21. アサナシア教
しばし後、俺はルーキスを部屋の端にあるベッドに追い詰めていた。
「魔王は俺がやってやる。吸血鬼の王は俺を支えながら、来る日に備えるんだ。
来る日は来る。だからもう、ルーキス。お前は寝てもいいんだよ」
「な、なぜ、寝れてないと……」
「……お前、鏡とか見ないのか? 寝れてないって顔をしてるんだよ、お前。
さあ、寝ろ寝ろ」
「え、あの、ちょっと」
「さっさと寝ろ、今すぐ寝ろ」
「わ、わかった。わかりましたから」
ドン引きしながらベッドに横たわったルーキスに毛布をかける。質の良い毛布だなあ。
「よし、寝たな。寝ろ」
俺はルーキスの頭にぽん、と手をかけた。ゲームどおりのルーキスなら侮辱されたと怒りそうなものだが、その前に睡眠魔術で昏倒させた。
「すや……」
「おやすみ」
ルーキスが寝ているあいだ暇なので、吸血鬼たちの目をかいくぐりながら城を散策する。
もう一度、夜になったあたりでルーキスを訪ねる。が、まだ寝ていた。
「ルーキス様、失礼致しま……」
夕刻になり。ルーキスを起こしに来た彼の従者に俺は発見される。
「んな、なんだお前は! ルーキス様に何をした!?」
「俺はカタマヴロス、マヴロスの魔王だよ」
「!?!?」
「頼む! よく寝てるから起こさないでやってくれ」
ルーキスが起きたのは深夜遅く。そのころにはカリカリした吸血鬼たちと俺は睨み合いになっていた。吸血鬼たちは俺の手元にルーキスがいるので手出しできない様子だった。
吸血鬼たちからすれば『テロリストが王の寝室で立て篭もり事件を起こしました!』かな。
寝起きにひどい状況を察し、ルーキスはため息をついた。
ルーキスは吸血鬼たちに説明する。
「魔王と同盟を組むことにした。共通の敵、つまり、教会を倒すための同盟だ。
なお、魔王はマヴロスの地の発展のために私たちの衣類や城の構造などの文明を参考にしたいそうだ」
ふたりで話をした際、ルーキスは魔王の傘下に入って構わないという意見だったのだが、俺が吸血鬼たちのプライドに配慮してそれを止めた。
集団をまるっと部下とすることは、俺が魔王として、吸血鬼たちに評価されてからでないと難しいと考えた。
ルーキス少年は、重圧から逃れてはやく楽になりたがっているようだったが……。
吸血鬼たちとの和解のあと、俺は、事の顛末の説明のために村に戻ることにした。
家に入った瞬間に思い出した。アサナシアに睡眠魔術をかけまくって抜け出してきたことを。
だってアサナシアってほら、綺麗だけど性格はイノシシなところがあるから……止めても絶対についてくると思ったのだ。
案の定、まだ寝ていた。
揺さぶり起こしたら、眠そうにぽやぽや〜とした顔があった。「吸血鬼問題は解決したよ」と伝えた途端、俺の服の襟元を持ち、つよく揺さぶってきた。
「ままま、マスターのひとでなし! 魔術で私を眠らせるなんて!」
「俺はもう人間じゃないよ、アサナシア」
「じゃあ、まおー! あくのけしんー!」
アサナシアは魔術で眠ったのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしながら俺を揺さぶっている。ぐわんぐわん。
「まあまあ、じきに良いことがあるから。怒るなよ、アサナシア」
「良いことってなんですか、良いことって」
「アサナシアが大喜びするようなことだよ」
俺は微笑む。アサナシアを見下ろすのはまだ慣れない。アサナシアも大人モードの俺に慣れていない。
「わかんないです」
アサナシアは頬を赤らめてぷいっと視線をそらした。
