「疑いながら、信じてほしい」
背の高い教師が黒板に白い石で文字を書いている。40代くらいで、薄茶色の短髪に緑色の瞳の男だ。書き終えると、議題にそぐわない朗らかさで言った。
「今日は、アサナシア教についてお話ししましょう」
教室は大いにざわめく。アサナシア教という言葉を聞いただけで、敵意や反感の視線を教師に送る子ども。耳をふさぐ子ども。「うげえ」と口に出す子ども。
この外界から閉ざされた魔王信仰の村は――ずっと苦しめられてきた。アサナシア教による魔物への迫害に。
村の子どもたちには、魔物の血が混じっている者が多い。アサナシア教徒の過激派にタフォス村が燃やされたのが約20年前の話だ。彼・彼女らの親世代が、実際に被害にあっている。
「アサナシア教とはなんですか?」
ほとんど全員の手が上がる。
「では、キーサ」
「マヴロス大陸に外から来た邪悪な宗教。女神アサナシアを信仰している。魔王様を封印して、魔物と人間を分断しようとした」
「では、魔物と人間は、分断されていますか? わかる人」
前の方の席に座った年長の女の子がスッと手をあげる。
「外の世界は分断されている……と思う。タフィ村だって、アステル様の御代になるまでは存続が、すごく難しかったと思う。そのころ、タフィ教はアサナシア教に敵対宗教とみなされていなかった……タフォス村のみんなが頑張ってくれていたから。でも、おばあちゃんが言ってた。ゆるやかに滅びに向かっていたって」
「それより、魔王様が帰ってきた後だよ! タフォス村が魔王信仰がバレて燃やされる前、アサナシア教が魔物の血が一滴でも入ってるものは魔物ってことにして。たくさん拷問して、たくさん殺した。その末に村を燃やしたんだ!」
男の子の感情だった声に、まわりが怒りを同調させる。
教師は静かに話す。
「アステル様が魔王様となる前、タフィ村の人口が減っていっていたのはその通りだね。
けれど、アサナシア教の迫害についてはもう少し細かく見る必要がある」
教師は教室の子どもたち全員の顔を見渡す。
「みんな知っていると思うけれど、この大陸に住む9割の人間はアサナシア教徒だ。村の結界の外は、アサナシア教徒だらけだ。そのすべての人が、君たちの敵か? というと、そんなことはない。
タフィ教徒はみんな信仰に熱心だから、わからないかもしれないのだけれど……アサナシア教徒で信仰に熱心な人というのは、ほんのひと握りなんだ」
子どもたちはざわざわする。
「なんで?」「どういうこと?」
「先生も外の世界にいた頃はそうだったのだけれど、外の世界では信仰に熱心ではなくて教会に通わない人もたくさんいる」
魔王信仰が基盤の村にいる子どもたちにはまるで伝わらないようで、子どもたちは首を傾げる。
教師は黒板に図形を書く。
大きな丸がアサナシア教徒、信仰に熱心なひとはその一部の丸、さらにそのごく一部が迫害に加担したひとたち――
「タフォス村が燃やされた前後の迫害は、アサナシア教徒のなかでも、ごく一部の人間の仕業だった。信仰に熱心な人たちだって、全員がものすごい魔物排斥派というわけじゃない」
そんなことは怒りをおさめる理由にはならない、という顔をしている子どももいる。
「ただ、大陸の多くの人は魔物を怖がってはいるから、きみたちに魔物の血が入っていると知ったら怖がるかもしれないね。
でも、きみたちも同じだね。アサナシア教徒が怖い。怖いのは、お互いを知らないからなんだ」
教師に向かい頷く子どももいれば、興味なさそうに自分の手を眺めている子どももいる。
「アステル様が先代魔王様の魔力を得て、二代目の魔王様になって。アステル様が目指している世界というのは、きみたちが誰でも、結界の外に出て生きる選択のできる世界なんだ。
アステル様は、外の世界の様々なものに触れることを、本来は、誰であっても奪われてはならない。と考えているようだ」
「きみたちの中には、魔王様に反することを口には出せないけれど、心の中で「先生、そんなの無理だよ」と思っている子も多いと思う」
子どもたちのなかに、他の子に目配せしながら、肩をすくめてみせる子がいる。
「確かにツノや尻尾が生えてる子が、それを隠さずに、すぐに結界の外に出ていくのは難しいかもしれないね。けれど今だってそれを隠せば、遊びに行くことのできる地域が、できはじめつつあるんだ」
教室の空気が、すこし緊張する。
ひとりの子どもがこぼす。
「外に出るのはこわいよ」
弱音をこぼした子どもを睨む子どもが数名いる。魔王様の意志に反することを言うことが、この村では許されていない――
「よく言えたね」
教師は弱音をこぼした小さな子どもを褒める。
なぜ? と教師を睨む子もいるが、教師は「信仰」にさらりと対応する。
「その気持ちは大事にしよう。慎重になるのは生きる上でとても大切なことだ」
「先生が伝えたいのは、アステル様の目指す『魔物と人間が仲良く暮らす世界』……その実現の一歩として、きみたちは、言われたことをそのまま信じてはダメだということなんだ。
自分の頭で考えることを練習してほしいんだ。
先生が今言っていることも、疑いながら、きみたちが信じられると思った部分だけを、信じてほしい」
難しい顔をしている子、一生懸命話を飲み込もうとする子、怒ったままの子、目を輝かせる子、興味がなさそうな子――
教師は、子どもたちそれぞれの顔を見て、少し微笑む。
「誰かの意見にそのまま流されるのではなくて、自分の目で見て、人と話して、本を読んで知識を得て。知ることで、『怖い』を減らして。
それでも、やはりアサナシア教はすべて悪で、アサナシア教徒はすべて悪者だと思うなら、それはそれで構わないから」
教室の後ろのほうの窓に小さな鳥がやってきて、近くの席の子が気をとられる。
「外界から隔離されたタフィの村で育ったから『知らない/知ることができない』ではなく、タフィの村で育ったから『知れた/知ることができた』を増やしていこう。
知識を得れば、この村で育ったことを『仕方ない』ではなくて、誇れる部分ができるはずだよ」
教師はそこまで語ると、ひと区切りつける。
優しい緑色の瞳で、子どもたちに投げかけた。
「では、アサナシア教について、他に知っていることがある人はいるかな?」




