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マヴロス大陸開拓記  作者: おおらり
3. 最悪の選択
31/35

31. 闇と光

 夢を見た。


 アサナシアが、赤子を抱いている。

 ベッドの上に座り、やわらかな白い布に包まれた赤子を嬉しそうに抱いている。


 ああ、アサナシアはようやくレフコスを受け入れてくれた。なにも問題はない。

 幸せそうに、おくるみの中を覗くアサナシアを見て――俺も、幸せだ。


 そばに寄ると、アサナシアは俺に微笑みかける。微笑みを返したあとで、おくるみの中を見てぎょっとする。


 白いおくるみに包まれているのは、黒い毛むくじゃらの獣だ。はじめてマヴロスにきたときの俺の兄弟たちに似た姿の魔物。


 瞬きをすると、それは黒い髪の赤子になった。レフコスには、似ても似つかない。


「見て、リョーにそっくり」

 アサナシアは俺に笑いかける。

 俺は、笑いを返せない。


 赤子のちいさな指に、アサナシアは白い指を握らせる。優しい声でささやく。


「私たちの可愛い赤ちゃん。

 私とリョーの……可愛いちいさな魔物の赤ちゃん」


「私の願い」



 

 焼けるような熱さと、凍てつくような冷たさが同時にやってきて――そして、すべての波が引いて行った。


 真っ暗だ。何も見えない。

 静かだ。何も聞こえない。


「アサナシア……?」


 厚い膜を隔てたようなくぐもった音で、勇者たちと聖職者たちの歓声が聞こえてきた。魔王の封印の成功を歓び、アサナシアを讃える声が聞こえる。


「魔王は力を失った! 我々が魔王を倒し、マヴロス大陸に平和をもたらした! ここにあるのはもはや無力な遺骸と呼べるものであり、もう我々にとっての脅威ではない」


「聖女アサナシア様が、その身をもって、悪しき魔王を封印してくださった!」


 違う。

 結果的に――俺は力を失い、大きな魔力の塊のようなものになって、もう彼らの脅威ではなくなったかもしれない。


 でも、逆だ。


 俺が、アサナシアを封印した。

 アサナシアの崩壊を止め、この世界に繋ぎとめるために。

 どうやったのかは思い出せないが、魔力を変質させて、アサナシアと自分自身の意識を包んだのだ。


 俺の意識――あるいは魂は幽霊のようになって、永遠に続くような深い闇のなかにあった。


 目を閉じて感覚を澄ませると、あたりに広がる魔王の魔力のなかに、確かに、アサナシアの魔力と神聖力が混ざっているのを感じた。


 だから、いるはずだ。

 アサナシアの意識も、あるはずだ。

 この広大な闇のなかのどこかに。


 きっとひとりで、心細い思いをしているに違いない。探さなければ。



 ふと、笑い声が聞こえた。


「アサナシア?」


「どこだ?」



 延々と続く闇のなかを俺は歩く。

 ときおり、アサナシアの笑い声を聞き、走るような足音に気づく。


 ずいぶん歩き続けた末に、ようやく、薄ぼんやりとした光を見つけた。彷徨い歩くアサナシアの後ろ姿が、ぼんやりと光って見える。


 いつもの生成りのワンピースの寝巻き姿だ。城を徘徊するアサナシアの白い手。その手を何度も掴み、寝室に戻したことを思い出す。


「アサナシア」


 声をかけると、立ち止まった。

 しかし、振り向かない。


 俺はアサナシアの手に手を伸ばす。


「アサナシア」


 白い手がするりと俺の手から逃げて。

 アサナシアはまた、どこかへ消えてしまう。


「アサナシア、ああ」


 レフコスの出産の折に、俺に向けられた強い眼差しを思い出す。投げかけられた、正気のアサナシアの最後の言葉。


『うそつき』



 笑い声を聞いては、闇のなかを探しまわった。

 つかまえようとしても、その手は俺の手からするりと逃げていく。

 体を捕まえたと思っても。

 アサナシアは消えてしまい。

 俺の腕のなかには、アサナシアの服だけが残され、それも、闇にほどけて消えてゆく。


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