20. 剣と甘言
古城の地下。蝋燭に照らされたあかるい一室で、6歳ほどの子どもと10歳ほどの子どもが向かい合う――お互い、両陣営の大将同士だ。
ちいさな部屋だが調度品が整えられ、少年が大切にされていることがよくわかる。地下3階という場所も、吸血鬼の特性を思えば、少年が一番大切にされているゆえのものなのだろう。
少年は癖のある黒髪だ。オールバックにしたいようだが、額に何本か前髪がはみ出ている。襟付きの白いシャツに、灰色のベスト。黒い膝丈のズボンに、白い靴下に黒い靴。お金持ちの坊ちゃんといった装いだ。
誰が吸血鬼のボスだと思うだろうか?
しかも俺と違って、姿を偽っているわけではない。本当に幼いのだ。
年齢と立場のギャップや不遇な生い立ちゆえに、原作マヴロスのなかでも人気の高いキャラでもある。俺も好きなキャラのひとりなので、内心、会えて嬉しい気持ちもあるが。それどころではない。
慎重にいかねば。
「ルーキス」
顔を隠していた黒い布をとり、名前を呼ぶ。
少年は、不快そうに眉根を寄せる。
「俺は交渉をしにきた」
「交渉?」
ルーキスは、薄ら笑いを浮かべた。
幼さの残る顔つきに似合わず、目の下に深い隈がある。
「マヴロスの魔王が、私に何の交渉を?」
「貴方は、魔力と姿を偽っている」
するどい。
「貴方は、私が到底敵わないほどの魔力を持っている」
「このほうが、お前と対等に話ができると思った」
「私は、偽られるのは嫌いだ」
俺はため息をつく。
着ていた黒い服を魔術で大きくした後に、大人の姿になり、床に座り込む。
床に座った俺を見て、ルーキスは不快そうにした。ああそうか、向こうは椅子の文化。床に座るのは汚い行為のようだ。でもうちの村はまだこのスタイルが主なので、自然と座ってしまった。
ルーキスの目を見つめる。
「こうすれば、目線が合うか? 対等か?」
「まだ貴方は、魔力を隠している」
「勘弁してくれ。俺が魔力を漏らせば、仲間がお前のところにすっ飛んでくるだろ。大将同士で話がしたいのに、横槍を入れられたくない」
ルーキスは俺から目を逸らした。
「対等な話なんて、何もない」
ルーキスはつぶやいた。
「だってこれは、負け戦だ」
灰色の瞳を再度、俺に向けた。
「私がお飾りの王だと、貴方は知っている。
だから、私に直接会いにきたのでしょう」
俺は首を傾げる。
「いいや? お前は王だ。
ちゃんと、正統な後継者だ」
「ちがう」
ルーキスは俺に背を向けて歩き出す。
ベッドの枕の下から、なにかを取り出して握る。
「まだ、跡を継ぐときじゃなかった」
『吸血鬼の反乱』イベントの真相は。吸血鬼たちは海の外で魔物狩りに遭い、逃れるためにマヴロスに転移してきたというもので。新しい土地で舐められないために、力を誇示するために、マヴロスの魔王に喧嘩を売ったというもので。
でも、吸血鬼の王にまつりあげられた幼いルーキス本人は、魔力を読む力に長けるがゆえに、マヴロスの魔王にとってかわる気はないというものだった。
多くのプレイヤーは吸血鬼たちを殺戮したあとで、吸血鬼たちが幼い王を守ろうとしていた側面や和解ルートの存在に気づく。なお、吸血鬼たちを殺戮してから幼い王のもとに向かった場合、ルーキス少年はすでに自死していることが多い。
俺もこのイベントの初回遭遇時は、リロードをした。
ゲームであればやり直しがきくが、今回は、やり直しはできない。
「無駄な血は、流されるべきではないでしょう」
ルーキスは金色のナイフを床に置いたかと思うと、すべらすように投げてよこす。俺の元にナイフがすべりこんでくる。
「はやく殺せ」
見覚えのあるナイフだ。
『聖なる剣』というアイテムで、魔物に対しての殺傷能力の高い剣だ。ルーキスはおそらく、故郷が襲われたときにコレを手に入れたのだろう。そんなものを自室に置いているなんて、いざというとき死ぬために用意していたとしか思えない。
「私を殺せば、私を殺したあなたに、部下たちの指揮権はうつる」
「あのなあ 俺が慈悲のない魔王なら、全員、皆殺しなんだぞ?」
少年はしばし黙ったあと、目を伏せた。
「そうは見えないから、託している」
剣を投げて、自分を殺すようにとルーキスが頼んでくること自体は、ルート通り、プログラム通りだ。
「ルーキス。命を粗末にするな。生きたくても生きられない命だってあるんだぞ」
前世の俺のことだ。
「それがどうした? 死にたくても死ねない命だってある」
ルーキスは自嘲する。
ルーキス自身のことを言ったのだと思われるが、俺にはこのとき、アサナシアの顔が思い浮かんだ。
永遠の命だなんて、俺にはまだ実感がないが。アサナシアは長い時を生きるなかで、死にたくなることはなかったのだろうかと。夜、一緒に寝ているときに聞いたら、裸のアサナシアは笑った。
「何度もありましたが、マスターに会うために頑張ってきたんです!」
健気だと思った。
「マヴロスの侵略なんてできっこないと思っていながら、どうして宣戦布告を許したりしたんだ」
「臣下がそうしたいと望んでいるのであれば、拒めない。
だって彼らは、今や私の家族だ」
吸血鬼たちは、一族を重んじ、家族を大事にする生き物だ。魔物たちはみんなそうだ。血や家族を、仲間を大事にしている。
「お前の家族は、お前の死を望んでいないはずだ」
ルーキスは黙って俺を見つめている。
その瞳にはまだ(いいからさっさと殺せ)と言わんばかりの色があった。
「なあ、ルーキス。お前の言うとおり、無駄な血は流されるべきじゃない。
俺たちの利害と目的は一致している」
ルーキスは変な顔をした。
一致しているわけがないだろう、と顔に書いてある。
「お前の敵は、俺の敵でもある」
「どういう意味だ?」
ルーキスが投げてよこした剣を拾わず。
俺は立ち上がる。
「マヴロスに、お前の故郷を滅ぼした敵が侵略に来ると言っている」
少年を見下ろして、俺は話す。
「お前たちが俺のもとに下るなら」
「俺はお前に、復讐の機会をやる」
確実性のない、甘言だ。
甘言に。
少年ははじめて、目を輝かせて俺を見た。




