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マヴロス大陸開拓記  作者: おおらり
2. ふたりの開拓記
20/35

20. 剣と甘言


 古城の地下。蝋燭に照らされたあかるい一室で、6歳ほどの子どもと10歳ほどの子どもが向かい合う――お互い、両陣営の大将同士だ。


 ちいさな部屋だが調度品が整えられ、少年が大切にされていることがよくわかる。地下3階という場所も、吸血鬼の特性を思えば、少年が一番大切にされているゆえのものなのだろう。


 少年は癖のある黒髪だ。オールバックにしたいようだが、額に何本か前髪がはみ出ている。襟付きの白いシャツに、灰色のベスト。黒い膝丈のズボンに、白い靴下に黒い靴。お金持ちの坊ちゃんといった装いだ。

 誰が吸血鬼のボスだと思うだろうか?

 しかも俺と違って、姿を偽っているわけではない。本当に幼いのだ。


 年齢と立場のギャップや不遇な生い立ちゆえに、原作マヴロスのなかでも人気の高いキャラでもある。俺も好きなキャラのひとりなので、内心、会えて嬉しい気持ちもあるが。それどころではない。

 慎重にいかねば。


「ルーキス」

 顔を隠していた黒い布をとり、名前を呼ぶ。

 少年は、不快そうに眉根を寄せる。

「俺は交渉をしにきた」

「交渉?」

 ルーキスは、薄ら笑いを浮かべた。

 幼さの残る顔つきに似合わず、目の下に深い隈がある。

「マヴロスの魔王が、私に何の交渉を?」


「貴方は、魔力と姿を偽っている」

 するどい。

「貴方は、私が到底敵わないほどの魔力を持っている」


「このほうが、お前と対等に話ができると思った」

「私は、偽られるのは嫌いだ」

 

 俺はため息をつく。

 着ていた黒い服を魔術で大きくした後に、大人の姿になり、床に座り込む。


 床に座った俺を見て、ルーキスは不快そうにした。ああそうか、向こうは椅子の文化。床に座るのは汚い行為のようだ。でもうちの村はまだこのスタイルが主なので、自然と座ってしまった。


 ルーキスの目を見つめる。


「こうすれば、目線が合うか? 対等か?」

「まだ貴方は、魔力を隠している」

「勘弁してくれ。俺が魔力を漏らせば、仲間がお前のところにすっ飛んでくるだろ。大将同士で話がしたいのに、横槍を入れられたくない」


 ルーキスは俺から目を逸らした。


「対等な話なんて、何もない」


 ルーキスはつぶやいた。


「だってこれは、負け戦だ」


 灰色の瞳を再度、俺に向けた。


「私がお飾りの王だと、貴方は知っている。

 だから、私に直接会いにきたのでしょう」



 俺は首を傾げる。


「いいや? お前は王だ。

 ちゃんと、正統な後継者だ」

「ちがう」


 ルーキスは俺に背を向けて歩き出す。

 ベッドの枕の下から、なにかを取り出して握る。


「まだ、跡を継ぐときじゃなかった」



『吸血鬼の反乱』イベントの真相は。吸血鬼たちは海の外で魔物狩りに遭い、逃れるためにマヴロスに転移してきたというもので。新しい土地で舐められないために、力を誇示するために、マヴロスの魔王に喧嘩を売ったというもので。


 でも、吸血鬼の王にまつりあげられた幼いルーキス本人は、魔力を読む力に長けるがゆえに、マヴロスの魔王にとってかわる気はないというものだった。


 多くのプレイヤーは吸血鬼たちを殺戮したあとで、吸血鬼たちが幼い王を守ろうとしていた側面や和解ルートの存在に気づく。なお、吸血鬼たちを殺戮してから幼い王のもとに向かった場合、ルーキス少年はすでに自死していることが多い。


 俺もこのイベントの初回遭遇時は、リロードをした。

 ゲームであればやり直しがきくが、今回は、やり直しはできない。



「無駄な血は、流されるべきではないでしょう」


 ルーキスは金色のナイフを床に置いたかと思うと、すべらすように投げてよこす。俺の元にナイフがすべりこんでくる。


「はやく殺せ」


 見覚えのあるナイフだ。

『聖なる(つるぎ)』というアイテムで、魔物に対しての殺傷能力の高い剣だ。ルーキスはおそらく、故郷が襲われたときにコレを手に入れたのだろう。そんなものを自室に置いているなんて、いざというとき死ぬために用意していたとしか思えない。


「私を殺せば、私を殺したあなたに、部下たちの指揮権はうつる」

「あのなあ 俺が慈悲のない魔王なら、全員、皆殺しなんだぞ?」


 少年はしばし黙ったあと、目を伏せた。


「そうは見えないから、託している」


 剣を投げて、自分を殺すようにとルーキスが頼んでくること自体は、ルート通り、プログラム通りだ。



「ルーキス。命を粗末にするな。生きたくても生きられない命だってあるんだぞ」


 前世の俺のことだ。


「それがどうした? 死にたくても死ねない命だってある」


 ルーキスは自嘲する。

 ルーキス自身のことを言ったのだと思われるが、俺にはこのとき、アサナシアの顔が思い浮かんだ。


 永遠の命だなんて、俺にはまだ実感がないが。アサナシアは長い時を生きるなかで、死にたくなることはなかったのだろうかと。夜、一緒に寝ているときに聞いたら、裸のアサナシアは笑った。

「何度もありましたが、マスターに会うために頑張ってきたんです!」

 健気だと思った。



「マヴロスの侵略なんてできっこないと思っていながら、どうして宣戦布告を許したりしたんだ」

「臣下がそうしたいと望んでいるのであれば、拒めない。

 だって彼らは、今や私の家族だ」


 吸血鬼たちは、一族を重んじ、家族を大事にする生き物だ。魔物たちはみんなそうだ。血や家族を、仲間を大事にしている。


「お前の家族は、お前の死を望んでいないはずだ」


 ルーキスは黙って俺を見つめている。

 その瞳にはまだ(いいからさっさと殺せ)と言わんばかりの色があった。


「なあ、ルーキス。お前の言うとおり、無駄な血は流されるべきじゃない。

 俺たちの利害と目的は一致している」


 ルーキスは変な顔をした。

 一致しているわけがないだろう、と顔に書いてある。


「お前の敵は、俺の敵でもある」

「どういう意味だ?」


 ルーキスが投げてよこした剣を拾わず。

 俺は立ち上がる。


「マヴロスに、お前の故郷を滅ぼした敵が侵略に来ると言っている」


 少年を見下ろして、俺は話す。


「お前たちが俺のもとに下るなら」


「俺はお前に、復讐の機会をやる」


 確実性のない、甘言だ。

 甘言に。


 少年ははじめて、目を輝かせて俺を見た。


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