数日後、村では同盟のための宴がひらかれることとなった。もちろん吸血鬼たちに配慮して、晩餐だ。広場にキャンプファイヤーを用意して、肉や野菜のごちそうも用意して、『ようこそ!』の気持ちを込めて盛大に準備したのだったが。
吸血鬼たちが「なんと野蛮な…」とひそひそ話すのが聞こえた。
そんななか、ルーキスは意外と楽しんでいるようだった。(こんなに大きな焚き火は初めて見た)という顔、見たことのない料理を感心して見てまわる顔、だ。本人は表情を変えていないつもりなのかもしれないが、彼はまだポーカーフェイスが上手ではない。見る人が見ればわかる。
マヴロス名物のやきとりの食べ方がわからなくて、フォークとナイフで切り分けようとしながら食べている姿が微笑ましかった。
宴もたけなわのころ、俺は村人たちに話をする。同盟がもたらすお互いのメリットについて。
俺たちは住処と食料、戦力の提供を。
ルーキスたち吸血鬼は、戦力、そして文明の提供。それから、魔王城建築への協力を。
一連の話が終わったあとで、俺は個人的に発表したいことがある、と伝えた。
「みな、いつも開拓と魔王城建築に協力してくれてありがとう」
俺はアサナシアを呼び寄せる。
アサナシアは?という顔で俺の隣に立つ。
「俺は、魔王城が成ったあかつきには、アサナシアと家庭を築くつもりだ」
「ひゃ!?!?」
何も聞いていなかったアサナシアは、顔を真っ赤にして狼狽している。
「みんなにも、ここに集まったひとりひとりにも、自分の家族を大切に、幸せに暮らしてほしい。
そのために、俺はがんばるよ、みんな」
村のみんなの「いいぞー魔王様ー」「ひゅーひゅー」という声。その声に混じって。
「……アサナシア?」
ちいさな声が、俺の耳に届いた。
瞬間、ルーキスが戦闘態勢をとって、ナイフ片手にアサナシアに斬りかかってきた。
俺はアサナシアを守り、後方に下がる。
「アサナシア教の手の者が、すでにマヴロスに潜伏していた? しかも、魔王の妻?」
灰色の瞳が、怒りに満ちている。
吸血鬼たちも動き出そうとして、村の魔物たちと睨み合いになっているようだ。
「魔王カタマヴロス、貴方は私の復讐に手を貸すと約束した」
ルーキスから、魔力の強い揺らぎを感じる。
「アサナシア教こそが、私の敵だ」
ルーキスは再度、アサナシアを狙い、今度は魔術で投石をしてきた。アサナシアは驚きながらも、魔術で自ら石を止める。
俺は無言で、ルーキス少年の手首をつかみ、捻り上げる。
「い、痛……」
耳が。考えることを拒否するような言葉を聞いた。ルーキスの言葉を俺は繰り返す。
「アサナシア、教」
ルーキスは不安そうに俺を見上げた。
「ルーキス、お前の故郷を滅ぼした集団は、アサナシア教を名乗ったのか?」
「そうだ」
嫌な予感が、じんわりと。
俺の足元に広がる。
「マスター?」
後ろから、アサナシアの声が聞こえた。
「……お前の敵は、このアサナシアとは関係がない」
「どうしてそう、言いきれる」
「アサナシアはマヴロス大陸で生まれて、育った人間だからだ」
ルーキスは不可解という顔で眉をひそめた。
「人間……?」
「に、人間ですよ! ただマヴロスでその……すごく昔から生きてるってだけの……」
もごもごと話すアサナシア。
吸血鬼たちの『名前が同じだけなのか?』とひそひそと囁き合う声が聞こえる。
ルーキスだけが。アサナシアにではなく、俺に疑いの目を向けていた。無理もない。ルーキスは俺の魔力の揺らぎに、動揺に気づいているのだ。
俺は気づく。
俺以外にもこのマヴロスの世界に転生、あるいは転移した者がいる、その可能性に。
ルーキスの故郷を滅ぼした「アサナシア教」
俺の恋人で家族の「アサナシア」
関係があるかどうかを、俺は知らない。
俺は、アサナシアのキャラメイクをしていないのだから。




