29. 花 願い 祈り
願わくば俺を封印するのが、アサナシアであれば良い。魔王を封印した者という立ち位置であれば、アサナシアも、アサナシアとプレイヤーの実子であるレフコスも、ひどい扱いはされないはずだ。
とうとう敵が、いつ魔王城に乗り込んで来てもおかしくないという戦況になった。
俺は魔物たちや村の民に、「生き延びることを最優先にしろ」と伝える。共に最期まで戦うと述べる者ばかりだったが、俺は告げる。
「俺は永遠の命を持つ魔王だ、俺は死なない。
かならずいつか復活する。
だからみな、潜伏し、時を待つように。
このままでは皆、共倒れだ。
そうならないように、時間をかけよう。
時間をかけて俺たちの居場所を取り戻そう」
弱いものたちは結界で覆った村に逃げるように指示し、強いものたちには、各々に今後の行動を任せた。
……行動を任せたはいいが、魔王城の私室に引きこもってちっとも動かない少年がいた。
ルーキスである。
部屋を訪れたとき、ルーキスは呑気に読書をしていた。突然の訪問にも驚かず、ルーキスは顔をあげ、立ち上がる。
「ルーキス」
正直な気持ちを告げる。
「すまない」
ピイピイ。
真剣にルーキスに向き合い謝る俺の頭から、タフィの声がする。
「鳥を頭に隠しながら、仰られましても……」
「ここが一番安全なんだよ……」
「本当ですか?」
ルーキスは訝しむ顔をした。
「俺の下についたことを、後悔しているか?」
ルーキスはうつむきながら話す。
「後悔とは、すこし違います」
「私はあのとき死んでいたはずだった。
死ぬときが、すこし後になっただけのこと」
ルーキスの表情が、本当にすこし。すこしだけ、歪んだ。
「ですが今、この状況は……悔しいです」
ルーキスはここで、死ぬまで戦うつもりなのだろうと察する。
しかし、ルーキスに死なれると困る事情が俺にはあるのだ。
「ルーキス、お前に命じたいことがある」
「ご命令、ですか?」
「お前の生きる長い時間の一部を、俺にくれ」
ルーキスに、紙に書いたスケッチを渡した。
ある花の絵が描かれている。
「アサナトスの花を探してくれ」
「アサナトスの花?」
「生き物に不死性を与える花だ」
ルーキスは花の絵をしげしげと眺める。
「カタマヴロス様は、もともと不老不死なのでは?」
「俺じゃない」
まっすぐにルーキスを見つめ、伝えた。
「俺はタフィを不死にしたい」
ルーキスは狐につままれたような顔をした。
「カタマヴロス様が、そのハチドリを大切にされているのは、存じておりますが……この花は貴重なものなのですよね? もっと使い道があるのでは? ご子息にお使いになられるとか……」
「不老不死なんて、大して良いものじゃない」
「では、何故」
「ルーキス、俺はきっと人間たちに封印されるだろう。封印が解かれるには、長い時間がかかる。
その間、同じく不老不死のアサナシアが心配だ。だが、タフィが生きていてくれるなら、安心できる」
ルーキスはますます不可解、という表情をした。
「わかりかねます。何故、あの女性のために、そこまでするのですか?」
「妻だからだ……気にかけるのは当然だろう?」
ルーキスは眉根を寄せた。(妻とはいえ、カタマヴロス様を裏切り、挙げ句の果てに、気が狂った女ではないか)と思っているのかもしれない。
俺は笑いかける。
「ルーキスもいつかわかるよ、恋愛しろ、恋愛」
「興味がありません」
ルーキスは、本当に興味がなさそうだ。
「ともかく、これはお前にしか頼めないことだ。
命令であり、お前に願いたいことでもある」
「……私がここを出ていくことも、命令に含まれているのですね」
「当然」
ルーキスはちいさくため息をつくと、俺に跪いた。
「かしこまりました、魔王 カタマヴロス様」
「ありがとう、ルーキス。
これでもう、思い残すことは何もないよ」
俺が部屋を出て行く前、ルーキスは「そういえば……」と切り出した。
「カタマヴロス様のお名前はなんと仰るのでしたか? あの雑巾のような毛布が、よく呼んでいる名前です」
「知っているだろう?」
「いいえ。すべての名前を知らないのです」
「俺の元々の名前は、カタマ リョウだよ。クヴェールタはリョーって呼ぶ」
「私も呼んでみても良いですか?」
「ああ、もちろん」
「花を探して、おかえりをお待ち申し上げております。リョウ様」
ルーキスの言葉に心底、安堵した俺は、微笑み、ルーキスの部屋を後にする。
次の日、ルーキスの部屋に行くと、綺麗に整頓され、片付けられていた。
ルーキスはもう、いなかった。
きっと、花を探しに行ってくれたのだろう。
その日のうちに近くで、轟音が響いた。
俺はアサナシアやレフコスと過ごす時間を大切にしており、そのときはレフコスと共にいた。
こわがるレフコスにハグをして、「お父様が戦って、敵をやっつけてくるよ」と別れを告げた。
ちいさなくまのぬいぐるみに擬態した魔物とともに、部屋に残したレフコスの姿が忘れられない。ぬいぐるみの魔物のからだをぎゅうと抱きしめて、「おとうさまとおかあさまが無事でありますように」と祈る姿が。
俺が部屋のドアを閉める前に。
不安そうに、何度もちいさく手を振る姿が、忘れられない。




