16. 原始時代のデート
高校生のときに出来た彼女は、黒髪おかっぱで可愛い女の子だった。3回目のデートの日に、待ち合わせ前に俺は倒れた。連絡もできず。
彼女はずっと待ちぼうけだったらしい。
何時間も待ったようだったけれど、彼女は優しく俺を許してくれた。けれどそこから体調を崩しがちになった俺のことを見るのが辛いと言って、別れを告げられた。
まあ、今だから思うけど、めんどくさかったんだろうな。彼女の思う「恋人」で居続けることのできない俺のことが。
でも当時の俺は、デートで彼女を待ちぼうけにさせたことがきっかけだと思っていた。だからそれをずっと後悔していた。デートで、彼女より先に待ち合わせ場所に行き、待っていることをやりたかった。
というわけでアサナシアと待ち合わせをすることにした。塩づくりをした浜辺で。
「一緒のおうちで暮らしているのに待ち合わせ、ですか?」
アサナシアは不思議そうに聞いたけど、俺の中では『待ち合わせに遅れない』『デートを成功させる』ことが大事だった。
後悔を晴らし、自信を取り戻すためには。
幸いにもマヴロスに来てから、俺は『健康』を手に入れた。
健康って最高だ。何ものにも変え難い。
るんるんと早起きして、浜へと向かう。
するとなんと、アサナシアが先にいた。
「……は?」
アサナシアは浜辺にまるまり、眠っている。
確かに昨夜、アサナシアより前に俺は寝た。早起きのために。朝起きて、すぐに身支度してでてきた。アサナシアが家にいるかどうかの確認を忘れた。家にいると思い込んでいたためだ。
「おい、アサナシア アサナシア……?」
「んー」
アサナシアの金色の髪が砂にまみれている。
「あ、マスター おはようございます」
ふわあ、とあくびをしながらアサナシアは起き上がる。
「いったいいつからここに……」
「夜中にきて、ここで寝ていました!
でえとに、寝すごしたりしたら大変だと思ったので」
悔しくて仕方がなかったが、完敗だ。
でも……アサナシアはいつもどおりの麻の服に、ボサボサの髪で。砂浜の砂だらけで。
「さてはアサナシアは、でえとを知らないな」
「えっ!?」
砂をはらい、手でアサナシアの髪を梳く。
アサナシアは俯いていて、表情が伺えない。
植物の細いツルを魔術で呼び寄せて、それでアサナシアの髪をゆるく結んでみた。そこに浜辺に咲いていた白い花を差してみた。
幼少期に、妹にこういうことをすると喜んだのを思い出しながら。
「デートでは、可愛い格好をするんだ」
アサナシアはきょとん、としている。
アサナシアの手をとり、進む。
とはいえいつも一緒にいる俺たちだ。
デート感といえば、アサナシアの髪型が変わったくらいだ。
浜辺から少し行ったところに、赤い花を見つけた。
「アサナシア、座って」
近くの岩に座るように促す。
「手を出して」
俺は赤い花をもんで、アサナシアの爪を塗る。
遠い昔に妹がねだってきたことを、そのままアサナシアにしている。
「???」
「可愛いだろ?」
アサナシアは手をひらき、朝の光にかざしてみせる。
「かわいい……」
デートらしさを出すために、アサナシアを着飾らせるというのも謎デートだが。
たまにはこうやってアサナシアに尽くす一日も悪くないかな。マヴロスの発展に尽くすのではなく、いつも頑張ってくれているアサナシアのために。
「私、可愛いですか? マスター」
「ああ、可愛いよ」
アサナシアは顔を真っ赤にしている。
愛いやつめ。
「ところでマスター 今日は、どうしてデートをしようと思ったのですか?」
「俺 彼女のことを、待ち合わせで待ちぼうけにしてしまったことがあってさ。
その後悔を晴らしたかったんだ」
馬鹿正直に、俺は答える。
「カノジョ?」
「恋人のこと」
アサナシアは青ざめる。
「マスターは、恋人が……」
「ああ、そうだよ」
「マスターは、その女の子と、キスしたことがあるんですか?」
変なことを聞いてくる。
「あるよ」
アサナシアは、紫色の瞳でじっと俺を見つめる。
「え?」
アサナシアは、俺に顔を近づけた。
アサナシアは、俺の唇を奪った。
「!?!?」
「わ、私も! 私もリョーのカノジョになりたいです」
俺が髪を結んで、爪を塗ったアサナシアが、顔を真っ赤にして俺に願う。
「だって、私のほうが、きっとリョーを好きなのに!」
感情だっている。俺は慌てる。
おちつけ、アサナシア。俺もおちつけ。
「アサナシア! お、俺は過去の話をしているんだ。今は、恋人は、居ないよ」
「へ!?」
「そりゃそうだろ、元の世界の話なんだから!
帰れないって言っただろ!」
「……そっか」
ストン、と憑き物が落ちたようにアサナシアは落ち着く。
「アサナシアは、俺のことが好きなの?」
「はい」
俺はふ、と笑う。
「でも、それは、プログラムなんだよ。
アサナシア」
「マスターがよく言う『プログラム』が私にはわかりません。私がマスターを好きになるように『プログラム』されていることに、なにか問題があるんですか?」
正直言って、何も問題はなかった。
アサナシアを恋人にすることの問題は何もない。元のマヴロスと同じであれば、恋人にするとステータスも上がるしな。
魔王ルートの他のヒロインは、人間ではないし……アサナシアと恋人になる前に、ひと目見たい気持ちが無きにしもあらずだが……。
「マスター、なにか悪いことを考えていませんか?」
……アサナシアって怖い。
俺は観念する。
「……いいよ、アサナシアがそうしたいなら。
恋人になろう、アサナシア」
アサナシアは、ぱあっと顔を輝かせた。
「じゃあ、もう一回キスしてもいいですか?」
「……どうぞ」
ぐいぐい来るなあ。
でも、嬉しそうに立ち上がり、すこし屈んで俺にキスするアサナシアは可愛かった。
キスのあと、はにかんで笑う姿も、可愛かった。
昼前に、一緒に手を繋いで帰った。
手を繋ぐときに恋人つなぎにしてみると、アサナシアもぎゅーっと握り返してきてくれた。
そのあとは、いつもどおり開拓の一日を過ごした。いつもどおりの一日だが、アサナシアの髪型と爪の色が違った。
恋人のアサナシア というだけで、世界の見え方も違った。
アサナシアが恋人になろうと、なにも変わらないと思っていたが、こんなに違うものなんだな、と感心した。
俺も、マヴロスのプログラムの手のひらの上なのかもしれないな。




