18. 毛布から手が生えて足が生えてくる 2
「お前はなんだ……まさか一晩中、ずっとそこで見てたのか!?」
「ボクは生まれたての魔物だよお。
生まれてから、ずっと見ていたよ。
魔王様のこと……」
手のひらに乗るくらいのサイズの黒い毛むくじゃらの魔物は、頬を染めた。いやいや。
人の初夜を覗くな。
「昨日はボクのなかに魔王様の濃厚な魔力が流れ込んできたんだ……だからボク、話せるようになったんだ」
えっ どういうこと……。
「ボクはずっと、魔王様の魔力を吸って育っていたんだよ。魔王様はボクにとってのママみたいなものさ。お名前教えて、魔王様?」
毛布の魔物は、ずりずりと俺に這い寄る。
恐怖に身動きとれないでいると。
「んん……」
アサナシアが起きあがり、毛むくじゃらを見て驚いたように目を見開いた。
「か、かわいい……マスター、これは?」
「なんか俺の毛布に寄生していた魔物っぽい」
「寄生だなんて失礼な! ボクはキミの毛布そのものだよ」
付喪神的な魔物、ということなんだろうか……。
「私たちが使っていた毛布そのもので、マスターの魔力を吸って育って……つまり、私たちの赤ちゃん?」
「キミは関係ない。ボクはキミのことが嫌い」
「なんで?」
俺が聞く。
「神聖力のある奴は、敵だから」
アサナシアの発想もとんちんかんだが、生まれたての魔物のアサナシアへの敵意のほうが気になった。
村にもともといる魔物たちはアサナシアの性格を知って、彼女を受け入れているが、そうではない魔物にとっては神聖力を持つアサナシアのことが脅威にうつるのかもしれない。
好かれているのを見たことがない。
魔物は言葉を繰り返す。
「お名前教えて、魔王様」
「俺はカタマ……」
「カタマヴロス様です!」
「……」
「魔王様の名前は、カタマヴロス様です!」
アサナシアがどうして「カタマヴロス」という名前推しなのかがわからないが、急なアサナシアの勢いに俺は黙る。
「じゃあ、カタマヴロス様。
ボクにも名前をつけてよ」
俺は考え込む。
「マヴロス」という言葉はギリシャ語由来だったはずだ。登場キャラクターの名前とかも。
でも俺はギリシャ語に疎い。
「アサナシア。漆黒はカタマヴロス。不滅はアサナシア。じゃあ、毛布は何て言う?」
「クヴェールタ」
「じゃあ、お前はクヴェールタだ」
クヴェールタという名前を得た魔物から、ぴょこんと耳が生えてきた。さんかくの、黒猫のような耳だ。
「嬉しいよ、魔王様。クヴェールタはクヴェールタの名前が気に入ったよ」
「じゃあ、クヴェールタ」
俺は命じる。
「俺の寝室から出ていってくれ。居間で過ごせ」
「かなしいよ、魔王様」
クヴェールタはすごすごと出ていった。毛布が勝手に空を飛び移動していく。
あの魔物のエネルギー源が魔力だとして、毛布として毎日勝手に使っているうちに逆に使われているだなんてごめんだ。居間にいるときに少し魔力を分け与えるくらいで充分な気がする。
俺はアサナシアに向き合う。
「アサナシア、邪魔が入ったけど……おはよう」
「おはよう、リョー」
「体調はどうだ?」
「はい、元気です!」
どちらからともなく、キスをした。
ま、恋人だからな。
やましいことはなにもないよ。
しばらくして、ふたつのことが明らかになった。
クヴェールタは俺の魔力を奪って育っていた。つまり、クヴェールタを寝具として使用しなくなったら、俺は魔力が集まってくるのを感じた。
もう、いつでも大人モードになれそうだ。
もうひとつ。
俺とアサナシアは性行為をする関係になったわけだけれど、アサナシアは子を宿さなかった。
やっぱり結婚がトリガーになっているのかもしれない。
アサナシアは残念がっていた。
「赤ちゃん、欲しいのに」
アサナシアは最近俺が作った木の椅子に座っている。膝の上にクヴェールタを抱えようとして、逃げられている。
「クヴェちゃん、やっぱり私たちの子どもってことにしない? 撫でさせて」
「嫌だよ キミのことは嫌いなんだ。
いつもいつも魔王様をひとりじめにして」
「けち……」
アサナシアはクヴェールタをペットのように可愛がろうとしているが、めちゃめちゃに嫌われている。
逆に俺はクヴェールタめちゃめちゃ好かれているが、その執着っぷりにやや恐怖を感じるので必要以上に魔力を分け与えないようにしている。
「だーいすきだよ、魔王様」
こわい。
ともかく謎のペットのような魔物が家にいる状態になって、俺たちは二人暮らしではなくなった。
そろそろ、魔王城の建築をはじめる頃合いなのかもしれないな。




