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マヴロス大陸開拓記  作者: おおらり
4. 探す意味
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探す意味 2


 ルーキスは、タフィで数える。


 ハチドリの寿命は5年ほど。だから5年で、タフィ一羽分だ。1年なんて、タフィ一羽分にも満たない。


(だが、何故探す?)


 ルーキスの足元には、100羽を超えるハチドリの死骸がある。


(復活した魔王陛下に、アサナトスの花を献上するためだ。それが命令で、約束だからだ)


 けれど魔王陛下がアサナトスの花を使いたかったタフィは、もう、600年も前に死んでいるのに――



 ルーキスは魔王封印の一報を聞いたあと、タフィを探しに行った。


 直接、遺骸を見たわけではないが、タフィはすでに魔王城の庭で戦闘に巻き込まれて死んでいた。何人もの魔物がそれを目撃しており、タフィの遺骸は『結界の中の村』で丁重に弔われていた。


 タフィの墓の前に立った時点で。

 花を探す意味があるとは、到底思えなかった。

 しかし、ルーキスは探した。

 探さないことは、もうできなかった。


 あの命令のみが、ルーキスと魔王のつながりを示してくれたからだ。

 伝承ではなく、創作ではなく、物語ではなく。

 魔王陛下は実在していたと。



 マヴロス大陸中の植生を調べてまわった結果、アサナトスは自生している可能性は低いとルーキスは考えた。


 次に、ダンジョンのドロップアイテムにアサナトスの花がないか探した。

 時には高難易度のダンジョンに自ら潜りながら。そこにもアサナトスは、影も形もなかった。


 ルーキスは次に、伝承を探した。

 歴史の浅いマヴロスの国々にも、500年をすぎる頃にはあぶくのように沸く様々な噂話や『歴史がある』とされる伝説があらわれた。


 しかし不死にまつわる話は、アサナシア教の「楽園に招かれて魂が不滅になる」というもの、タフィ教の「魔王は不死の存在として魂の流転を見守る」というもの。この2つの説話に端を発するものが多く。他は不死の魔物に関連する話で、アイテムにまつわる話はほとんど見られなかった。



「ルーキスさん」


 ふと顔をあげると、リーリアの姿があった。

 黒いドレスを着て窓辺の椅子に座り、膝に猫を乗せている。


「昨日は、本当にごめんなさい……神聖力を当てたらルーキスさんの体調が治るかなって思ったの」

「……魔物に神聖力が有効だと、リーリアお嬢様が学べたのであれば、私が倒れていた時間にも価値があったのではないでしょうか」


 リーリアは目を伏して、猫を撫でる。

 猫のグリは灰色の毛並みで大型の、長毛種だ。もうだいぶ高齢の猫である。


「グリの体調が悪いのですか?」

「ええ、そうなの」


 部屋の窓が開いており、リーリアの後ろで薄い白いカーテンが揺れている。リーリアの髪もそよそよと揺れる。



「ルーキスさんは、病気で死ぬのと不死になるのだったら、どちらが良いと思う?」


 ルーキスは時間が止まったかと思った。


「不死?」


「私の話ではないの。グリの話よ。

 生き物の魂を不死にする方法があったら、ルーキスさんは使う?」

「……私自身は、寿命の長い生き物ですから」

「使いたい生き物はいないの?」


 ルーキスの頭に、タフィの死骸が思い浮かぶ。


「いいえ」



 リーリアは灰色の猫を見つめる。


「私はグリが死んだらすごく泣くわ。また会いたいって思う。だからグリが不死になって、もう一度巡りあえたらとも思う。でもグリが帰ってきたときに、私が死んでいたらどうするの? グリはひとりぼっち」


「これはもともと、『また会いたい人』同士のどちらかが長寿でないと使えないアイテムなのよ。人間の手には余る、欠陥品だわ」


 リーリアは身につけているペンダントを襟元から取り出した。祖母の形見だと話していた金のロケットペンダントだ。


「だから、これに価値があるようには思えない。結婚相手にこれを贈るのが慣わしなんて、贈られたほうだって困ると思うの。

 永遠を誓いあうって意味なんでしょうけれど、今世は今世で来世は来世なのに。そもそもアサナシア教では、来世があるのは罪人だけだわ。

 良き人間たちは、楽園に招かれますからね」


 リーリアの話を沈黙して聞いていたルーキスは、はた、と思い出す。


「リーリア様は、縁談の話をしていますね」



 少し前。レヴァンタは、17歳の誕生日を迎えたリーリアに良い結婚相手を見つけてあげないと……とぼやいていた。

 リーリアは体が弱くて屋敷から出られないし、一人娘だ。だから必然的に入り婿というかたちになるのだが、果たしてこの悪評高き辺境伯の屋敷に、まともな入り婿が来てくれるのだろうか。


