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マヴロス大陸開拓記  作者: おおらり
3. 最悪の選択
25/36

25. ちがう

※ アサナシア視点です。


 知らない土地に急に連れてこられたあと。

「マヴロスに帰せ」と私は獣のように暴れまわった。リョーのもとに敵が押し寄せているときに、こんなわけのわからないところにいられない。

 はやく助けに行かなくちゃ。

 私はリョーと一緒にいたい。


 見たこともない、美しく整えられた豪華絢爛な部屋はたちまち、めちゃくちゃになった。カーテンは引き裂かれて、家具は壊れ、私は割れた木片で頬を切り血を流している。

『そのひと』の召使いたちは、私を暴れるクマを見るように遠巻きに怯えていた。


『そのひと』が部屋に入ってきたとき、私は動きを止めた。


 銀色のさらさらとした髪に、赤い瞳を持つ男は。獣のような私を見て笑った。


「アサナシア」


 私は理解した。理解したくないことを。


 私の中にもうひとり、私がいて。

 耳元で囁いた。


『マスターに会えてよかったね、アサナシア』


 私は暴れるのをやめた。服の裾を握りしめて、震える声で「帰りたい」と呟いた。

「どうして?」男は聞いた。


 その瞬間から、「帰りたい」の声は、喉を通って出てこなくなってしまった。


 私はこのひとに逆らえない。

 このひとを『マスター』と認めたくない。

 けれど、このひとの命令……命令でなくても、意に反することはすべて。

 私には『できないこと』だった。

 私は、このひとの操り人形だ。



 男は、大切なお人形のように私を扱った。

 私に美しい部屋と綺麗なドレスを用意して、自ら櫛で私の髪を梳いた。

 ドレスは動きにくくて嫌だった。

 あまり知らない男に触られるのも、嫌だった。


 見た目にも美しい、食事の味を覚えていない。

 私がはしゃぎ声で、耳元で囁く。

『とっても美味しいね』


 でも私はそのとき、小さな姿のリョーが、はじめて作ってくれたヤキトリが食べたかった。

 あのころは塩もなかったはずなのに、本当に美味しかった。


 こんな、美しいドレスなんていらないから。

 リョーとふたりで。粗末な服で。

 焚き火を囲んだ、あの夜に戻りたかった。

 


 男は私の手を引いて、街に案内する。

 広い街は、見たことのないものばかりだった。

 きらめく海岸の白い砂浜では、『水着』という服を着た人たちが泳いでいた。

「今度、アサナシアにもつくってあげよう」

 私の口は、「はい、うれしいです、マスター」と答える。


 けれど私は、マヴロスの小さな入り江で。

 裸になって、リョーと泳ぎたかった。

 魚を獲って、美味しそうって笑いたかった。



 はじめてのキスを許したときも。

 心の底では、嫌だって思っていた。

 けれど私には抵抗することも、ましてや嫌がるそぶりをとることすら許されなかった。


 私の『キノウ』は、男に惚れているかのように、動くのだから。


 助けて、と思った。

 心が千々に壊れそうだった。

 リョーの無事を案じながら、

 私はよく知らない男にキスを許している。



 何日めかの夜が来て、そのひとは私を抱こうとする。私は、

 全力で抵抗したい、相手の舌を噛みちぎりたい気持ちで、それが叶わない状況に追い詰められる。


 私の耳元で私は囁く。


『マスターはこのひとなんだから』

 違う。

『悪い魔王に騙されていただけ』

 違う、リョーはそんな人じゃない。


『でも、マスターはこのひとじゃん。

 アサナシアは、このひとの(つがい)なんだよ』

 違う。


『このひとが運命の人なんだ、会えてよかったね、アサナシア。

 これから、抱いてもらえるの、よかったね』


 違う。


 リョー、助けて。


 勇気を振り絞って名前を呼ぼうとする。


「リョー」


『マスター』は私の口をふさぐ。

 赤い瞳は、細められて優しく私を見つめる。


 ベッドの上に組み伏せられて。

 私の全力の抵抗を、『アサナシア』が阻止する。私はもうひとりの私に、自由を束縛されている。

 ……もうひとりの私なんて、いるの?



 美しい銀髪の男は、囁く。


「愛しているよ、アサナシア」


 愛しているなら触れないでほしい。

 私の中の『アサナシア』がよろこぶ。

 このひとに触れられて。


 けれど私は、違う。嫌悪感でいっぱいだ。

 私はリョーのことだけを想っている。

 たとえリョーとの間に子どもができなくても。

 リョーにだけ抱いてほしいのに。


 いやだ、いやだ、いや、いやだ。


『アサナシア』は私をわらう。


『でも、それが、リョーがマスターではない証拠でしょ?』


 違う。

 違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う。


 ちがう。


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