17. 毛布から手が生えて足が生えてくる 1
ある年の冬。俺は困っていた。
毎晩、アサナシアが俺の寝床に入ってくる。
俺たちの家は、村の奥に移り。木で出来た大きな平屋となっていた。村では、家を木で作り、土でかためて土壁とする手法が広まっている。
家が新しくなったのを機に、俺たちの部屋はわかれた。アサナシアは不満そうだったが、俺は俺の部屋が欲しかったのだ。
というわけで俺はアサナシアのとなりで寝なくなったのだが、それから毎晩、アサナシアが俺の寝床に潜り込んでくる。
広いローベッドのようなものに、羊毛でできた毛布を何枚か重ねて寝ているのだが、いつのまにかアサナシアがとなりで寝ている。
うーん……。
「なんでいつも俺の寝床にくるの」
「さみしいからです」
金色の髪の先を触ると、アサナシアは嬉しそうに微笑む。
「それに、マスターが頭を撫でてくれたら、嬉しいからです」
「アサナシアは、もっと自分を大事にしたほうがいいんじゃないか?」
「大事にしてるので、マスターのところにきています。ひとりで寝るのは寂しいからです」
「……」
俺はあきらめて天井を見つめる。
寝室に、ベッドをふたつ並べれば良いのだろう。でもそんなのって、結婚しているみたいだし。
思い違いでなければ。
アサナシアは俺と寝たがっている気がした……性的な意味で。
いつだか「マスターになら良い」と言っていたし。マヴロスのヒロインとしてのプログラム上、身も心も捧げるようにできているんだろうと。
でも俺は、こわくて踏み込めないでいた。
マヴロスは、ヒロインと結婚してベッドを共にすれば、子どもができる――というシステムだった。もちろん全年齢向けであるゲーム内では、行為に関してはぼかされていた。
元のマヴロスのことを思えば、結婚してからでもいいかな、とも思ったのだ。長いこととなりで寝て過ごしてきたし、そのうちに同じベッドで寝ることにも慣れてしまった。
アサナシアは恋人だが、恋人である前に家族なのだ。
それから……俺が効率厨であるせいだと思うのだが、アサナシアが動けなくなると開拓の手が止まるし戦闘もキツくなるなあ……という思いもあった。
避妊の技術的なものが開発される時代でもないし、産めよ増やせよのこの時代に。アサナシアと寝れば、マヴロスのストーリーを思えば、確実にアサナシアは子を宿すだろうし、妊婦に無理はさせられない。
なので、もう少し開拓が進んで、結婚してから……という打算があったのだ。
あと、俺の姿のこともあった。
思い返して見れば、マヴロスの魔王のドット絵は3種類だった。幼児と少年と大人だ。
つまり俺の姿も3種類あるはずだ。
俺はまだ少年の姿なわけなので、結婚もセックスも、大人になってからで全然良いだろ、とも思ったのだ。
そりゃセックスに憧れがないわけじゃないが……マヴロスで大事なのは開拓だ。セックスじゃない。
まあゆくゆくは、ゆくゆくはね、くらいに思っていたのだ。
毎晩寝床に入ってくるアサナシアには悪いのだが。
ある日、アサナシアと俺は洞窟の地下に温泉を発見した。温泉好きの俺、大歓喜。
「よし、この近くに魔王城を建てよう。絶対にそうしよう」
全裸になり体を洗ってから、俺は温泉に入る。
今まで水浴びか、魔術で水をお湯に変えてのお湯浴びだけだったので天然温泉、最高だ。
「あ〜 最高……」
アサナシアは見学しているかなと思えば、なんとさっさと服を脱いで俺の真似して体を洗い、入浴している。急に混浴だ。
アサナシアは泳いで、はしゃいでいる。
「マスター、楽しいですね!」
「風呂で泳ぐな、風呂で」
まあ、アサナシアは家族だから……。
恋人とはいえ、俺にとっては俺より頭ひとつ分大きな妹みたいなものだから……。と思っていると、アサナシアは俺に近づいてきた。
「リョー」
アサナシアはキスを求めてくる。
いやいやいやいや。
「待てアサナシア、こんなとこで裸でキスなんて」
「ダメですか?」
「ダメだろ」
「恋人なのに?」
アサナシアは俺の手をとると、アサナシアの体に触れさせた。
「リョーが私に手を出してこないのは、私に魅力がないからですか?」
「え?」
アサナシアの心臓がドキドキしているのがわかった。俺の心臓も。
「いや、ちがう、子どもができたらアサナシアがしんどいから……俺は、アサナシアが大事だから……」
ほんとか?