「ルーキスくんさえよければ、ルーキスくんがリーリアと一緒になってくれたら、ぼくは助かるのだけど〜」


 ルーキスはすぐに断った。何かを所有する生き方は、600年も前に捨てたのだ。辺境とはいえ王様になんてなりたくない。


 もしルーキスがレヴァンタに伝えたことが本当だとしたって、外大陸の貴族にコルネオーリの貴族が興味を持つのは珍しいからだ。コルネオーリ国内に権力があるわけではない。


 だからレヴァンタがルーキスに話を振ったのは、ルーキスからしたら不可解極まりないことであった。


 なのにその後、レヴァンタはリーリアにきた縁談のすべてにおいて、何故かルーキスにも意見を求めた。

 レヴァンタは、どれもこれも「今度は良い縁談だよ、ルーキスくん!」と嬉しそうに話を持ってくるのだが、ルーキスからすれば詐欺まがいの、悪条件極まりない縁談ばかりだった。レヴァンタがもっと社交界の噂に敏感な人間であれば、すべて払い除けられたものばかり。


 レヴァンタは不思議そうだった。


「ルーキスくんはよそから来たのに、どうしてコルネオーリの社交界にぼくより明るいんだい?」


 擬態するために学んだからだった。


 ルーキスは酷い縁談を喜び続けるレヴァンタを本当に愚かだと感じたし、愚かな親を持ったリーリアを不憫に思う気持ちもあった。


 しかしこの親子の事情は、ルーキスには関係がなかった。

 リーリアが不死について語り始めるまでは。



 リーリアはルーキスに、テーブルの向かいの椅子に座ることを薦めた。ルーキスは少し迷った末、座る。


「私、ルーキスさんに初めて会ったとき『貴方は泥棒?』って聞いたでしょ?」

「ええ」

「ルーキスさんは『ご自分の目で見て考えられては?』って返した。私、1年見てきて、ルーキスさんは泥棒ではないと思ったの」


「それで相談しようと思ったの。もし本当にグリに使いたくなっちゃったら、結婚相手に渡すのではなくて、グリに使ってしまって良いと思う?」


 ルーキスは黙る。もう少しリーリアから情報を引き出す必要がありそうだ。


「そもそもパパが私に、人並みの令嬢の経験をさせたがっているだけなの。私は縁談にも結婚にも乗り気じゃない」


「何故?」


「だって、若いうちに死ぬもの。

 こんなに体が弱かったら、子どもだって望めない。私のことを愛してくれる相手だったら、本当に可哀想。

 まあ、私が若くして死ぬことをわかって結婚を申し込む人なんて……たぶん私には興味がない。

 このペンダントにも、興味がないタイプの人よ」


 リーリアはルーキスから目を逸らすと、もう一度、グリを撫でた。グリはゴロゴロと喉を鳴らした。


「でも、おかしいかな。猫を不死にしたいだなんて」



 ルーキスはしばしのち、口を開く。


「リーリア様、これは昔話ですが、鳥と結婚したがった不死の魔物がおりました」

「鳥と?」

「その魔物は、鳥に与えるために、命を不死にする花を探しておりました」



「愚かな魔物だ。鳥を不死にするだなんて」


 ルーキスの頭にレヴァンタの顔が浮かんだ。


「でも、『愚か』のひとことで捨て去ることができないから……あの方を捨て去ることができないから」


 今ではもう不確かな魔王の声が、『ルキ』とルーキスを呼んだ。


「今もまだ 探している……」


 ほとんど、独り言のような言葉だった。


「何を?」


 ルーキスは顔をあげてリーリアを見る。


「花をです。今の話は、私の(あるじ)の話なのです。私は泥棒ではありませんでしたが、下心があって辺境領にきたのは事実です。命を不死にする花の情報を探してここへ来ました」


「『想い』は『愚か』のひと言で片付けられるものではありません。ですからリーリア様も、グリに使いたければお使いになってもよろしいのではと思います」


「ルーキスさんはそれを、パパに対しても思ってる?」


「パパは『愚か』だけで片付けられないって、そう思う?」


 ルーキスは正直に伝える。


「レヴァンタ様は、とても愚かです。

 ですが、リーリア様への想いだけは、本物なのでしょう」


 リーリアは微笑む。


「決めた。グリには使わない」

「左様ですか」


 リーリアは、ペンダントのロケットを開ける。その中身を、自らの手のひらの上に開ける。

 小さな花の種が、数個、リーリアの手に落ちる。


 ルーキスは信じられない気持ちで花の種を見つめる。


「貴方にあげるわ ルーキスさん」


「でも、本物かどうか知らないの」


 本物だと、ルーキスの魔物の直感が告げる。本物のアサナトスの花の種が、リーリアの手の上にある。

 いずれ見捨てることになるだろうと思っていたひとの手に。


(こんなもの、探しようがないではないか)


 ひとつの家に伝わる秘匿された家宝だなんて。

 だが、探しようがないものに、ルーキスは偶然とはいえ巡り合った。

 花を探し続けた末に、手繰り寄せるように。



「私、ルーキスさんがきてすぐに、この人は何かを探してるって気づいた。それで、こそこそついて行ったりしていたわけだけど……魔物だって気づいて、貴方の探し物はこの花の種かもしれないって思ったの」


