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マヴロス大陸開拓記  作者: おおらり
4. 探す意味
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傀儡の王と走馬灯


 ベッドから起き上がり、窓の外を眺める。

 代わり映えしない庭の景色だ。


 6歳のあの日、魔法陣の上で目を覚ました。以降、エオニア城から出たことがない。

 外に出ることが許されていない。


「レフコス様は不浄の地を踏んではなりません」

「お身体に障ります、持病もあられるのですから」


 そう話すアサナシア教の聖職者たちに囲まれて育った。彼らは俺を「女神の子」と呼んだ。

 彼らにとって俺は、人間ではなかった。



 母の記憶はない。

 6歳より前の記憶がないままに生きてきた。母については、説話や絵画や彫像が、金の髪に紫の瞳の美しいひとだと伝えるのみだ。



 6歳にして、傀儡の王になった。

 エオニアには、傀儡の王がふたり居た。

 一人は女神の子、皇帝レフコス。

 もう一人は教皇クリオス。

 どちらも実権は握っていない。

 実権を握っていたのは高位聖職者のひとり、赤い瞳の男だ。


『聖女アサナシアは、聖なる力で子どもを身籠った』

 不思議なことに、皆がそれを信じている。

 皆なぜ気づかないのだろう。俺の父はおそらく、赤い瞳の男だ。赤い瞳、銀色の髪。よく似ている。


 だから母の処女受胎は、まったくの嘘だ。



 赤い瞳の男は、幼い俺にとって恐怖の対象でしかなかった。


 彼が何か言えば、皆がそれに同意する。

 議会が白に向けて進んでいても、彼が不機嫌そうにしただけで、一斉に黒になる。


 誰かが失踪したり、不幸な死に方をすることがよくあった。それを彼が意に介さない様子なのも恐怖だった。



 城に来た当初、男は俺には、優しい臣下のように振る舞った。しかしすぐに暴力を振るうようになった。決まって、人に見えないところで。


 俺が転んだりして痣をつくると世話係たちは大慌てした。だが、不思議なことに彼につけられた痣があっても、誰も気づかない。

「見える? これ」

と聞くと、

「レフコス様が何を仰っているのかがわかりません」

と暗示にかかっている目で返答があった。


 一度、顔が腫れ上がるまで殴られたことがあるが、それすら誰も気がつかなかった。


 最初は、彼が怖かった。しかし次第に(この男は、洗脳や暗示でしか人をコントロールできないのだ)と蔑むようになっていった。影の王のように振る舞っているが、王の器ではない。エオニア以外の王様を見たこともないのに、そう思った。



 13歳のとき。議会を見守る位置の玉座に、ただ座らせられていた俺は、退屈だった。となりの玉座に4歳年上の教皇クリオスが居たが、臆病な性格で『女神の子』とは目も合わせてくれない。


 赤い瞳の男が気持ち良さそうに議会を動かすのに飽き飽きとしていた。不愉快だった。

 ふと思いつき、おもむろに立ち上がり、赤い瞳の男を指差した。


「この者が母アサナシアを孕ませた」


 誰ひとり、俺の行動に反応しなかった。俺の反抗が見えていない。見えていたのはひとりだけ。

 あっけにとられた顔で、赤い瞳の男は俺を見上げた。

 愉快だった。



 小さな頃は「(わたくし)」と話すように言われ、それを忠実に守っていた。しかしこの一件以降「俺」と話すようになった。(格好良い)と思ったためだが、玉座の上で「俺は、」と話し始めると、彼は異形のモノ――魔物を見るかのように俺を見た。


 彼に逆らえるのは、この城のなかで俺だけだ。だから俺を殴る。思い通りにいかない唯一の存在だから。

「このバグめ」

と殴られるときによく言われた。

 意味がわからなかったが、彼は思い通りにならないことについて「バグ」と言うのだと何度も言われるうちに気がついた。



 ある日、

「レフコス、おまえは、何故指示を聞かない? 命令を聞かない?」

と問われたので、

「おまえは王の器ではないからだ」

と返した。


「王は民に好かれ、愛される。民のほうから物を捧げる。それに感謝し、感謝され、相互関係が成り立つ。おまえは、違う」

「私は、王ではないだろ?」

「だが、王のように振る舞っている」

「プレイヤーなんだから、当然だろう?」

 なにを言っているのか、わからない。

「チートスキルも持っているのに」

 わからない。



 ささやかな反抗を繰り返した結果、議会に参加できなくなった。玉座が空席でも俺がいるかのように、皆振る舞い、空席に「レフコス様」と話しかけていたらしい。男は俺を嘲笑った。


