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マヴロス大陸開拓記  作者: おおらり
3. 最悪の選択
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32. 修復される世界


 その子どもは落ち着かずに、クマのぬいぐるみに話しかけ続けていた。


「おとうさま、かえってくるよね」

「偉大な魔王のおとうさまが、負けるはずがないんだ」

「おかあさまは、どうしていらっしゃるんだろう」


 やがて聖職者の男たちがやってきて、怯える子どもを魔術で眠らせた。クマのぬいぐるみは男の手でぞんざいに床に放り投げられた。

 ぬいぐるみは子どもが連れ去られるのを、ただジッと床に横たわって見つめていた。


 扉が閉まると、クヴェールタは。

 変化(へんげ)の術を解いて、急ぎ、(あるじ)である魔王を探した。



 蝙蝠のように天井に張りつき、柱の影に隠れて。人間たちの目をかいくぐり、通路の先にクヴェールタは見る。

 巨大な、球形の黒い魔力のかたまりを。


 変わり果てた姿になった魔王を見て、クヴェールタは大粒の涙をこぼす。


 戦いの一部始終を見ていた魔物は、魔王がハチドリを守り戦った勇敢な姿をクヴェールタに語った。

 そして、聖女に魔王が『金色の剣』で刺され、封印された場面も。聖女は魔王に恩義があったはず、なのになんて卑劣なのかと魔物とクヴェールタは憤った。



 かつて、魔王はクヴェールタに、魔王城の守護を命じていた。逃げ隠れして生き延びることを優先するように命じられた後も、クヴェールタは魔王城とその敷地から去るつもりはまるでなかった。


 クヴェールタは魔王の部屋へと向かった。

 魔王の部屋には3名の聖職者が居た。ひとりは老齢で、ふたりは壮年だった。老齢の者が最も高位の聖職者であるようだ。

 クヴェールタは息をひそめ、まあるいふたつの瞳と三角の耳をこらした。



「マヴロス大陸の人間を隷属させ、さぞや私財を肥やしているのだろうと思いきや……やはり魔物は魔物だな。価値のあるなしがわからないと見える」

「この棚にあるのはすべて香辛料のようだが、なんとも質の低いことだ」

「だが、この魔石の原石は素晴らしい。マヴロス大陸には豊富な資源が眠っているという話は本当のようだな」


「もっと他に価値のあるものはないか」


 人間たちは、石壁に隠し扉を見つける。

 ギイ…と扉を開け、暗闇をおそるおそる照らすと、小さな部屋のなかはすぐに一望できた。


 一目するだけで金目のものがないことは明らかだった。部屋の中に高く積まれているのは、大量の紙と本だ。そして石板や木板。

 部屋の壁に寄せるように、古びた、粗末な木の机と椅子があった。


「魔王の書斎か?」

「まるで小間使いの部屋のようだが、隠し部屋なところを見るとそうかもしれん」


 腰が曲がり杖をつく老齢の聖職者は、部屋に入らずに扉のところに立ち。他のふたりが中へと足を踏み入れた。

 思い思いに紙や本を手にとり、ふたりは眉根を寄せる。


「魔物が、人の真似をして、気味の悪い……」


「だが、書いてあることは『これを作った』とか『あれを作った』という内容のようだな。さほど警戒すべきものには見えないが……どう思われますか?」


 ひとりが老齢の聖職者を振り返り、問う。

 杖をつく男は、低い声で断言した。


「すべて燃やせ」


 緊張するふたりに、男は理由を説明した。


「意思疎通がはかれるのではないか? とこちらに思わせる魔物など、危険極まりないに決まっている。ましてや魔王の遺物などもってのほかだ。

 魔物が人間に近しい存在だと思わせるような遺物ということは、人間を堕落させる遺物ということだ。すべて燃やせ」


 聖職者のうちひとりは、尊敬の眼差しで老いた者を見つめたが、もうひとりの顔には(そこまで言うことだろうか)と書いてあった。

 老齢の男は続けた。


「魔王は絶対悪でなければ我々は困る。

 アサナシア教の教えは今後のマヴロス大陸の統治に絶対に必要だ。

 悪しき魔王を滅ぼされた聖女アサナシア様こそが善である。その前提がなければ民衆はついて来ない。

 アサナシア様の教えに対し、民衆が懐疑を抱く可能性が、残っていて良いわけがない……魔王と意思疎通がとれたかもしれないなどと、馬鹿げている。魔物だというのに」


 深い皺の刻まれた顔の男は断じた。


「魔王はマヴロスに圧政を敷き、人間を隷属させた魔物、我々にとっての悪だ」



 クヴェールタは、人間たちが小部屋から(あるじ)の書いたものを次々に運び出し、主の部屋の窓からぞんざいに外へと投げ捨てるのを見た。

 石板は割れて壊れたが、さらに人間たちは魔術で粉々にし、泥と混ぜ、文字がまったく読めないようにした。


 紙と本と木板は、集められて強力な炎の魔術で燃やされた。


 魔王の記録が、実在の証拠が、人間たちの手によって火にくべられ、跡形もなく消えていく。

 クヴェールタは茂みの陰に身を潜めながら、パチパチという音を聴き。まあるい瞳で、煙がたちのぼるのを、いつまでも眺めていた。


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