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マヴロス大陸開拓記  作者: おおらり
2. ふたりの開拓記
12/36

12. 飢えと春

◯ 1年目 飢えと春


 秋。葉が色づくとともに、果物や木の実が多くとれるようになった。保存のきく芋類を探し回ったが、見つけることができず。


 農耕はまだ手付かずのため、オークやゴブリンと共に狩りに出かけ、塩を用いて保存肉をたくさん作成する。それから魚の干物なんかも作ってみた。果物だと、柿があったので干し柿も作ってみた。見よう見まねで吊るしただけで、美味いかどうかはわからない。


 冬のはじめにオークがひとり死んだが、雪の下に埋めるという話だ。

 食べる物が足りなくなれば、同族をも食べるのだと言う。人間も食べるのかと聞いたら、「病気にかかっていなければ生きるために食べる」と回答があった。



 ある日、アサナシアが衝撃的なことを言った。


「マスター、私いつも、冬は食べないんです」

「食べない?」


 あのアサナシアが?


「はい、食べなくても済むように、冬眠しています。食べることは好きですが、食べなくても死なないので」


 察するに、アサナシアはそうすることで少しでも村の者たちの生存率を上げようとしているのだろう。


 俺も。俺も死なないはずだ。

 アサナシアが食べないのに、俺が食べるのって格好がつかないよな……。


 それから、村の者たちの捧げ物をすべて断った。俺に捧げるのではなく、冬を越すために使えと言った。


 なんだよ俺、神様か? 

 と、このときは調子に乗っていた。



 俺の指揮で、みんなで準備した食べ物を、俺とアサナシアは一切貰わなかった。

 そして、高台の洞窟の家にひきこもった。


 実際に「食べない」をはじめてみると、想像を絶する苦痛が俺を待っていた。


 封鎖した洞窟の入り口のすき間から手を伸ばし、雪で水だけを補う生活だ。最初は時間がたくさんあるからと使える魔術の検証とかしていたが、だんだんと頭が働かなくなり、体が動かなくなって、ずっと寝ているようになった。


 アサナシアは最初からまるくなって寝ている。「冬眠」そのものだ。水もほとんどとらないので唇が乾燥して見える。心配になってアサナシアの唇に雪をつけると、うっすら目をあけて俺に微笑んだ。よわよわしい姿に心配になってつい、アサナシアの手を握る。


「死ぬなよ、アサナシア」

「死なないので大丈夫ですよ、マスター」


 体が動かなくなっていくことよりも、弱っているアサナシアの姿を見ることのほうが辛かった。


 アサナシアはエネルギーを温存するためか、ほとんど喋らない。

 俺は喋らないとアサナシアも俺も死ぬのではないかと不安でたまらなくて、いろいろな話をする。



「2年目はぜったい、ぎょうざをつくる」

 

 俺は洞窟の天井を見ながら話す。


「小麦だ、アサナシア。絶対に小麦をみつけような。あと、米も見つけよう。キャベツとネギとシソも見つけるぞ。

 ほかほかのごはんに、ぎょうざ。醤油はむずかしいかもしれないから酢をかけて食べよう」


 アサナシアの応答はない。

 眠っているようだ。

 体にそっと触れる。あたたかくて安心した。


 眠りも、冬も、死を連想させた。

 眠りも冬も、擬似的な死だと感じた。


 雪の下に埋められたオークの死体のことを思い出す。病気でないなら、食べてもらえる。

 病気だと食べてもらえない。

 死後、村の役に立つか立たないかが、生前にもう決まっている。



 俺って死んだんだろうか?

 これは死後の世界なんだろうか?


 アサナシアの応答がなくて、ひとりでぐるぐる考えるうちに、思考はそこに行き着いた。


 なんのためにマヴロスに来たんだ?

 ここは何で、俺は何なんだ?

 何を成せばいい?


 延々と、そのことを考える日々だった。




 ある日、目を覚まして気づく。

 洞窟に差し込む光の色が違う。

 となりに、アサナシアがいない。

 封鎖した洞窟の入り口が開いている。


 歩けるはずがないと思った足が、不思議と動いた。洞窟の入り口から外に出て、ほのかなあたたかさに全身が喜びを覚えた。

 

 目に飛び込んできたのは、菜の花の黄色だった。


 菜の花だ!!!! 野菜だ!!!!


 俺は嬉しくって、もいだ菜の花をそのまま、口に入れる。強い苦味が口に広がったが、そんなことはどうでもよかった。

 冬眠が終わったことが、死なないで生きていることが、嬉しすぎて。苦味もえぐみも、生きている証明だとすら感じたのだ。


 前にいたアサナシアが振り返り、菜の花をむさぼり食う俺の姿をあっけにとられて見ている。


 俺はアサナシアに駆け寄ると、喜びのあまりハグをした。痩せ細った体が生きているのが、とても愛おしく感じられた。


「ふゆごもりはおしまいだ、アサナシア!

 春だぞ!」


 アサナシアは紫色の目を見張る。

 舞い上がる俺を見て、アサナシアも笑う。


「ええ、マスター!」

「一緒に開拓を再開しよう!」

「はい、マスター!」


 俺とアサナシアは春を喜び合い、手をとりあってぴょんぴょんと跳ねる。



 今年は、村人にひとりも犠牲者が出なかったそうだ。「羊毛の入手や防寒への工夫や、魔王様の作った保存食のおかげです」と、とても喜ばれた。例年より食べ物があったから、冬ごもりのあいだに生まれた赤子もすくすく育っているそうだ。

 嬉しいニュースばかりで、俺とアサナシアはひさびさの飯を食べながら、たくさん笑った。


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