「本物のレフコスは今、部屋に幽閉されているというのに。笑えるな、レフコス」



 16歳になると、聖女アサナシアの血を絶やさないために世継ぎを作ることを強要された。赤い瞳の男は、はやく俺を殺したいのだと気がついた。

 じゃあ作るな、と心の中で呪った。


 議会の決定を伝えられたあと、部屋を訪れる者すべてに聞いた。

「聖女アサナシアの子であれば、神聖力で女を身篭らせることができるはずなのに、疑問に思わないのか?」

 無視されるか、「レフコス様の仰っている言葉の意味がわかりません」と返ってきた。


 俺のこの問いに、答えた者がいた。

 最初に寝所に送られてきた女、聖女トゥカーナである。


「聖女様の御子とはいえ、レフコス様は人間ということではないでしょうか?」


 トゥカーナは答えたあとで(しまった)という顔をした。

 女は『女神の子』と言葉を交わしてはならないルールだ。


「俺と、話してくれるの?」


 どうしても顔が綻んだ。王としての威厳も何もない、子どものような顔だったと思う。

 驚いたのち、トゥカーナは微笑んだ。


「……他の人に内緒にしてくださるのでしたら」


 一瞬で、彼女のことが好きになってしまった。


 トゥカーナは、孤立無援の城のなかで、はじめて得た俺の味方だった。彼にとっての「バグ」は俺だけじゃなかった。


 トゥカーナの件で、神聖力が強い者は暗示への抵抗力が強いことに俺は気づいた。



 俺は赤い瞳の男への反抗をやめた。トゥカーナを失いたくなかったからだ。すると男は機嫌を良くして俺の軟禁を解いた。


「トゥカーナを気に入ったと見える、使える女だ」

「お前も男だったんだな、レフコス」


 虫唾が走ったが、同意するふりをした。

 この時点ではトゥカーナと寝ていなかったので、心のなかで彼を嘲笑った。



 俺は教皇クリオスの暗示を解こうと考え、積極的に話をするようになった。

 彼は、神聖力が抜群に高かったからだ。

 完全に暗示が解けたわけではないが、クリオスは議会ででた話や、外の面白い話をいろいろと教えてくれるようになった。


『女神の子』にずっとこわごわと接していたクリオスは、次第に、兄のように優しく接してくれるようになった。

 俺も、本当の兄のように慕った。


 舞い上がるような気持ちだった。

 今までずっとひとりぼっちだった。

 今は味方が、ふたりもいる。

 ふたりを失わないために必死になった。

 必死に従順なふりをした。



 だが、2年後にふたりの暗示が解けていることが露呈した。

 ある夜、クリオスの部屋から帰ると、寝所にトゥカーナの死体があった。近くに毒薬の小瓶が転がっていた。

 自分であおったようだった。

 気丈な彼女が自死するはずがなかった。


「お前も使うか? レフコス」


 トゥカーナが使ったのと同じ毒の小瓶を、赤い瞳の男は俺に投げてよこした。

 勝ち誇ったような表情に、トゥカーナは、暗示にかかって死んだことを察した。



 教皇クリオスも再度暗示にかけられて、他の者と同じように俺に接するようになってしまった。


 優しいクリオスが、冷淡な声で言った。


「女神の子であるレフコス様と、人間である私は、もうお話することはできません」


 クリオスは泣いていた。

 暗示と本心の狭間で、心が壊れていく姿に、兄を守るために離れた。


 俺は再度、孤立した。



 幽閉されたが、部屋にずっとひとりで居たい気分だった。トゥカーナは俺と関わらなければ死ななかったと考え、塞ぎ込み。手の中で毒の小瓶を転がし。いや、違う。『この城の中では赤い瞳の男だけが悪い』と、怒りを新たにした。

 トゥカーナの仇をとりたかった。

 機会を待とうと、復讐心を隠して、男に従順なふりをした。トゥカーナのことを考えながら、命じられるままに、物言わぬ女たちと寝た。

 

