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マヴロス大陸開拓記  作者: おおらり
4. 探す意味
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病の気配

「新種の奇病?」


 若き医師リーゴスがはじめてその症例を耳にしたのは、魔王封印から90年ほど経ったある日のことだった。

 医師連盟の集まりから帰った師が、リーゴスに伝えた。


「高熱が一週間下がらず、解熱後、薄い灰色の斑点が腕や足など皮膚表面に出るのだそうだ。

 斑点はひかずに、倦怠感が長く続く」


「当初は人から人への感染症と思われていたが、分布が極端に偏っている。ちょうど魔王城のあたり……いまアサナシア教会の管理下にある旧魔国と呼ばれる地域。その風下でしか発生していない。

 医師連盟は、風土病とみているようだ」


 リーゴスは師に聞いた。


「風上に、なにか毒を振り撒く魔物でもいるんでしょうか?」

「魔物だとすると相当大きくて動かないやつだな」


「問題は、民衆は風土病とは思っていないことだ……不治の感染症だと恐れている。罹患者が一目瞭然であるから、仕事を失ったり、家を失ったり、差別の標的となっている。

 治療法とともに、早急に原因……『大きな魔物』の正体を突き止める必要がある」


 当時は「斑点病」の呼びかたが主流だったが、医師連盟はマヴロス特有の風土病であることを強調したかったために「マヴロ病」の呼び方を広めた。


 医術や薬術の効果が薄く、神聖医術が最もマヴロ病を癒した。このことから、マヴロ病に魔物や魔の力が関わっていることはほぼ確定であった。



 何年かして、医師リーゴスが独立したころ。マヴロ病患者の斑点が増えたり、斑点の灰色が黒に向けて濃くなる症例が目立つようになった。そして、体が動かなくなり衰弱する者が出始め、ひとり、ふたりと亡くなり始めた。


 老若男女を問わず、マヴロ病にかかった者は10年ほどで亡くなることが判明した。


 神聖医術で病の進行は抑えられたが、末期患者となると、神聖医術をかけている最中(さなか)に黒い斑点が増え、死に至る者もいた。



 リーゴスの友人医師が言った。


「みな、領土を奪われた魔王の呪いだと言っている。それで『マヴロ病』という正式な名より『魔病』という呼び方をする者が増えている」

「馬鹿を言え、魔王は死んだんだろう?」

「さあ、アサナシア教会の上の方はそう言っているが……どうなのだろう? みな、アサナシアに祈っている。魔王を封印した、女神アサナシアの化身であるという聖女アサナシアに。

 魔王を封印し続けてくれ、と」

「封印し続けてくれ? 変な話だ。魔王は生きてはいない、死体があるだけなんだろう?」

「死体があり続けているのが問題なんだ。アサナシア教会は現に、魔王の遺骸を消滅させることは出来ていないのだろう?」


 なるほど、呪いかどうかはわからないが、魔王の遺骸は原因としてあやしく思えた。


 同じ疑いを抱いた医師連盟はアサナシア教会に調査を申し出たが、教会は『魔王城にはいくつも結界を張り巡らしており、調査にはその解除が必要だ。もし本当に疑わしいのであれば、来たるべきときに我々が調査する』と述べ、なかなか重い腰を上げなかった。



