31. 闇と光
夢を見た。
アサナシアが、赤子を抱いている。
ベッドの上に座り、やわらかな白い布に包まれた赤子を嬉しそうに抱いている。
ああ、アサナシアはようやくレフコスを受け入れてくれた。なにも問題はない。
幸せそうに、おくるみの中を覗くアサナシアを見て――俺も、幸せだ。
そばに寄ると、アサナシアは俺に微笑みかける。微笑みを返したあとで、おくるみの中を見てぎょっとする。
白いおくるみに包まれているのは、黒い毛むくじゃらの獣だ。はじめてマヴロスにきたときの俺の兄弟たちに似た姿の魔物。
瞬きをすると、それは黒い髪の赤子になった。レフコスには、似ても似つかない。
「見て、リョーにそっくり」
アサナシアは俺に笑いかける。
俺は、笑いを返せない。
赤子のちいさな指に、アサナシアは白い指を握らせる。優しい声でささやく。
「私たちの可愛い赤ちゃん。
私とリョーの……可愛いちいさな魔物の赤ちゃん」
「私の願い」
焼けるような熱さと、凍てつくような冷たさが同時にやってきて――そして、すべての波が引いて行った。
真っ暗だ。何も見えない。
静かだ。何も聞こえない。
「アサナシア……?」
厚い膜を隔てたようなくぐもった音で、勇者たちと聖職者たちの歓声が聞こえてきた。魔王の封印の成功を歓び、アサナシアを讃える声が聞こえる。
「魔王は力を失った! 我々が魔王を倒し、マヴロス大陸に平和をもたらした! ここにあるのはもはや無力な遺骸と呼べるものであり、もう我々にとっての脅威ではない」
「聖女アサナシア様が、その身をもって、悪しき魔王を封印してくださった!」
違う。
結果的に――俺は力を失い、大きな魔力の塊のようなものになって、もう彼らの脅威ではなくなったかもしれない。
でも、逆だ。
俺が、アサナシアを封印した。
アサナシアの崩壊を止め、この世界に繋ぎとめるために。
どうやったのかは思い出せないが、魔力を変質させて、アサナシアと自分自身の意識を包んだのだ。
俺の意識――あるいは魂は幽霊のようになって、永遠に続くような深い闇のなかにあった。
目を閉じて感覚を澄ませると、あたりに広がる魔王の魔力のなかに、確かに、アサナシアの魔力と神聖力が混ざっているのを感じた。
だから、いるはずだ。
アサナシアの意識も、あるはずだ。
この広大な闇のなかのどこかに。
きっとひとりで、心細い思いをしているに違いない。探さなければ。
ふと、笑い声が聞こえた。
「アサナシア?」
「どこだ?」
延々と続く闇のなかを俺は歩く。
ときおり、アサナシアの笑い声を聞き、走るような足音に気づく。
ずいぶん歩き続けた末に、ようやく、薄ぼんやりとした光を見つけた。彷徨い歩くアサナシアの後ろ姿が、ぼんやりと光って見える。
いつもの生成りのワンピースの寝巻き姿だ。城を徘徊するアサナシアの白い手。その手を何度も掴み、寝室に戻したことを思い出す。
「アサナシア」
声をかけると、立ち止まった。
しかし、振り向かない。
俺はアサナシアの手に手を伸ばす。
「アサナシア」
白い手がするりと俺の手から逃げて。
アサナシアはまた、どこかへ消えてしまう。
「アサナシア、ああ」
レフコスの出産の折に、俺に向けられた強い眼差しを思い出す。投げかけられた、正気のアサナシアの最後の言葉。
『うそつき』
笑い声を聞いては、闇のなかを探しまわった。
つかまえようとしても、その手は俺の手からするりと逃げていく。
体を捕まえたと思っても。
アサナシアは消えてしまい。
俺の腕のなかには、アサナシアの服だけが残され、それも、闇にほどけて消えてゆく。