俺は俺を疑う。
アサナシアのためというより、俺が俺のゲームを上手く進めるために、なんじゃないのか? と。
「しんどくないです」
紫色の瞳が、じっと俺を見つめる。
「私、ずっと好きな人と家族をつくるのが夢でした。マスターの子どもが欲しいです」
マヴロスは全年齢向けゲームだろ!?
「私を大事に思うなら、私に手を出して、マスター」
アサナシアは一歩、俺に近づいた。
俺の両腕に手を置いた。
「いや待てアサナシア、だからって温泉で致すことはないだろう!? 俺、お前と寝ようと思って温泉に入ったわけじゃ」
「もちろんマスターの合意をとらなければ、私はマスターとキスより上のことはできないんですけれども……」
アサナシアは恥ずかしそうに、俺を見つめた。
「だから、ね?」
ね? じゃない!
全年齢向けゲームでそんなふうに行為をねだるな!
俺はあたりをみまわす。ごつごつした岩場ばかりだ。……。
「ここじゃ、痛いだろ」
俺とアサナシアは温泉から出て体を拭いて、服を着て家に帰る。お互い、無言だ。
もうこれ、断れない流れじゃないか?
これを断るのは、恋人として失格ではないだろうか。
気恥ずかしすぎて手も繋げず。
ふたりで帰る道すがら、アサナシアは処女じゃないんじゃなかろうか、と俺は思った。処女はこんなふうに行為をねだれるものだろうか?
そもそも全年齢向けゲームにこんなえちえちな裏プログラムはあるだろうか?
脳内、大混乱しながら。
家に帰ると、扉がしまった途端、アサナシアは俺にキスをした。
軽いキスを繰り返すアサナシアに。
変な笑いが込み上げてきた。
どれだけ子づくりしたいんだ、アサナシアは。
「アサナシアは本当に仕方がないな」
「……ダメでしょうか?」
「いや、もういいよ」
俺は笑った。
結論から言えば、アサナシアは処女だったので、行為はくっそ大変だったし、俺も1回じゃ良さはまったくわからなかった。ただ、アサナシアが。痛いことしてるっていうのに、嬉しそうに笑ったアサナシアだけ。忘れられなかった。
そういうわけで俺は憧れを失ったわけだ。
翌朝、ベッドの中で裸で丸くなっているアサナシアを眺める。黒い毛布をアサナシアにかけなおして、金色の髪をサラサラと撫でる。
まあ、子どもができたら、そのときはそのときだな。
そんなことを思っていると足元で、もぞもぞと動くものがあった。
小動物が紛れこんだのかと、ゾッとして黒い毛布をめくるが何もいない。
「ここだよ、ここぉ」
めくった毛布の裏側に、黒い毛玉のかたまりのようなものができていて、ふたつの目がキラッと輝いた。
「ボクはここにいるよお 魔王様あ」
「ひっ」
俺が毛布を手から放すと、毛布は意思を持ち、くるんとひっくり返った。
毛布が勝手に動いたから、アサナシアの裸体が陽の光のもとに晒されてしまった。まだぐっすりと眠っている。
黒い毛布にくっついた小さな黒い毛玉は、ちいさな手と足を持ち。目と口を持っていた。
毛布は喋る。
「魔王様、昨日はお楽しみだったね」




