14. ぎょうざづくり
村では、豚を家畜として飼っていない。
見た目の似たオークたちに配慮してのことだ。グルーニに聞いてみると、「確かに祖先ではあり神聖視もされているのでオークたちは食べないようにしているが、魔王陛下は何を食べても良いのではないか」という回答だった。
生息地にアサナシアと向かうと明らかにイノシシだったが、討伐した。
癖の強い餃子になりそうだ。
雪がちらつきはじめ、村では冬ごもりが始まろうとしている。俺とアサナシアは獣の毛皮を身にまとい、外でイノシシ肉の解体をする。使えそうな部分を挽き肉にするためだ。
寒さに解体の手がかじかむ。
アサナシアと話し合い、今年は冬眠しないと決めた。こもって寝てようと外で活動してようと死なないのだから、俺たちは俺たちのやり方で冬を乗り切ろうと。
さて、念願のぎょうざづくりだ。
粉にした小麦に水と塩を入れ、練ったものをちぎり、丸をたくさん作る。アサナシアも俺を真似て小さなボールをいっぱい作っている。ころころ。
それを木の棒で伸ばして、平たい円状にする。
キャベツの味のする菜っぱを雪の下に埋めておいた。掘り起こすと萎れていたが、アサナシアの回復魔術でシャキシャキに戻す。これを刻み、塩をもみ込んで、イノシシのひき肉と混ぜ合わせる。ショウガの千切りも加え、タネの完成だ。
タネを、先ほど作ったギョウザの皮で包む。木の器に雪どけ水を入れ、指につけて、皮にひだをつけながらタネを包む。
「マスターみたいにうまくできません」
「ぎょうざ作りはコツがいるんだよ。家族でぎょうざを作るときも俺は上手だったからなあ」
ちまちました作業は好きなほうだ。
「家族」
アサナシアは、なぜか不安そうに聞く。
「マスターには、家族がいましたか?」
「ああ、いたよ。母さんと父さんと、それから妹がひとりいた」
アサナシアは俺の真似をしながら、ぎょうざの皮にひだをつくって閉じようとしている。
「一緒に暮らせる相手がいるのって、幸せですよね」
「そうだな。そう思うと、今はアサナシアが家族みたいなものだな」
アサナシアはぎょうざを包む手を止めて、頬を赤らめる。別に他意はなかったが、俺も気恥ずかしくなって目を逸らす。
ぎょうざを包み終えたので、薄く変形させた石の板にオリーブオイルを垂らして、火をつけて熱する。
その上にぎょうざを並べて焼く。
ここまでの工程のなかで、オリーブの採取と油絞りが一番大変だった気もする。でもこれでカリッと焼けるはずだ。
底が焼けたころ、いったんぎょうざを引き上げる。保護魔法をかけたバナナの葉を敷き、ぎょうざを戻して水をかける。
バナナの葉で包むように、上に被せて蒸し焼きにする。
チリチリ音がしてきたら葉を開ける。
アサナシアが興味深そうに顔をだす。
エスニックな香りの湯気のなか、頃合いを待つ。
「できた!」
俺はニコニコと。アサナシアは不思議そうにバナナの葉の上で並ぶぎょうざを見つめる。
俺はまず、アサナシアが食べるのを待つ。
アサナシアの顔がほころぶのが嬉しい。
そうだろう、そうだろう、ぎょうざ、美味いだろう。
念願のぎょうざを食べる。
じゅわっと音がして、肉汁があふれる。
やっぱり少しエスニックな味だ。
実家の味とは全然ちがうが、これはこれで美味い。
ふっと顔をあげると、マヴロスの景色が消えていた。手元に箸ではさんだ宇都宮餃子があって、それを口に運ぼうとしていたようだ。
蛍光灯がチカチカしている。箸を置き立ち上がると、目線の高さが『もとの俺』になっている。手の大きさも。
異世界転移していたのが、戻ったのか?
と。あたりを見回すが、店内には客ひとり見受けられない。店員もいない。
そもそも店ですらなさそうだ。無機質なカウンターに、皿に乗った餃子だけがあって。
まあ、そりゃそうか。
俺、ぎょうざ屋なんて行ったことないしな。
大学のサークルで、新歓でぎょうざ屋行くって話してたんだよな。すごく楽しみにしてた。
「お兄ちゃん」
妹の声がした。
「お兄ちゃんはさ、なにかやりたいこと、ある?」
ある。
あるよ、たくさんある。
宇都宮餃子が、夢のなかの餃子が、目の前にある手づくりの、不恰好な餃子に重なって見えた。
「マスター?」
妹の姿が、アサナシアの姿に重なって見えた。
やりたかったこと。
でも、それはもう、叶わないことなんだよな。




