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マヴロス大陸開拓記  作者: おおらり
3. 最悪の選択
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29. 花 願い 祈り


 願わくば俺を封印するのが、アサナシアであれば良い。魔王を封印した者という立ち位置であれば、アサナシアも、アサナシアとプレイヤーの実子であるレフコスも、ひどい扱いはされないはずだ。



 とうとう敵が、いつ魔王城に乗り込んで来てもおかしくないという戦況になった。

 俺は魔物たちや村の民に、「生き延びることを最優先にしろ」と伝える。共に最期まで戦うと述べる者ばかりだったが、俺は告げる。


「俺は永遠の命を持つ魔王だ、俺は死なない。

 かならずいつか復活する。

 だからみな、潜伏し、時を待つように。

 このままでは皆、共倒れだ。

 そうならないように、時間をかけよう。

 時間をかけて俺たちの居場所を取り戻そう」


 弱いものたちは結界で覆った村に逃げるように指示し、強いものたちには、各々に今後の行動を任せた。



 ……行動を任せたはいいが、魔王城の私室に引きこもってちっとも動かない少年がいた。


 ルーキスである。



 部屋を訪れたとき、ルーキスは呑気に読書をしていた。突然の訪問にも驚かず、ルーキスは顔をあげ、立ち上がる。


「ルーキス」


 正直な気持ちを告げる。


「すまない」


 ピイピイ。

 真剣にルーキスに向き合い謝る俺の頭から、タフィの声がする。


「鳥を頭に隠しながら、仰られましても……」

「ここが一番安全なんだよ……」

「本当ですか?」

 ルーキスは訝しむ顔をした。



「俺の下についたことを、後悔しているか?」


 ルーキスはうつむきながら話す。


「後悔とは、すこし違います」


「私はあのとき死んでいたはずだった。

 死ぬときが、すこし後になっただけのこと」


 ルーキスの表情が、本当にすこし。すこしだけ、歪んだ。


「ですが今、この状況は……悔しいです」


 ルーキスはここで、死ぬまで戦うつもりなのだろうと察する。

 しかし、ルーキスに死なれると困る事情が俺にはあるのだ。



「ルーキス、お前に命じたいことがある」

「ご命令、ですか?」

「お前の生きる長い時間の一部を、俺にくれ」


 ルーキスに、紙に書いたスケッチを渡した。

 ある花の絵が描かれている。


「アサナトスの花を探してくれ」

「アサナトスの花?」

「生き物に不死性を与える花だ」


 ルーキスは花の絵をしげしげと眺める。


「カタマヴロス様は、もともと不老不死なのでは?」

「俺じゃない」


 まっすぐにルーキスを見つめ、伝えた。


「俺はタフィを不死にしたい」



 ルーキスは狐につままれたような顔をした。


「カタマヴロス様が、そのハチドリを大切にされているのは、存じておりますが……この花は貴重なものなのですよね? もっと使い道があるのでは? ご子息にお使いになられるとか……」

「不老不死なんて、大して良いものじゃない」


「では、何故」


「ルーキス、俺はきっと人間たちに封印されるだろう。封印が解かれるには、長い時間がかかる。

 その間、同じく不老不死のアサナシアが心配だ。だが、タフィが生きていてくれるなら、安心できる」


 ルーキスはますます不可解、という表情をした。


「わかりかねます。何故、あの女性のために、そこまでするのですか?」

「妻だからだ……気にかけるのは当然だろう?」


 ルーキスは眉根を寄せた。(妻とはいえ、カタマヴロス様を裏切り、挙げ句の果てに、気が狂った女ではないか)と思っているのかもしれない。


 俺は笑いかける。


「ルーキスもいつかわかるよ、恋愛しろ、恋愛」

「興味がありません」


 ルーキスは、本当に興味がなさそうだ。


「ともかく、これはお前にしか頼めないことだ。

 命令であり、お前に願いたいことでもある」


「……私がここを出ていくことも、命令に含まれているのですね」

「当然」


 ルーキスはちいさくため息をつくと、俺に跪いた。


「かしこまりました、魔王 カタマヴロス様」

「ありがとう、ルーキス。

 これでもう、思い残すことは何もないよ」



 俺が部屋を出て行く前、ルーキスは「そういえば……」と切り出した。


「カタマヴロス様のお名前はなんと仰るのでしたか? あの雑巾のような毛布が、よく呼んでいる名前です」

「知っているだろう?」

「いいえ。すべての名前を知らないのです」

「俺の元々の名前は、カタマ リョウだよ。クヴェールタはリョーって呼ぶ」

「私も呼んでみても良いですか?」

「ああ、もちろん」


「花を探して、おかえりをお待ち申し上げております。リョウ様」


 ルーキスの言葉に心底、安堵した俺は、微笑み、ルーキスの部屋を後にする。



 次の日、ルーキスの部屋に行くと、綺麗に整頓され、片付けられていた。

 ルーキスはもう、いなかった。

 きっと、花を探しに行ってくれたのだろう。




 その日のうちに近くで、轟音が響いた。

 俺はアサナシアやレフコスと過ごす時間を大切にしており、そのときはレフコスと共にいた。

 こわがるレフコスにハグをして、「お父様が戦って、敵をやっつけてくるよ」と別れを告げた。


 ちいさなくまのぬいぐるみに擬態した魔物とともに、部屋に残したレフコスの姿が忘れられない。ぬいぐるみの魔物のからだをぎゅうと抱きしめて、「おとうさまとおかあさまが無事でありますように」と祈る姿が。


 俺が部屋のドアを閉める前に。

 不安そうに、何度もちいさく手を振る姿が、忘れられない。


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