 幽閉をはじめ、男が「設定」だと言うことを、忠実に守った。だいたいのそれは、呪いのようなものだったが。



 赤い瞳の男は、俺の部屋によく来るようになった。戒律で禁止されているにも関わらず酒を飲み、俺にも飲むことを強要した。

 酒を飲んだ男は機嫌よく、だれそれを殺すつもりだとか、だれそれを騙すつもりだということを語った。


 赤い瞳の男は、人間を人間と思っていない。本当に駒としか思っていない。どう思っているのかを探ったらこう言った。

「NPCなのだから、当然だろう?」

 相変わらず、意味がわからない。

 反吐がでると思いながら男の酒に付き合い続けた。



 ある夜、男が言った。

「記憶もないのに、どうしてこんな育ちをしたのかと思ったものだ」


 城で目覚めたとき、俺は魔法陣の上に居た。

 幼少期の記憶は、彼に奪われていた。


 いつも、寝る前に持病の薬を飲んでいた。飲み忘れると頭が痛くなり、体調が悪くなって苦しんだ。世話係に、薬の飲み忘れが続くと死ぬと聞かされてきたし、小さな頃から同じ薬だったため疑ったことがなかった。


 しかし俺の記憶は、奪われたものだった。薬をやめることを試してみたかったが、理性を用いて飲み続けた。



 しばらくすると、赤い瞳の男は酒を飲む頻度が上がり、酒に溺れるようになった。何かが上手くいっていない様子だった。


 ある日、憂さ晴らしで、俺の部屋で酒を飲むときにクリオスを連れてきた。久々に会えて嬉しかったが、男はクリオスを暗示で痛ぶり、「笑えるだろう? レフコス」と俺に見せた。


 その瞬間に、ずっと耐えてきたことが、何のためだったのかがわからなくなった。

 この城で彼に抗えるのは俺だけだったのに。

 傀儡の王ではなく、王として他の者のことを考えるなら……もう、遅すぎるくらいだ。



 隙をみて、3日分の薬を、男の飲む酒に全部入れてやった。長年培った油断を失う上に、俺はひどく寝込むことになるだろうが、もう構わなかった。


 男は床に嘔吐し、のたうちまわった。

「あはは」

 クリオスに男がそうしたように、男を笑って見ていると、醜態を晒しきった男は、泣き始めた。


 苦しむ男の首元に、黒い斑点を見た。不治の奇病にかかっているのだと男は喚いた。


(当然の報いだ、ざまあみろ)


 わらう俺に、男は早口でまくしたてた。


「どうしてこんな、ここにきてバッドエンドのフラグがたつんだ。痣ができてからずっと、魔の気配がする。何かに取り憑かれている。呪われている。

 神聖力で何とかなるんじゃないのか。この城には神聖力を持つものがごまんといるのに、だれも俺の病を癒さない」


「プレイヤーだというのに、何もうまくいっていない。美味しい思いができていない。

 マヴロス大陸の攻略だって最短で行いたかったのに、ものすごく長い時間がかかった。なんでだよ。俺はマヴロスに詳しいのに……。

 何より、最推しのアサナシアをとられた。お前のことも……ぎゃあぎゃあ喚くガキの、面倒な時期を育ててくれるなら良いと考えていたが、何かのバグで、思い通りにならないお前になった」


 呆然としてわけのわからない話を聞いていた俺は、指摘する。


「神聖医術は、対象に少しも愛がなければ効かない。

 つまりこの城には、貴方に従順な者は居ても、貴方を愛する者がいない」


「うるせーよ、もう投げてやるよ、こんなクソゲー」


 男はそう言い捨てて部屋から出ていった。



 翌日、赤い瞳の男は「アサナシアにこだわらず、俺を愛してくれるヒロインを見つける」と、城から去っていった。

 最後まで何を言っているのかわからなかった。


 人を人ではないNPCというものだと思っていて、すべてが自分の思い通りになると思っていて、暗示という手法でしか人と関われない男には、人に愛されるどころか病を治すことすら無理なのではないかと思った。



 男が城から去ると、城のものたちは各々みな、自分で考えて行動するようになっていった。

 だが、困ったことが判明した。

 男が「設定」と呼ぶ「呪い」は解除されないままだった。『女神の子はこの世の不浄の空気が合わずに幽閉された』ことになっていて、周囲もそのように接した。部屋から出ることはできたが、城からは出られなかった。