「でも、ルーキスさんは一向に花の種に気づかない。そればかりか私とパパのためになることばかりしてくれて、一年も経っちゃった」


「グリの体調が悪くなってきて、『私のために、グリに使いたくならないようにしたい』って思ったの。

 大恩人のルーキスさんがもらってくれたら、安心する。ついでに家宝を無くした罪で、結婚もしなくてよくなると良いのだけれど」


 ルーキスは目を瞑る。


 リーリアはそれでよくても、レヴァンタは違うだろう。ルーキスが花の種を貰ったと知れば、リーリアを貰ってくれるのだと思って大喜びするだろう。


 とはいえルーキスは魔物であり、人間のルールに縛られる必要はない。

 リーリアが『くれた』のだからそのまま持ち去っても良いのかもしれない。花の種だけを貰い、辺境領を去り、結界の中の村へ戻っても。



(失う?)


 ルーキスは呆然とする。

 

(探す意味を失う)


 魔王はルーキスに花探しを命じた。

 そのために、ルーキスは死を免れた。


 ルーキスは、探した。

 探しつづけるほどに、アサナトスの花を探す時間のみが、ルーキスの時間をつくっていった。

 探すことが、日々であり、生きることだった。


 ルーキスは黙り込む。


 長年探し求めたものが急に空から降ってきて、ルーキスの心にあったのは歓喜ではなかった。戸惑いだった。


 ルーキスは考える。

(すべては、魔王陛下のために、だ)


 コルネオーリは、魔術の進んだ国だ。ほどほどに中立の立場でエオニアとも国交がある。

 魔術研究をするにも、諜報の拠点とするにも、長けている。


 だからだ。

 決して妙な郷愁や、同情に駆られたという理由ではない。利害の一致だ。


「わかりました」


 ルーキスは、足元にタフィの幻覚を見る。

 タフィ何羽分かを数える。



 ルーキスが急に目の前に跪いたのでリーリアは驚くが、ルーキスはリーリアではなく、膝の上のグリに触れる。回復魔術を行使する。少しでもグリの病の進行をおさえるために。


「たかが50年 100年 貴女にあげましょう、リーリア」

「え?」


「私は貴女と結婚することはできない。身分だって偽りのものですし、なにより魔物だからです。

 ですが私は貴女の知るとおり、このように回復魔術が使えます。長く生きた分、そのあたりの若い医師より様々な国の医術や薬草術に触れている。

 神聖医術には詳しくないが、これから学ぶことをお約束しましょう」


 ルーキスは顔をあげて、リーリアを見た。


「つまり私はそばにいて、貴女を生かします。貴女が死ぬまで、見守る魔物になりましょう。

 その代わり、貴女が死ぬ間際、もういいと思えたときに、その花の種を私にください」


「う、うーん???」

 リーリアは首を傾げた。


「それは、ルーキスさんが私と結婚してくれたら良いだけの話ではなくて?」


 リーリアはレヴァンタがルーキスに縁談をもちかけ、断られたことを知っていた。

 けれど今のルーキスの話は、リーリアにはプロポーズのように聞こえた。リーリアが死ぬまで、共にいると。


「結婚ではありません」

 ルーキスは立ち上がった。


 リーリアは、ルーキスの所作は美しいと思った。


(こんなにお顔がよくて、なんでもできる人がずーっと私のそばにいて……私、結婚できない気がするけれど……?)


「私は、魔物と契約しましょう、と持ちかけているのです。リーリア」


 まあ別に、リーリアは構わなかった。

 ルーキスが居てくれることの恩恵のほうが大きい。客人だろうと先生だろうと友人だろうと伴侶だろうと、父のストッパーになってくれて、グリやリーリアの病を少しでも楽にしてくれるのであれば、ルーキスが何者でもよかった。


「わかったわ。よろしくね、ルーキスさん。

つよい魔物に守って生かしてもらえるなんて、私、魔王になった気分だわ」

「はは、」


 リーリアは驚いた。


「ルーキスさんって、そんなふうに笑うのね」

「笑っていません」

「笑ったわ」


 ルーキスもリーリアも、お互いにホッとしていた。それがわかる空気が、ふたりのあいだにはあった。リーリアは、ルーキスが去らずにそばに居てくれると知ったから。ルーキスは、花の種のためにリーリアを生かし、守ると決めたから。


 探す意味の見えない花を探した末に、もうひとり守るべき対象を得るとは……しかし、このときのルーキスは、リーリアがルーキスにとってどれほど大事な存在になるか、知る由もなかった。



 リーリアがルーキスにアサナトスの花の種を渡したのは、死ぬときではなかった。


 ふたりが結局は夫婦になり、ふたりの間に「太陽に嫌われる病」に呪われた女の子が生まれてきたあと。女の子の病のために離れて暮らすことになる前に、リーリアはルーキスに花の種を託したのだ。

 夜にしか会えなくなる前に。自らの残りの寿命を、ルーキスではなく女の子のために使うと決めたから。


 けれどもそれはまた、別の物語だ。


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