プロポーズ
マヴロス大陸には先住民の村がふたつある。
大陸の地図に載るタフォス村と地図に載ることのない、結界で隠された村、タフィ村だ。
どちらも魔王が大陸にもたらした素朴な暮らしを伝え、タフィ教を信仰している。
タフォス村を訪れた者が知るのは鳥のタフィへの信仰だけだ。タフィ教に魔王信仰の側面があることをタフォス村の村人は隠している。
大陸に住む9割の人間がアサナシア教徒となった今、彼らは少数派だからだ。
タフォス村の村長は、村を訪れた余所者にこう話す。
「タフィ教徒はアサナシア教徒の敵ではない、魔王に隷属していた哀れな現地民が、空飛ぶ鳥に助けを求めた宗教なのだ」
「魔王から解放してくれた、アサナシア教には感謝している」
そう騙る。
タフォス村に守られるように、小さな山向こうに隠されるタフィ村は、魔物と共存する人間の村だ。そもそも先住民には魔物と人間の混血がとても多く、彼らをアサナシア教から隠すための村でもあった。
魔王カタマヴロスは、人間と魔物の混血をすすめてきた。弱き人間に魔物の強さを与えようとした。
タフィ教徒の親は子どもにこう伝える。
「タフィ様のような最もか弱き者にもお優しい魔王陛下。陛下を見習って、強き者は弱き者を助け、みんなで助け合い暮らしていくのですよ」
そして、こう祈る。
「タフィ様のもとで共に暮らす者たちに、魔王様の守りがありますように」
冬のはじめ。タフィ村の村祭りは、「長く雪の積もる冬をみんなで乗り越えられるように」「そして春が訪れますように」と願うお祭りだ。
花が好きだったタフィのために、村中に花飾りが飾られ、赤や黄色の紙吹雪が舞い、子どもたちは魔王のツノをつけたり、タフィの羽飾りを髪や腰に挿しておしゃれする。
おしゃれをするのは、年ごろの女の子たちも同じだ。
タフィ教では、タフィは鳥だが美しい女性になることもでき、魔王とタフィは仲睦まじい夫婦であるとされる。なので、女の子たちは競って着飾りお化粧すると、結った髪にタフィの羽飾りをつける。
女の子は『タフィ様のように、魔王様のようなひとを見つけたい』と思い、男の子は『魔王様のように、タフィ様のようなひとを見つけたい』と思う。タフィ教徒の恋愛は、家庭を築くことが前提にあり、その目標は魔王とタフィなのだ。
夕暮れとなり、祭りは佳境を迎える。村に伝わる笛をつかった民族音楽とともにダンスが始まる。いつもなら寝るように促される子どもたちも、酒も入り機嫌の良い大人たちの横で、美味しいご馳走を食べて幸せそうだ。
たくさんの明かりが灯される村祭りの会場から離れ、村が一望できる高台にて。青年ゴノはようやく探していた少女を見つけた。少女は暗がりから、村祭りの会場の灯りを遠目に見ている。着飾らずに普段着で、手にタフィの羽飾りを持っていた。
「ポリー!」
薄茶色の髪の少女は、少し驚いた顔で青年を振り向いた。
「どうした? なあ、ずっと探していたんだ。ポリーと踊りたくて……」
「私……貴方はタフィ様をダンスに誘うのかと思った。そんなの見たくないから……」
ポリーが言う『タフィ様』とは、村で一番可愛くて、タフィ様の化身だと噂されている女の子のことだ。
「ないない、だって――」
ゴノは笑ってはぐらかそうとして、ポリーが今まで泣いていたことに気づく。
真剣な顔で伝えた。
「ポリー、遅くなって本当にごめん。
気がついたんだ。だれがずっと支えてくれていたのか。ポリーが俺を看病してくれたときに……俺はポリーと一緒に暮らせたら幸せだって思った。
いままでどうしてこんなにすぐそばにある幸せに気がつかなかったんだろう、って」
「俺にとってのタフィ様は、君なんだ」
「もう、ほんとうに遅いよ……でも、ほんとに?」
ポリーは涙をぬぐいながら聞く。
「私にとっての魔王様になってくれるの?」
ゴノは、ポリーに手のひらを差し出した。
「もちろん! ポリーのことを守るよ、約束する! 長き眠りがふたりを別つまで、ずっと一緒にいよう」
ポリーは片手をそっと重ねて微笑む。
「嬉しい。私も、長き眠りがふたりを別つまで、ずっとあなたを支えるわ」
「じゃあ、改めて……俺と踊ってくれる?」
「喜んで」
ゴノはタフィの髪飾りを受け取ると、恥ずかしそうにうつむくポリーの髪に挿す。
ふたりは照れながらも手をしっかりと繋いで、村祭りの会場へと戻っていく。