 マヴロ病の治療に神聖医術師たちがあけくれるなか、医師連盟は原因究明に奔走した。そのなかで、妙なことが判明した。


「魔王城に一番近い、先住民の村で罹患者が少ない。タフォスの村という名前で、マヴロスにある唯一の先住民の村だ。

 本来であれば、全員が罹患していてもおかしくない地域のはずだ」

「先住民はマヴロ病にかからない? 外から来た民とその子孫だけがマヴロ病にかかっていると?」

「もともとは魔王に圧政を敷かれていた民たちだ。魔物に奴隷のように扱われていたという……魔のものへの耐性、抗体があるのではないか」


 抗体。それは希望の光だった。リーゴスは医師連盟の一員として、タフォスの村に実際に赴いた。


 タフォスの村には女神アサナシアの像はなかった。土着の民は、タフィという妙な鳥を厚く信仰していた。村長は、こんなことをリーゴスたちに言った。


「あー 私たちはタフィ様に守られているから、変な病気にはならない」


 まったくもって根拠のない話だった。


 タフォス村の村長は村人数名を呼び、医師連盟に血のサンプルを提供してくれた。

 研究の結果、外から来た民の血液とのあいだに明確な違いは見つけられなかった。



 タフォスの村から帰ってきて、街中のアサナシアの石像に祈りを捧げる民衆をリーゴスは見る。


「ああ、アサナシア様、なにとぞ魔病からわれわれをお救いください」

「アサナシア様、我々を助けてください」


 マヴロ病は大陸全土に広まりつつあった。

 リーゴスは考える。


(アサナシア教徒は死に、タフィ教徒は生き残る? 本当に魔王の呪いのようではないか)



 魔王封印から、120年が過ぎるころ。

 マヴロ病患者は急速に増えていった。死に至るまでの期間が短くなり、たくさん亡くなりはじめ、民衆はパニックに陥った。


 その段階になってようやく、アサナシア教会は魔王城の調査に乗り出した。

 調査期間中に、魔王城に赴いた調査隊のうち、魔力を持つものたちが急速にマヴロ病となり死んだらしい。

 その一件があってようやく、アサナシア教会は認めた。


「魔王の遺骸から魔王の魔力が漏れでている」と。


「マヴロ病の原因は、空気中をわずかに漂う魔王の魔力であり、我々、外来の民が魔王の魔力に耐性がないのが原因である」

 そうアサナシア教会は発表した。


 誰かがアサナシア教会に質問した。

「魔王は生きているのか」

 民衆の恐れを代表しての質問だった。


「いいえ、死んでいる。しかし、魔力は残っており、それが我々にとって害のある毒であると今回判明したものである」


「今後は、聖女アサナシア様の封印に重ねて、百年ごとに封印の儀を執り行うものとする」



 医師リーゴスは、街の外れで燃やされるマヴロ病患者――自らが看取った患者、数名の遺体を見ながら、無力感を感じた。

 何故もっと早く――もっと早くに、教会が動いていれば、亡くなる人の数、その桁が違っていただろうに――。それこそ(やまい)の気配がした段階で、魔王の遺骸を調べられていたなら――。



 封印の儀を執り行う聖女は、すぐに見つかった。マヴロ病のために尽力してきた神聖医術師のなかに、ひときわ強い神聖力を持つ女性がいたからだ。本人から聖女に志願したという。


 封印の儀はすぐに執り行われた。

 魔王の遺骸が再封印されると、不思議なことが起こった。

 大陸中の民のマヴロ病が癒えたのである。


 聖女が起こした奇跡であると教会が発表すると、信心深い者はみな口々にこう言った。


「やはりアサナシア様は、我々を見捨ててはいなかった」



 リーゴスは、熱心なアサナシア教信者ではなかったから。現実的なことだけを考えた。教会の対応が後手後手だったことを忘れてはならない。封印がほつれてきたなら、その段階で再封印するべきだった、と。



 マヴロ病は百年に一度しか流行しない病だ。

 どんどん風化し、その危険性は忘れられていった。


 そのうちに「魔病はかかっても、聖女様が魔王の遺骸を封印してくだされば治るのだから」と楽観視する声まで聞こえはじめた。


 老齢の医師リーゴスは、訴え続けた。

「かかっても良い病なんてない」

「死ぬ可能性のある病なら、なおさらだ」



 医師リーゴスは「50年に一度の魔王の遺骸の再封印」を医師連盟を通して、アサナシア教会に訴え続けた。もう、マヴロ病で亡くなる者を一人も出したくなかったためだ。

 結論から言えば、その思いが叶うことは無かった。


 リーゴスは、聖女が封印の儀で死ぬことを知らなかったから。

 人間のリーゴスには、永遠の命は無かったから。


 リーゴスは次の病の気配を感じることなく、亡くなった。しかし、マヴロ病の症例についてリーゴスが記した書は残り、百年後の民の助けとなった。


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