥリアは池のほとりに、我が子の後ろ姿を見つけてホッとした。銀色の髪に紫色の瞳。真っ赤なほっぺたをして、しゃがみ、池を眺めていたようだ。
誰か来て、背を押されでもしたら――ラトゥリアは、ぞっとした。
「どこに行ったのかと思ったわ。こんなところまで来て、あぶないわ」
「かあさま」
あたたかな春の池は、あの冬の日とは違った色合いで。水面は穏やかな光を反射して、きらきらと輝いている。
池のほとりに、あのときのアサナシア像がある。人がなかなか来ないのか、アサナシア像は、泥に汚れている。
ラトゥリアは白いレースのハンカチを水に濡らし、アサナシア像の泥をぬぐう。白いハンカチは汚れる。アサナシア像は、綺麗なお顔になる。
ラトゥリアは、微笑む。
「アサナシア様、あのときは、ありがとうございました」
「ほら、あなたも」
「あさなしあさま、ありがとう」
母に背をおされて、何のことかわからないが、子どももお礼を言う。
「大変ですけれど……私、この子を産んで、よかった」
ラトゥリアは、子どもを産んだときに思った。
こんなに小さな。両手の平でつつめるほどに小さな、可愛い子を殺そうとしていたなんて、と。一生懸命に生きる命を、殺そうとしていたなんて、と。
本当に、子どもに罪はなかった。
関わるうちに、育てるうちに、子どもはラトゥリアの宝物となった。
だから、これからどんな困難が待ち受けようとも、ラトゥリアは子どもの手を離さないだろう。
(たとえ呪われた血だったとしても、きっとアサナシア様が正しい方へと、導いてくださる。
だからきっと、大丈夫)
小さなアサナシア像は、ラトゥリアを肯定するように微笑んでいる。
「これからも、どうか私たちをお見守りください。そしてどうか、私もこの子も、いつか楽園へ行けますように……これからもお導きください」
「あさなしあさま、ください!」
大事なところをなにひとつ言っていない我が子に、ラトゥリアは笑いかける。ラトゥリアが手を伸ばすと、子どもはその手を握り、ラトゥリアの真似をして笑った。
親子は手をつなぎ、何か歌を口ずさみながら、楽しそうに小道を帰って行く。




