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マヴロス大陸開拓記  作者: おおらり
2. ふたりの開拓記
15/36

15. 普通の生活


 なんにもできない穀潰し。


 俺の、自分自身に対する評価だ。

 俺は、なんにもできない。



 まわりは俺に「リョーちゃんはなにもしなくていいよ」「好きなことをして過ごしなさい」「生きているだけで良いんだよ」と言った。


 それが俺に向けられたまわりからの愛だった。

 

「生きているだけで良い」という言葉を、幼少期には鵜呑みにして信じていた。退屈ばかりを覚えながら、食べて寝てクソするだけで良いのだと。


 成長するにつれて、思った。

 良いわけあるか、ボケ。



 俺だって、だれかの、なにかの役に立ちたかった。されるばかり、してもらうばかりではなくて、誰かに何かをしたかった。


 何か、有益なことを。


 そうでなければ、俺は何のために生まれたのかが本当にわからなくて。



 小学校にもろくに行っていない、中学校にも数日しか通っていない。高校だけ、行けた。1年間だけ。


 なんとか卒業資格をとって、大学に入れた。

 入学してすぐに倒れて、夢のキャンパスライフはほとんど送れていない。


 家に帰れる時間もあった。

 家族と過ごせる時間も。

 高校生の頃は楽しかった、一瞬だったけど彼女だってできた。


 でも、気づくとまた、病院のベッドの上にいる。ひとりぼっちで。



 時間だけがあった。勉強のほかに、テレビを見たり、本や漫画をたくさん読んだ。

 高校生のころに、暇つぶしにともらったゲーム。マヴロス。時間を忘れて没頭した。


 もってきてくれたのは、俺の妹だ。


「お兄ちゃんこういうの好きそうだなって思って、お父さんと買ったの」


 妹は俺の3つ下だったけど、健康で。

 『普通の生活』が送れる人間だった。

 小さな頃から見舞いにしょっちゅうきてくれて。良いやつで。


 俺は、妹の話を聞くのがすごく好きだった。

 病院の外の話だ。

 俺にはできないことを、なんでもできて。

 正直、うらやましい気持ちもあった。


「お兄ちゃんに話聞いてもらえると嬉しいんだ」


 でもさ、本当は聞くだけじゃなくて。

 普通の兄妹みたいに。

 俺が先に立って歩いて。妹の見本になって。

 先に立って歩けなくてもとなりに居て。

 支えてやりたかった。


 妹にすら、支えられて生きている。


 施してもらってばかりの俺って、いったいなんなんだよ。なんのために生まれてきたんだ。



 いつも俺だけが停滞していた。

 みんなが先に進むなかで、俺だけが。

 ずっと病院のベッドにいる俺のことを、役立たずのことを、みんなが。


「リョーちゃんは生きているだけで良いよ」

「生きていてくれてありがとう」


 生きているだけで良いなんて、くっそ残酷だ。


「生まれてくれてありがとう」


 ただの、呪いだ。


「希望を捨てないで」


 希望。

 死んだらもう、希望もクソもないだろ。



 マヴロスのゲーム画面を見る。

 病院のベッドの上から見つめ続けた画面を。


 マヴロスはいいよな。

 何にもできない俺でも、何かができる。

 何にも作れない俺でも、何かが作れる。

 それが液晶画面の中で、かたちになって見える。


 俺にも何かが成せるんだ。この画面の中では。

 



 ぎょうざを頬張りながら、ボロ泣きしはじめた俺のことを。アサナシアが呆気にとられた顔で見ている。


 最後の望みが、宇都宮餃子を食べることだったとか笑える。もうとっくに過ぎ去った大学の新入生歓迎会に戻って、サークルのみんなと一緒に食べたかったわけだ。

 だから、餃子の夢を見ながら死んで。

 で、マヴロスでも食べられただろ。

 ああもう成仏しろ。成仏しろよ、俺の魂。


「マスター?」


 アサナシアは食べる手を止めて、あたふたとしている。


「おなか、痛いんですか? それとも歯が……?」


 俺は、なんとか涙と一緒にぎょうざを飲み込むと、その場にうずくまる。



 しばらく。

 長いこと、アサナシアは俺の背をさすっていてくれた。

 涙が止まると俺はつぶやく。


「アサナシア、俺、思い出した」


 心配そうなアサナシアの顔を見上げた。


「俺はもう、死んでいる。

 もう、もとの世界には戻れないんだ」


 アサナシアは不思議な顔をした。

 何を考えているのかが俺にはわからない表情だ。


「マスターは、戻りたかったんですか?」

「わからない」


「でももう、やりたかったことが何もできないんだ。やりたかったこと、できないんだよ」


 涙は止まったはずなのに、声が震えた。


「マスターのやりたかったことってなんですか?」

「普通の生活」


 断言したあと、小さな声で続けた。


「それから、与えられるばかりではなくて、人に与えることのできる人間になりたかった」


 アサナシアは目をまるくする。


「マスターは、じゅうぶん、与えることのできる人ではないのですか?

 わたし、マスターに会ってから、それまでよりずっとずーっと美味しいものを食べています」


「マスターは私に、たくさんのものを与えてくださっていますよ!」


「なにより、私、ひとりぼっちじゃなくなりました!」


 アサナシアは、わらう。


「マスターの言う『普通の生活』がなにか、私にはわかりませんが、私、マスターの力になりたいです。マスターの思う生活が、マヴロスでできるように」


「……俺の思う『普通の生活』はもう戻ってこないんだよ、アサナシア」


「だとしてもマスターはそれを取り戻したかったから、ぎょうざを作ったのでしょう?」


 アサナシアの紫色の瞳が、きらめく。

 アサナシアは手を差し伸べる。


「私、マスターが取り戻したいものを、これからも一緒に取り戻しますから!」


 それはもう永遠に戻ってこないものなんだよ、と思いつつも。

 アサナシアの笑顔が眩しくて。


 しかし、すぐにその手を取ることは、このときの俺には難しかった。



 心の片隅で。

 宇都宮餃子が夢だったように、このマヴロスの世界だって、ゆめまぼろしのようなものなのかもしれない。ある日ふっとかき消えるようなものなのかもしれないという思いがあった。


 それこそ、セーブデータが急に消えるように。

 

 そうだとしても。

 俺は、だれかの、なにかの役に立ちたかった。

 与えたかった。作りたかった。

 なにかを成したかった。


 その希望を、後悔を、想いを、呪いを、叶えるための、異世界転生なのだとしたら。


 俺の魂は、もう満足したと、何かをやり遂げたと心の底から思うまで、成仏はしないのかもしれなかった。


 マヴロスに留まり続けるのかもしれなかった。


 後悔、か。



「アサナシア。ひとつ頼みがあるんだが、良いか?」


 アサナシアの顔が輝く。


「なんでも、よろこんで!」


「トラウマを消したい。俺とデートしてくれ」


「でえと?」


 アサナシアは、きつねにつままれたような顔をした。デートという言葉の意味を知らないようだった。


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