花畑にて
目の前で、アサナトスの花が揺れている。薄い水色の花は、明るい春の陽光に咲く。水色の中に、白や青の花も入り混じりながら、春風に揺れる。
花畑の真ん中に、シンシアが居る。今代の魔王アステルの妻だ。前に見たときより随分と年老いている。お茶にして煎じる花を選んでいるのだろう。
俺はぼんやりと、シンシアの姿を眺めている。
アステルの中で目覚めるのも、いつぶりだろうか。
俺はなぜ、ここに俺がいるのかを考える。
アサナトスの花を見つめ。
そっと花びらに触れると、やわらかかった。
アサナシアにも見せてあげたかったな、と思う。
タフィもいない。
アサナシアも、もういない。
アサナトスの花だけが、揺れている。
俺がアステルの中で最初に目覚めたのは、アステルがタフィの村で目覚め、その場にルーキスが居た時だ。そのときは意識や記憶が薄ぼんやりとしていた。
アサナシアは、アステルの中にいなかった。
アステルが俺の魔力を得るたびに、俺は記憶を取り戻した。けれど、アサナシアは、魔力の中にはいなかった。
会ったのは、魔王の遺骸が、魔術の触媒として使われたときが最後だ。
アサナシアと、手が重なった気がした。
金色の長い髪が、ふんわりと揺れたのを見た。
となりにアサナシアがいて、懐かしい紫の瞳と目が合った。
アサナシアは笑っていた。幸せそうに。
結局、話すことは、かなわなかったな。
アステルのなかでときおり浮かび上がっては、沈む意識。彼が幼いころは、頻度が高かった。俺の魔力がまだ、彼の魔力になっていなかったからだ。だが、歳を重ねるにつれて、アステルは俺の魔力を彼の魔力にした。
今日は、何十年ぶりくらいだ。
だから、次があるかはわからない。
幼いアステルの中で目覚めるのは彼がピンチなときが多かった。それと同じくらい、美味しいものを食べているときが多くて、俺はどれだけ美味しいものが食べたいんだと笑ってしまった。
調味料がない時代のマヴロスを知っているし、ひもじい思いもしているからさ。
感慨深く食べたけど。
でも、美味しいものを食べると、アサナシアにも食べさせたかったな、とか。一緒に食べたかったな、とか、思ってしまうんだよ。
俺は大陸の開拓の果てを見たよ、アサナシア。
なんで今日は、起きたんだろうか。
でも、天国みたいな景色だ。
春先で、天気がよくて、水色の花がたくさん揺れていて。綺麗だな。
ふと気づくと、ルーキスがとなりにいた。黒いスーツに、癖のある黒髪をオールバックにまとめあげている。かっこいいぞ、ルキ。
ルーキスは俺が起きたときからずっと40代くらいの見た目だ。不思議な感じだよ。ルキの見た目の年齢が、俺を超えていて。
ルーキスはシンシアのことを眺めているようだ。シンシアはルーキスの娘だから。
シンシアを見て、あと何年、一緒にいられるかなって思っているのかもしれない。
ルキは魔物で、シンシアは人間だから。
その姿に、俺はレフコスのことを思う。
レフコスは、エオニアって国の最初の王様になったって知った。若くして亡くなったようだけど。初代皇帝なんて、きっと苦労したんだろうな。
でももう、レフコスも天国にいる。
きっと今、目の前にある景色みたいなところだ。
アサナシアもいるかな。
俺だけ魔王だからって、地獄に落ちたりしないよな?
魔王はアステルが代わってくれたし、俺はもうただのリョーだから、許してくれよな。
しかし、本当に見事だよ、ルキ。
探すの大変だったろう? 育てるのも。
「ルキ」
花を見ながら俺は、ルーキスに声をかける。
「ありがとう」
ルーキスはいつもどおり無表情に見える。けれど俺には、すこし微笑んだのがわかるよ。小さな頃を知っているからな。
それにしても、良い天気だなあ。