 どうやっても、出られない。



 薬が切れた俺は、ひどく苦しんだ。1日目はもがき苦しみ、2日目はベッドから起き上がれないほどの熱を出した。

 3日目に、不思議な夢を見た。



 俺は、木漏れ日のなかを散歩していた。落ち葉の積もった、やわらかな地面の感触があった。地面の上なんて一度も歩いたことがないのに不思議だった。

 小さな木の実が落ちていて、日の光にきらめいて茶色い宝石のようだった。

 しゃがみ、木の実を拾うと誰かが俺の頭を撫でた。


「レフコス」

「良いのを拾ったなあ」


「あとで、宝物の箱に入れるんだ!」

 はずむ子どもの声が聞こえた。



 4日目も、薬を飲まずに夢を見た。


 下手な子守唄の夢だ。

 赤子がぎゃあぎゃあに泣いていて、誰かがおろおろしながら赤子をあやし続けている。ぎこちない子守唄を、懸命に歌っている。



 5日目に見たのは、熱を出したときの夢。

 誰かが背中をさすっている。


「レフコス、苦しいのか?

 今、薬を煎じてもらっているからな」

「なにか食べられそうか?」


 同じ男がでてくるのに、いつも顔が見えない。


「神聖力を使える者がいたらよかったんだが……」

「おかあさまは、来てくださらないの?」

「おかあさまは……おかあさまも体調が悪いんだ」


「レフコス、ごめんな……」

「おとうさまは、いっしょにいてくれる?」

「もちろんだよ、レフコス」


 俺は顔をあげた。

 黒髪の父は、黒い瞳に俺を映している。

 父は、俺に似ていない。

 でも、そんなことは関係ないと、俺に微笑む。



 夢のなかで、俺は泣いていた。

 目を覚ましても泣いていた。

 体調は最悪で、体のあちこちが痛く、このままでは死ぬと頭痛が警鐘を鳴らす。

 食事も喉を通らない。

 でももう、薬を飲む気にはなれなかった。

 もう、大切なものを奪われたくなかった。



 夢を見るたびに、衰弱していった。

 母アサナシアは、名は出るものの、出てこない。病に伏しているようだ。

 父は、名はわからないが、俺を大切にしてくれる。まるで、世界でいちばんの宝物のように。幼い俺は、父のことが大好きだった。


 赤い瞳の男のことが頭をよぎる。

 俺は、命と引き換えに、お前に奪われたものを取り戻しつつある。俺には俺を愛してくれた家族が、ちゃんといた。何者にも愛されなかったお前と違って。


 ざまあみろ。



 ベッドから這うようにして。起き上がり、窓の外を眺めた。代わり映えしない庭の景色だ。

 けれど俺はもう、地面の感触や花のにおいを知っている。思い出したから。


 夢を見始めるまで、

「生まれてきてよかったか」と聞かれたら、首を横に振った。


 夢を見始めてからは、よく、わからなくなった。


 もう一度、地面に立つことができたなら。外の世界のものに触れることができたなら。


 しかし、城から出られない。

 このままだと、このまま、ここで死ぬ。


 俺の手元には、小瓶がある。

 トゥカーナが飲んだのと同じ毒だ。



 以前、クリオスが俺に教えてくれた。


『人間は、命をかけて願ったことを叶えることができる』


 俺は『女神の子』ではない。人間だ。

 トゥカーナが俺に、そう教えた。


 知らない故郷に帰りたい。

 あの日踏んだ、木漏れ日の降り注ぐ地面を踏みたい。

 トゥカーナのように、毒をあおった。



 誕生日の夢を見た。

 広いテーブルの上にごちそうが並んでいる。贈り物もたくさんあった。

 けれど俺が一番嬉しかったのは、おとうさまが嬉しそうだったことだ。

 

「お誕生日おめでとう、レフコス。

 今日は、レフコスが産まれてきてくれた、最高に良い日だよ」



 気がつくと、落ち葉の積もった地面に寝転んでいた。あたりに魔の気配があった。エオニア城にはなかった気配が、途方もなく懐かしかった。

 近くに、そびえたつ城があった。

 封印された魔王の城だ。よく知る城だ。


 ああ……なんだ、そうだったのか。

 俺は王様を知っていた。立派な王様である、強いおとうさまに、憧れていた。


 おかあさまはきっと、封印とともにおとうさまと心中した。おかあさまが愛していたのはおとうさまだ。だから「とられた」とあの男は泣いた。


 俺だけが残された。でも、俺も、帰ってきた。

 そしてもう、ふたりに追いつく。


(おとうさま、ただいま)


 地面の柔らかな感触があった。あの日の木漏れ日がそのままにあった。手の近くに小さな木の実が落ちていた。震える指でさわると、つるつるとしていて、あの日の感触のままだった。俺は嬉しくて、幸せな気持ちで笑った。


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