やさしい手紙
手紙を出そうとして、何度も躊躇った。
なのになぜだろう。
寒い朝、ストーブをつけようとした手を止めて、毛玉だらけのカーディガンを羽織ると、冷たい靴に足を入れ、一年出せなかった手紙をポストに投函したのだった。
かこん、と手紙がポストに飲み込まれた音がして、はっとした。
一年前の私は、夏目くんに何を書いたのだろう。
――手紙、ありがとう。元気ですか、森さん。住所合ってるといいんだけど。届いたら、また手紙を下さい。心配なので。
夏目くんはすぐに返事を送ってくれた。
あれから毎日郵便受けを見ていた私を見透かしたような返事だった。
「夏目くん、住所変わってないんだ」
そう呟きながら部屋へ急ぐ。
便箋を取り出してペンを取るまで、数秒。
――よかった。森さんも変わってないんだね。そっちは相変わらず寒いですか? 冬になると、森さんと雪かきをしたことを思い出します。ひっくり返って、上着のフードに入った雪を二人で交互に取り出したこと、覚えてる? 背中に入って本気で怒る森さんの顔、凄く覚えています。
「そんなの覚えてなくていいよ……」
ストーブの前で座り込んで、綺麗な文字をなぞる。
胡座をかいて辞書を机代わりにして便箋を広げ、私はペンを取った。
――うん、こっちはあまり雪、降らないな。風邪も引きにくくなったよ。あんなによく熱を出してたのが嘘みたいだ。だから、あの頃、雪かきしてみたいって言った僕と一緒にしてくれた森さんに救われた気持ちでした。同じように返したかった。手紙をくれて、本当に嬉しい。
何度も読み、返事を書き、投函する。
赤いポストに積もった雪を払う。
夏目くんは、最後の日に「何かあったら手紙を送って」と私に新しい住所を書いた紙を渡してくれた。その時は「もしかしてラブレターを?」と思ったが、こういうことだったのだ。
雪かきをしながらひっくり返った冷たさを思い出す。
夏目くんは、白い空を見る私に「大丈夫?」と聞いてきた。私は「大丈夫だよ」と返した。けれど、夏目くんはもう一度「大丈夫?」と聞いてくれたのだ。
それには、どうしてか答えられなかった。
懐かしい思い出が胸をつく。
同時に、一年前に大雪が降った日、私が衝動的に夏目くんに書いた手紙の内容も思い出した。
「……」
思わず顔を覆う。
一年前と同じ手紙をまさに今出してしまったのだ。
無言のポストを睨み、仕方なく帰路につく。
雪がチラチラと降りはじめていた。
返事を待つ。
――僕も、君が恋しいです。
読んでくださり、ありがとうございます。
なろラジ参加⑤です。